10  手術   

 淳は、2月8日に千駄木の病院に入院しました。
 ベッド待ちに次いで、手術の順番待ち。
 大きくなった腫瘍を1日も早く取って欲しいのに、なかなか手術してもらえませんでした。

 手術の日が決まると、私達でさえ不安になったので、夫Tが元気づけに行きました。
 ところが、ベッドに淳がいません。いくら待っても帰ってきません。
 あきらめて帰ろうと正面玄関を出た時に、淳とすれちがいました。

 あろうことか、淳は大学の友達のYちゃんが女子医大に入院したと聞いて、
 お見舞いに行っていたのです。
 しかしながら、個人情報保護のため、ノーアポでは会えませんでした。
 女子医大のバカ。どうして手術前の淳とYちゃんを会わせてくれないかなあ。

 あとで知って悔やむYちゃんには
 「Yちゃんに会えなくて帰ったから、夫Tちゃんに会えた。」
 と、言ってくれたそうです。

 ところが、翌日の朝、手術台に運ばれる直前に発熱していたことがわかり、
 手術は延期になってしまいました。
 スタッフが揃っているのだから、熱ぐらいあってもいいだろう、と思いました。
 淳の覚悟を考えると、悔しいですが、しかたありません。
 それからまた、手術の順番を待つ日を送りました。

 数日後、急に空きができて、手術が行なわれました。
 子宮、卵巣、大腸の一部を切除する大手術で、
 淳のお腹はぺっちゃんこになりました。
 抗がん剤を注入するためのパイプを身体に埋め込まれ、
 改造人間のようになって、肩の所に注入口が出ていました。

 術後は、夫Tや長女が、可能な限り見舞いに行きました。
 私も行きましたが、なんとも古くて狭い病院で、情けなくなりました。
 姉の時もそうでしたが、病院というところは、人間の居場所ではありません。
 それでも病人にとっては、悪くない空間なのでしょう。
 淳は、6人部屋の人達と仲良くなって、退院後も連絡を取り合っていました。

 淳の母が、2日に1度は横須賀から来てくれていましたが、
 千駄木から横須賀は遠いので、往復だけで疲労困憊していました。
 どうして千駄木なんかに入院したのか??
 と後悔しましたが、Nクリニックのドクターの系列病院だったので、
 そこに回されたのです。
 素人には、病院を選ぶ権利も余裕も与えられていません。
 それが患者の現状です。

 淳は術後1ヶ月で、退院してきました。
 「いつのまにか3月になってたよ。2月の記憶がない。」と言っていました。
 そういえば風邪で熱が出たら、ただ寝るだけで翌朝になっています。
 病室が古いとか狭いとか思うのは、健康な人間の価値観で、
 患者は病気に向き合って、必死で戦っているので、
 実は病院環境なんて、どうでもいいのかもしれません。                  

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