1 破竹の勢い

 「さあ予選第四組、あの方がこちらに到着したら始めますよ!」
 結局、妖魔たちを待たすことになったライ。一人ステージに向かって走る彼を快く思う者はいなかったが、幸いなことにその間抜けさが妖魔たちの殺意をも萎えさせたようで、この際待たずに倒してしまおうとする者はいなかった。
 「着いた!」
 そして彼が石のステージに足を踏み入れた瞬間、舞台は一転する。
 「うわっ!」
 駆け込んできた勢いの余韻を残して戦場へと移動させられたライは、ぬかるんだ大地に足を取られて転倒した。第四組の面々が降り立ったのは、多彩な地形の予選会場の中でも特に複雑な場所。起伏の激しい岩場と、ぬかるんだ泥地が点在する湿地帯だった。
 「これは動きづらい___!」
 すぐさま身を起こしたライだが、立っているだけでも足が踝の辺りまで簡単に沈み込む。そんな状況で優位に立ったのは空を飛べる者たちだった。
 「もらった!」
 ライにも上空から魔の手が襲う。おそらく共闘しているのだろう、三人の妖魔が取り囲むようにして襲いかかった。だが、知恵と知識は今ひとつでも咄嗟のアイデアには長けるライのこと、不利を不利とさせない防御法を瞬時に閃いていた。
 「はあっ!」
 抜き放った剣をぬかるんだ泥地に突き刺すと、一喝と共にその身体から白い波動を放出する。それは百鬼と同じ練闘気。ただ百鬼が波動そのものを飛ばして敵を弾いたのとは違い、ライは自らの力を足下に溜め込むようにして爆発させていた。
 「ぐっ!?」
 ライを中心に大量の泥が巻き上がる。それは三人の妖魔の視界だけでなく、飛行の自由をも奪っていった。
 「効かぬわ!」
 しかし一人の妖魔は風を操る能力を駆使して小さな竜巻を起こし、泥を突き破ってライに襲いかかる。だが、ライは宙で泥が渦を巻いた瞬間を見逃していなかった。  
 ベゴバッ!
 鈍い音がした。泥の風穴を抜けてきた妖魔の脳天に、幅広の剣の横腹が打ち付けた音である。さらに彼は振り向き様に剣を横薙ぎにして、泥の中で藻掻く妖魔をまとめてノックアウトさせた。そこでも斬るのではなく、あくまで横腹で叩いたのは彼らしさか。
 「そうだ!リュカ君とルディーちゃんは!?」
 大人の自分でもこの泥沼を走るのには手こずるのだ、子供の身体では満足に動くのも難しいかもしれない。二人の身を案じたライは辺りを見渡した。
 「おのれ!このガキども!」
 目の届くところに二人はいない。しかし少し離れた岩場の向こうから野太い怒声が聞こえた。ライは自らの身体を練闘気のオーラで包むと、そちらに向かって駆けだした。足先まで広がった白いオーラは、泥を押し退けるようにして足取りを軽くする。しかしすでに靴の中が泥だらけなので、効果も半減といったところか。
 「うわ〜助けて〜!」
 リュカの悲鳴だ!ライは顔つきを険しくして、一気に岩の上へと駆け上がった。
 「そこを動くな!」
 調度その時、沼地で転倒したらしいリュカに向かって屈強な妖魔が掴みかかろうとしていた。早速子供たちの危機に直面したライは岩肌を蹴って飛び出そうとしたが___
 ドホボッ!
 「ぬぐぉっ!?」
 リュカを目前にして男はまるで落とし穴にでも填ったかのように、胸の辺りまで一気に沈み込んでしまった。
 「やった!」
 すると沼地に尻餅をついていたはずのリュカが軽やかに飛び上がる。あろう事か、彼は妖魔を罠に填めていたのだ。
 「子供だと思って手加減してやればいい気になりおって___!」
 ただ妖魔もただでは転ばない。なにやら能力を使ってこの深い沼から脱しようとする。しかし、そこはそれ。
 「ディオプラド!」
 「ぐぼへっ!」
 リュカの後ろから躍り出たルディーが放った白熱の爆弾は、見事に妖魔の頭に炸裂した。もっとも相手が満足に動けないのだから当たって当然である。
 「いえ〜い!」
 「また一人!」
 そう、「また」なのだ。思わぬ事に呆気にとられていたライたが、落ち着いて沼地を見渡すと、そこかしこに胸やら首まで埋まって気を失っていたり、必死に藻掻いていたりする妖魔の姿が見える。子供であることを逆手にとって、弱みをちらつかせながら強かに罠を張る。ソアラの子供と言えばそれらしいのだが、なんとも逞しいこと。
 「ねえ、そろそろ場所変えようよ。ここじゃ後から来た人に気づかれちゃうよ。」
 「そうだね___!」
 ルディーの提案ににこやかに答えたリュカだったが、彼女の背後で泥が人型に盛り上がっているのを見て目を丸くする。
 「ん?」
 ルディーもそれに気づいて振り返ろうとした時、泥も両腕らしきものを伸ばして彼女に掴みかかってきた。
 「わ!?」
 実戦経験の乏しさか、不意を付かれた二人は動くことができない。しかし___
 ベゴバッ!
 泥の脳天に剣の横腹が打ち付ける。衝撃は泥人間の纏っていた泥をあらかた弾き飛ばし、中から現れた痩身の男は白目を剥いて昏倒した。
 「二人とも大丈夫かい!?」
 泥男を倒したのはライ。子供たちを守るという使命を一つ実現した彼は、いつになく精悍な顔で言った。
 「あ。」
 「全然平気!」
 「はぁ___」
 少々派手にやりすぎたか、子供たちは弾いた泥をまともに被っていた。面白がってはしゃぐリュカとは対照的に、髪まで泥まみれにされたルディーは少々お怒りのようである。
 「ごめんごめん。あっちに綺麗な池が見えたから、そこで洗おう。ね。」
 「え〜泥だらけでも良いじゃん。」
 「良くない!」
 すっかり機嫌を損ねてしまったルディーを先頭に、三人は泥の沼地から離れていく。少し背の高い岩の上まで、時折足を滑らせながら登ると、確かに少し離れたところに池が見えた。
 (ぐぅぅ、あいつら人を虚仮にしおって___)
 一方その頃、ディオプラドの一撃で失神していた妖魔が意識を取り戻していた。だが胸まで沼に埋まったこの状態では分が悪い。三人がいなくなってから、ゆっくりと沼を出るつもりで彼は息を潜めていた。
 「さてそろそろ___ぐ!?」
 しかし、それでは遅すぎた。自らの能力を駆使して沼を脱しようとしたときには、彼は自分の意志ではどうにもならない窮地に追い込まれていたのだ。
 「なんでぇ、ここは首塚か?」
 人のそれとは思えないほど大きくてゴツゴツした手が男の頭を鷲づかみにしていた。
 「な、何者だ!?ぐああ!」
 首を振るのもままならないほど強い力。指で頭を締め付けられた痛みが駆けめぐり、男は能力を見せることもできない。
 「俺かぁ?俺は大蹄(だいてい)ってんだ。」
 その名は聞いたことがあった。だが聞いたことがあったからこそ絶望的だ。目を凝らしてみれば、自分のこめかみ当たりに食い込む奴の手は緑と茶色を織り交ぜたような色の鱗で覆われているではないか。
 変身型の妖魔、大蹄。黒閃同様に、殺戮を生業とする恐るべき妖魔。能力を発揮せずとも、その身体は直立する鰐にさも似たり!
 ガシュッ!
 巨大な鰐の口が男の首に食らいついた。噛み契るまでは数秒と掛からなかった。

 「もう、服まで全部泥だらけ。お母さんに怒られちゃいそう。」
 「ごめんね、ソアラには僕が謝るからさ。」
 ルディーの髪も今は背に掛かるほどに伸びた。最近はオシャレも気にするようになってきたのか、まずは小さな髪留めから丹念に洗っている。その後ろで布を濡らして髪に付いた泥を落としてやっているライは、口では謝っていながらもなんだか嬉しそうだった。
 「冷たくって気持ちいいね!」
 まだまだ元気一杯なリュカは、泥を落とすというよりは一人で池に飛び込んで遊んでいるようだ。同い年でも、しかも双子でも、男の子と女の子では微妙に変わってくるものである。
 「それっ!」
 リュカが池の中心に向かってジャンプする。広い池なので、まだまだ岸辺で飛び回っているような感覚だったのだが___
 「あれ?消えた。」
 「え!?」
 落ち着いているルディーを後目にライは大慌て。リュカが沈んだ波紋の中心にいくつか空気泡が浮き出ていた。
 「大変だっ!」
 「ぷはっ!」
 ライが池へ踏み込んだと同時にリュカが浮き上がってくる。頭に水藻のようなものを引っかけて、彼は少し驚いたような、それでも楽しそうな顔で笑った。
 「ビックリした!ここからすっごく深くなってるよ!」
 「笑い事じゃない!こっちは妖魔に足を引っ張られたんじゃないかって心配したんだから。」
 「ごめんなさ〜い。」
 ライに怒られて、リュカは少しだけ照れながら謝った。拳骨の飛ぶ母親に比べれば優しいもの。彼らにとってライは親しみやすいお兄さんというところだろうか。
 「遅刻の次はガキのおもりかい?全く、緊張感のない奴だね。」
 その時、不意に聞き慣れない声を耳にしてライは頬を強ばらせた。
 「ごめんなさ〜い。全然きづかなくって。」
 振り返るとそこでは、三角形だけでできているかのような刺々しい顔立ちをした女が、ルディーの首に後ろから片腕を回して立っていた。
 「ルディー!」
 「おっと動くんじゃないよ。」
 踏み出そうとした足を止め、ライは舌打ちする。ところで、やはり咄嗟では竜花という名前が出なかったライ。自分の名前も雷にして正解である。
 「あたしは無駄な恨み辛みは作らないたちでね、あんたがこの戦いから離脱するっていうなら、このガキは放してやろうじゃないか。それが嫌ならまずこの子の命を頂くよ。」
 女の妖魔はルディーを人質にライを脅迫する。左腕でルディーの首を捕らえ、右手の指先には鋭い針を煌めかせていた。察するにあれが彼女の能力の一端か?
 「くっ___」
 この状況ではライには手の出しようもない。彼にとってこの戦いは、まずソアラの子供たちを守りきるというのが第一なのだから。
 「ライさん、言うことなんて聞かなくていいよ。」
 しかし、当のルディーはまるで人ごとのようにそう言ってのけた。
 「黙りな、このガキ。」
 「うるさいなあ、化粧臭いんだよオバサン。」
 「!」
 ルディーの一言は触れてはならなかっただろう彼女の逆鱗を刺激し、女の顔に怒気が走る。そして女は頬を紅潮させて叫んだ。
 「よくもこのガキ!くたば___ぁぁあぢぢぢぢぢ!」
 女の尻に火が灯る。罵声を悲鳴に変えて悶える女から、ルディーはライの手を借りるまでもなく素早く逃れた。捕らえられたときにルディーの両腕は自由だった。そうなれば敵の衣服を燃やすくらい難しいことではない。
 バシャン!
 女は池に飛び込み、温泉を思わせるような湯気を立ち上らせる。漸く火は消えたが顔まで濡れてしまって、入念に時間を掛けた化粧が脆くも崩れ落ちていた。
 「うわ!鬼ババ!」
 リュカがそう口走ったところで、彼女も怒りも頂点に達した。
 「このクソガキがぁぁ!」
 突如として女の長い髪が逆立つと、その一本一本が針の鋭さになる。そればかりか針の毛は根本で自在に揺らめき、リュカたち目掛けて矢のように襲いかかってきた。
 「練闘気!」
 しかし二人の前にライが躍り出ると、その身体を白いオーラで包み込む。剣も盾もない、彼はオーラ一つで針の前に立ちはだかったのである。
 「庇って死ぬか!」
 女のヒステリックな叫び声と共に、針は一斉にライを襲った!
 「なっ!?」
 「ふふん。」
 しかし何一つとして彼の身体を傷つけたものはなかった。胸や腹や首だけではない、顔、生身では守りようのない眼球を襲った針まで、ことごとく身体から数センチほどの距離で食い止められていた。止めたのは彼の身体を包むオーラ。練闘気の壁の前に、針は全く無意味だったのである。
 「てやああっ!」
 「!」
 今度はリュカが動いた。ライの背中を一気に駆け上がって、肩を踏み台にジャンプ一番!呆然としている女は何もできない。ただリュカの剣の横腹が、自分の顔目掛けて振り下ろされるのを見ているだけだった。
 「あげ___」
 女は仰向けに倒れ、針はただの髪に戻る。それが勝利の証だった。
 「やった!」
 「いぇい!」
 リュカとルディーは喜びを分かち合うようにして手を叩く。ライの力は借りた、しかし真っ向勝負だったとしても二人はこの女に勝っていただろう。
 さて印象的な二人の姿は、短い間であったがスクリーンにも映し出されていた。ただ相手の女妖魔があまりに無名の存在だったため、他の妖魔たちの気は惹かなかったようである。
 「意外にやるなぁ、あいつら。」
 「ほんと、少し安心しちゃった。それにライも強くなったわねえ。」
 「だろ?ただあいつの練闘気は俺のとは少し違うんだぜ。」
 「そうなの?」
 「まぁかんたんに言うとだなぁ、俺は力、あいつは守り、砂座は技の練闘気ってところか。」
 「へ〜。」
 「興味ねえのか!?」
 「後で聞くから。あっ、また映った!」
 盛り上がっているのは彼らの両親の一団と___
 (さすが、あの親にしてこの子あり。)
 「何だ?なに笑ってんだ?」
 「いや、別に。」
 色々と縁深いフュミレイくらいである。

 予選第四組の闘いも佳境を迎えようとしていた。大蹄だけでなくもう一人、酔亀(すいき)という男が活躍を見せて、次から次へと並み居る妖魔をなぎ倒していった。
 「綺麗にはなってきたけどちょっと生臭い。」
 「まあまあ、この戦いが終わったらちゃんと洗えば大丈夫だよ。」
 そんな中、ライたちは先ほどとは別の池で暢気に身だしなみを整えていた。例の針女から離れるために場所を変えたものの、池の水そのものは先ほどの所の方が綺麗だった。ただそこは戦場の外れにあたり、針女がリタイアした今、他の妖魔の目を逃れるにはもってこいの場所だったようだ。
 「ねえ、ルディーも入っちゃえば?服の泥も結構綺麗になってきたよ。」
 先ほどよりも岸辺のあたりからして池が深い。さほど遠くない場所で水に浸かっているリュカも足が着いたり付かなかったりだった。
 「やだよ、服まで臭くなるじゃん。それに落ちてるように見えて、渇いたら大して綺麗になってないよ。」
 「え〜そうかなぁ?」
 彼らはこの戦いが佳境であることも分かっていない。それでいながら残り五人というところまでこぎ着けたのだ。しかしこの予選で勝ち残れるのは四人。大蹄と酔亀が互いにつぶし合う可能性もあるが、世の中そうそううまくいくものではない。
 「ん___?」
 リュカの背後で、池にいくつかの泡が立ったのをライは見逃さなかった。彼は素早く立ち上がると岸辺を蹴った。練闘気を呼び起こす暇もないほど、危機はすぐそこまで迫っていたのだ!
 ガバァァァッ!
 突如として池の水が盛り上がり、巨大な鰐の口が姿を現す。それは今にもリュカの頭に食らいつこうとしていた。
 「わっ!」
 しかしそれはライの手で妨げられた。軽やかに飛んだライは、身体が宙にある状態で右手でリュカの背を突いて前に押し、その勢いを使って、自らもまた鰐の口から横へとそれた。
 派手な水しぶきと共に、ライが池に落ちる。一瞬池に沈み込んだその時、鰐の影がこちらに旋回したのが見えた。
 「リュカ!早く岸に上がれ!」
 顔を上げ、ライは叫ぶ。と同時に、彼は前方から迫る驚異にも目を向けなければならなかった。
 「来る!」
 胸まで水に浸かった状態で長剣を振るうのは容易でないし、威力も期待できない。だが鰐を相手に泳いで逃げられる気もしない。ならば突きだ。次に奴が食らいつきに来たところを、正確に突いてやればいい!
 ザバァ!
 池の水が盛り上がる。ギリギリまで引きつけて、水の裂け目から奴の鼻面が覗いたその時___
 「やああ!」
 ライは一気に剣を突き出した。
 ガギッ!
 しかし剣は思いも寄らぬ感触に食い止められた。それは明らかに金属、しかも武器かあるいは防具として使われるような高い硬度を持つ金属と激突した音だった。
 「盾___!?」
 その片鱗が水面から覗いていた。丸い金属板はおそらく盾に間違いないだろう。そして彼は、鰐と盾の因果関係を身を以て知ることになる。
 「ぐぅぅああっ!?」
 ライが叫んだ。薄闇の下でははっきりとしないが、その瞬間に池に新たな彩りが加わる。
 「ライさん!?」
 やっと岸にたどり着いたリュカが驚いて振り返ったその時、激しい水音とともに敵がその全貌を現した。
 「グフフ、ただの鰐じゃなくって残念だったな。」
 大蹄だ。ライよりも背丈のある鰐男は、臍まで水に浸かりながら悠々と立っていた。その凶暴な口でライの横腹に食らいつき、さらに反撃を許さないように彼の両手首を捕まえて。
 「このまま腑ぶちまけて終わりだぁ!」
 ライの血を啜っているのか、水気を拭くんだ声で大蹄は叫ぶ。その口に一層の力が込められるが___
 「ストームブリザード!」
 ルディーの甲高い声がとどめの一撃を妨げた。巻き起こった吹雪は池の表面を凍てつかせながら大蹄を襲う。そればかりか___
 「やあああ!」
 その凍り付いた水面をリュカが駆けてきた。大人なら一歩踏み込んだところで水没するような薄氷だったが、彼は身の軽さと驚くべき脚力で一気に大蹄に迫ったのである。
 「小癪な!」
 鱗に覆われた大蹄の身体は、軟弱な剣くらい受け止めるだけの強度を持つ。しかしこのとき彼は、迫り来るリュカの眼差しに本能的な危険を感じていた。
 ガギンッ!
 リュカの鋭い一太刀が、大蹄の左腕の盾と交錯する。腕力はそれほどでもない。しかし一瞬の衝撃は幼子の放つものとは思えない重みを秘めていた。
 「___なんだてめえは!」
 それでもなお力に任せて盾を押し込もうとするリュカ。しかし大帝が僅かに体を逸らし、ルディーのストームブリザードが途切れたことで足下が綻び、リュカはバランスを崩した。
 「頭叩きつぶして___うぬっ!?」
 池に倒れこむリュカの頭を、大蹄は膝と左手で押しつぶそうとする。しかしそれは未だに脇腹を食われながらも、片腕が自由になったライが食い止めた。
 「練闘気!」
 「ぐがっ!?」
 ライは大蹄の口先に手を掛け、一気に練闘気を放った。白いオーラはそれそのものだけでも衝撃波となりうる力を秘めている。口内が爆発したような感覚に襲われ、大蹄の口と手が緩んだ。その瞬間を見逃さず、ライは練闘気のエネルギーを爆発力に変え、宙へとその身体を跳ね上げた。
 その時、ルディーが両手に魔力を満たしているのが見えた。その刹那、彼は子供たちをあの凶悪な鰐男から守る方法を閃いたのである。
 「ルディー!僕にディオプラドを!」
 ルディーははじめからその呪文を放つつもりで魔力を高めていた。だからこそ、ライの要求に瞬時に対応することもできた。ただ、宙に舞い上がった彼めがけて正確に呪文を放つというのは、熟練された魔法使いでもなければできない荒技である。
 「ディオプラド!」
 しかしルディーはやってのけた。リュカの剣といい彼女の呪文といい、ライはその筋の良さに感銘を覚えながら、自らに迫る白熱球を待った。オーラに包んだ身体を縮め、白熱球に向かって剣の横腹を向けながら。
 ドゴォォォォンッ!!
 猛烈な爆発が巻き起こる。そしてルディーにしてみれば予想外の出来事が起こった。彼女はライが何かしら、その呪文を利用して大蹄を倒してくれるものと思っていたのだ。しかし___
 「いっけえええ!」
 ライはディオプラドの爆発を推進力に変えて空の彼方に吹っ飛んでいったのである。
 「え!?何で!?意味わかんない!」
 狼狽するルディー。
 「チッ、命拾いしやがったか。」
 「このっ!わっ!」
 ライを見送った大蹄は水に浸かりながらも斬りつけてきたリュカの頭を軽々と鷲づかみにした。
 「まぁいい、まだうまそうな獲物が残ってるし___」
 そしてリュカを睨み付け、ライの血で濡れた口でニヤリと笑う。しかし___
 「はい終了で〜す!」
 唐突に景色が変わった。
 「なにぃっ?」
 「千五百六十四番の脱落で、予選第四組の勝者が決定しました!もう手を出したら駄目ですよ!」
 石のステージに立っていたのは大蹄、酔亀、リュカ、ルディーの四人。大蹄が手を放すとリュカは彼を睨み付けてから辺りをキョロキョロと見回した。
 「ライさんは!?」
 「あそこ。」
 ルディーが指さした先を振り向くと、そこではミキャックに肩を借りて、皆の待つ場所へと運ばれていくライがいた。リュカがこちらに気づいたと知ると、彼は痛々しい顔で、それでも白い歯を見せて笑ってくれた。
 「あたしのディオプラドで場外負けよ。あと一人脱落で勝負が決まるって、そんな感じの声も聞こえてたしね。」
 それを聞いたリュカは居ても立ってもいられず、すぐにまた会えるというのにその場で涙を浮かべて叫んでいた。
 「ごめんなさいライさん!僕、ライさんの分まで頑張るから!」
 と。




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