第6章 蘇らせるため

 白廟泉での死闘で、黄泉の実質の支配者である鴉烙が死んだ。契約の能力は闇に消え、榊をはじめ、彼に命を握られていた人々は自由を取り戻した。だがその死闘で鴉烙の娘、本当の娘ではないにせよ彼の娘である鵺が、黄泉の裏側への入り口を開く力を持っていることが分かった。しかもその様子をおそらくアヌビスが見ていた。
 だが、どうやらアヌビスは裏側には行っていない。いや行けなかったと言うべきか。水面一杯に広がった扉が開かれ、光の柱が立ち上り、白廟泉は枯れた。あれほど絶え間なく漏出していた白い生命の源は、見る影もなく消え失せていた。
 ならば、黄泉の裏側への入り口は閉ざされたのだろうか?
 「そうは思っていないから、アヌビスは餓門に城を造らせているのよ。きっと何か企んでるに違いないわ。」
 握り拳を作ってソアラが力を込める。茶の席でのはしたない所作に、榊は渋い顔をしていた。
 「餓門の動きについて調べてみましたが、彼が城作りを思い立ったのは白廟泉の戦いの後ですね。それまではかつての配下たちの所に押し掛けては、言葉責めにあって追い返されています。」
 語らいにはもってこいのいつもの庵に、ソアラと棕櫚と榊がいる。榊の長い語りが終わって間もなく、棕櫚は仙山と共に「任務」を終えて朱幻城に戻ってきた。彼らの役目は偵察である。
 「城作りの指揮を執っているのは牙丸じゃぁないんでしょ?」
 「ええ、でも仮の姿ですからどうにでもなりますよ。ただ彼にあれほど建築の知識があるとは思いませんけどね。」
 「城普請の指揮者はなんと言ったか?」
 「千鳥です。聞いたことのない名前ですが、設計者としての腕は確かだと思います。」
 餓門が白廟泉の上に城を造っている。その情報は皆を驚かせ、アヌビスの関与を疑わせた。餓門は金城を失った。だから彼が新しい城を造ろうとしているのは納得がいくが、それが白廟泉の上でなければならない理由はない。周囲を深い森に覆われ、土地を切り開くだけでもかなりの手間だし、有力な勢力との駆け引きに向いた場所でもない。
 「何をしたいのかしら___アヌビスは。」
 「白廟泉が黄泉の裏側へ続くといううぬらの話、それが真実だとしても、もう泉は枯れ果てた。それに鵺があの様子では___」
 あの戦いの鍵となった鵺。彼女は生き残ったが、父の死、甲賀の死に強い衝撃を受けたのは確かだ。皇蚕を失った彼女には帰る場所もなかったが、サザビーの機転で今は空き家の黒麒麟の館を使っている。護衛にはバルバロッサが付いたが、サザビーもまた鵺の願いを聞き入れる形で彼女の元にいる。
 「鍵の可能性を考えているんだと思います。黒麒麟さんの話では、まだ他にも鵺のような力を秘めた人物がいる可能性はありそうですし___おっと。」
 茶碗を取ろうとした右手を止めて、棕櫚は左手を伸ばした。
 「どうにも不便で。」
 「見せなくていいから___」
 手首から先のない右腕を見せつけ、棕櫚は笑った。白廟泉が無くなった今となっては、鴉烙に砕かれた右腕も諦めるしかない。
 「それにしても、餓門の築城に朱幻城の者たちが駆り出されるのは我慢ならぬな。」
 朱幻城がなんだか閑散として見えたのも、餓門の城づくりが原因だった。妖魔といえど人手無しに巨大建築は作るのは難しい。朱幻城だけでなく、餓門は妖人の多い各地の集落に現れては作業員をかき集めていった。
 「かといって餓門に暴れられても困りますからね。まあとにかく、今は黒麒麟さんが帰ってくるのを待ちましょう。」
 「そうね___」
 ソアラは落ち着かない様子で虚空を見上げた。レイノラは餓門の真意を確認するために、建設中の城へと向かっている。ソアラは同行を願い出たのだが、かつて餓門に取り入っていたこともあってあっさり却下された。おかげで悶々として待つばかり。
 「でもちょっと心配。」
 お茶を啜ってもなかなか気が休まらなかった。




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