3 心満ちるまで
二十夜が過ぎた頃、偵察から戻った棕櫚が新たなる集落の完成を報告した。そしてその夜のうちに、それまではレイノラにしか知らされなかった事実、「黄泉の覇王決定戦の開催」が広く世界に発信されたのである。
新たなる集落は、界門(かいもん)と名付けられた。榊によれば、その言葉は新たなる門出、華々しい生誕の場、また宗教的な古語として異界を結ぶ門を意味する。だから年老いた妖魔などは闇の番人を界門番と呼ぶこともあるそうだ。仮初めとはいえ、集落の主となった餓門に似た響きの言葉でもある。
アヌビスの用意は着々と進む。互いが互いを警戒する余り膠着状態にあった黄泉の覇権争いの火種に、再び油が注がれたのだ。
「ふん___」
蝿の分際で一つの集落の長に上り詰めた男。
「へぇ___」
覇王の片腕の目を、得意の酸で潰した女。
「兄者兄者!」
「うるせえ、このうすらトンカチ。」
どこにも属さず、ただひたすらに修羅の道を突き進む二人組。
そして雌伏の時を過ごす数多の妖魔たち___その全てに知れ渡るように、餓門の口を使ってアヌビスは宣伝を続けた。
その報せは、黒犬の元から離脱して黄泉の辺境を旅していた二人にも届いていた。
「黄泉の覇王決定戦___か。」
野暮用で立ち寄った小集落で、冬美はその触書を見つけて怪訝な顔をした。こんな辺境まで報せが届くほどの大々的なアナウンス。自分探しの宛のない旅に退屈しはじめている竜樹が、飛んで喜びそうな報せである。
(___何となく、嫌な予感がする。)
主催者は餓門。アヌビスが黄泉にいる間、後ろで糸を引き続けていたという男だ。それだけでも、この話にアヌビスが絡んでいると想像するのは極簡単なことだった。そして黒犬あるところにソアラあり。
(フュミレイ・リドンはもう死んだ。だから会いたくないんだけど___)
きっと会わないわけにもいかないのだろう。詳しい話は聞いていないが、黒麒麟はソアラに縁の深い人物だった。黄泉で命尽きようとしていた自分はその人に拾われたのだから、どうやらソアラとの縁は一生切れない腐れ縁。それに___一瞬とはいえ、天界で「彼」に抱擁されてしまったことが痛い。
「はぁ___」
悶々とした溜息を吐き出して、冬美は触書に背を向けて歩き出した。ソアラの側にはいつもあいつがいる。自分にとってはむしろそれが問題なのだ。
(あっ、そうか。)
頭を切り換えようと思い立ったとき、冬美はあることに気が付いた。
(アヌビスがあたしたちを簡単に自由にしたのはそう言うことか。)
八柱神にまでした人物の離脱を、アヌビスは二つ返事で了解してくれた。とても不可解だったが、今思えば「どうせまた会える」という確証があったから易々と手放したに違いない。
(泳がされているだけだな。)
こちらの縁ももはや切れそうにないと思いながら、冬美は竜樹の待つ集落の外れへと向かった。
「ん?」
竜樹がいるのは集落のはずれにあった大木の下。訳あって刀を手放している彼女は、このところ欲求不満気味。暇さえあれば体を動かしているのだが、今日はどうしたことか、木の下で身を縮めて蹲っている。
「竜樹、どうした?」
少し早足になって近づいた冬美は、彼女の額に滲んだ脂汗に驚いた。
「うぃぃ___腹が___」
竜樹は青ざめた顔で、絞り出すように言った。何かそこいらに生えている毒キノコでも食べたのだろうか?いや、実はこの腹痛は今日に始まったことではない。
「大丈夫か?」
「あったり前だ___気合いで治す!___いでで___」
大声を張り上げて、また身体を折り曲げる竜樹。
「大きな集落に行けば医師もいる。一度診てもらった方がいい。」
「大丈夫だよ、気にすんなって。ほらもう痛みが消えてきた。」
確かに顔色が戻ってきた。しかしちょっとやそっとの傷ではビクともしない男女が、これだけ痛がるのだから余程のことである。
「それより俺の刀はどうだった?」
「もう一夜もあれば出来上がるそうだ。」
「楽しみだ!」
本当に痛みはどこへいったのか。竜樹は胡座を掻くと、満面の笑みを見せてリズム良く膝を叩き始めた。しかし___
「名号は都合で変わったからな。」
「はぁっ!?」
「鬼丸だ。悪い名前じゃないだろう。」
「何だよ!百鬼だって言ったろ!」
「その名前は都合が悪かったんだよ。」
「ふざけんなこの!」
二人がこの集落へと辿り着いたのは、腕の良い刀職人を捜してだった。竜樹が百鬼に作ってもらった刀は未だに刃だけ。旅の一番の目的は羅刹の謎を解くことだが、とりあえず刀に柄と鞘を作ってくれる職人を捜すことにし、辿り着いたのがこの集落。
で、職人から刀の名号を決めるように言われた竜樹は、即答で百鬼と名付けようとした。しかし、それは冬美の画策に阻まれたのである。勝手に愛刀の名を替えられた竜樹の怒りはもっともだが、冬美もこの名前では色々とばつが悪いのだ。
「悪かった悪かった。代わりにいい話を教えてやるよ。」
「なんだよっ!」
若い二人がただじゃれ合っているようにしか見えないが、冬美は草場の上で俯せにされ、竜樹はその背に馬乗りになっていた。どうやら思った以上にお怒りのご様子で。
「黄泉の覇王決定戦って知ってるか?」
「なんだ?」
「およそ五十夜後に、黄泉で一番強いのが誰かを決める大会があるそうだ。」
「___」
それを聞いた竜樹は暫く難しい顔で沈黙していた。しかし見る見るうちに溌剌とした笑顔に変わる。そして冬美の上から飛び退いた。
「うおおっ!燃えてきた!どこでやるんだ!?今すぐに行こうぜ!迷って間に合わなかったら大変だ!」
駆け回ったり宙返りしたり、竜樹は落ち尽き無くはしゃぎ回る。まったく、冬美にしてみればとんだじゃじゃ馬との二人旅である。
(フフッ、扱いやすい奴。)
しかし彼女も彼女でどこか楽しそうだった。
「あ〜おいしい。」
鵺は数夜前から外へ出るようになっていた。それまでは警戒に警戒を重ねて、黒麒麟の屋敷に籠もりっぱなしだった。ただ元々は活発な彼女のこと、二十夜が我慢の限界だったようだ。
「やっぱり外は気持ちいいね。」
「まあな。」
今日もサザビーと二人で、館前の庭にテーブルを出してお茶を楽しんでいた。確かに室内よりは清々しいが、中庸界や天界の晴れやかさに比べて薄暗い黄泉では月とすっぽんである。
「ねえ、この前の話だけどさ。」
「この前?何だっけ?」
ましてこの状況はサザビーにとって気が気でない。鴉烙が死んだとはいえ、彼に辛酸を嘗めさせられた連中は鵺の命をも狙っている。それは館の屋根で目を光らせているバルバロッサにしても同じ事。
「もうっ。ほらあれだよ、あたしが鵺を捨てるって話。」
「ああ。しばらく考えてたっけな。」
「それで良いことを思いついたんだ!あのね___」
「待った。」
悪戯っぽい笑顔で話す鵺の言葉を、サザビーが掌で遮る。館の前の空間に黒い歪みが生じたのはその直後のことだった。
「こいつぁ___榊か。」
鵺を守るようにして立ったサザビーは、見覚えのある黒円の広がりに警戒を緩めた。
「なっ!?」
だが現れたのは榊ではない、サザビーの度肝を抜く予想外の人物だった。闇を蹴破るようにして豪快に足から飛び出してきたのは、互いをよく知るあの人。
「ゼルナス!?」
彼女はいつにも増して怒ったような、険しい顔をしていた。しかし後ろからミキャックと榊が姿を現した頃には、無垢な泣き顔に変わっていた。
「やっと___やっと会えた!」
そしてサザビーの胸に飛び込むと、彼に縋り付いて声を上げて泣いた。中庸界で何があったのかは知らない。そもそもなぜ彼女がここにいるのか理解できない部分もあった。だが感情を剥き出しにしたフィラの嘆きは、サザビーの脳裏から無用な詮索を掻き消すほどの迫力があった。
「会いたかった___ずっと___ずっと会いたかった!」
サザビーはこんなに脆い彼女の姿を見たことがなかった。女たらしを地で行く男を一瞬とはいえ真っ白にさせる何かが、フィラの体から溢れ出ていた。
「___どうした?」
ただ胸で泣きじゃくるフィラをしばし見つめ、漸く我に返ったサザビーは彼女の重みに任せるように、ゆっくりと地に腰を下ろした。そうすることで身長差のある二人の体はより密接に触れ合い、互いの顔と顔が近づく。
「久々だってのに、泣きっ面ばかりかよ。」
サザビーはフィラの髪を撫でながら、そっと頬を合わせた。乙女の涙を自らの頬に通わせる姿は、彼女との感動の共有を体現しているようだった。
「なんで___いっつも勝手にいなくなって___あたしは一人で___!」
耳元に寄せられた唇から絞り出すように、痛々しいほど切ない声でフィラは泣く。細切れな言葉一つ一つをその身に刻みつけているのか、サザビーはただ目を閉じて彼女を抱いた。言葉を掛けることはしない。ただフィラの感情の波が和らぐまで、彼は黙って彼女を抱き続けた。
「謝れよ___」
まだ涙声ではある。でもサザビーの温もりが体に浸透すると、フィラの潤んだ眼差しに芯の強さが舞い戻ってきた。
「誰があたしをこんなに泣かせたと思ってるんだよ___!」
「こいつだろ?」
サザビーは自分の胸元で遊ぶフィラのロケットの二重蓋を開いた。そこには誰あろう自分の姿がある。
「でも俺は謝らない。」
「なんで___!」
フィラの顔に怒気が滲むのを楽しむように笑顔で見つめ、サザビーは続けた。
「これだけおまえを苦しめたんだ、言葉なんかで足りるもんかよ。」
そう言うやいなや二人は唇を会わせた。フィラが抵抗するはずもなく、むしろサザビーの首に手を回して自ら求めた。
「やれやれ___」
そこはすでに二人だけの世界。榊は煙たそうに、少し頬を赤らめて視線を逸らした。とはいえ、そんな彼女の表情が一番自然である。
「___」
ミキャックはただ絶句していた。こうなることを覚悟していながら、サザビーが自分への配慮を見せてくれることも期待していたから、この光景に打ちのめされるばかりだった。しかし裏切られた気分ではない。それはフィラの彼に対する愛をまだ長くない旅路の中でひしと感じ取っていたからだろう。そして、多少なりとも「自分が身を引くべき」との思いを抱いていたからだ。
そうさせたのは彼女の性格か、それとも彼との思い出の数で劣る事への負い目か___
「___」
鵺もまた絶句していた。しかし彼女はすぐに自らの感情を取り戻す。深い口づけを交わす二人、いやサザビーの姿を見つめて唇を噛み、胸の内に深く蟠るものを感じた。酷い胸焼けのようでもあり、口の中に酸味が迸るような嫌悪感でもあった。
それは嫉妬だろうか?
ガタンッ___
テーブルに足をぶつけながら、鵺は逃げるように館の中へと帰っていった。その音はミキャックを我に返らせる。
「くっ___」
ミキャックは頬を強ばらせ、いまだ絡み合う二人に背を向けた。目を逸らした瞬間から彼女の胸にも激しい蟠りが生まれた。鉄の重りでも背負わされたかのような圧迫感が、腹の奥底に宿った。
「我らも中に行くか。」
「えっ!___あっ、そ、そうですね。」
「シャキッとせぬか馬鹿者。」
「はいっ!」
榊に尻を叩かれ、ミキャックはそそくさと館の中へ。去り際に二人の姿を一瞥する辺りに、彼女の思いが滲んでいた。
そういえば、いつの間にやら屋根にいたバルバロッサが消えている。鵺が館の中に帰ったなら、煩わしいものを見ている必要はないと言うことか。黄泉の少し冷たい空の下で、ついにフィラとサザビーは二人だけになった。
「何があったんだ?どうしてこんな所まできたのか、それを教えてくれ。」
「___うん。」
一頻りフィラが落ち着きを取り戻すまで愛を交わし、漸く体を離したところでサザビーは問いかけた。側の木陰へと身を移し、その間も互いの手を取り合いながら、フィラは話した。
互いのための別れとはいうものの思いを消さなかった日々、しかし夫となったテディ・パレスタインのことを愛していたのも紛れもない事実だった。だがあの忌まわしき事件でテディを失い、クーザーが大混乱の中で些かの腐敗を見せ、彼女は深く傷ついた。そればかりか、今度は天から降った悪魔の襲来。さしものサザビーも、クーザーが滅びの都になったと聞いたときは愕然とするしかなかった。
「もうどうしようもなかった___絶望に打ち拉がれているところにソアラが来て、ライたちが一緒に行くって言って、あたしもそうした___」
フィラはこれまでもどん底から這い上がってきた。大臣の計略に填り、母を毒殺され、自らは包帯巻きで小船に乗せられ海へと放たれた。海賊に拾われて九死に一生を得ると、愛する祖国を取り戻す思いを胸に男衆を束ねる存在にまでなった。
「騒動の中で私を消息不明にするのは簡単だったし___なにより会いたくてしょうがなかった___」
「逃げてきたってことか。」
「意地悪___」
「そうだな。」
その彼女が、我慢の限界を超えるほど追いつめられたのだから、衝撃は推して知るべし。反骨精神の塊のような女が、男に慰めて欲しい一心で異世界まで来る。それは余程のことなのだろう。
「でも実際逃げてるよ。」
「___」
「俺もそうだ。逃げてきたからこんなところにいる。その気になれば、俺はおまえと一緒にクーザーの玉座いられたはずだ。でも俺がそれをしなかったのは、縛られることから逃げていたんだろう。」
「ならお互い様じゃないか___」
「そうだな。でも俺は必要とされたからここにいるって、それは確かだと思っている。あのとき___ソアラが天界へ行くとき、あいつは旦那と別れて一人で行くつもりでいた。でも俺はあいつが意外に打たれ弱いって事を知っていたから、一緒に行くことにした。そのまま黄泉に来て、今はこの館の嬢ちゃんに必要とされている。だからここにいるんだ。」
フィラにしてみれば詭弁にしか聞こえない。確かに彼の自由に理解を示し、けじめを付けるためにテディと結ばれることを決めたのは自分だ。ただその時は、サザビーがそれきり姿を見せなくなるなんて考えもしなかった。テディを失って、故郷を失って、もう自分にはサザビーしかいない。そんな時に彼が側にいてくれないのはどんなに寂しいことか。
「あたしにだってあんたが必要なんだ!だからこうして来た!なのに___なのにあんたは___どうして喜んでくれないんだよ!?」
フィラは勘の鋭い女だった。だからサザビーに抱きしめられていても、なにか物足りなさを感じていた。愛情はある。しかし何故だろう、寂しさが満たされることは無かった。そして言葉を交わすうちに彼女は気づいた。
サザビーはあたしがやってきたことを喜んでいない___と。
声を荒らげ、また涙を溜めて、それでも先程よりも随分勝ち気を取り戻した顔で、フィラは怒った。のし掛かるようにして強く胸を叩かれても、サザビーは呻く素振りさえ見せない。歯を食いしばって涙を堪える彼女の頬を両手で挟み、じっと見つめた。
「俺は___おまえが一番愛しているのはクーザーだと思っていた。」
「___」
「おまえが俺に会いたい一心でここまで来てくれたことは嬉しいよ。でもな、おまえがクーザーを見捨てちまったことはとても残念だ。あの国を世界で一番愛しているのはおまえなんだから。」
でも、国は滅んだ___もう愛するべきものは消えたんだ。
そう反論したかったのに、ゼルナスは何故か声に出すことができなかった。
「本当にどうにもならないのか?」
それだ。
「街も城も、跡形もなくなったのか?生き残りは誰一人としていないのか?復興の望みは完全に無くなったのか?」
その問いに返す答えは全て「いいえ」だ。望みはある。街並みは大きく崩壊したが、まっさらに消え失せた訳じゃない。生き残りだっているし、彼ら以外にもクーザーが元通りになればいいと思っている人は、きっと世界中にいるはずだ。
そんなこと考えもしなかった。いや考えようとしなかったのか。度重なる痛みに対し、立ち向かう気力を失っていた。まさしく逃げていたのだ。
「______」
長い沈黙が走る。サザビーはフィラの暖かな頬から手を放し、彼女はサザビーの上に跨るような格好で俯いた。
「___馬鹿。」
そしてポツリと呟く。
「馬鹿だ___」
溜め込んでいた涙の一滴が頬を伝う。だがソアラのように、それが止められなくなることはない。一滴光らせただけで、彼女は口元を震わせることもなく笑った。
「さっきのあんたの言葉に反論したかったのに、どうしても声が出なかった。希望がなくなった訳じゃないって認めてるから、言えなかった。あたしは___諦めたくなっただけなんだ。クーザーが消えて無くなったって、言いたかったのに言えなかった。嘘だって分かってるから___だから、あたしは馬鹿だ。」
自嘲の笑みを浮かべるゼルナス。しかし不意にまた、今度は引き寄せられるようにして強く抱きしめられ、笑みは驚きに変わる。
「ごめんな。俺が側にいればおまえの苦しみを少しは和らげることができたんだ。おまえは必死の思いでここまで来たのに、それにしちゃ今の俺の態度は冷たすぎた。」
「サザビー___」
「おまえが謝る必要はねえさ。謝るのは俺だけで十分だ、それに___俺はまたおまえに謝らなくちゃいけなくなる。」
「どうして___?」
何をするわけでもない。ただサザビーは愛しさを込めてフィラの体を強く抱き、二人は互いの耳元に口を寄せて言葉を交わす。
「放したくないが___放さなきゃいけない。お互いの心が満たされたら、おまえは元の世界に帰ってくれ。」
「___」
フィラは無言だった。
「俺はここに残る。」
「___なんのために?」
「アヌビスと戦うために。そして、おまえを守るために。」
「本気?」
「俺はいつだって本気だ。」
「嘘付き。」
そう言ってサザビーの耳に息を吹きかけ、彼が怯んだところでフィラは体を離した。
「でも___まあ信じてやるよ。信じないとあたしが捨てられたみたいで惨めすぎるからね。」
空元気にも映るのは、寂しさが見え隠れするからだろう。しかしフィラは気丈に振る舞った。
「よし決めた!あたしは帰る___と言うか、あんたを連れ帰るつもりでここに来たけど、それは諦めてやる。でも中庸界に戻ってきたら必ずクーザーに来て、あたしの側にいろ!いいな!」
「なら俺の方からも頼む。事が済んだら必ず戻るから、クーザーを復活させてくれ。そうしたら俺も堅苦しい場所に座ることを考える。おまえのためであり、おまえの母君のためにもな。」
フィラは力強く頷く。彼の回答に勇気づけられたのか、消えかけていた不屈の精神が蘇っていくのがありありだった。
「もう一つ条件がある。」
「おうおう、言ってごらんお嬢ちゃん。」
自分に跨る格好で意気込むフィラを眺めながら、サザビーは冗談めかした口調で言った。
「浮気をするな___なんてケチなことはいわない。あんたはいつだって女の尻を追いかけてなきゃいられない男だ。」
「良くおわかりで。」
「少しは気を遣えよ!」
減らず口を叩くサザビーの額をゼルナスは軽く平手打ちにした。
「でも___」
「でも?」
急に頬を赤らめて俯くフィラ。しかし彼女は持ち前の度胸で、意を決して顔を上げた。
「あたしとあんたの間に、掛け替えのない絆を作りたい。」
いつもの彼女らしいきっぱりとした言葉だった。
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