3 破滅の巨人と四人の勇者

 カッ___!
 そう遠くない空が光る。様々な色に蠢くの空では、輝きは今まで以上によく見えた。遅れてやってきた轟音、震動、衝撃波からして竜波動だろうか。
 「始まったか___」
 サザビーが呟く。彼は周囲を邪輝のドームで覆っていた。そうすると黒い壁を透けて外の様子が見えるのは彼だけになる。
 「ちゃんと報告してよ。」
 サザビーの後ろに立って、ライが念を押すように言った。
 「俺にも詳しくは分からないけどな。」
 邪輝の中では衝撃はもとより音もほとんど掻き消される。いくらサザビーがアヌビスに認められ、優れた資質を持っていたとしても、これだけ分厚く邪輝を張り続けるのは容易ではなかった。
 「っ___」
 ましてこの衝撃波だ。どちらの攻撃かは分からないが、今も巨大な爆発がファルシオーネを揺さぶっている。彼にとって幸いだったのは、仮面のおかげで苦悶の顔を読みとられずに済むことだった。

 「はああああ!」
 ルディーが両手を黄金に燃え上がらせる。
 「竜波動!!」
 バルカンの巨大な胸に向かって光の槍が走る。巨大すぎるバルカンは避けようともしないが、ルディー渾身の波動も体表を焼くだけでしかない。
 「くっ!」
 バルカンの爪がこちらに向くと、光線が走る。それは大地を切り裂いて、破滅の炎を吹き上げる。その威力たるや凄まじい。しかしルディーは顔をしかめながらもしっかりと避けていた。
 「古代呪文___ダブラン!!」
 今度は後ろからフュミレイ。その両手から放たれた魔力はバルカンの体をたちまち赤い霧に包んでいく。バルカンは振り払うこともせず、呼吸と共に赤い霧は彼の鼻孔や嘴から体内にも入り込む。その様子を見届けた上で、フュミレイは指先に火球を現すとバルカンに向かって投げつける。
 ゴォバァァッ!!
 火が赤い霧に触れた瞬間、一気に爆発した。古代呪文ダブランは火に触れると強烈な爆発を巻き起こす霧を放つもの。霧自体に害はないが、吸い込もうものなら点火と同時に体内からドカンだ。
 「す、すごい___!」
 バルカンの全身が壮絶な炎に包まれている。内から爆破されたのだろう、煌めきの奥でバルカンの口、咽頭、胸が破け、捲れ上がっているのが見えた。師匠の荒業に、ルディーはただただ感嘆するばかりだった。
 「!?」
 しかし次の瞬間、七色の光に炎は掻き消される。破壊の力がバルカンの体から全周囲へと放たれていた。
 バヂィィィッ!
 七色の輝きはルディーの前で弾け飛んだ。割って入ったソアラが蹴散らしたのだ。
 「よそ見は禁物!」
 「ご、ごめん___!」
 『ォォォォオオオオオ!』
 バルカンが叫ぶ。強烈な攻撃を覚悟したソアラは全身の輝きを強くするが___
 カッ!!
 バルカンは真っ直ぐ前に七色の光線を放った。そこにはソアラもフュミレイもいない。そちらにあったはずのキュルイラの世界ももうほとんどが虚無に消えている。
 「意志がぶれている___」
 「だがこちらの攻撃もほとんど効いていない。」
 フュミレイがやってきた。これほど近くにいるのに、バルカンは振り向きもしない。一度は捕捉した相手をあっさりとターゲットから外していた。とはいえ全身から無造作に、四方八方へ破壊の力を放ったりするから油断もできない。しかもこの再生力だ。なにしろダブランで受けた傷は、もう完全に消え失せてしまっている。
 となると策は一つ。
 「やはりファルシオンだ。」
 「そうなんだけどさ___抜けないのよね。」
 「なに?」
 笑うに笑えない様子のソアラに、フュミレイは眉をひそめた。

 作戦では、ルディーとフュミレイができる限り攪乱してバルカンを足止めし、隙を突いてリュカがファルシオンで斬りつけ、ソアラが渾身の一撃を放つ予定だった。しかし___
 「くぅぅぅぅぅぅ!」
 リュカがどんなに力を込めても、ファルシオンに深く食い込んだ武骨な鞘はビクともしなかった。彼はバルカンに気取られないよう瓦礫に隠れ、黄金の輝きも消してはいたが、鞘には微塵の動きもない。
 「リュカ!」
 フュミレイがやってきた。背後ではソアラとルディーが激しく動き回りながら、距離を取りつつバルカンを攻撃している。
 「ぬ、抜けないんですよ、これ!力任せでも、心鎮めてみても、びくともしなくって!」
 リュカの顔に些かの焦りが見て取れる。フュミレイはすぐにファルシオンの鞘に触れ、魔力を迸らせる。
 「っ___!」
 そして顔をしかめた。
 「何か分かりますか!?」
 「この鞘は___」
 「この鞘は!?」
 「鞘じゃない___」
 「え!?」
 フュミレイはそう言って手を放す。なぜだろうか、バルカンを前にしたとき以上の汗が額に浮かんだ。
 「こういう事だ。」
 そしてリュカが正眼に持つ剣に向けて、小さな火の玉を放った。それは抵抗無くファルシオンの鞘に触れると___
 「分かれた!?」
 綺麗に二つの火の玉になった。
 「これ自体がファルシオン。しかしまだ眠った状態___この鞘のように見えるのは、錆であり、垢だ!」
 「!」
 「剣を研げ!リュカ!」
 「どうやって!?」
 「おまえの父は刀匠でもあった。刀の鍛え方は知っているだろう?」
 そのとき、偶然にも二人の居場所に七色の光が降り注ぐ。フュミレイは瞬時に消え去り、リュカはファルシオンを見つめていた視線を光へと移した。
 「そうか___そういうことだ!」
 そして確信を持ってファルシオンを振りかぶった。
 バァァァァッ!!
 「え!?」
 驚きのあまりソアラが止まる。地表に向かって放たれた光線が、まるで斧を落とされた丸木のように真っ二つに裂けていったからだ。行き場を失った二つの光線はその場で弾け飛ぶ。まき上がった爆炎から飛び出したのは、武骨な鞘に入ったままの剣を握るリュカだった。
 「やあああっ!」
 リュカはそのまま、隙だらけのバルカンの腕に近づき、剣を振るった。鋭さなど微塵もない剣はバルカンの皮膚を切り裂くこともなく、ただ叩きつけただけだったが、接点からは七色の光が押し出されるようにして噴きだしていた。
 「!?___まさか!あれ鞘じゃないの!?」
 「ああ、あれ自体が剣だ。しかし本領にはほど遠い。」
 いつの間にか近くに寄っていたフュミレイが答える。
 「切って切ってファルシオンを鍛えるんだ!みんな援護して!!」
 異様な攻撃にバルカンがゆっくりと首を傾ける。体の大きさからすれば、小さなできものを針で突かれて膿が出た程度のことでしかないはずだ。しかしバルカンは、しっかりと意志を持ってリュカを睨み付けた。
 『ォォォォオオオオオ!』
 激しい雄叫び。腕が、羽が、光線が、全ての照準がリュカに向く。その反応こそ、Gに対するファルシオンの天敵ぶりを物語っていた。
 「バリアウォール!」
 フュミレイが魔力の盾をリュカの前に広げる。七色の光の前に抵抗はわずかでしかなかったが、その隙にリュカはバルカンの顔の高さまで飛び上がる。
 「やあああ!」
 バルカンは嘴を開け、その奥は七色に輝いている。しかしリュカは構わずに斬りかかった。
 ギュオオオ!
 嘴に斬りつけるのと、光線が放たれたのは同時だった。何かが捻れるような不快な音を上げ、七色の光線はバルカンの嘴から二手に分かれて広がり、大爆発を巻き起こす。爆炎にまみれて、ファルシオンから切り出された力が宙に飛び散る。
 「うおおおお!」
 体の両脇で炸裂した破壊の力に、リュカも傷ついた。しかし彼は構うことなく、嘴が吹き飛んでしまったバルカンの頭に続けざまに斬りつける。
 バシュッ!!ボゥッ!グァゥン!
 斬りつけるたびに、肉を裂く音だけでなく、何かが吹き出す音、何かが擦れる音が聞こえる。バルカンの頭の周りには七色の輝きが水泡のように広がっていた。その側頭部の辺りに、竜の戦士と化したソアラが現れて掌を向けた。
 「竜波動!!」
 ゴォァッ!!!
 バルカンの巨大な頭が黄金の光に包まれる。そのオーラは辺りに広がる爆炎を一瞬で消し飛ばし、バルカンの頭も軽々と消し飛ばしていた。
 「凄い___!」
 喜々としたリュカだったが___
 「!!!」
 頭を失った首の断面から、銀色の触手が吹き出し、ファルシオンに絡みついた。
 「リュカ!くっ!?」
 さらにソアラまで、不意を付かれて足を捕らわれる。しかも___
 「ぅうう!!?あぁぁあっ!」
 強烈な脱力感と共に、紫の髪が流れた。ソアラの凄まじいエネルギーが、一瞬にして銀の触手に食われていた。
 『ドラゴンフレア!』
 しかしエレクとゼレンガの声とともにドラグニエルが燃え上がり、触手を怯ませる。ソアラはすぐさま再び黄金に輝いて___
 「竜波動!」
 竜波動を放つ。
 「嘘!?」
 しかし触手を蹴散らすどころか、黄金の輝きはあっさりと吸い込まれてしまった。呆気にとられたソアラに再び触手が襲いかかる!
 「デュランダル!」
 しかし触手は根元から見えない刃に叩ききられ、その隙にソアラとリュカは触手を振り切って離れた。次の瞬間、触手を失った首の断面から、空に向かって七色の光線が放たれる。それは空の色に漆黒の穴を刻み込んだ。バルカンを中心に虚無の柱が立つ。三人への追撃を食い止めるために放っていたルディーのエクスプラディールは、炸裂することもなく虚無に触れて消えた。
 そしてバルカンは動きを止める。巨体を隠しきるだけの虚無の柱を立て、その中でマイペースに頭部の再生をはじめた。
 「ありがとう。いまのフェリルの技よね?」
 「見よう見まねだ。大気の超振動で見えない刃を作るというのを、私なりに真似してみただけ。」
 「お母さん!大丈夫!?」
 虚無の中では手出しのしようがない。リュカとルディーも、一度とはいえ紫に戻ってしまった母の身を案じて近づいてきた。
 「大丈夫よ。でもあの銀の触手には気を付けないと、力を根こそぎ吸い取られる感じだったわ。」
 「確実に進化していると言うことだ。竜波動や練闘気は剥き出しのエネルギーだから吸収しやすいのかもしれない。」
 「___冗談きついわ。」
 本当に冗談のようだ。頭が再生すると、バルカンは虚無の中にいながら七色の光線を放った。それはソアラたちの頭上を駆け抜け、リーゼの世界を消し飛ばす。力の衰えは一切見られない。
 「効果無いじゃないの___アヌビス___」
 ソアラは忌々しげに舌打ちした。
 「どうするの?お母さん。竜波動が使えないんじゃ___」
 「でもファルシオンは効果があるんだ。捕まらないように肉弾戦を挑もう。」
 思案顔の母にルディーとリュカが口々に言う。だがソアラ自身、どう動くべきか図りかねていた。ヘル・ジャッカルでアヌビスと戦ったときと同じ。僅かな判断のミスが死に直結する。そもそも正解に続く道があるかどうかも分からないという状況だった。
 「進化はしている、しかし不十分だ。」
 「え?」
 だが今はフュミレイがいる。それが何よりも心強い。
 ドンッ!
 フュミレイは無色の魔力の球体を放った。それはバルカンへ向かって真っ直ぐ飛んでいき___
 「あ!!?」
 虚無の中へと突き進み、バルカンの横腹に食い込むと猛然と爆発した。虚無をもろともしない攻撃に、ソアラは目を見開いた。先程互いの見てきたものを通じ合って、彼女の新境地はある程度理解していたつもりだったが、実際に見せつけられると驚きだった。
 「見ろ、バルカンといえど完全ではない。虚無の中だからと力を抜いていたのだろう、あんな攻撃でも傷が付く。」
 バルカンの脇腹は大きく抉れていた。そして開いた傷から溢れ出した七色の光は虚無の中で消滅する。僅かに遅れて傷口から噴きだした銀色の触手だったが、すぐに引っ込んで再生が始まった。
 「いまあいつが大量の力を吸収できるのはあの触手だけだ。時間が経てばさらに完璧な防御を身に着けていくだろうが、いまはあの触手がなければ、切り離された七色の再吸収も完全にはできない。そして次の行動、あいつは虚無から出てくる。」
 実際にその通りだった。バルカンは虚無の中から踏み出してくる。
 「触手が出るのは傷が開いてからだ。その間にバルカンの支配を離れた力は虚無に消えてしまう。つまり虚無の中では力の再吸収ができない。虚無の中で攻撃されるのは、バルカンにとって予想外であり、不利だ。」
 さらにフュミレイは続ける。
 「ところでソアラ、一度紫に戻るほど力を吸われた割に息の乱れもないな?」
 「___そうね、確かに不思議だと思ってた。」
 「それがこの戦場だ。ここにはエネルギーが溢れている。バルカンの触手のような大量吸収はできないが、あたしたちも息をしているだけでも、少なからず崩壊した世界から力を吸い続けている。」
 「それで?」
 「出し惜しみは不要だ。今のバルカンなら多少の吸収も恐れる必要はない。不完全なうちに、崩壊する世界の力も借りて、徹底的に全力で叩き潰す。リュカは可能な限りファルシオンで切り続け、あたしたちは可能な限り破壊力の高い攻撃をバルカンの全身に浴びせ続ける。どうだ?」
 「乗ったわ!」
 「僕も!」
 「もちろんあたしも!」
 四人は互いの顔を見合わせて、しっかりと頷いた。

 「サザビー、外の様子は?」
 ライが訪ねる。さっきから同じ質問が、ライと竜樹から数十秒ごとに続いていた。フローラは今だ眠り続けるアレックスを抱き、ミキャックはただ静かに目を閉じ、棕櫚も心穏やかに座っていた。空雪はここにはいない。
 「サザビー!」
 答えようとしない黒犬の仮面に、ライが少し語気を強める。
 「かわんねえよ、大きな動きなしさ。」
 サザビーから返ってきた答えは先程と変わらない。細かい説明をしたところでしょうがないというのはみんな分かっていることだ。しかしライと竜樹は他の面々ほど落ち着いてはいられなかった。
 「くそっ!」
 竜樹が舌打ちし、隻腕で闇を叩く。しかし当然ながら手応えはない。
 「大人しくしてろ。」
 「そうよ、サザビーだって楽じゃないんだから。」
 サザビーの叱責にミキャックが続けた。彼女は立ち上がり、サザビーの側に寄ってその手を温かな光に包み込んだ。回復呪文だ。
 「少し力がぶれているわ。体力を戻します。」
 「やめろよ、腹に悪いだろ。」
 「新しい命も大切。でも私はあなたが再び命を削る姿を黙って見ているつもりもない。目を閉じて力を感じていれば分かるわ、あなたの仮面の下がきっと脂汗でビッショリだってことも。だからライさんも竜樹も分かってあげて。彼を困らせないで。」
 新たな命を宿した天使の翼を持つ聖女。闇の中で回復呪文の光に照らされた神々しい姿の前では、ライと竜樹もただ苛立ちを鎮めるしかなかった。

 サザビーののらりくらりとした答えとは裏腹に、戦場は激しさを増していた。
 「古代呪文ザグダス!!」
 フュミレイの周囲を舞う五つの光は切り離された魔力の球。その一つ一つから強烈な稲妻が迸る。それはバルカンの両手足と胴に炸裂し、巨人の皮膚を破く。
 「エクスプラディール!五連発!!」
 間髪入れずにルディーの爆発呪文が破けた皮膚に降り注ぐ。傷口をさらに大きく開くと体液と共に七色の光が噴きだした。そこに触手が出る瞬間___
 「だあああ!!」
 リュカがまだ鞘状の垢に包まれたままのファルシオンで、腹に斬りつける。傷口から引っ張り出されるように七色の光が吹き出すと、触手の動きは明らかに鈍った。
 「神竜掌!!」
 そこでソアラの拳がバルカンの腰に炸裂。凄まじい一撃は腰からリュカに弱らされた腹へ、夥しい波動となって突き抜けていた。
 「いける!!」
 リュカはそのまま両の腿へ斬りつけ、ソアラは飛翔と共に片翼に光り輝く拳を突き刺す。
 『オオオオオ___!』
 バルカンの遅い反撃。嘴から伸びた舌の先が二手に分かれ、リュカと背中にいるソアラに向く。その先端が七色に光ったとき___
 「宵闇の裁き。」
 鮮やかな彩りは漆黒に飲み込まれた。レイノラそのまま、いやさらにパワーアップした感のある闇の奥義は、バルカンの舌を中程から消し飛ばす破壊力だった。さらに___
 「古代呪文アルカンタ!!」
 ルディーが続く。猛烈な魔力と共に、バルカンの足下の大地が広範囲に隆起した。
 「ほう。」
 いつの間にか古代呪文を修得していたらしい弟子の進歩に、フュミレイも小さな笑みを見せた。
 『オォォオ!』
 文字通り足をすくわれたバルカンは、バランスを崩して仰向けに倒れかける。
 「どりゃああああ!!」
 追い打ちとばかりに、リュカが巨鳥の頭にファルシオンを叩きつけると、巨体はついにファルシオーネに倒れた。リュカはそのままバルカンにのし掛かり、爆風と大地震の中へと身を投じる。そして___
 「だああああっ!!」
 バルカンの額にファルシオンを突き刺した。
 『ォオオオオォォオオゥゥゥアアアゥゥォオオオオオオ!!』
 かつてレッシイがそうしたように、敵の中枢たる場所にファルシオンを突き刺すのは絶大な威力を発揮した。傷口から噴きだした七色のオーラの勢いは、これまでの比ではなかった。バルカンは叫び、身もだえしてリュカを振り払おうとしていた。
 「アイスシックル。」
 しかしフュミレイがそれをさせない。城ほどの大きさはあろうかという氷の塊が、バルカンの四肢に杭となって突き刺さり、動きを封じたのだ。地味ながら使い手の魔力でこれほどまで強力になるのが、氷の塊を生み出す呪文アイスシックルだった。
 「エクスプラディール!」
 胴体にはルディーの放った炸裂弾が無数に降り注ぎ、触手の発生を許さない。爆風はバルカンの体の周りを漂っていた七色の輝きまで蹴散らす。
 「お母さん!!今だ!!!」
 チャンスだった。リュカはファルシオンを一層深く突き立てながら、全霊を込めて叫んだ。それに答えるべく、黄金に紫の波動を塗した竜戦士と化したソアラは、世界を震わすほどの力を満たしていた。
 「はあああああああっ!!」
 これで終わらせる!決死の思いを胸に、ソアラは黄金の流星となってバルカンの心臓、無限の紋様が鎮座する場所へと突貫した。リュカが、ルディーが、フュミレイが、その瞬間を固唾を飲んで見つめていた。

 『駄目だ!!!』

 (!!?)
 激突の瞬間、ソアラは声を聞いた。姿を見た気がした。無限の紋様を見ていたからだろうか?しかし百鬼が後押ししてくれるならまだしも、自分の前に立ちはだかったように見えたのは異様だった。
 ただ、遅すぎる。もう止まれない。だからバルカンの苦し紛れの足掻きだと考え、力を緩めることはしなかった。

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 ソアラの一撃は、今までバルカンが放ったどんな攻撃よりも凄まじかった。彼女のオーラそのものがドラゴンを象り、バルカンの胸に食らいついた。そして七色の輝きを一気に吹き飛ばして、巨大な黄金の柱が立ちのぼる。それは目にも美しく、壊れ行くオル・ヴァンビディスを照らしていた。
 「はぁ___はぁ___」
 柱が消えると、ソアラはファルシオーネに立って肩で息をしていた。彼女の周りには肉の壁があった。ソアラの一撃は倒れたバルカンの胸に大穴を開けていたのだ。肉の壁には光の波動が焼き付き、再生を許さない。蠢きすらしない断面は、バルカンの機能停止を思わせた。
 「やった?」
 半信半疑だった。敵の再生能力は知っているし、立ちはだかった百鬼の残像が彼女を惑わせた。
 「やったよ!お母さん!」
 リュカの声がした。ファルシオンを突き刺している場所から七色の光が吹き出さなくなっていた。それは分解するエネルギーすらなくなったからだと彼は考えた。
 「抵抗力を失っている___本当に倒したのか?だが___」
 フュミレイもソアラと同じで、疑いの目を向けていた。しかし突き刺したアイスシックル氷が、バルカンの四肢をも凍り付かせはじめている。それは魔力に対して無抵抗だからだった。
 「!___違う!」
 何かに気付いたソアラが突如ハッとしてその場から飛び退いた。
 「力が流れ込んでこない!バルカンはまだ死んでいない!」
 そう叫んだ次の瞬間だった。

 ズッ___

 突如、バルカンの頭部を飲み込むようにして虚無の柱が立った。なんの前触れもなく、全く予想外の出来事だった。
 「リュカ!?」
 あの場所にはリュカがいる。そう気付いたソアラは引きつった悲鳴を上げたが、すぐに安堵へと変わる。
 「大丈夫か?」
 「はぁっ!はぁっ!」
 虚無の中からフュミレイがリュカを抱いて飛び出したからだ。一瞬とはいえ、リュカは死を覚悟したのだろう、虚ろな面もちで息を荒くする。フュミレイがいち早く動いていなければ、彼は虚無に消えていただろう。だが安心するのは早すぎた。
 ギュンッ!!
 「っ!!」
 虚無の中から七色の光線が迸り、巨大な斧の如くフュミレイの腹を真っ二つに割いた。裂け目と口から血を溢れ出したフュミレイの体は、上と下が辛うじて背骨で繋がるだけだった。
 「フュミレイさん!?」
 自分の体を濡らしていく温い赤に狼狽するリュカ。未だ虚無の中にいる敵は、その隙を見逃しはしない。
 「リュカ!!動きなさい!!」
 ソアラが叫ぶ。彼女の姿が消えるのと、再び虚無から七色の光線が走ったのは同時だった。
 「ぐぅああっ!!?」
 リュカの前で、立ちはだかった母が叫んだ。竜の使いの真の力を持ってしても、七色の光線を阻むのは容易でなかった。それはそうだろう、おそらくこの光線は先程よりも威力を増している。胸の前でクロスした両腕はあっさりと弾き飛ばされ、胸を覆う竜の甲殻を光線が抉っていく。
 「やめろぉぉっ!!」
 しかしソアラの胸を光線が貫くことはなかった。絶叫と共にリュカの体から黄金のオーラが吹き出し、ソアラをも包み込んで七色の光線を押し返したのだ。
 「うわあああああああ!!」
 自分の失態が招いた危機。その思いが責任感の強い青年に我を忘れさせたのだろう、リュカはソアラが驚くほどの光のオーラを全身から漲らせていた。
 (リュカ___!?)
 ソアラと違って妖魔の彩りはない。純然たる黄金の光に包まれた彼の姿を目の当たりにして、ソアラは心底驚いた。まだ未熟ではあるが、しかしリュカにはソアラが竜の使いの真価を発揮したときと似た変化が現れていた。牙、角、爪、甲殻、しかも透き通るような白銀の角や爪、黄金の甲殻は竜神帝の特徴そのままだった。
 「あああああああ!!!」
 だがまともではなかった。彼は自分の変化に気付いて無いどころか、力の加減も分かっていない。瞳は力にこそ溢れているが泳ぎ、口元からは血が迸った。
 「やめて!リュカ!」
 それだけではない。リュカに押し返された七色が突如として矛先を大地に変えた。
 「しまった!!」
 ソアラは愕然とした。虚無の中にいるだろうバルカンは、どうやら先程までの狂った化け物ではない。七色の光線で大地を消し飛ばすつもりなのだ!
 「リュ___!」
 直後、七色は大地を抉り、黄金の輝きは無へと変わる。今までになく巨大な虚無の柱が、ファルシオーネを蝕んだ。ソアラ、リュカ、フュミレイに逃れる猶予はなかった。
 「はぁっ___はぁっ___!」
 ただ、ルディーは別だ。彼女は虚無の中の敵を窺いながら、ギリギリまで動かなかった。そして危機の瞬間、凄まじい魔力にヘブンズドアを込めて飛ばした。それは三人を飲み込むと、見事その場から転移させたのだ。
 「ぅぅぅがあああっ!」
 ルディーの側へと現れた三人。暴走の止まらないリュカの絶叫がこだまする。
 「リュカ!!」
 しかしソアラが加減なく彼の頬を叩くと、黄金の竜の子はようやく我を取り戻した。
 「っ!?あ、あれ!?僕は___うっ___」
 だが今度はまるで貧血を起こしたように崩れかけてしまう。ソアラが肩を貸さなければならないほど、疲労感がリュカの全身に広がっていた。
 「師匠!」
 「大丈夫、傷はすでに塞いだよ。」
 一方でフュミレイの身を案じるルディー。師匠はあれほどの傷をたちまち塞ぎきっていたが、ただでさえ色白な顔がより一層蒼白に見えた。それでも彼女はソアラの傷を治療しようと魔力を灯す。
 「ソアラ、傷を。」
 「待って!あれを!」
 しかしそれは後回しにせざるを得なかった。ソアラの指さした先で、異様な光景が広がっていたからだ。
 「あ、あれは___!?」
 「手___!?」
 バルカンの頭を飲み込んだ最初の虚無の柱、そこから手が伸びていた。おそらく若い男の手だ。しなやかで、無理な筋肉はついていない。虚無から飛び出しているのは、肘から先だった。
 「羽がない。」
 「!」
 フュミレイの言葉にソアラも頷き、リュカとルディーは息を飲む。突き出た手と腕は、明らかに今までのバルカンのそれとは違っている。
 「力を吸い込んでいる___」
 もう一つ異様な光景は、その掌に七色の輝きが怒濤の勢いで流れ込んでいることだ。力の源は、倒され、四肢を氷の杭に打たれたバルカンの巨体である。その体が手足からボロボロと崩れ、七色の光に変わって、オーロラのように揺らぎながら掌へと吸い込まれているのだ。
 悪い予感がする。ソアラの頭の中には、百鬼の「駄目だ!」の声が未だに響いていた。
 「何が起こるの___?」
 ルディーは少しだけ震えていた。これから起こるだろう出来事、あの手の主、悪い想像しかできなかった。
 「分からない___でも、ろくな事じゃないと思う。」
 ソアラには取り繕うことなどできなかった。ただ感じたままを言うしかなかった。
 「あの手から感じる力___嫌になるな。」
 フュミレイは平静でいた。しかし、滴る汗を止めるのは難しかった。
 「それでもやるしかない。追いつめられているのは僕らだけじゃない。」
 リュカは口元の血を拭って言った。戦えるだけの力はそれほど残っていなくとも、彼の魂は決して死なない。
 「!___出てくる!?」
 掌が、前に出てきた。バルカンの体はもう胴体部分を残すのみだった。崩壊の速度は、掌の主が前に出るほどに速まっていった。そして___
 「!」
 「!?」
 誰もが絶句した。いや、なんと言って良いか分からなかった。分かったのは、その人物がおそらくバルカンではないということだけ。若い男ではある。しかし四人のうち誰も、見たことがない顔だったのだ。
 男は純白のローブを身に纏い、頭には黄金の冠を、二の腕には白銀の腕輪、同じく足にも白銀のアンクレットを掛けている。飾り気らしいものはそれだけで、際だつのは若く美しく凛々しく力強く、他を圧倒する何かを秘めた男の顔であり、肉体であった。黒い髪、髭はなく、未だ目を閉じたままでいる。背丈は大きい、しかし先程までのバルカンのような非常識な大きさではない。百鬼やサザビーとそれほど変わらない、つまり長身の男性である。
 ごく自然、しかし圧倒的な存在感。それを一言で言うならば「神々しさ」か。四人の目を釘付けにする男は、自らの後ろに虚無を従えるようにして、ついにその全てを露わにした。
 「神___」
 ソアラが呟く。わななきの中で、ようやく絞り出した声だった。
 「あれは___神様___」
 ソアラはこれまでにも、この手の偉大さに直面したことがある。そこにいるだけで、ただ言葉を失い、見惚れるか平伏するかしてしまうだろう存在。ジェイローグとレイノラに初めて会ったときがそうだった。アヌビスと会ったときは少し違ったが、でも彼の邪輝を見せつけられたときは同じだったかもしれない。これは神の感触なのだ。
 「でも___誰___?」
 十二神の誰でもない。誰にも似ていない。でもどこかで見たことがあるような気がしないでもない。そして___
 「少なくとも救いの神ではなさそうだ___」
 フュミレイの言うとおりだった。外見こそ潔白の象徴のようであって、いまあの男を見ているだけで胸の奥底から握りつぶされるようなプレッシャーだ。福音を感じるどころか、生きた心地がしない。
 「___だ___」
 その時だった、思いも寄らぬ方向から声を聞いた。斜め後ろ、バルカンの巨体が横たわっていた場所から、酷く嗄れた声が必死に何かを訴えていた。
 「あれは!!」
 四人は一様に驚かされた。すっかり崩れ落ちたバルカンの体、それがあった場所に、裸の男が上半身だけで這い蹲っていた。腰がグチャグチャに潰れ、下半身はない。上半身も肉は殺げ落ち、焼けただれた肌は所々破れ、骨が露出している場所すらあった。それでも男は棒きれのような腕を張り、必死に顔を上げ、肉が溶け落ちて片頬に穴の開いた口で、掠れきった声を絞り出し、血反吐を飛ばしながら訴えた。
 すっかり変わり果てている、しかしその顔はオコンに間違いなかった。
 「オコン!!」
 生きていた、しかし喜ぶべき姿ではない。オコンは瞼もとろけて飛び出しそうな目を一層ひん剥いて、息を吸い込む。

 「敵は___バルカンではない___!!!!」

 絶叫だった。血と体液を飛ばし、衝撃で顎が半分崩れ、喉の肉がこぼれ落ちた。肉片は七色の霞みとなる。

 「真の敵は___はじめから______」

 絞り出す。残された力の全てを込めて。

 「大神バランだ!!!!」

 それが最後の言葉だった。オコンの全身が一気に崩れ落ちる。肉片はすぐさま七色の霞となって、ゆっくりと白衣の男へと流れていく。それが全てを物語っていた。
 崩壊の坩堝と化したファルシオーネは、おどろおどろしい音が至るところで響き渡っている。だがこの瞬間、四人はなんの音も聞こえていなかった。ただオコンの魂の叫びが、延々と響き渡っているだけだった。
 真の敵は大神バラン。
 白衣の男は、ゆっくりと目を開ける。




前へ / 次へ