第32章 終局へ

 空に闇が蔓延る黄泉の一角、今は吏皇が統べる東楼城を見下ろす小高い丘に、飾り気はないが威厳に満ちた墓がある。煉炎尊と書かれた墓石の前で、榊は手を合わしていた。
 (煉様、水虎様のご子息、玄道様は黄泉を正しき方向へ導こうと努めておいでです。私も微力ながら、あのお方のために尽くしてまいります。どうか煉様もこの見晴らしの良い丘から見守ってくだされ。)
 長い黙祷を終え、榊は顔を上げる。そして闇の広がる空に視線を移した。
 「そして願わくば、果てへと去った水虎様の娘の無事もお祈り下され。」
 そう呟くと、彼女は踵を返した。ソアラたちが黄泉を去って暫くたつが、榊は彼らのことを思わない日はなかった。恋人であった棕櫚のこともあるが、あの男が煮ても焼いても食えない男だと分かっている彼女は、それよりも自分を変えてくれた由羅のことを思い続けた。まして彼女は自分を助けた直後、ろくな別れも言えず黒犬に連れて行かれてしまったのだから。
 「榊!」
 丘の下から、深緑色の髪をした娘が手を振って呼びかける。
 「鵺!?」
 「来てるなら一声かけてよね!」
 今は亡き仇敵、鴉烙の娘の鵺である。
 「申し訳ありません。止めることができませんでした。」
 「構わぬ。」
 鵺の後ろからやってきた仙山にそう告げて、榊は溌剌と駆けてくる鵺を迎え入れた。煉の墓の前で、彼女は笑顔を弾けさせて榊の手を握った。
 「元気にしてた?あたしは見てのとおり!」
 「健常で何よりじゃ。近頃は縫い物をしておるのか?」
 「あ、凄い!よく気付いたね!」
 「それだけ傷だらけではのう。」
 鵺の指には針の刺し傷らしきものがたくさんあった。
 「最近は少しうまくなってきて、怪我も減ったんだよ。」
 「何を作っておるのじゃ?」
 「大きな剣を入れるための袋!」
 「あやつのためか。」
 「そう!」
 戻るかどうかも分からない旅立ちであることは鵺も理解していた。だが彼女は待ち続けねばならない今も、榊からすれば羨ましくなるほど前向きな笑顔だった。
 「風間は今も敵をバッタバッタと切り倒しているはずよ。だってほら!」
 彼女が前向きなのには根拠があるのだ。鵺はそれを榊に教えることで、元気づける腹づもりだったのである。
 「風間の宝石か___しかし、以前より色が鈍ってはいまいか?」
 「ぁ、あれ?おかしいな?___さっきまでいつも通り真っ赤なキラキラだったのに___」
 根拠はバルバロッサが左腕から剥ぎ取って渡してくれた赤い宝石だった。これは彼の血肉の一部だから、彼自身の生命力の証となるものだと聞いていた。つまり彼の無事を証明するものだと。嘘か誠かはともかく、鵺はその言葉を信じていた。
 「おかしい___おかしいよこれ!こんなの見せたかったんじゃないのに!」
 「鵺___」
 鵺は明らかに取り乱しはじめた。彼女の手の中で、真っ赤に輝いていたはずの宝石は、酸化しきった血のように、どす黒い赤へと変わろうとしていた。
 まるで、死を告げるように。




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