第30章 魂の闘争

 事態はリュカの理解を超えていた。戦場が虚無に囲まれたこと、目の前にバルカンが三人いること、守っていたはずのエコリオットの神殿が陥落したこと。
 『知りたいか?』
 彼の混迷を察して、バルカンは言った。説明する必要など無いのに、絶望させるために語った。
 『こういう事だ。』
 一人のバルカンが自らの腕を切り落とした。血が溢れ出る暇もなく、腕は再生する。そして___
 グググググ___
 切り飛ばされた腕が蠢き、一つの丸い肉の塊になったかと思うと、たちまち縦横に筋が走り、二つ四つと別れながら桑の実のような形になったかと思うと、今度は頭や手足が象られていき、ついにはバルカンの姿そのものになった。
 『___理解したか?』
 腕を切り落としてから四人目のバルカンがそう言い放つまで、わずか一分半。
 『君たちはこの戦いで私の体を何度バラバラにしたか___私自身も数えていない。だがここにいる私の数ではまったく足りないのは分かるだろう?』
 『残りのバルカンがどこに行ったか。その答えが倒れた神殿にある。』
 『そして私は、この戦いで最も望んでいたオコンの命を奪うチャンスを得た。そこで、必勝を期すために世界を破壊し、虚無を呼んだ。』
 『つまりだ、その気になれば今君たちの足下にある大地を破壊し尽くし、虚無を広げれるだけで君たちを消し去ることができる。』
 『ただそれでは君たちの力が虚無に流れて消えるだけだ。だから私は君たちを殺すために戦う。』
 『君たちも抵抗するだろう。しかしここにいる四人のバルカンを倒したところで、君たちに生き延びる術はない。それだけは理解しておきたまえ。』
 四人が方々から口々に喋るのは、混乱を助長する。リュカは怯み、黄金に輝いてはいたが顔をグッショリと汗で濡らしていた。
 『さて、それでも君たちは抵抗するか?それとも黒犬のように消えるか?』
 「え!?」
 それすら今の今まで気が付かなかった。確かにアヌビスの姿がない。虚無に飲まれて消えた___とは考えにくい。あの男のこと、おそらく虚無が走った瞬間に時を止めて罠から脱したのだろう。
 「アヌビス___!」
 一時は信頼したがやはり間違いだったようだ。共闘は建前で、結局うまくバルカンと引き合わされただけ。利用されただけだった。リュカの心は怒りとともに掻き乱され、胸の奥では知らず知らず絶望の種が根を張ろうとしていた。
 『諦めて首を差し出せ。私の中で父と再会するがいい。』
 反抗の声を絞り出すのも難しかった。しかし___
 「戯れ言だ。」
 オコンは違った。
 「戦わない理由がどこにある?もし本当に生き延びる術がないとしても、ここで分割されたバルカンのうち四つを葬り、力を食わせることなく消えられるなら十分だ。自ら諦めるような愚かな選択は、俺にもジェイローグの末裔にも無い。」
 絶望的な状況にも絶望せず、彼は四人のバルカンを前にしても自信に満ちあふれていた。言葉そのものは自棄的だったが、リュカを絶望から引き戻すには十分だった。
 『言うじゃないか。だが命の選択権はもはや君たちにない___!』
 四人のバルカンが一斉に爪を煌めかせる。
 鳥籠の中に閃光が迸った。




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