3 妖精の罠
「いやぁ、地獄に仏とはまさにこのことですぜ。こんなところでまさか姐さんと会えるとは思ってもみませんで。」
「矢が追いかけてこなければ気付かなかった。あたしが見つけたんじゃなく、見つけさせたんだろう?」
「へへっ、かなわねえや。」
黒い輝きに包まれて飛ぶフュミレイ。その輝きの中には小柄な眼帯の男もいた。黄泉の悪党であり、相棒を失って路頭に迷っていた親分、空雪だった。フュミレイは鳥神の世界で彼を拾ったのだ。
「私たちと動いても生きることには繋がらないかもしれないぞ。」
「一人よりはましでさ。それに姐さんには恩義があるが、あの鳥公には返さなきゃいけねえ借りがあるんでね。」
「相棒か___」
空雪がどんな気持ちで、おそらく軽い気持ちと野心だったのだろうが、ともかくオル・ヴァンビディスにやってきて得たものは、微々たる力のみ。代わりに彼は相棒の丹下山を失った。
「あとね、いまさらでお恥ずかしい限りですが、ちょいと黄泉が恋しくなったってのもありまさぁ。」
「だろうな、私も久しぶりに故郷に戻りたくなってきたよ。バルカンに消される前にね。」
その時、遠くの空で巨大な力が放散されるのを感じた。
「無駄口はここまでだ。飛ばすぞ。」
「あいよ。」
フュミレイは空雪ごと黒い光線となって空を駆けた。だがその頃、戦場ではバルカンが力を見せつけていた。
「うおおお!」
ここまで温存していた羅刹の力を全開にし、竜樹はバルカンに斬りかかる。しかしバルカンは簡単に回避すると、すぐさま彼女の背後に現れて爪で突きにかかる。しかし動きを察した竜樹は、振り返り様に爪に相対する形で刀を突き出す。
ガガッ!
爪と刀が激しくぶつかる。
「金菱の霞!」
しかし次の瞬間、花陽炎の刀身が砕けて細かい無数の刃となりバルカンを襲う。
『飛翔。』
しかし無数の刃はそろいも揃ってバルカンに触れるかどうかという距離でその矛先を空の高みへと変えてしまう。見れば、バルカンの周囲に数枚の羽が散り、それぞれが朧気に光っている。
『束縛のフィールドにフェリルの飛翔の力を合わせた見えない盾だ。』
「戻れ!!」
散り散りになった花陽炎の刃を呼び戻すよりも早く、バルカンの拳が竜樹を捕らえる。
「がはっ!!」
しかし貫くには至らない。大量の結び目の付いた紐が腕に巻き付いて、勢いを弱めたからだ。
ドドドドドッ!
紐はすぐさま凄まじい爆発を巻き起こす。しかし爆煙はあっさりと、中から飛び出したバルカンに散り散りにされた。
「くっ!」
炎爆の手甲を輝かせても、バルカンは軽々と蹴散らしてカレンに迫る。力量差はいかんともしがたかった。
ギンッ!!
しかしその拳は鋭い剣に阻まれた。割って入ったのは漆黒の装束をボロボロにさせたバルバロッサだった。
『もう治療したか。なかなかの使い手がいるらしいな。』
バルバロッサはそのままゼダンを振るい、バルカンはにやけながら爪を鋭く伸ばすと剣戟を受けて立った。
『また剣が強さを増した___君はなかなか面白い男だ。欲しくなるよ、その成長力!』
ぶつかり合うのは剣と爪。しかしゼダンは一本だが、バルカンの爪は両手足に、さらに彼は翼や尾羽さえ武器になる。
片手で剣を受け、もう片方の爪をバルバロッサに飛ばす。顔を傷付けながらも背後から突貫してきた竜樹には足の爪と尾羽が飛び、バルバロッサを支援しようというカレンの爆弾は大量の羽にあっさりと迎撃される。
『ククク。』
それぞれを相手にしても、まだバルカンには嘴があった。その奥から波動が溢れ出る。
ドンッ!!
「しまった!」
カレンが悲鳴にも似た声を上げる。波動は目前のバルバロッサではなく、眼下の密林に向けて放たれた。そこにはガッザス、ディメード、クレーヌがいる。皆はクレーヌの魔力を頼りに倒れては回復を繰り返し、入れ替わり立ち替わりバルカンと戦っていたのだ。
その心臓部に、恐るべき破壊力の光が降り注ぐ。
バァァァンッ!
『なに?』
しかし波動は巨大な爆発を巻き起こすこともなく、突如として密林の上に現れた黒い蓋にぶつかると、コーヒーに垂らしたクリームのように広がり、やがて黒ともども混ざり合って消えてしまった。
(犬か___?)
黒い蓋はアヌビスの邪輝に良く似て見えた。
「やあ、バルカン。」
しかしバルカンを呼んだのは、子供同然の高い声だった。しかし子供にしては妙に落ち着きすぎている声の主を目の当たりにすると、さしものバルカンも驚きを隠さなかった。
『エコリオット___』
まさか自ら出てくるとは思わなかったのだ。だがエコリオットの奇行はこれに留まらない。
「僕を殺してご覧ヨ、バルカン。」
「!?」
その言葉はバルカン以上に、竜樹たちを驚かせた。
『なにを?』
バルカンは訝しげに問う。
「Gの力を利用して色々楽しいことをしてきたけど、そろそろ終わりにしようと思うんだヨ。僕を殺したらいいヨ。」
「なにいってやがんだ!俺たちはてめえを守るために戦ってたんだぞ!?」
エコリオットの自虐的な言葉に、竜樹は憤りを隠そうとしなかった。
「ならもう戦わなくてもいいヨ。」
「あんだとぉ!?」
いきり立つ竜樹に、バルカンが手を翳す。何ら力の蓄積無く、凄まじい破壊のエネルギー弾が彼女を襲った。
ドォォッ!
しかし波動は竜樹の前でバルバロッサの剣に切り裂かれる。爆発は巻き起こったが、それは二人の姿を隠すのに調度良い目くらましだった。
『ほう?』
輝きの後に、竜樹たちの姿は消えていた。だが力は余韻を残して下の森に消えている。つまり彼らは逃げたのだ。
『らしくないな。本来は人間嫌いの妖精神が、人間どもを逃がすために身代わりになるのか?』
「そんなつもりはないヨ。君をどうにかするときに余計なのがいると邪魔なんだヨ。」
エコリオットは不変不動。彼は表情を変えず、宙を僅かに上下に漂うだけ。その瞳は限りなく深く、見る者によっては純粋にも、おぞましくも映る。全てを知り尽くした永遠の子供、それがエコリオットという存在である。
「僕を殺すとどうなるか、君は分かっているから怖がっているヨ。」
『怖がる?私が?』
「力は支配できるヨ。でも、きみは精神を支配できるのかナ?アイアンリッチは、バラン爺を殺した時点で、自分を失ったヨ。君はどうかナ?僕を支配できるかナ?僕に支配されるかナ?」
『___』
バルカンの薄ら笑いはすぐに消えた。今までの嘲るような余裕の顔ではなく、威圧を込めた鋭い視線でエコリオットを睨んでいた。
「自分の命を使った罠!?なんだそりゃ!」
竜樹は高ぶった血の気を抑えきれない様子で言った。羅刹の変身を解かずに吠える彼女は、バルバロッサに抱えられていた。その言葉も問いかけというよりは、理解する気などなく当たり散らしているかのようだった。
「俺も驚いた。だがエコリオットは本気だ。そしてバルカンにとっちゃ、エコリオットは一番の難関なんだ。だから一見弱そうに見えるあいつを終盤まで残した。」
ブラックはそう語る。森への攻撃を防いだのも、カレンに合図を送り密かにバルバロッサと竜樹もろとも撤退させたのも彼だった。
「意味わかんねえ!だいたいてめえの言うことなんか信用できるか!!」
「これでもか?」
「!!?」
しかし仮面をずらすという些細な行為だけで、竜樹を黙らせるには十分だった。
「信用するよな。」
「___あ、ああ、すまねえ___って、なんでおまえが!?」
「それは気が向いたら教える。他の奴らに言うなよ。」
竜樹は驚きながらも理性を取り戻し、変身を解く。顔には疲れの色が滲んだが、すぐに掻き消された。
「あ、おまえは無口だからはじめから心配してないぞ。」
「___」
バルバロッサは親指を立てる。仮面の下のサザビーには十分な返答だった。
「それで、どういうことだ?」
カレンが話を戻す。彼らはブラックが作った闇の傘に身を隠しながら、エコリオットの神殿最下層に向かっている。
「ついさっきエコリオットから聞いたことだが、十二神はGから力だけでなく、精神、意志の力、魂、そんな感じのものまで受け取っている。自分の許容範囲を超えた情報が人を混乱させるのと同じで、一人の人間に複数の意識や記憶が混在するのは危険なことだ。だがGはそういう生き物だった。源になったアイアンリッチはかなり早い段階で、大量の意識の流入で、自分を亡くしていたらしい。」
「で?」
「Gの中に渦巻く大量の遺志は十二神にとっても厄介だ。だがそれをほぼ一手に引き受けたのがエコリオットだった。」
「なぜそんなことができる?」
「そういう能力の持ち主だからさ。妖精ってのはそうらしい。妖精は万物に存在する意識が具象化したものなんだとさ。」
「難しくてわかんねえ。」
「魂そのものってとこかな。今のエコリオットの姿も、Gの大量の魂が集まって具象化した存在って考えれば早い。そもそもあいつには肉体なんてものは無いんだ。」
「なるほど。」
「いや、全然わからねえ。」
ある程度納得するカレンたちに対し、竜樹はいつまでたっても首を傾げたままだった。
「無理に理解しようとするな。ともかく、これからエコリオットは自分をバルカンに注ぐ。バルカンが気をやったところで、俺たちは全力で始末する。で、あの場所にいるとおまえらも余計な意識を注入されて頭が壊れるから引き離したってわけだ。」
そうこうしているうちに彼らは神殿最下部へと辿り着いた。木の幹の穴に張った邪輝を退けようとブラックが手を伸ばす。
「バルカンが耐えたらどうする?」
その時、カレンがおもむろに問うた。
「___さあ、どうするかね?」
しかしブラックは気の抜けた嗄れ声でおどけるだけだった。そして闇の壁が開く。
「ブラック、私たちはアヌビス様の元へ戻る。」
だが彼がそれをくぐるよりも早く、カレンが言った。ブラックは足を止め、竜樹とバルバロッサに先に行くよう促した。
「どちらが生き残るにせよ、大勢は決する。任務は十分に果たした。」
「じゃあここでお別れだな。」
カレンは特段驚きはしなかった。彼の行動、素顔を晒す行為、かつての仲間と戦場を共にして、その足がどちらに向いているかは考えるまでもなかった。
「アヌビス様の力の届かぬ場所では、おまえは生きられないぞ。」
「もともと死んでるから。ま、短い間だったが助かったぜ、なんとか結末は見届けられそうだしな。アヌビスに礼をいっといてくれ。裏切りが許せなけりゃすぐに殺してくれてもかまわねえからさ。」
「そうか___」
カレンは顔にも言葉にも特別な感情を表さない。ただ、この男の大胆さ、プライドを感じさせないほど柔軟でありながら根幹はビクともしない姿には、疼くものがあった。その心の強さに父の姿が重なったからかもしれない。
___おそらく、私が感じたささやかな好意の源はそれだろう。それに、奇しくも両名は同じ女を愛したようだし___
「おまえらしい最期を。」
「酷い挨拶だ。でも、あんがとよ。」
「フフ、達者でな。」
最後にカレンは笑みを見せた。それはサザビーにとって最高の餞別だった。クレーヌ、ディメード、ガッザス、それぞれが言葉なり肌の触れ合いなりで別れを惜しむ。短い間だったが、ヘルハウンドは彼にとって居心地の良い場所だった。
カレンが密林で黒い宝玉を輝かせる。彼女たちの体はすぐさま漆黒の輝きに包まれ、目にも止まらぬ速さで世界の中心へ向かって飛んだ。ファルシオーネの方角に。
一方、正体を隠したサザビーは神殿の最下部に戻り、邪輝の壁を閉ざした。バルカンに対しては無力な場所だが、ここならばエコリオットの罠の被害は受けないらしい。ここにいるのは、ライ、フローラ、棕櫚、バルバロッサ、ミキャック、竜樹、アレックス、そしてブラックことサザビー。闇の壁を透かして外の様子が分かるのはサザビーだけだった。
「なに?」
「い、いや、なんでもねえ!」
ついついブラックとミキャックを代わる代わる見てしまった竜樹は、不思議に思ったらしいミキャックの問いかけに慌てて繕っていた。そんな時、神殿の内部に明らかな異変が起こる。
「え?」
ここでは小さな苔の玉のようなものが光りながら漂い、辺りを明るくしていた。その光の苔玉が一斉に消えたのだ。そして神殿の内側は一気に暗くなった。そうすると完全な密ではないのだろう、木肌の所々から僅かに差し込む光の存在に気付いた。
「な、なんだ!?」
ライが辺りを見渡す。しかし僅かな光の筋の中でホコリが踊るのが見えるだけで、静かだった。
「何だろう___この感じ。」
これまでよりも、土や木の香り、水気などは強く感じられた。しかしそれは自然な姿にも思えた。
「これがこの木の本来の姿ではないですか?」
棕櫚が言う。かつて植物を自在に操っていた男にはそう感じられたようだ。
「エコリオットが意識の支配者なら、彼がこの木に与えた意識が抜けたんだと思います。妖精の木がただの木になったというところでしょうか?」
「多分そんなところだ。」
ブラックも彼の意見に同調した。そして上へと続く螺旋階段を指さす。
「ここを開けてもいいが、上からの方が見やすいだろう。いざってときもここにいるよりは逃げやすい。」
「そうですね。」
真っ先に従ったのは棕櫚だった。
「行くの?」
「ええ、彼は信用できます。」
思慮深い彼の迷いのない答えには、下手な理屈以上の説得力がある。ライとフローラは互いに顔を見合わせて棕櫚に続いた。アレックスはライの背中でまだ眠っている。
「___」
「?」
竜樹はまたミキャックのことを見つめて、思い詰めた顔をしていた。しかし彼女と目が合うと、プイッと顔を背けてライたちに続いた。
「こいつ寝てばっかりだな!」
「別にいいだろ!それにこいつっていうな!」
「キュルイラさんが安眠できるお酒を飲ませてくれたの。それが効いてるのよ。」
少し苛立っているらしい竜樹とライ夫婦のやり取りを聞きながら、ミキャックは首を傾げた。そうしている間にバルバロッサが階段へ。
「先にどうぞ。」
二人残ったミキャックとブラック。ミキャックは不信感丸出しでブラックを促した。
「しんがりは任せられないってか?」
「翼が邪魔で前が見えないでしょ?」
「お尻だけ見つめるつもりだったんだがな。」
「___」
ミキャックは無言になり、手で合図を送るだけになる。しかたなく、ブラックは彼女の前を進んだ。本当はお尻だけじゃなく、彼女の全てを眺めていたかった。母となる女の美しさをしっかりと目に焼き付けたかったのだが。
(___)
後ろ姿を見たのはミキャックのほうだった。後ろからだと犬の顔は無く、仮面の留め具が見えるだけ。背格好や階段を上る動き、その一つ一つに目を配らせながら、それでもミキャックは不信と警戒を保ち続けていた。
螺旋階段を上りきると、切り株の屋上にたどり着いた。バルカンの攻撃でへし折られた巨木の真ん中。最初にキュルイラが殺されたフロアとほぼ同じ高さだ。そこは眼下の密林のはるか上で、バルカンとエコリオットが対峙している姿を、ほぼ真正面に見ることができた。
「うわ___」
その光景が目に入ると、ライは足を止めた。感嘆の声が自然に漏れた。
正面にはバルカンがいる。しかし、彼は頭を抱えて仰け反った姿で、微動だにせず、宙に留まっていた。そして、その体には青白く輝く光の塊が次から次へと流れ込んでいく。光の塊は眼下の森から続々と溢れ出し、バルカン目指して揺らぎながら宙を登っていった。
「おい!後ろが詰まってるぞ!」
竜樹がヤジを飛ばしても、ライはなかなか動かなかった。それほど目を奪われる光景だったのだ。フローラも竜樹も、人魂のような光のそぞろ歩きを目の当たりにすると、やはり言葉を失って立ちつくすだけだった。
「な、なんだこりゃ___」
ようやく絞り出した言葉がそれ。青白い光は周辺の密林だけでなく、遙か遠くの森からもやってくる。巨木の横や上を通り過ぎて、バルカンへと宙を泳いでいく。
「凄いな。」
ブラックは邪輝の壁を透かして下からこの様子を見ていた。それでも高い場所から見下ろすと、壮観の一言だった。
「夜に見たらさぞ綺麗だったろうな。」
「そうね___」
驚きが警戒を薄れさせたか、ブラックの言葉にミキャックはごく自然な相づちを打っていた。
「そういえば___エコリオットは?」
夢心地から現実に視線を戻し、フローラがブラックに尋ねる。
「バルカンの中だろう。」
「中?」
「殺されたってことさ。」
「そんな___」
「だが、バルカンの意識を支配すれば、死ぬのはエコリじゃなくバルカンだ。肉体を滅ぼして、残された意識でエコリは蘇る。あの様子だとまだ勝負は付いていないが___エコリが優勢だろう。」
ブラックは化石のように硬直し生命の色づきも薄らいでいるバルカンを指さした。
「この光は木々の意識ですか?」
「木だけじゃない。虫だろうが石ころだろうが、エコリは自分が支配する意識の全てをあいつに注いでいる。もしあの中に飛び込んで体に大量の意識が入り込めば、俺たちも頭がおかしくなるはずだ。」
「それが彼の罠。」
「そうだ。そしてバルカンが最も恐れただろう相手の奥義だ。」
「詳しいのね。」
ミキャックは先程までの警戒心を取り戻した様子で言った。しかしブラックはあっけらかんとしていた。
「さっき本人から聞いたばかりさ。それをさも昔から知っているように言ってるだけだよ。」
「あ、あのさ___!」
二人のやり取りに辛抱堪らなくなったのか、竜樹が辿々しく声を上げる。
「な、なんでもねぇ。」
しかし密やかにバルバロッサと棕櫚が彼女の背中を抓り、竜樹は引きつった笑みで手を振るだけだった。
「フローラ、この状況じゃ近づいてどうこうってのは無理だ。かなり距離があるが、その矢で狙えるか?エコリオットをサポートするために、バルカンにダメージを与えておきたい。」
「やってみるわ。風の呪文で飛ばせば何とかなると思う。」
フローラは力強く頷いて、巨木の縁に近い場所へと歩み出る。
(なんだか不思議___あの人、とっても自然。まるで昔からいるみたいに___)
若干の雑念と共に弓を構え、ルディー特製の竜波動入り水晶の矢を引き絞った。
「コンドルサイス。」
そして弓矢を握る手に魔力を灯す。勢い良く放たれた矢は、下へと傾き掛けたところで風の翼を纏い、猛然とバルカン目がけて飛んでいく。敵が微動だにしないまま、矢はバルカンの眉間へ。
「いける!」
竜樹が喜々として叫んだその時。
ガッ!!
バルカンが動いた。右腕だけが動き、矢を打ち払ったのだ。水晶が砕け、竜波動が迸り、バルカンの片方の翼を打ち抜いた。
「見ろ___!」
それだけでない。翼に開いた穴はすぐさま再生を始めたのだ。ただバルカンはもう動かない。矢を退けるために右腕を振り上げたままで固まっている。右腕以外は、顔つきも含めてそれまでと変わっていなかった。
「完全に気を絶ったわけじゃないらしいな___」
「どうする?矢はまだたくさんあるけど___」
「あの様子では満足に動けないのは間違いありません。」
「攻めようぜ。あの光に触るとあぶねえってなら、遠距離攻撃でさ。なにせあっちの黒の中にはまだリュカがいるはずなんだ。迷ってる暇なんて無いはずだぜ。」
思慮深い顔ぶれが多いことも合ってか、竜樹の意見は短絡的に映る。しかし、この場は彼女の思い切りが皆を勇気づけもするのだ。
「そうだな、やるだけやってみよう。」
アヌビスの仮面はコクリと頷き、皆も同調した。
(いつのまにかリーダーみたいに___)
ただ、少し不思議な感覚を抱いた顔もあったようだが。
「よーし、しっかりたのむぜ。」
エコリオット神殿の切り株。その縁に立つのはフローラ、バルバロッサ、竜樹。フローラは魔力に包んだ矢を引き絞り、バルバロッサのゼダンは赤い波動を纏い、竜樹の花陽炎は研ぎ澄まされた殺気に満ち満ちていた。
「矢継ぎ早に行く。可能な限り連射して、しかも確実に当てていくんだ。」
ブラックとライ、アレックス、ミキャックは衝撃から身を守るべく、神殿の螺旋階段に身を隠している。棕櫚は三人の目を補助すべく、獣の力を呼び起こしてバルカンを見つめていた。
「俺の合図で行くぜ!」
竜樹が気合いを込める。そして___
「撃てぇぇっ!!」
三つの砲門が開かれた。
赤い光が空を焼く。
白い刃が大気を切り裂く。
風を纏った矢が宙を走る。
三つの攻撃はバルカンを襲った。
ドォッ___!!
今度は防御もままならなかった。バルカンの体で巨大な爆発が巻き起こる。それは確実に敵の肉体を破壊していた。
「やはり動けていません。照準そのままです!」
バルバロッサの剣が輝き、赤い破壊光線を放つ。
竜樹が雄叫びと共に花陽炎からデュランダルにも似た波動の刃を放つ。
フローラが竜波動という恐ろしい爆弾付きの矢を風に乗せて放つ。
また巨大な爆発。
「頭の半分、胸、両翼、片腕、片足を破壊!」
爆炎の隙から僅かに見える情景を棕櫚が伝える。三度の砲撃。崩壊するバルカン。
「いけるかな___」
前方からの凄まじい衝撃波に何度も瞬きしながら、ライは顔だけ切り株の上に覗かせて状況を見守る。
「信じなけりゃ行けるものも行けなくなるぜ。」
ブラックがその横で答え、ライは彼の仮面を見やるとしっかりと頷いた。その一方で、ミキャックは彼らほど楽観的ではいられなかった。ある種の予感が、彼女の心をざわつかせていた。
「なんだか胸騒ぎがする___」
独り言同然に呟く。
「ほう、ならとりあえず胸を見せてごらん。」
それを敏感に察知したブラックの反応に、ミキャックは構わず彼の仮面を叩いた。
「ふざけないでよ___さっきから___あんたを見てると苛々するんだ!」
苛々する。それは彼女も無意識に感じているからだろう。ブラックの仕草、言動、先程じっくり見た後ろ姿、それにサザビーの影が重なるのたろう。苛々の原因はそれだ。
「そりゃすまん。お腹の子にも悪かったな。」
「ふん___」
と、その時。
「ねえサザビー。」
ライが唐突に言った。仮面の下の当人は、心臓を抉られたような驚きで思わず息を飲んでしまった。
「あ、ごめん、違った。なんかサザビーと話してるみたいな気がしちゃってさ。えっと___そうだブラック!ブラックだったね。」
「そう、ブラックだよ。誰のことかと思ったぜ。」
口ではそう言いながら、サザビーは相変わらずなライを疎ましく思ったことだろう。
(サザビーに___似てる?)
なにしろ彼女にいらぬ迷いを与えてしまったのだから。
「ほら見て、ちょっと様子がおかしいよ___!」
だが彼にとって幸いだったのは、それについて触れられるほど余裕のある状況でなかったことだ。ただ言い換えれば、余裕のない状況とはすなわち「最悪の事態」を意味する。
「!?」
砲撃手三人の手が止まった。都合六発目の砲撃が爆炎の中から弾き出されたのだ。赤い光は打ち払われて後ろに抜け、水晶の矢は叩き伏せられて大地に竜波動を放ち、竜樹の刃は敵を食らうことができずに力無く散り散りになった。
「棕櫚!どうなってる___!?」
竜樹が怒鳴る。バルカンの周囲は煙が立ちこめて、良く見えなかった。だが棕櫚の顔つきはそれ以上に曇りきっていた。
「___エコリオットが負けたようです。」
彼が断腸の思いで絞り出した言葉はそれだった。次の瞬間___
カッ!!
閃光と共に、凄まじいエネルギーを秘めた光線がエコリオットの神殿に突き刺さる。
ドゴォォォォォッ!!
三人の砲撃など目でないほどの爆発が巻き起こる。衝撃は戦場一帯の煙を一気に吹き飛ばし、大気を灼熱に変えて密林を燃え上がらせた。
そして___
『フゥゥゥゥルルルル___』
新たなるバルカンが現れた。
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