第3章 魔王降臨

 その日、ライは酷く落ち着かない様子だった。長袖のシャツを腕まくりした姿、額に滲む汗、小刻みに揺らす足。キッチンの椅子に座っては立ち上がり、そわそわとテーブルの周りを回ってまた腰を下ろす。
 そんなことを繰り返しているうちに、待ちに待った声を聞く。
 「!」
 それは赤ん坊の産声。ライは椅子を蹴倒して飛び上がり、寝室へと駆けた。
 寝室では、大仕事を終えたフローラが上気した顔でライを待っていた。彼女は産婆に抱えられた新しい生命を目の当たりにし、涙を零していた。そしてライも赤ん坊の泣き声を掻き消すほどの声で歓喜の叫びを上げた。
 天界での激しい戦いが終わりを迎えようかという頃、中庸界ではライとフローラの子供が生まれた。元気な男の子。
 「男の子だったらもう名前は決めてあるんだ。」
 「フフ、わかった。」
 「やっぱり?」
 「アレックス!」
 一月も前のこと。大きなお腹に手を添えて、二人は声を揃えてその名を呼んでいた。だから、彼の名前はもう決まっている。
 アレックス・フレイザー。
 ライの父であり、フローラの人生を変えてくれた人であり、ソアラにとっても百鬼にとっても大きな道標となった人。今の世界の、自分たちの礎となった偉大なる人。
 新たなる命に、愛敬の意を込めてその名を捧ぐ。




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