第29章 最後の砦
死とは何だろうか?肉体はそこにあるのに、生命は活動を停止する。感情も、意志も、記憶も、体とともに深い眠りに落ちる。
深い眠り___古来から死を表するのに使われる言葉だ。それだけあって言い得て妙である。目覚めが無く、夢も見ない眠りが死の感覚なのだろう。いや、そもそも死に感覚など無いのだ。死は無になること。眠りと共に、無に落ちること。肉体はそこにあり続けるが、すでに滅びへと加速している。再生することはない。
しかしその肉体が残した爪痕は、消えることなく残り続ける。肉体を未来永劫まで滅びから守ることもできる。さらには当人があたかも存在するかのように、霊などと呼んだりもする。
しかし私の意識は無だ。何かされることはあっても何かすることはない。見ることも聞くことも考えることもない。無なのだから。
(なぜ___?)
そう思っていたのに、レイノラは夢を見ていた。柔らかな温もりに抱かれていた。
(父上___?)
闇の神ウルティバンの姿が浮かぶ。闇の中に立つ父の姿は雄々しく、そして優しい。闇の神は、死への連想から恐れられる。しかし父に死は重ならない。一途な愛を成就させた父は、レイノラの憧れであった。そしてその父の愛に命を以て応えた母を、レイノラは尊敬してやまなかった。
(あぁ___これは___)
死の瞬間、人は潜在意識の全てを解放する。阻むもの、遠慮するものなど何もなく、本当に心の髄から求めた幸せの縮図を見る。それを永久に見続けられるとしたらどれほど幸せだろうか。
(父上___母上___)
そこにジェイローグの姿がなかったことは意外だったが、レイノラは闇の中で父と母に抱きしめられていた。それは至福だった。
「レイノラ___」
「レイノラ___」
重厚なる声と、慈しみある声が重なる。
「レイノラ___」
娘の名を呼ぶ。
「レイノラ___!」
愛おしげに、切なげに、やがて力強く___!
「様___」
様?
「レイノラ___様___!」
父と母の面影が重なっていく。そう、母は確か銀色の髪をしていた。会ったことはないけど、そんな気がした。
「レイノラ様!!!」
直後、現実が舞い戻った。目の前には確かに闇を操る銀髪がいた。父と母に重なって、哀願の顔でレイノラを見つめていたのはフュミレイだった。
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