3 勇者と邪神

 「バルカンが動いてるって!?」
 アヌビスが去ってから一時間もしないうちに、エコリオットの神殿は再び騒がしくなった。空はじきに明るくなり始める。せめて交互に睡眠を取ろうと言った矢先のことだった。アレックスとともに休んでいたライは、フローラを部屋に残して神殿の広間に駆け込んできた。
 「しっ!」
 キュルイラが口元に指を立てて視線をきつくする。ライは肩を竦めて、足音まで潜めながらやってきた。全身を魔力に包んで目を閉じたルディーを中心に、リュカ、キュルイラ、棕櫚が立っていた。
 「間違いありませんか?」
 「うん、これは絶対にそう。不気味なくらい静かで、奥底はとてつもなく禍々しくて___」
 ルディーも体を休めていたのだ。それがどうにも胸が高鳴って眠ることができず、一人精神を研ぎ澄まして遠い世界に意識を傾けた。そして、バルカンの動きを察知したのだ。
 「こっちに来るんだ___いよいよ!」
 ライは落ち着かない様子で拳を叩く。
 「いえ、まだここには来ません。」
 「え?」
 「寝癖ついてますよ。」
 「え!?あ〜、慌てて出てきたから___って、そうじゃない!こっちにこないって!?」
 そう言いながら縦横無尽に跳ね回る寝癖を抑えるライ。
 「別のとこに向かって___すんごい寝癖ね!」
 「それはいいから!」
 面白がって続けたキュルイラがライの反応を見て笑う。棕櫚も、ルディーでさえ少し口元が弛んだが、リュカだけは違った。
 「アヌビスのところです。」
 はっきりとした物言いが弛緩を断った。

 「どうされますか?接触まであと一刻とないでしょう。」
 ダ・ギュールは至極落ち着いた様子で問うた。主君を脅かしかねない存在が近づいてこようと、彼の辞書に焦りの文字はないらしい。
 「ふぅむ、そうだな。あれと戦えばお互い無傷ではすまないだろうからな。」
 それはアヌビスも同じだ。彼はバルカンの実力を認めた上で、それでも自分が敗れることは頭の片隅にもない素振りだった。
 「それにバルカンは前よりも強くなっているはずだ。」
 アヌビスは腕を組んで思案する。そんなわざとらしい仕草をするとき、彼は何か奇策を出してくるもの。ヘルハウンドになったばかりのブラックでさえ、分かっていたことだった。
 「よし、逃げるか。」
 「なんと!正気ですか!?」
 闘争心の塊のようなガッザスが声を上げる。
 「無礼だぞ。」
 「そうよ、この単細胞。」
 「わめくならどちらに逃げるか聞いてからにしろ。」
 それをカレン、クレーヌ、ディメードが口々に責める。アヌビスはそんなやり取りに笑いながら、円盤を旋回させた。
 「んじゃ、逃げるぞ。」
 不適な笑みをたたえ、アヌビスは黒から濃紺へと変わりはじめた空を駆けた。

 「え!!」
 その激動は、ルディーの驚嘆の声から始まった。
 「どうしたの!?」
 リュカが問いかける。
 「アヌビスが___」
 「やられた!?」
 「こっちに向かってくる!!」
 「!?」
 「バルカンもアヌビスを追ってこっちに来てる___!!」
 「なっ!?」
 戦慄が走った。その場にいた誰もが唖然とした。
 「この速さじゃ___あと三十分もあればここに着くよ!」
 「くっ___!」
 リュカは呻いた。こちらが動かないのをいいことに、アヌビスは無理矢理共闘に持ち込もうとしているのだ。
 「やるっきゃねえ!どのみち戦わなきゃならねえ相手だ!」
 竜樹が血気盛んに叫ぶと、それに触発されるようにリュカが駆けだした。
 「リュカ!?」
 「僕が戦う!ここまでこさせない!僕が向かっていってバルカンとアヌビスを倒してくる!!」
 「ちょっ___待て!」
 それだけ言い残して外へと飛び出していったリュカを竜樹が追おうとする。しかし熊に化けた棕櫚が彼女の体を力任せに押さえつけた。
 「放せ!」
 「その体では足手まといです!」
 「みんなはここを守___!」
 外から、去り際の声が飛んだ。思い出したように告げた指示は、遠ざかって語尾が聞き取れなかった。
 「ちくしょう___俺だって戦える!」
 「無理よ。」
 憤る竜樹の手に、ルディーのしなやかな手が触れた。
 「あたしが行くわ。もう力を感じる必要もない。すぐに戦いが始まって、空気や大地が震え出すもの。」
 「俺も連れて行け!」
 「竜樹はここを守って。あたしの父さんがそうだったように、大切なものを守るために戦って。」
 「く___」
 竜樹が口惜しげに唇を噛んだその時___
 「いや、ルディー、君には別の仕事を頼みたい。戦場には私が行こう。」
 不意にあらぬ方向から声がした。そこには花の中に立つ妖精神エコリオットの姿があった。
 「フフフのフ、引っかかったネ。今のは僕じゃないヨ。」
 皆の驚きの視線を浴びると、エコリオットは満足げにほくそ笑み、花ごと横へ退いた。そこにはどこかへと続く下り階段の入り口があり、声の主はそこから現れた。

 「いた!」
 夜明けだ。空が明るくなるほどに、アヌビスの黒い円盤がはっきりと浮かび上がる。その斜め後ろから、七色に入り乱れた波動が揺らめきながら近づいてくる。
 「くっ___!」
 リュカは後ろを一瞥する。まだ神殿が近い。ここがエコリオットの世界であることには変わりないし、密林に聳える大樹の輪郭は、マッチ棒ほどとはいえ肉眼ではっきりと捉えられる。
 「アヌビス!!」
 せめて少しでもバルカンに近づくべきだ。リュカは円盤の上で牙を見せて笑うアヌビスに呼びかけた。円盤には彼一人だった。
 「俺が心配で来てくれたのか?」
 「ふざけるな!もっと神殿から離れたい!バルカンに向かっていくぞ!」
 あの少年がこうも勇ましくなるか。アヌビスはリュカの気迫に心地よい驚きを覚えた。なるほどこいつは母から力を、父から闘魂を受け継いでいるらしい。
 「一緒に戦うのか?断ったくせに。」
 「誰が一緒に戦うって言ったんだよ!僕がバルカンと戦うだけだ!でもおまえは漁夫の利を狙って動くんだろ?それがアヌビスのやり方だもんな!」
 あげく挑発までしてリュカはアヌビスとすれ違い、七色の光に向かっていく。
 「知恵も働くようになった。クク、しかし随分とせこく見られたもんだなぁ。」
 円盤が急停止し、打ち返されたボールのようにリュカの後へと続いた。

 『___忌むべき者同志が結託する。互いの主義、過去、未来、何一つ重ならぬ者同志が手を結ぶ。それほど私は畏れ多い存在に至ったということか___』
 バルカンは空を進む速度を落とした。体は未だ不完全。その大半はグロテスクに蠢く皮のない体で、七色のオーラと共に時に漿液を散らしている。しかし体が破損しようと、そこはすぐに新たな血肉で埋まる。骨組みだけの翼を開き、羽ばたきもするが、その姿から鳥らしさは消えつつある。
 『滅びの日は近い。いや、レイノラの消えた今、ここでアヌビスと小さなジェイローグを討てば私に抗えるものは皆無だ。ということは___』
 真正面から迫るリュカに、バルカンはおもむろに右手の人差し指を向けた。
 『今日が滅びの日だ。』
 光線が走った。それはまさに光の速さで一瞬にしてリュカまで届く。
 パァァッ!
 しかし彼の前で両断された光線は、左右に裂けて眼下の密林へと注ぐ。それだけで大火山が爆発したかのような火柱が立ちのぼり、広大な緑の絨毯に虫食い穴を開ける。
 その爆炎を劈いて、剣を振りかざしたリュカが飛び出してきた。まだ距離はある、しかし彼の剣は凄まじい力で満ち満ちていた!
 「竜牙斬!」
 振り下ろした剣の軌道そのままに、巨大な光の刃がバルカンに向かって放たれる。その大きさはエコリオットの神殿を真っ二つできるほどだった。
 『ふっ。』
 力比べのつもりか、バルカンは不用意に左手を突き出す。高速で迫る巨大な刃を真っ向から受け止めようと言うのだ。
 ズッ!!
 しかし刃は七色のオーラを突き破り、彼の左手に食い込んできた。バルカンはすぐさま体を擦らすが、左腕の外側と翼を波動の刃に叩ききられる。そればかりか___
 『っ!?』
 光の刃は一つではなかった。リュカは返す刀で横凪にした剣から、先程と変わらないだけの刃を放っていたのだ。
 『ちっ!』
 バルカンが浮上する。刃はその足下を駆け抜けた。熱を帯びた光は撫でるだけでバルカンの足先をとろけさせたが、今注意すべきは足下ではない。
 「うあああ!」
 『!』
 リュカはすでにバルカンに接近していた。翼を落とされた左後から、剣を振り下ろす。刃はバルカンの肩口から袈裟切りに一気に切り裂いた!
 「えっ!?」
 かに見えたが現実は違った。リュカの剣はバルカンの肩を少し食らったが、彼はすでにバルカンから離れた場所にいた。
 「甘いんだよ。」
 「アヌビス!」
 隣にはアヌビスがいた。時を止めたアヌビスがリュカをその場から連れ去ったのだ。
 『ちっ___』
 バルカンの舌打ちが聞こえ、リュカはそちらを振り向いた。少しだけ切り裂かれたバルカンの肩から飛び散った血が、辺りに赤い霧を広げていた。
 「斬るんだったら一発だ。肩じゃなくて頭を狙え。生半可なことをしてるとあの血に目を潰されるか肺を食われるぜ。」
 アヌビスに助けられたことに、口惜しさはあっても嬉しさはない。だがリュカは父に負けず優しく情に厚いから、黙っている気にもなれなかった。
 「___礼は言わない。」
 「俺もあの場であっさりおまえがやられたら、計算どころじゃなくなるんでね。」
 「僕が仕掛ける!援護しろ!」
 リュカを包む黄金の輝きが炎のように燃え上がる。そして弾けるように飛び出した。
 「言うね〜。」
 アヌビスはにやけながらその背を見送る。しかし手にはかつてヘル・ジャッカルでのソアラとの死闘で使った武器、死神の鎌のような長刀を握っていた。それだけ彼も本気なのだ。
 「つあああ!」
 バルカンはゆっくりとした動作で振り返る。そこへリュカが急接近する。
 『動いてみようか。』
 動きの鈍いバルカンだったが、次の瞬間、彼はリュカの真横にいた。
 「っ!」
 面食らったが付いていけないスピードではない。リュカは片手で剣を横凪にするが、またも一瞬で舞い上がったバルカンの足の下を切り裂いただけ。だがそれは予想できた。剣は囮も同然で、左手に込められた竜波動が本命だった。
 「はああっ!!」
 黄金の砲撃が斜め上に逃れたバルカンを襲う。しかし___!
 グァボッ!!
 光は大きく開いた嘴の奥、バルカンの口の中へと吸い込まれてしまった。閉じた嘴、膨らんだ喉から、次の一手は想像できた。
 『カァァァッ!!』
 魔鳥の一声とともに、バルカンは黄金の波動を赤色に変えて放った。それは竜波動に上乗せされた巨大なエネルギー。
 『む!?』
 しかし、赤い波動は嘴から僅かに飛び出したところで弾けて消える。その空間には、いつのまにやら黒い盾が立ちはだかっていた。邪輝だ。
 『犬か___!』
 それだけではない、左手から音もなく近づいた黒犬の長刀、その切っ先はもはやバルカンの頬に触れる位置にあった。
 ズバッ!!
 肉を切り裂く音。同時に堅いものを砕き、断ち切る音もした。一つはアヌビスの長刀が仰け反ったバルカンの嘴を砕いた音。一つは素早く接近していたリュカがバルカンの右腕を上腕から切り落とした音だった。
 ズルルルッ!
 しかし、二人が刃を引くよりも早く、切り落とされたそばから新たな右腕と嘴が生えてきた。
 『ゼクロスの飛翔。』
 言葉よりも早く、バルカンの体は猛禽の顔を象る白いオーラに包まれていた。そしてオーラは全方向へと飛び散った。
 「くっ!」
 リュカとアヌビスを白刃が襲う。それは黄金の輝きも、漆黒の邪輝も食い破り、僅かではあるが二人の肌に裂傷を刻んだ。
 『なるほど、そんなものか。』
 浅い、しかしバルカンは確信の笑みを浮かべる。
 (斬られた___僕の波動も、アヌビスの邪輝も!)
 重要なのは傷の深さではない。リュカとアヌビスの守りをバルカンが並の技で崩せるという事実だった。
 「いいねぇ、お互いに斬り合える相手でないと楽しみがない。」
 しかし息を飲んだリュカと異なり、アヌビスはこの状況を楽しんで見えた。その言葉に誘われるように、バルカンがアヌビスに襲いかかる。
 『ずああ!』
 「よっ!」
 鋭い爪と、長刀がぶつかる。その一撃を合図に、刃が、拳が、足が、入り乱れてぶつかり合った。激しい打撃の応酬は、それだけで周囲の大気に熱を迸らせ、黒と七色のオーラを散らす。
 「はっ!」
 リュカは流れに乗り遅れていた。その戦いが新鮮だったせいか、彼はアヌビスの加勢に入ることを忘れていた。はたと気が付いて、黄金の輝きを強くする。
 「___うああっ!」
 そしてリュカは、僅かな逡巡の後に剣を振りかざして二人の激闘へと突撃する。
 「ちっ!」
 しかしアヌビスは舌打ちした。その瞬間、彼は邪輝を込めた長刀でリュカの迫る方向からバルカンを切り裂こうとしていた。ここでバルカンを傷つければ、煮えたぎる鮮血がリュカに降り注ぐ。あのオーラなら大したダメージはないだろうが、わざわざ攻撃の方向を重ねたセンスは頂けなかった。
 「そらよっ!」
 『ぬっ!?』
 アヌビスは長刀を返してバルカンの左腕に柄を叩きつける。それを軸に体を回転させ、軽やかな回し蹴りをバルカンの胸へ。衝撃はバルカンの体を流れさせ、そこには剣を振りかざしたリュカが迫っていた。ただ同時に、バルカンの骨組みの右翼が、体勢の崩れたアヌビスを突き刺そうとしていた。さらにグッと体側に引き寄せた右腕にも、巨大なエネルギーが満ちている。
 だがここでリュカが渾身の一刀を見舞えば、ダメージが大きいのはバルカンのはずだ!

 ザンッ!!
 黄金に輝く剣が振り下ろされる。
 「なにっ!?」
 しかし顔を歪めたのはバルカンではなくアヌビスだった。リュカはバルカンの頭に斬りつけるチャンスを捨て、二人の間に割り込むと、アヌビスを襲った翼を切り払ったのだ。
 「ちっ___!」
 そして時が止まる。壮絶な破壊力を秘めたバルカンの右腕の前に、がら空きの腹を晒したリュカがいる。いくら黄金のオーラを纏っていても、この距離からまともに食らえば、上半身と下半身がバラバラになるかもしれない。
 (こいつ___)
 しかし時を止めて見たリュカは、片手を剣から放してこちらに突き出し、しかも僅かにアヌビスを振り返って、明らかに拒否の姿勢を見せていた。だがアヌビスは構わずに、リュカの襟首を引っ張って、彼ごとバルカンの照準から外れた。
 時間にして一秒あったかどうか。すぐに時は動き出した。

 『バトゥの咆吼!!』
 その瞬間、バルカンはリュカを仕留めたと確信して破壊の波動砲を放っていた。
 「放せ!!」
 輝く砲弾が空を劈くのを見たリュカは、すぐさま状況を理解してアヌビスを振り払った。そして___
 「うあああ!」
 猛然と追走するとたちまち追いついて、波動砲に斬りつける。
 ドォォォォッ!!
 そしてバルカンの砲弾は空で炸裂した。
 『なに___?』
 バルカンはリュカの行動に目を疑った。やり過ごしたはずの破壊エネルギーを自ら追いかけ斬りつける。理解に苦しむ行動だった。
 「___ちっ。」
 アヌビスはリュカの行動の意味を理解していた。理解したからこそ、笑みを捨てて顔をしかめた。
 「はぁっ___はぁっ___」
 リュカが僅かに息づかいを荒くする。輝きに翳りはなかったが、斬りつけた右腕が所々裂けていた。
 『そういうことか___』
 爆煙がリュカの輝きに消し飛ばされると、明るくなってきた空も相まって、バルカンは彼の行動の意味を知った。リュカの後ろ、バルカンとリュカを結ぶ直線の先に、エコリオットの神殿が聳えていたのだ。
 『何とも生温い。』
 バルカンが消えた。直後、リュカの顔面を鳥の蹴爪が襲う。しかし爪は空を切り、僅かに飛び上がったリュカはバルカンの首めがけて剣を横凪にする。
 腕を盾にするバルカン。しかし刃は腕を軽々と食い進み___
 ザンッ!
 一気に切り落とした。刃はそのままバルカンの首を襲う。阻むものは何もない。
 「!」
 しかし剣は止まった。バルカンの首筋から突如として骨が飛び出し、剣を食い止めたのだ。しかもそれは素早く伸び、一瞬で剣を包み込む。
 「!?」
 切り落としたはずの左腕が一瞬で再生した。しかも骨たけを槍のように鋭く伸ばした姿で!
 「くっ!!」
 至近距離で動きの止まったリュカを骨の槍が襲う。剣を食われて動きの止まったリュカは、それでも剣から手を放そうとはしない。必死に身を捩るが、バルカンはまだ右手が自由だ。
 「ぎゃっ!!」
 リュカが喘いだ。骨の槍と挟み撃つように、バルカンの右手の爪がリュカの背に突き刺さった。そして骨の槍はリュカの右腕を食らう。至近距離で、バルカンの巨大な体躯はリュカを抱きしめるかのように捉えた。
 『所詮は温室育ちか。』
 「どうかな___僕も父さんと一緒だからね!」
 しかしリュカは笑みを見せた。傷みに顔を歪めながらも、彼は今の状況をまるで悔いていない。
 『何?』
 「他の誰かが傷つくのは御免だ!でも自分が傷つくのは何も怖くない!それが父さんと同じ僕の戦い方だ!!」
 直後、なおも握り続けていた剣の刀身が一気に膨れあがった。
 『ぬっ!おぉぉおおおお!?』
 リュカの体を包む黄金とは少し違う、白い輝きが彼の剣を包んでいた。それが刀身そのままの形でぐんぐんと肥大化し、剣を捉えていた骨を砕く。
 「迸れ練闘気!」
 それはリュカの生命エネルギー。巨大化した刃は、百鬼が性骨との戦いで見せたのと同じ攻撃___

 アポリオの七年で、リュカは父の得意技だった練闘気と斬撃の融合に挑戦した。練闘気は生命力の強さをそのまま攻撃力にも防御力にも転じられる。消耗が激しいからリスクも大きいが、秘策として修得しておくべきだと感じたのは、ある程度の思慮深さを身に着けた十三歳の頃だった。
 「ルディー___ルディー!こっちに来て!」
 挑戦は成功した。剣に練闘気を纏わせて放った斬撃の威力は凄まじく、アポリオの大地に深い爪痕を刻んだ。その渓谷のごとき爪痕を見た瞬間、リュカはあるものを思い出してルディーを呼んだ。ルディーの反応も彼と同じだった。
 「___やっぱりお父さんは___」
 一か八かの大技。練闘気の斬撃にリュカはそんなイメージを持っていた。だから自分の残した傷が、父の消えた戦場に残っていた爪痕とそっくりだったのを見たとき、言葉にならない感情に襲われた。
 父はあの時、自らの命も省みず、僕たちと竜樹を守るために命を掛けたのだ。そう確信すると、彼はこみ上げるものを抑えられなくなっていた。

 ___父はこの大技に名前を付けていなかったと思う。そこで息子は、尊敬する父の子である誇りを胸に、こう名付けた。
 「百竜撃!!!」
 バルカンの首の横で、剣が膨れあがる。それは空に広げられた光の絨毯のようだった。
 ズバァァァァァ______!
 距離があれば防ぎようもあったろうに、バルカンは望んでリュカとの距離を詰めたために、避けようがなくなっていた。膨れあがった光はやすやすと彼の首を食い進み、燃え上がる命の炎に触れた場所から肉体が消し飛んでいく。熱湯を浴びせられた雪のように、首から頭へ、胸へ、崩壊は進んでいく。
 「ああああああっ!!」
 リュカは鬼気迫る顔で力を高めた。刀身はさらに広がり___
 バシュゥゥッ!!
 バルカンの頭が消し飛んだ。
 「まだまだ!!」
 それだけでは安心できない。リュカはバルカンの体を完全消滅させようと剣を下へと動かしていく。
 「___ぅうぅ!」
 しかしその動きは重苦しかった。過度な生命力の放出のためか、彼の若い顔は澱んだ汗にまみれ、幾らか老いてさえみえた。
 「うがあああああ!!」
 実際様子がおかしかったのだ。リュカ自身、異変を感じながら、この技に全てを掛けるつもりでいた。しかし剣が思うように進まない。
 『私は進化している。』
 「!!!?」
 頭は消えたはず。しかし声はバルカンの腹から聞こえた。臍の辺りに、まん丸の口が開いていた。
 『刻一刻。厳しい環境に身を置くほど進化は劇的となる。』
 リュカの剣から溢れ出る光が口に吸い込まれていく。それは口の中の暗黒にとろけて消えた。間違いない、バルカンはリュカの練闘気を吸っているのだ。
 『これは好ましい攻撃だ。力が露骨で吸収しやすい。それに、私には良く馴染む下地もあるようだ。』
 口の上、みぞおちの辺りに黒い紋様が浮かび上がる。それは横の8の字。父の左腕にあった無限の紋様だった。
 「うあああああ!!」
 それがリュカに我を忘れさせた。百竜撃は再び怒濤の勢いを取り戻し、リュカは剣を左右に振るうとバルカンの両肩から肘までを消し飛ばす。腕はどちらもリュカの体に食い込んだままだったが、彼は自由を得た。
 「だあああああっ!!」
 そして空に広がった光の絨毯を振り上げて、怒りを込めて一気にバルカンの胴体へ!
 「っ!?」
 振り下ろさなかった。そればかりか剣に纏った練闘気を消し、慌てて後方へと飛んだ。
 「なにやってんだよ!」
 そこにはエコリオットの神殿に向けて、邪輝を満たした手を翳すアヌビスがいた。リュカは彼の前に立ちはだかり、怒鳴りつけた。
 「頭に血が上ると見境無くなるのは父親譲りか?」
 「なんだと___!?」
 「あれはバルカンを喜ばせるだけだ。気付いてないわけじゃないだろう?それとも、おまえはバルカンを強くしたいのか?」
 「そんなこと___ぐっ!?」
 アヌビスが邪輝を消す。そして生身の拳で、リュカの胸を一つ突いた。
 「落ち着け。バルカンは確かに強いが、勝てない相手じゃない。俺たちの攻撃は通じる、あいつの攻撃にも耐えられる。大事なのは選択する行動を間違えないことだ。」
 「___」
 アヌビスの言葉に素直に従う気はない。しかし受け入れる部分は受け入れなければならない。
 「その点おまえは足りない。だが、一撃の力なら俺やバルカンよりも上だろう。だから共闘をするんだよ。おまえの足りない部分は俺に任せろ。うまくやってやる。」
 「___分かった______ありがとう。」
 リュカの礼の言葉に、アヌビスは目一杯の煙たい顔をし、青年の肩をこづいて前を向かせた。そしてリュカは新たなバルカンを目の当たりにする。
 『お勉強の時間は済んだかな?』
 バルカンは再生していた。頭が蘇ると、腹に開いた丸い口は消えた。一方で蘇った胸から上、肩から肘までも、これまでの解剖標本のような体から変わっていた。金属のような、光沢ある滑らかな皮膚が現れていた。翼も美しい羽を取り戻している。
 『私はもはや昨日のバルカンではない。殺さずとも力を奪う方法と、傷つき再生することで革新を遂げる体を我が者としたのだ。』
 「あと良く喋る口だろ?憧れの化け物に近づけて上機嫌か?」
 挑発するアヌビスの前で、リュカは右腕を貫く骨の槍と、背中に食い込んだままの片腕を払い捨てた。バルカンの古びた両腕は回転しながら地へと落ちていく。
 「同時に攻めよう。再生させない速さで攻め続けるんだ。」
 「ほう、その言葉に偽りはないな?後ろを気にしないで戦えるのか?」
 「ああ、ルディーが残っているから大丈夫。そう信じることにする。」
 「上等。ところで、その剣は名剣か?」
 「レイノラさんから貰った。帝さんの爪から作られた剣だ。」
 「なるほど、それなら問題ない。奴がどう変わろうと十分斬れる。」
 そして二人は弾けるように飛び出した。悠然と構えるバルカンに向かって、左右から一刀を振り下ろす。
 ギンッ!!
 アヌビスの予想とは裏腹に、バルカンの腕は二人の剣を受け止めた。
 『革新とはこういうものだ。』
 バルカンの体は先程までのとは別物だった。刃は肉を食い進むどころか、金属質の肌に傷一つ付けていなかった。二人の胸に波動が抉り込んだのは直後のことだった。




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