第27章 二つの流星

 眠りが心地よいものだと思ったのはもう随分と前のことになる。戦いの日々を生き抜くためには眠りも重要だが、旅路にあっては安眠とは縁遠い。安らかで穏やかな眠りとなると、この旅を始める前まで遡らなければならないだろう。ただなぜだろうか、今この眠りはとても穏やかで、全てが弛緩しているかのような印象を受ける。
 バルカンの攻撃を背に受けて、気を絶った。その眠りがこれだろうから、もしかしたら自分は死んでしまったのかもしれない。だとしたらこの穏やかさはせめてもの福音だ。
 「ふ〜。」
 それなのに、なんだか急に体がむず痒くなる。
 「ふ〜。」
 「うっう〜ん。」
 「お、色っぽい。今度は舐めてみるか。」
 「なめ?___って何を!?」
 そして一気に覚醒する。視界に飛び込んできたのは近すぎるあの顔。舌を出す姿がとても様になるのは彼が犬だからだろう。
 「べろ〜。」
 「やめ!」
 「ぅごっ!」
 ソアラは目の前に迫っていたアヌビスの舌を防ぐべく、彼の顎に掌底を叩き込む。不覚にもアヌビスは思い切り舌を噛んだ。
 「ぉおぉ〜!い、いはは(し、舌が)〜!」
 「なんなのよあんたは!」
 悶絶するアヌビスを押しのけて、仰向けだったソアラは上半身を起こした。と思いきや、その胸ぐらを女の手が掴む。
 「貴様!アヌビス様に何という真似を!」
 カレンだ。
 「だ、大丈夫ですか?」
 「いで〜。」
 「あんな起こし方するからですよ。」
 「おぉ!舌に穴が開いているではないですか!」
 他のヘルハウンドの面々がアヌビスを気遣っている。それ以外の景色は全て黒く塗りつぶされていた。カレンの怒りを浴びながら、ソアラはようやく状況を察した。
 「あたし___?」
 背中の痛みがない。胸ぐらを掴まれたまま背中に手を回してみると、傷はなかったがドラグニエルは破れていた。
 「アヌビス様に救われたのだ!それを貴様は___!」
 「そうよねぇ。耳に息を掛けられて気持ちよさそうにしてたくせに。」
 真後ろから聞こえた声にソアラはギョッとする。カレンが手を放すとソアラはすぐに振り返った。
 「あ、あなたは!」
 そこでは酒の女神キュルイラが微笑していた。アヌビスの作った闇のフィールドの中でも、彼女はいつも通り神出鬼没だ。いや、それよりもなぜ十二神がアヌビスと一緒にいるのか?
 「!」
 十二神。そのキーワードがソアラの記憶を呼び覚ます。
 「ビガロスは!?」
 「う〜ん、大丈夫だといいんだけど___」
 「アヌビス!」
 闇に精通していないキュルイラとソアラには、隔絶された闇のフィールドからでは外の様子が分からない。ソアラは人ごとのような酒の女神ではなく、アヌビスに向き直る。
 「また殺されに行くのか?」
 「そんなの問題じゃないわ。彼を見殺しにしたくないだけよ!」
 「俺もそうそう何度も助けてやらないぞ。」
 にやけながらも黄金の眼は鋭い。久しぶりに感じたアヌビスの空気に、ソアラは身の引き締まる思いと、なぜだか妙な高揚感を覚えた。
 「___助けて貰ったことには礼をいうわ。ありがとう。でもそうやって高みの見物しながらあたしのこと操ってるつもりなら、とんだ大間違いよ。」
 「貴様___!」
 生意気な口を聞くソアラにカレンが怒りを見せるが、アヌビスが手を取って止めた。
 「今はバルカンを止めるのが先。でもあたしは必ずあんたも倒すから、それまで大人しくしてなさい!」
 そう言い放ち、ソアラは黄金に輝いた。
 「っ!?」
 噴きだした目映い光にヘルハウンドたちが顔をしかめる。しかしアヌビスは楽しげに彼女を見ていた。そんな黒犬の態度に眉をひそめるソアラだったが、何かに気付いて一瞬目を見開くと、少しだけ難しい顔になって視線を上に移した。
 「竜波動!」
 グンッと手を突き上げると同時に放たれた黄金の輝きは、僅かに拮抗してから闇を撃ち抜く。次の瞬間、ソアラは開いた穴から外に飛び出した。




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