第22章 愛する人のために
時は一夜前へと遡る。
狭い横穴は血と臓腑の匂いでかき乱されていた。死体の山で埋め尽くされたそこでは、水晶までもが血で真っ赤に塗れていた。
「あたしは___」
白い肌を、服を、翼を、美しい髪を、全て返り血で染めたフェリル。死体の山の上で、彼女の体だけは傷一つ無い。だが心には深い傷を負った。やがて死体は消え彼女の血肉となるが、それでも埋められないだろう傷だった。
油断をした?
確かにそうかも知れない。だが敵が想像を凌駕していたのも確かだ。しかし、だからといって折角手に入れたソアラを奪われたのは失態と言うほか無い。
「あたしはなんてことを___!」
フェリルは肉塊の山に崩れ落ちた。この失態は全てを水泡に帰しかねない。そう思うと、体が震えた。
「駄目よ___嘘なんて駄目。伝えないといけない___せっかく___あたしを救ってくれた彼を___彼を破滅に追い込むようなことだけは___!」
しかしその身に鞭打って奮い立つ。優しい彼に叱責されるとは思わないが、彼の期待を裏切ってしまったことがあまりにも申し訳ない。私のためにここまでしてくれて、かつての「同胞」の命まで差し出してくれて___
「大丈夫___ソアラは何も見ていない___今の連中だってそう___」
それは見事にフェリルを欺いて、ソアラもろともここを抜け出して見せた、女二人と男一人のこと。
フェリルはゆっくりと水晶へ歩いた。そして中の世界へと身を移す。
「___」
肉の迷宮には、男たちが呆然と立ちつくしていた。あらゆる魔法の効力を打ち消す古代呪文ソーマ。フュミレイが去ったことでその効力も消え、フェリルの束縛の能力が復活した。立ちつくすのは、つい先程までフュミレイたちの逃亡に荷担していた男たちだった。
「ちっ!」
手近な男の首が飛んだ。しかし他の男たちは微動だにしない。それがいつもの情景だった。
(こわ〜。)
もはやフェリルは冷静ではない。男たちの中に、張り裂けんばかりの鼓動を押さえ込むのに必死になっている太っちょがいるのを、彼女は見逃していた。
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