第18章 それぞれの涙
セラの世界での戦いは終局を迎えようとしていた。現れたフュミレイの戦いぶりは、竜樹が知る彼女よりも一段と凄みを増して見えた。大胆かつ繊細。強烈な爆破で大量の敵を吹き飛ばしたかと思えば、同時に巻き起こした風で粉塵を消し飛ばし、間隙を突いてセラを狙おうとする輩をさらけ出す。
体力とは違う。しかし彼女も無尽蔵の力の持ち主なのだ。反撃の隙すら与えず、顔色一つ変えず、底なしの魔力で愚衆を葬り続けていく。
「強い___」
竜樹は食い入るように彼女の戦いを見つめていた。覇王決定戦では確かに勝った。しかしあれはアヌビスの差し金であいつが負けざるを得ない状況に立たされただけだ。果たして自分は今のフュミレイに挑んだとして、勝てるだろうか?
「いけねぇ___」
いやいや、救いの神と刃を交えることを想像してどうする。
「案ずるな、私も同じ事を考えていた。」
しかしこれも戦神のサガなのだろう。セラの呟きに、竜樹は思わず笑みを零した。
辺りに静寂が戻るまで、およそ三十分。竜樹たちの戦いが持久戦ならば、フュミレイは短期決戦。
「___だから余計に期待するんだよ。」
「そうだな。我々と彼女は互いに最も攻略の難しい間柄だ。」
「そう!あいつと闘ったらまずは接近戦だ!あいつは苦手でこっちは得意。」
「だが攻撃の破壊力は侮れない。ましてあの多彩さだ、接近戦を見越した罠を掛けてくるだろう。」
「それでも俺だったら肉を切らせて骨を断つ!んでもってあいつの弱いとこに重たい一撃をドーン!」
ドーンッ。
竜樹の頭が爆発した。いや、頭のすぐ上で爆発が起こった。すっかり緊張感を欠いた顔で、どうやってフュミレイと戦うかで盛り上がっていた竜樹とセラの元に、彼女が戻ってきたのだ。
「何がドーンだ。」
「耳がっ、耳がキーンって!」
喘ぐ竜樹を後目に、フュミレイは竜樹の肩に顎を乗せるようにしていたセラの前に跪いた。予見していたのかなんなのか、セラは耳を塞いでいたようだ。
「戦神様、敵は滅びました。」
「ご苦労。よく戦ってくれた。」
「治療いたします。」
結界のように二人を包んでいた光は、それだけで強い癒しの力を持っていた。しかしフュミレイの魔力が全て治療に傾けられると、波動は劇的に強まった。
「そなたはレイノラの使者と言ったな?」
「はい。レイノラ様のもとに収穫の神リーゼより報せがありました。この鏡を使えば、夜の間だけムンゾの障壁を無視して連絡が取り合えます。」
「そなたは強いな。」
「いえ。」
「うそうそ、こいつは超自信家だから。」
ボッ。竜樹の頭に火が灯った。続けざまに今度は髪が凍り付く。驚いた竜樹はその場で転げ回っていた。
「治してほしいのか?それとも黒こげになりたいのか?」
「治してほしいっす___」
「素直でよろしい。」
そんな二人のやり取りを見て、セラは笑っていた。彼女らしい控えめな笑顔だったが、声を出して笑っていた。
「良いものだな、友というのは。」
その言葉に、フュミレイと竜樹は一瞬見つめ合った。照れくさかったのか、なぜだか竜樹だけ顔が赤かった。
「いやぁこいつは友達っていうか腐れ縁___」
素直じゃない性格が顔を覗かせ、荒っぽく言い放った竜樹だったが___
「___どした?」
セラから急に笑みが消えたことに気が付いた。見ればフュミレイも強張った面もちで虚空を見ていた。
「戦意は消えていない___」
「!?」
セラの言葉に竜樹はすぐさま反応した。顔つきを変え、身を翻し、花陽炎を構えた。
「いや、ここではない___」
「え?」
「両隣の世界___ですね。」
「そうだ、ロゼオンとオルローヌの世界に強い戦意を感じる。」
「!___それじゃあ!」
「襲撃されたのはここだけではないと言うことだ。」
フュミレイの体から黒いオーラが吹き出した。
「私はオルローヌの元へ飛びます。既知の場所なら短時間で飛べますので。」
「そうしてくれ。私はもう大丈夫だ。背中の邪魔者もあとは自力で何とかできる。」
「竜樹、戦神様を頼むぞ。」
「言われるまでもねえ!」
そして朝日の目映い空を、漆黒の弾丸が駆けた。
(オルローヌ___!)
既知の場所なら短時間で飛べる?それも事実だが、わざとらしい言い方だ。ロゼオンではなくオルローヌに突き動かされた理由、それは好感を抱く異性の無事を祈る気持ちに他ならなかった。
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