第16章 ファルシオンの守護者

 そこは幻想的な世界。七色の霧が掛かり、見たこともない花が咲き、不思議な動物たちが闊歩する世界。彼らは時に喋ることさえあり、見ようによってはモンスターの巣窟とでも呼べそうな世界。この奇妙奇天烈な世界にある神殿は、巨大な木の幹、枝葉、地下茎である。それらの中身が空洞であったり、或いは複雑に入り組んだりしてできている。
 妖精神エコリオットの世界は幻想的であり、悪く言えば嘘くさい世界。これが本物なのか幻なのか、エコリオットのコレクションなのか悪戯なのか、つかみ所のない世界。
 「そうか、ご苦労だったな。」
 その不思議な世界の不思議な神殿の一室で、アヌビスはカレンの報告を聞いていた。風の女神ジェネリの神殿の様子から、レイノラたちとの遭遇まで、彼女は包み隠さず事細かに語った。
 「連中はジェネリとムンゾの殺害者を同じと見ています。」
 「ほう。聞いたか?エコリオット。」
 アヌビスは部屋にあるトランペットのような花に話しかけた。
 「___興味がないヨ。」
 「だそうだ。」
 暫くして花から若々しい、まるで子供のような高い声が帰ってきた。気のない返事に、アヌビスはカレンと目を合わせて苦笑した。
 さて___そもそもなぜ彼がここにいるのか?それを説明するのは難しいことだが、カレンがレイノラたちに話したように、アヌビスとエコリオットの気が合うのは確かなようだ。第一印象が良かったというか、エコリオットはアヌビスの犬の顔をいたく気に入り、それから彼のこれまでのいきさつを聞くと、ますます喜んでいた。
 「俺はおまえを殺すかもしれないぞ?」
 「殺したくなったらそうしてみればいいヨ。気分次第でそのまま殺されちゃうかもしれないけど、そうじゃなければ反撃しちゃうヨ。そうなるまではここにいなヨ。」
 「___そうだなぁ。」
 「出かけたくなったらそれはそれでいいヨ。でも僕を殺すかもしれない人と一緒にいるのはとても面白いことだと思うヨ。」
 「ここにいて俺にどんな良いことがあるんだ?」
 「良いことあるヨ。それは約束するヨ。君だけじゃない、君の部下たちにもきっと良いことがあるヨ。」
 そうして結局アヌビスはエコリオットの神殿に留まることにした。ただそれでも世界の動きには目を配る。それはどうしても必要なことだし、おそらくレイノラもそうせざるを得ないだろう。
 自分ではない誰かが、自分がこっちにやってくる少し前から突如として動きだし、この世界が作られてから数千年に渡って続いてきた十二神の均衡を破壊した。それが重要なのだ。
 自分のやろうとしていたことを他の誰かが始めてしまっている。かれこれ千年以上そういう立場に立たされたことはない。それは新鮮であると共に少し不愉快でもあり、彼をほんのミジンコほど僅かでも慎重にさせたのだろう。




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