第14章 十二神の世界

 アヌビスがソアラを巻き添えに消えてから、半夜が過ぎようとしていた。玄道の許しを得て、もぬけの殻となった界門から必要な物資を調達し、武装を調整し、旅立ちへの準備を進める。つまり、白廟泉の向こうへと進む目処が立ったのだ。
 「なるほど、ということは機会は限られるわけだ。」
 用意を調えて広間へと集まった面々。旅立ちの装いとなったのは百鬼、リュカ、ルディー、ライ、フローラ、サザビー、ミキャック、棕櫚、フュミレイ、レイノラ、さらには外で待つバルバロッサ、以上の十一名。これにソアラが加わればちょうど十二名。奇しくもこれから向かう世界でGを守っているだろう神と同じ数になる。見送り役は榊と玄道の二人だけだった。しかしこの玄道がこれから重要な役割を果たすことになる。
 「はい。あの瞬間、泉が満たされていたのはごく短い時間でしかありません。その間に道を開かなければ、もう私の力でもどうすることもできなくなります。」
 玄道の能力は時を巻き戻すこと。ならその力でソアラをこちらに連れ戻せないのか?残念ながらそれはできない。彼の能力は物体だけに効果を発し、生命体はその範疇に含まれない。白廟泉をかつての状態にすることはできても、そこにいた人物を再現することはできない。そして巻き戻せるのは概ね一夜前まで。一度能力を施した物の時間を、再度その時まで巻き戻すことはできない。彼が戦いの中で能力を使わなかったのは、温存していたのではなく、使ったところで効果がないからなのだ。
 さて、あの時アヌビスが白廟泉の湯を満たしてから、竜樹に扉を開かせるまでの時間はごく僅かでしかなかった。その間に、鵺が力を示す必要がある。
 「扉そのものを再現することはできねえの?」
 「あ!そうか!そうすれば確実だよね!」
 「それは無理でしょう。あれは竜樹さんの能力によるものですから、彼女の存在がなければ再現できないと思います。もちろん試してはみますよ。」
 玄道は落ち着いた物腰で答える。動揺を知らない若者の姿は確かに覇王の器を感させれるものだったが、百鬼を除く面々には違和感もあった。つまり、一介の妖魔には理解に苦しむであろう話に、なぜこうも迷い無く入り込めるのかということだ。
 だが誰かが問うまでもなく、百鬼の何気ない一言で答えは導き出される。
 「しっかし運命感じるよな。ソアラの弟の能力が鍵になるなんて、はっきり言って出来過ぎだぜ。」
 「は?」
 「あ?」
 「なに?」
 いくらかの声と共に、レイノラと子供たちを除く全員の視線が百鬼に集中した。
 「___なんて言った?」
 「いやソアラの___あれ?もしかして知らなかった?弟だって。」
 「えぇぇぇぇ!?」
 ライが絶叫して畳の上にひっくり返り、フローラにしろフュミレイにしろ、驚きのあまり呆然としていた。
 「す、するとお主は水虎様の___!?」
 幾らかでも冷静でいられた榊が玄道に問う。
 「ええ、私は水虎の子です。由羅さんとは母親が違いますが___」
 「ソアラ___いえ、由羅はそれを知ってるの___?」
 どこか恐る恐るの様子でフローラが尋ねた。
 「ええ、大会中にお会いしてゆっくりと話しました。ただ今回の、アヌビスの話は決定戦が終わってから聞きました。」
 「な?出来過ぎだろ?でも、これくらいでちょうど良いと思うぜ。こういう偶然があれば、俺たちがこれから先に進むのも使命だって思えるだろ?」
 皆がまだ呆然としている中、百鬼は快活な笑顔でそう言った。都合のいい解釈だ。しかしこの偶然は確かに皆を勇気づけるものだった。
 「覚悟を決めろということですね。確かにこれくらいの方が、英雄譚にはちょうど良いかもしれません。」
 「そういうこと!」
 いまはこの偶然を素直に喜ぼう。そして、十二神の世界へと赴くこと、そこで新たなる戦いに挑むであろう事、それを自らの定めとして胸に刻もう。出来過ぎた偶然を勇気に変えて!




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