2 オル・ヴァンビディス
青い海!白い砂浜!照りつける太陽!
「そして開放的な女たち!」
「___なにが?」
「希望的観測だよ。もっと脱げってこと。」
「いやよ。」
まあ脱がないにしても、翼のために背中が大きく開いた服を愛用しているミキャックは、元々開放的な格好である。そしてやはり天族、日差しの下でこそ魅力の増す女なのだ。
「うむ、それが脱げばなおいいのにな。」
「なんなのよ___」
___ともかく、緊張からの対比は凄まじいものだった。
覚悟を決めて来てみれば大海原。棕櫚の見つけた島は小さく、無人だったが、レイノラはひとまずここに留まろうと言った。
「ここがオコンのテリトリーなら、海に意志を伝えることで彼は感じ取ってくれる。この世界がどれくらい広いのかは分からないが、私が呼びかけてみる。反応がなければ次の手だてを考えよう。」
何しろ勝手の分からない場所。棕櫚が鳥の目を利かせても、この島以外に大きな陸の影は見あたらない。ひたすらの水平線が続いていた。百鬼には焦りもあったろうが、今はレイノラに任せるほか無かった。
ただ、この時間は良い休息になった。
「あんまり沖に行くと流されるぞ!」
「大丈夫!」
リュカとルディーは海水浴を楽しみ、百鬼もひと泳ぎして砂浜で休んでいる。勝手知ったる面々とはいえ、堂々と全裸になれるあいつは大した物だと皆思っていたとかいないとか。
「元気ねぇ。」
「僕はもうばてた。」
木陰ではライとフローラが身を休め、別の木陰ではレイノラとフュミレイと棕櫚がなにやら語り合っている。サザビーは日光浴ついでに砂浜に煙草を並べて乾かし、ミキャックもなんだかんだ言いながら彼の話し相手になっていた。木に足を縛られたグレインの近くにはバルバロッサがいて、独特の威圧感でうるさい小男を黙らせていた。
それぞれが思い思いの時を楽しんでいた。
「見てよ、ここはちゃんと昼と夜があるみたいだ。」
目映い陽光はやがて夕焼け空に変わっていた。今となっては懐かしささえ感じる空の変化に、ライが浮かれた様子で言った。
「黄泉が長くて時間の感覚が分からないけど、ここは中庸界と同じなのかしら?」
「かもしれないわ。三元世界の時の流れはかつてのバルディスと同じだから、ここが十二神の世界だとしたら、きっと同じ。」
フローラの何気ない問いにレイノラが答える。一見近寄りがたい闇の女神だが、こうしていれば一人の女性である。
「バルディスって素敵なところですか?」
「素敵?フフ、滅びた世界を語るには難しい質問ね。でも、確かに素敵だったかもしれない。」
「中庸界が小さなバルディスみたいな感じかな?」
「そうね、よく似ているわ。」
ライの口調が気安いのでフローラは少し焦ったが、レイノラは気にしていない様子だ。
「いろいろな世界に行ったけど、僕はやっぱり中庸界が良いな。」
「ありがとう。」
「?___ああそうか!作者だったっけ!」
そうそう、忘れがちだがレイノラはジェイローグと共に三元世界を作り出した張本人。創世したのではなく、崩壊の進んでいたバルディスの一部を三つに分けたという事らしいが、まさしく神の中の神とこうしているのだから何とも摩訶不思議である。
「お〜い!レイノラー!飯にしよーぜ!」
そういう相手にこの口がきけるバンダナ男の神経は、それにも増して理解不能。フローラなど思わずあたふたしてしまったが___
「分かった、すぐに行く!」
本人は満更でもなさそうな笑みだった。
夜が来た。砂は灰色へ、海は黒へと変わり、波音だけが耳を撫でる。
「___」
砂浜から少し内陸に進んだところに都合の良い穴蔵を見つけ、皆はひとまずそこで眠ることにした。昼間の賑やかさが嘘のように、砂浜は無人島本来の静けさを取り戻していた。一人海を見つめるレイノラは、むしろこの静けさを楽しんでいるかのようだった。
「凛様。」
呼び声にレイノラは笑みを携えて振り返る。
「まだその名で呼ぶのね。」
「私にとってはこの方がしっくり来ますから。」
フュミレイだった。
「久しぶりの海はどう?」
「懐かしさはありません。私の故郷は寒い国ですから、こういった海にお目に掛かる機会はあまり無いもので。」
彼女が故郷に関する言葉を口にするのは珍しい。レイノラは彼女がそれなりに郷愁を掻き立てられたのだと知って安心した。
「フフッ___」
「?」
「でも悪い思い出はないようね。」
「___」
否定はしない。汗ばむ陽気の海といえば、ソアラたちと出会ってまだそれほどたたない頃、共にアモン・ダグの元を目指したとき以来ではないだろうか。あの時の思い出は実に健全で、楽しげだった。
「凛様はどうです?この景色はバルディスに似ているとか___」
「懐かしむことはできないわ。世界の滅びは、そこに作られた思い出をも滅ぼす。」
「そうでしょうか___」
「滅びが待っていると分かっていては、楽しかったことも嬉しかったことも、全てにもの悲しさがつきまとうわ。それは避けては通れないこと。結末を知っている話を純粋に楽しめないのと同じようにね。」
実際レイノラは思い出していたのだろう。昼間の鮮やかな海を見て、夜の波音を聞いて、レイノラはバルディスの景色を思い出したに違いない。そして懐かしさの中にもの悲しさを抱いていたのだろう。
「この世界は滅びません。」
「___そうね、そうするために来たのだから。」
その言葉は真実みに掛けた。レイノラはアヌビスをGに近づかせまいと戦っている。だがそれは、義務的に見える。彼女自身の罪滅ぼし、ジェイローグへの報い、世界を託された神としての使命感。今こうして話していると、彼女は黒麒麟でいたときよりも弱く、力強い意志のもと戦いに挑む姿には見えなかった。
「アヌビスを恐れていますか?」
「___Gを恐れているわ。」
「絶望するほどに?」
レイノラは海を見つめる。笑みは消えていたが、落ち着き払っていた。
「かもしれない。アヌビスを止めねばならないというのは分かっていても、その実、奴が気まぐれをおこして目先を変えてくれればと願っている。」
「我々ではアヌビスに勝てませんか?」
レイノラは答えなかった。
「信じなければ希望を掴むことはできません。」
「ふふ、詩人ね。」
「他人の言葉です。」
レイノラは振り向いて微笑する。髪の隙から白黒逆の右目が覗いた。
「私を勇気づけようとは、偉くなったものね。」
右目に見られると背筋に鉄の杭を打ち込まれたような緊張が走るもの。しかしフュミレイは動じなかった。隻眼の彼女は、むしろ左目で相対するレイノラの右目だけを見据えていたほどだった。
「僭越ながら___私にしかできないことと思っていましたので。」
その言葉にレイノラは失笑する。彼女の度胸に感服し、なによりも思いを分かち合おうとしてくれていることを嬉しく感じた。
「信じているよ。少なくとも私とおまえ、そしてソアラが遺憾なく力を発揮すれば、アヌビスを倒すこともできるだろう。でもそれで解決するかというと、それは違う。思い出してご覧なさい、アヌビスが黄泉に来たことで水虎は死に、新たな動乱へと突入した。奴が先にこの世界に来ていること、それがすでに問題なのよ。」
「___そうですね。火はすでに焚きつけられているのかもしれない。」
「あわよくば、アヌビスともどもGなんて全く関係のない世界に飛ばされていれば___そう思うわ。」
それは偽らざる本音なのだろう。フュミレイは彼女がそこまで話してくれることを嬉しく思うと共に、少しでもその使命を共有できればと感じた。
「凛様、共に戦いましょう。私やソアラだけでなく、あの無鉄砲で馬鹿正直な男連中もそれなりの足しにはなりますから。」
「ふふ___うち一人は秘密の恋人でしょうに。」
「誰のことです?」
そう言って笑い会う二人。幾らか心の軽くなったレイノラは再び海に目を移し、視線を硬直させる。
「どうしました?」
「イルカ___」
「え?」
フュミレイが問い返したその時、夜の海から一頭のイルカが勢い良く飛び上がった。飛沫を巻き上げて海中に飛び込むと、今度は立ち上がるように海面から顔を出し、甲高い声で嘶いた。
「こ、これは___?」
「オコンの使者___!」
「!?」
声に呼応して、沖合の闇に一筋の飛沫が吹き上がる。よく見れば、沖にはなだらかな黒い影が広がっていた。
「凄い!凄いよ!」
眠いところを叩き起こされたというのに、リュカは興奮で鼻息を荒くしていた。
「いろいろなものに乗ってきたがこういうのは初めてだな!」
サザビーでさえいつもより昂ぶった様子。そりゃそうだろう、見たこともないような巨大な鯨。その背に乗って進む海などそうそう体験できるものではない。
「バルディスで海の皇帝と呼ばれていた鯨だ。背中の一部に毛で覆われた窪みがあり、海中ではこれが小さな珊瑚礁の役目を果たす。一方でこれをオコンが扱えば、そこは格好の乗船席になる。」
「ということは___」
「ここは間違いなく十二神の世界だ。そして私たちはこれから海神オコンの元へと辿り着く。」
「いよいよだな!」
レイノラの説明的な言葉に、百鬼は決意を新たにして拳を握る。ライやフローラも、新たなる戦いのプロローグとなるであろう出会いを前に、緊張感を取り戻しているようだった。
(凛様___)
淡い期待は儚く消えた。フュミレイは冷静に見えるレイノラの横顔に複雑な心境を垣間見た気がした。誰よりもオコンとの出会いを恐れ、未だ胸中の覚悟が不十分なのは彼女かもしれないと感じていた。
「あれか!」
海の上に浮かぶ神殿。それはドラゴンズヘブンの竜神帝の城に負けず劣らず、優美で荘重だった。石造りのようだが一部の壁からは水が滝のように流れ落ち、それ以外の壁もうっすらと水の流れを携えている。天を差す三つ又の矛のような見晴らし塔でさえ、水で煌めいていた。
「こいつぁ凄い城だな___足場がねえぞ。」
サザビーの言う通り、神殿は島の上ではなく海の上に直接建っている。どういう構造なのかさっぱり分からないが、確かに海神の神殿に相応しい外観だった。
鯨はやがて速度を落とし、神殿の正面へ。待ちかまえていたように鉄柵の門が開くと、海は城の中にまで水路となって続いていた。
「すごい!港だ!」
リュカが興奮した様子で叫んだ。水音涼やかな水路の突き当たりには、桟橋の並ぶ港が広がっていた。他にも船が一艘止まっていたが人の気配はなく、リュカの声だけがやけに響いた。
「出迎えなしか。」
「気味悪いくらい静かね___」
確かに少し異様だ。百鬼がリュカを黙らせると一層静けさが際だち、皆の警戒心を掻き立てる。しかしそれも一瞬のことでしか無かった。鯨がゆっくりと沈みながら身体を桟橋に横付けし、波の飛沫が皆のいる窪みに幾らか弾いた瞬間、静寂は一変する。
「レイノラ!」
「!?」
突然の大声と共に鯨の背に一筋の波が立ち上ると、それはたちまち宙で渦を巻き、一気に弾けた。
「本当にレイノラだ!まさか___どうして!?」
波の中から現れたのは一人の男だった。青い長髪は荒波のようにうねり、小麦色の肌は無駄のない肉体を一層引き締めて見せる。顔立ちは若く、凛々しい眉とはっきりとした目鼻立ちが印象的な骨っぽい男。
「オコン___!」
彼こそが海神オコンだった。
最初の静けさが嘘のように、オコンの城は賑やかだった。港から彼の居室に進むまでの間にいったい何名の神官とすれ違ったことか。彼の話ではこの神殿には数百名の人々が住んでおり、先ほどは警戒のためにあえて静寂を命じたそうだ。
「いろいろと聞きたいことはあるが、それはお互い様だろうし___まず何から話そうか?ああ、久しぶりでどうも調子が出ないな!懐かしい顔を見るのがこんなに嬉しいとは思わなかった!」
居室に向かうまでの間、臆面もなくそう言ってレイノラの肩や背に触れるオコン。そんな態度を見るだけで彼の正直な性格が見て取れた。情に厚い好漢とでも言おうか、ともかくジェイローグと親友関係にあったというのが納得できる人物だった。
「実はおまえが来るかもしれないというのは聞いていたんだ。だから海の知らせを聞いて皇帝を迎えにも出したんだが、いざとなると半信半疑でな___」
オコンの居室はまるで海の中にいるようだった。壁は海、床も海。海にすっぽりと空間を刳り抜いたようなところで、壁や床の中を魚が泳いでいたりする。足を踏み出すのに勇気が必要な不思議な空間。思えばジェイローグの居室も光の中に祭壇と扉があるだけだった。神の居室とはこういうものなのかもしれない。
「待ってくれ、私が来るのを聞いていたって___?」
「ああそうだ。ジェネリの使いから聞いた。」
オコンが指をスナップすると、宙に水が広がった。それは反物のようになびいて、皆の膝の辺りに留まる。レイノラが構わずそれに腰を下ろすのを見て、皆も真似てみる。濡れた感触はなく、ハンモックに寄りかかるような心地よい揺らぎがあった。
「ジェネリの?」
「彼女と俺のテリトリーは隣り合っていてな、あぁこの世界のことから説明しなくちゃいけないのか。まあとにかく、使いが来た翌日に本当におまえが来たものだから___」
「その使いはなぜ私が来ることを___?」
「ソアラはジェネリの元にいる。」
その言葉は唐突だった。レイノラが少し目を見開いたのを見て、オコンはニヤリと笑った。
「私のことを尋ねられたらそう答えてくれと言われていたんだよ。」
短い沈黙。そして___
「よかった〜!」
今度はオコンが驚いた顔になる。百鬼の安堵の声は海の壁を震わせるほどの心からの叫びだった。
「で、まず何から話そうか。」
いくらかの雑談と自己紹介を経て、オコンはこれまでの笑顔から凛々しく、やもすればいくらか険しい表情へと変わる。それはレイノラが旧交を温めるためにはるばる来たわけではないと承知していることの表れだった。
「ソアラからは何か聞いていないの?」
「___聞いたさ。とても重要なことだ。」
「アヌビスのこと?」
「それもある、だが外界からの来訪者というのはある意味それほど珍しいものじゃない。もちろん、俺たちに匹敵するか上回るほどの力の持ち主だというから、脅威であるには違いない。だがそれ以上に重要なことがあった。だから俺も必要以上に警戒していたんだ。」
「なにがあったの___?」
「___いや、それよりもまずこの世界のことを話そう。」
勿体つけているわけではない。それを口にするとほかの話が耳に入らないと思ったから、オコンは話を切り替えた。冷静なうちにこの世界のあらましを教えておく必要がある。レイノラの顔に不安がありありと浮かんでいたから、彼は事を後回しにした。
「レイノラは承知しているだろうし、ほかの皆さんも聞いているとは思うが、ここはGの眠る世界だ。俺たち十二神がGを封じている___」
オコンが手を揺り動かすと、水が紐のようになって伸び、宙に円を描いた。次の瞬間、それは円の描かれた一枚の紙となってオコンの手元に舞い降りた。
「この世界は円形の平面だ。」
「平面?」
「通常、世界に終わりはない。北の果てを目指せばやがて南の果てにたどり着く。いわば世界は球体である。だがこの世界には果てがある。つまり球ではなく円だ。世界の端には虚無が広がっている。そこから先に待つものが何かは俺にもわからない。オルローヌはその先にあるのは生命の精算だと言っていた。いわば死の境地だと。」
その言葉を理解するのは骨が折れそうだったが、オコンは構わずに続けた。
「簡単に言えば、この世界は生と死の狭間にある。」
「?」
「俺たちは生きてもいるし死んでもいる。命ある存在でありながら、その実Gの生命力によって生かされているともいえる。俺たちはGの生命力を苗床にして生きていて、Gという存在により互いの命を共有している。誰かが死ねば、その生命力はほかの誰かに受け渡される。それがこの世界のルールだ。」
「ちょっと待ってくれ___」
水の流れのように蕩々と進むオコンの話を、百鬼が止めた。何を問いかけるのか?ここまで全く理解できていないライをはじめ、皆の視線が集まるが___
「で、結局どういう事なんだ?」
全くわかっていないのは彼も同じだったようだ。
「この世界では、誰かが殺されたとき、そいつの生命力は殺した人物のものとなる。」
「!?」
今度の言葉はわかりやすかった。だがその分、衝撃的でもあった。
「この世界そのものがGだと言ったろ?つまりそういうことだよ。」
Gの根幹は、ロイ・ロジェン・アイアンリッチが「他人を殺害することでその力を我がものとできる秘術」を用いたことにある。そして彼は、昆虫の変態をヒントに、力の増幅にあわせて自らを進化させる術を編み出した。そしてGへと至った。
「この世界にいる誰もがアイアンリッチになりうると___」
レイノラが重みのある声で問うと、オコンははっきりと頷いた。
「だがそれを受け入れるだけの肉体を得られるかどうかは別だ。現在の自己を超越できるような肉体を持たなければ難しいだろう。」
「なるほどなるほど!」
「黙っとけ。」
いちいちうるさい百鬼の頭をサザビーが小突いた。
「この世界にはかなりの人がいるみたいだけど___」
「そうだ。おかしいだろ?バルディスから俺たちが消えたとき、お供なんて連れて行かなかったはずだ。」
「ならどうして?」
「この世界は生と死の狭間だと言うことさ。死者の意志、魂とでもいおうか、肉体を動かすだけの生命力を失うと、魂は肉体という箱を脱して虚無へと帰る。そこで力に満ちた新しい箱を手に入れ、何らかの形で再び生を受ける___だがどうだろう、自らを精算する死の果てへとたどり着く前に、強烈な生命という宿り木があったとしたら。」
「まさか___!」
レイノラは息を飲んだ。フュミレイや棕櫚も頬を硬直させていた。
「この世界に住む人々は、いわば死んでも死にきれなかった連中だ。外界からの来訪者が珍しくないと言ったのはそういう意味さ。もっとも、Gを苗床にして生きているという点では俺たちも彼らと同じだ。だが俺たちとは身中に宿す力の比率があまりにも違う。もちろん人だけじゃない、そこを泳ぐ魚だって、海皇帝だって同じ事だ。肉体は魂にもっとも深く刻まれた姿、つまり自分自身の形で再現される。」
簡潔に言うならばこうなる。
この世界に住む人々はGの生命力を宿り木として生きており、本来であれば死者である。
十二神は死してはいないが、彼らもまたGの生命力により生き続けているという点は同様である。
互いがGという生命力を共有しているがため、誰かが死ねばその力はほかの誰かに受け渡される。
それは直接的な殺害者である。
「俺たちはどういう位置づけなんだ?まさかとは思うか、俺たちも死んだのか?」
サザビーの問いにオコンは暫し目を閉じてから首を横に振った。
「おそらく君たちは違うだろう。生きた体でこちらへやってきた例を知らないから何ともいえないが、いわば我々と同じだ。そうだ、愛する人がいるのなら子を作ってみるといい。魂を留められただけの死者たちには新しい生命を作る力はないから、君たちが生きている証明になる。」
「なるほど。なら早速___ぐへっ!」
と、手を叩いて振り向いた途端、サザビーの顔面にミキャックの拳がめり込んだ。
「やると思った。」
「子供の前だぞ!」
「あたし誰かさんの見たことあるからお構いなく。」
「なななっ!?ルディー!」
「え〜?何見たの?いいな〜僕もみたいなぁ。」
「そういうもんじゃない!」
一人で慌てふためく百鬼の姿はなんとも滑稽で、彼が動揺しつつフュミレイを一瞥してしまったものだから、余計に皆を失笑させる。当のフュミレイは辟易とした顔だったが。
「なかなか面白い人だな。」
「あれはあれで頼りにはなるのよ。」
ただレイノラの緊張がいくらかでも解れたのは良かった。ようやく彼女らしい穏やかな笑みを見て、オコンは今は彼らが彼女の支えなのだと感じた。
「さあ、話を続けよう。次は具体的に、円の中の構造のことだ。」
そう言うなり、オコンは円の中に指を走らせた。描かれたのは、時計のような形。大きな円の中心に、小さな縁があり、そこから放射状に十二の線が引かれていた。
「ああ、その前に世界の名前を教えていなかったな。この世界の名はオル・ヴァンビディスだ。閉ざされた死地を意味する。」
オル・ヴァンビディス。
それは驚くほど幾何学的な世界。中心点と、特徴の異なる十二の世界が、大地の境界を明確にして、均等に並んでいる。いわばGの上に十二神縛印がそのまま世界として形づけられているようなものだった。
分かりやすく、時計になぞらえて語ろう。短針の十二時から一時までの間、ここを一の世界とする。以下、一時から二時までが二の世界、二時から三時までが三の世界として、十一時から十二時までの十二の世界が並ぶのだ。
では海神オコンの世界を一の世界としよう。すると各神の位置づけはこうなる。
一の世界 海神オコン
二の世界 森の女神リシス
三の世界 収穫の女神リーゼ
四の世界 探求神オルローヌ
五の世界 戦の女神セラ
六の世界 鋼の神ロゼオン
七の世界 大地神ビガロス
八の世界 酒の女神キュルイラ
九の世界 鳥神バルカン
十の世界 妖精神エコリオット
十一の世界 束縛の神ムンゾ
十二の世界 風の女神ジェネリ
この十二が一つの円を描いている。つまり中心点から、円を十二分割した形の世界が広がっていると言うことだ。そしてその肝心の中心点は「ファルシオーネ」と呼ばれる。
「ファルシオン___か。」
「そう。中心点にはファルシオンがある。あれのおかげでこの世界の均衡が保たれているのかもしれない。」
「___」
レイノラに顔に差した一瞬の憂いを感じ、オコンは水を走らせて彼女の頬に触れた。柔らかな感触にレイノラは顔を上げる。
「大丈夫、お転婆な守護者も一緒だよ。」
レイノラはフッと息を飲んで口元に手を添えると、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。」
その言葉に込められた深い情感、それがファルシオンの守護者に起因することは言うまでもなかった。
だが、穏やかでいられるのはここまでだ。
「さあ、これで世界のことはそれなりに分かっただろう。これからは、そのソアラが伝えてくれた重要な話について、それを受けて俺がどうすべきか、あるいは君たちがどう動くかを考えなければならない。」
オコンは今までよりもゆっくりと、言い聞かせるように語る。
そして核心を告げた。
「束縛の神ムンゾが___殺されたかもしれない。」
誰しもが、そして誰よりもレイノラが、言葉を失っていた。
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