第12章 契り
「勝者風間!」
誰がどこで傷つこうが朽ち果てようがお構いなし。敗者の弁など頂点を見つめた戦いでは全く無用の長物である。強い者だけが生き残る。水分を奪い取る殺人光線を武器としていた日輪。彼はここまで多くの観客を殺めていた。しかしその彼でさえ、バルバロッサの輝ける赤い鱗に自らの光を鏡返しにされ没した。その瞬間、彼とて過去の存在と消えるのだ。
戦いは頂点へと進むほど、死闘の色を濃くしていく。次々と失われていく命に観衆も娯楽を忘れていく。
覇王の座に命を賭す気概があるか?
頂点に近づくほど、勝負を分けるのは精神的な物事に集約されていく。ここまでくれば力は拮抗しているのだ。どれだけ強い意志を持ってこの戦いに望んでいるのか、それが勝者を生み、敗者を生んでいった。言うなれば百鬼と黒閃の戦いも、勝利より観衆の命に気を取られた百鬼の意志を、誰であれ自らの恍惚のために惨殺してやろうという黒閃の意志が上回った結果であった。
「三回戦第五試合!黒閃対吹雪!」
黒閃は強い意志を持って望む。彼は自らのサディズムを満たすために目の前の美女を精魂込めて痛めつけてやろうと決めていた。それが外道の根性であろうとも、強い意志を持って望んでいることには変わりない。
卓越された鬼畜道に対し、散漫であったが故に百鬼は負けた。だが今度はどうだ?
「___」
氷像のように無表情に、冷え切った視線を称える女。その奥底に滾る気迫は知る人ぞ知る。いつもと変わらず静かな歩みで舞台に立ったフュミレイの体の流線を、黒閃はまじまじと眺め見た。
「恐がりもせずに良く来たもんだな。」
舌なめずりをし、巨大な右手を軋ませて黒閃は言った。しかしフュミレイは顔色一つ変えない。ただ一際冷淡に、一言返しただけだった。
「十秒で終わらせる。」
「ほう?クククッ、面白いね。」
自信家の黒閃は当然のように失笑する。声を殺しながら、片腹を抑えて肩を揺すっていた。そうしている間も右手に鋭い殺意を宿しながら。
「試合開始!」
その声と同時に黒閃の右手が裂けた。無数の剣となってフュミレイを急襲する。一秒にも満たない一瞬の出来事だった。
「ククク。」
血飛沫が黒閃の残虐な笑みを彩る。無数の剣はフュミレイに動くことさえ許さず、ただそれでもまだ遊べるようにと両手両足ばかりを丹念に貫いていた。
帰蝶も観衆も唖然としている間に五秒が経過した。だが誰も黒閃に勝ち名乗りを上げようとはしなかった。それもそのはず、フュミレイは彼の後ろ、しかも舞台ではなく場外に立っていたのだ。気付いていないのは黒閃だけだった。そして彼は最後まで気付くことを許されなかった。
ギュギュギュギュギュン___!
銀色の輝きが舞台の中央を駆けめぐった。黒閃を見下ろすようにして宙を漂っていた五つの光が突如高速で入り乱れながら、強烈な光線を放った。目映い輝きに誰もが顔をしかめたその後、舞台には巨大な右腕だけが転がっていた。
「十秒だ。」
勝ち名乗りを聞くまでもない、フュミレイは戦慄を残して踵を返した。
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