1 畜生

 百鬼が目覚めたのはちょうどフュミレイが黒閃を葬り去った頃だった。
 「まだ体は言うことをきかねえけど、見ての通りもう大丈夫だ。安心して戦ってこい。それが俺の薬にもなる。」
 呪文で傷の治療は受けても、失血による体力の低下は著しかった。体を起こすことさえできなかったが、それでもいつもと変わらぬ豪放磊落な笑顔に勇気づけられ、ソアラは戦いへの前向きさを取り戻した。
 「よかった___!」
 戦いを前に控え室で一人になると彼女は心底の安堵の声を零した。やがて扉が開き、ソアラは頬を伝った一筋の涙を拭い捨て、勇壮に歩み出た。心の迷いが晴れた彼女の顔は、今まで以上に精悍な戦士のそれだった。
 相手は大蹄。予選でリュカとルディーを窮地に追い込み、ライを苦しめた強者だ。だが負ける気はこれっぽっちもしなかった。餓門との戦いの終末で立ったような境地、迷い晴れた今、覇王の娘として頂点を見据える自分がそこにいた。
 (はじめから全力でいこう。この大蹄、そして次の相手であろうあの子への敬意も込めて。)
 決着に時間は掛からなかった。それは彼女の次の戦いも含めて。
 一つ気がかりがあるとすれば、それはアヌビスの配下である麗濡ことクレーヌが姿を見せずに不戦敗となったことくらいだろう。

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黄泉覇王決定戦 準々決勝対戦表

壱の山
 玄道  対  夜叉炎

弐の山
 風間  対  炬断

参の山
 吹雪  対  花燐

四の山
 由羅  対  竜樹

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 壱弐の山に残った四人の男、参四の山に残った四人の女、戦いは両極へと別れた。そして休む間もなく前へと進む。だがそこで思わぬ事態が起こった。
 「やむを得ません、花燐さん失格です!」
 風間と花燐が舞台に姿を現さず失格となったのだ。バルバロッサの意図はおそらく単純明快なこと。
 「そもそも覇王の座に興味なんてありませんでしたからね。炬断の力はこれまでの戦いで底が見えていますし、あえて目立つ場所で戦う必要は無いということでしょう。相手がソアラさんだったら、まだ戦っていたと思いますよ。」
 棕櫚の憶測に皆も同調した。一方で気になるのはアヌビス直属の実働部隊、そのリーダー格のカレンの動きだ。三回戦で姿を消したクレーヌも含め、なにやら不穏な動きが見え隠れする気がしてならない。
 そうそう、もう一つ気になると言えば出かけたきり帰ってこないレイノラだ。彼女は一体どこに行き、何をしているというのか?せめて一言残してほしいとソアラならずとも思っていた。
 そして時が来る。
 「決着を付けるときが来たわね。」
 着慣れたドラグニエルの感触を確かめる必要などない。しかしソアラは些かの緊張を紛らわすように服の裾を何回か叩いた。やがて扉が開き、もはや見慣れつつある景色が広がる。
 「倒す。」
 それは強さを誇示するためでもある。例え勝負があっけなくなろうとも、竜樹はこれから刃を交える紫の女を殺すつもりでいた。それは自分が忘れかけていた鬼神のごとき精神を取り戻すためでもある。
 羅刹の力を露わにしても構わない。男に惑う女々しい俺を戒めるために、もう一度羅刹を身に宿し、それを克服してみたい。竜樹は悲壮な決意を胸に舞台へと歩みを進めた。
 そして一つ、二人の胸中には共通の思いがあった。
 (勝ってみせる。次のことを考えられるほど楽な相手じゃないけど、なにがなんでもフュミレイと戦いたい。)
 (これは俺のために与えられた舞台だ。俺は誰よりもこの紫と戦いたかったし、そして___冬美の奴とも本気で一戦交えてみたかった。)
 一人の戦士として望むべき相手が今ここに、そして一歩先にもいるのだ。燃えないはずがない。
 「いよいよですね。」
 「ええ。」
 竜樹のことを幾らかでも知っている棕櫚とミキャックは、客席から固唾を呑む思いで舞台を見つめていた。
 「あいつは予選でソアラに絡んでいた奴だな。因縁でもあるのか?」
 くわえ煙草で眺めるサザビーはいつも通りの顔だったが、舞台上に張りつめた気配はひしと感じ取っていた。いつもより落ち着きのない煙の動きがそれを物語っている。
 「あの子は天界を襲撃したアヌビス新八柱神の一人よ。」
 「なるほど。で、黄泉にいた段からソアラといざこざがあったってとこか?」
 「ですね。執着してるのは竜樹だけみたいですけど。」
 「ただ___多分ソアラも知らないと思うけど、あの子は冬美___フュミレイさんと一緒に動いてるのよ。」
 「そうなのか!?」
 ミキャックの言葉に答えたのは意外な人物だった。
 「百鬼!?」
 ライの肩を借り、フローラや子供たちと連れだって百鬼が客席へとやってきた。
 「大丈夫なの?」
 「あんまり大丈夫じゃねえが、この戦いだけはどうしても見届けたくてね。」
 幾らか顔をしかめながらゆっくりと腰を下ろし、百鬼は一つ息を付いて言った。その視線がソアラだけでなく竜樹にも向いているのを見て、サザビーが口元を歪める。
 「敵さんも知らない顔じゃないからか?」
 「なっ、何言ってやがる!」
 「相変わらず馬鹿正直だな。んでもってこの俺がちょっとばかり羨ましくなるほど女にもてる。」
 「___それってどういうこと?」
 してやったりの様子でケラケラと笑うサザビー。周囲の詰問に耐えかねて百鬼が口を割るまでそう時間は掛からなかった。
 「ほ〜、んじゃこっちの山に残ってるのはみんなおまえの女か。」
 「竜樹まで一緒にすんなって!あいつはまだガキだぞ!?たまたま刀のことで意気投合しただけだ!」
 「そうかしら?」
 「なんだよフローラまで!」
 「そもそも竜樹を含めないと言ってるだけで、フュミレイさんが自分の女であることは否定しませんでしたしね。」
 「お父さん最低っ!」
 「いい加減しろって!ほら、もう始まるぞ!」
 そう、今にも帰蝶が試合開始を告げようとしているのに、この一団だけ騒ぎすぎなのだ。
 (ったく、せっかくの集中をかき乱して。)
 ただおかげでソアラも客席の百鬼の姿を見つけることができた。心で愚痴を零しながら、彼女は自然と小さな笑みを浮かべていた。そして幾分張りつめすぎていた緊張が和らぎ、心にゆとりが生まれた。
 「始め!」
 「!」
 帰蝶の声が終わらないうちに竜樹が抜刀した。その瞬間、ソアラは素早く身を屈め、強烈な鋭気が揺らいだ髪を削ぎ落とす。直後、彼女の眼前で竜樹が刀を振り下ろしていた。
 観衆の目には刃がソアラを断ち切ったかに見えた。しかし次の瞬間には竜樹が背中に強烈なキックを受けて前方へと吹っ飛ぶ。だが彼女は脅威の反発力で舞台に踏みとどまると、後方に飛びながら錐もみのように回転してソアラを突きにかかった。しかしそれを予測していたソアラの手からはすでに白熱球が放たれていた。
 ドガガカッ!
 三発のディオプラドは竜樹へのダメージよりも彼女のバランスを崩すためのもの。宙にあった身体は流れ、ソアラはその隙を見逃さなかった。
 「竜波動!」
 一瞬のうちにソアラは黄金へと変わっていた。そして竜樹を猛烈な輝きの渦に飲み込んでいた。宙を泳ぐ身体では踏みとどまることもままならず、竜樹は一気に場外の壁まで吹っ飛ばされる。それでもなお竜波動の勢いは衰えず、控え室へと続く扉に深い亀裂を走らせていく。
 「ずあああ!」
 しかしそれ以上の浸食は許さなかった。壁を背にしたことで踏ん張りどころを得た竜樹は、力づくで刀を走らせて竜波動を断ち切った。光は彼女の両脇の壁を大きく砕いて消え去る。周りに瓦礫を携えて、竜樹は地に立ち、ソアラは黄金の姿で悠然と舞台の上から見下ろしていた。
 「てめえ、前より強くなったな。」
 「少しはね。でも慣れもある。あなたは強いけどやりにくい相手じゃないわ。」
 それは積み重ねてきた戦いの「質」の差か。竜樹も確かに黄泉で数多くの戦いを経験し、勝利してきた。だがそのスタイルは力任せに竜波動を食い止めたように、肉体の強さに頼ったものしかない。ソアラは違う。もとより彼女が敵より優位な立場で戦いに挑めるようになったのは、竜の使いに覚醒してからの数戦でしかない。弱い立場だからこそ、知恵を使い、経験をすぐに形にする。
 「そうかよ。でもな、俺だって自分に足りないものが何かってことぐらい分かってるつもりだぜ。」
 そう言うなり竜樹は正眼で刀を構え、ゆっくりと歩みだした。ぶれることなく、ただ一直線にソアラに向かって足を進める。帰蝶の声が十五まで進んでいるのにまったくお構いなしだった。
 「やめて。この戦いで場外負けはなしにしましょう。」
 「え!?」
 ソアラの進言に帰蝶が戸惑っている間に竜樹は舞台の上まで戻ってきた。それでも彼女の歩みの速度は変わらない。ゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるように、機械的なリズムでソアラに近づいてくる。
 (___どういうつもり?)
 今までの竜樹にはない落ち着いた動き。なるほど「意外性の欠如」という短所を彼女も知っていたということか。だがこの動きの意味するところをソアラはまだ掴みかねていた。
 「くっ___」
 真正面から当てられる強烈な威圧感。ただ構えて前進してくるだけなのだが、刀の射程距離に入るのは避けなければならない。ソアラは竜樹から逃れるように舞台の縁の当たりまで飛んだ。それでも竜樹は乱れることなく、真っ直ぐソアラに向かってくる。
 「ディオプラド!」
 爆裂の白熱球が竜樹を襲う。しかしそれは吸い寄せられるように刀に当たって二つに裂け、彼女の体側を舐めるようにして通り過ぎ、舞台の上で爆発した。
 「そんなんじゃ俺は倒せない。」
 ようやく竜樹が呟いた。しかし歩みは止めない。
 「そう___ならこれでどう!?」
 ソアラの掌から猛烈な火炎が吹き出す。そして次の瞬間、彼女自身も消えた。炎を牽制に背後を取る。それが狙いだったが___
 ビシュッ!
 「!」
 竜樹は躊躇うことなく振り向きざまに刃を放っていた。背中に炎を受けようともお構いなし、もしソアラが察知して踏みとどまらなければ、喉元に走った浅い裂傷程度ではすまなかったはずだ。
 「おらぁっ!」
 さらに竜樹は刀を走らせる。刃の届く距離でなくとも、彼女の剣が大気を切り裂くのは重々承知していた。
 「ぐっ!」
 身体の前で交差させた両腕から血が迸った。黄金のオーラを易々と切り裂く力に呻きながら、ソアラは後方に飛んだ。そして竜樹がまた歩き出す。
 (カウンターだ___自分の肉体の強さを利用して、カウンターに徹しているんだ!)
 ソアラは竜樹の意図に気付いた。首の皮と両腕、それを切り裂かれただけで分かったのだから幸運だったろう。もし冷静さを失って攻撃を仕掛けていれば、今度はもっと深手を負っていたに違いない。
 (あの子の集中力ならできる。目を開けてはいるけど、あの子は私の気配を感じることだけに集中してるんだ。だから高速の奇襲にも反撃できた。)
 ならどうするか?こちらから仕掛ければほぼ間違いなく痛手を受ける。かといって動かないわけにもいかない。
 (___我慢比べね。)
 と、ソアラもまた竜樹の歩調に会わせるように真っ直ぐ前へと歩き出した。
 「___」
 沈黙のまま、二人の距離は見る見るうちに縮まっていく。そして刀の射程距離に入ったとき___
 ギンッ!
 竜樹が刃を放った。しかしそれはソアラが右の拳に現した竜の鱗に食い止められる。そして___
 ドガッ!
 竜樹の顔を左の拳が打った。だがその一撃はきっかけでしかない。
 「辛抱しきれなかったわね。こういう時って先に仕掛けたのが負けよ。」
 「!?」
 竜の鱗は幾重にも連なって刃を取り込む。そしてソアラの猛攻が始まった。
 ズガガガガ!
 連打連打、左の拳と蹴りの猛襲で一気に竜樹を攻め立てる。刀を放せばどうにでも対処できるだろうに竜樹は決して指を解かない。激しい攻撃に晒されても、愛刀と自らの剛力への信頼は揺るぎなかった。
 「刀魂爆裂!」
 「!?」
 一喝と同時に刀が強烈な波動を吹き上げた。それは瞬く間に竜の鱗に亀裂を走らせる!
 「終わらせる!___神竜掌!」
 鱗が砕け、刃の波動が一気に膨れあがるのと、ソアラが渾身の拳を放ったのはほぼ同時だった。誰もが顔を顰めるほどの強い輝きが駆け抜けると、戦場にようやく間が生まれる。
 舞台の上に立っていたのはソアラ。その右腕に肩から手首のあたりまで裂傷を刻みながらも、彼女はしかと立っていた。一方の竜樹は___
 「く___」
 場外に転がっていた。ただその手から刀を放すことはなく、そして何とか肘を張って体を起こそうとしていた。神竜掌は竜波動を拳に込めた一撃。身体の内側に流し込むわけではないが、ミキャックの呪拳に近いものがある。アヌビスとの戦いで何らかの覚醒を果たした自分が知らず知らず繰り出した技だ。あの当時ほどの威力はないが、それでも密接した距離で竜波動を放つのに等しい大技だった。
 (本当に___信じられないくらい打たれ強いわね。)
 黄金に輝きながらソアラも肩を揺すっていた。正直かなり消耗している。それだけの力を賭したのに、まだ立とうとしている竜樹に彼女は半ば呆れていた。
 「負けねえぞ___てめえなんかに___」
 だが___おそらく彼女のダメージは深い。腕の骨が折れているのか、必死に力を込めても左腕は言うことを聞いていないようだった。
 「もう無理よ。あなたは十分に強かった。今日はたまたまあたしに分があっただけ。」
 場外ルールを取り下げたのだから、彼女が負けを認めなければ戦いは終わらない。ソアラは舞台の縁まで歩み、竜樹にそう諭した。だが言って聞く人物じゃないことは彼女も分かっているつもりだ。
 「ふざけんな!俺はまだ負けてない___!」
 血に這い蹲っていても、竜樹は変わらぬ強い語気で言い放つ。ソアラは小さな溜息をつき、帰蝶を振り返った。
 「ごめん、やっぱり前言撤回。場外ありで頼むわ。」
 「あ、はいっ!」
 「き、きたねえぞてめえ!」
 「それが本来のルールよ。」
 カウントが進む。
 「ソアラの勝ちか。」
 「このままで終わればな___」
 「あん?」
 サザビーは百鬼が思いがけず深刻な顔をしているのを見て首を傾げた。だがそれは竜樹を良く知るものなら感じていた危険性だ。
 (危険だ___彼女に窮地に立つ時間を与えるのは___)
 控え室から戦況を見つめるフュミレイの額にも、うっすらと汗が滲んでいた。
 「十五!」
 「くっそおおお___!」
 だが肝心のソアラはそれを知らない。
 「十六!」
 「負けねえ___俺は負けねえぞ___!」
 そして、眠れる獅子が目を覚ました。
 ゾクゾクッ!
 舞台の縁で竜樹を見下ろしていたソアラが、自分でもどうにもならない悪寒に身震いした。そして帰蝶が十七と叫んだ次の瞬間___
 「フシュルル___」
 獣のような息を付き、竜樹が俯せのまま宙に浮いた。そしてゆっくりと、身体が起きあがりソアラと対峙する。
 「___変わった!?」
 目に見えて違うのは口元から覗く牙、額に伸びた鋭い角、目の周りや頬に浮かんだ赤い紋様、だがそれ以上に変わったのはその気配と秘められた力。
 今までの竜樹も十分に凶悪な強さの持ち主だがそれでも可愛げがあった。いま自分の前にいるのはまさに鬼神だ!
 「グアアア!」
 雄叫びを上げ竜樹が動いた。右手に握った愛刀百鬼を重々しく振り上げると、勢い良く振り下ろす。
 「!!?」
 放たれた斬撃にソアラは目を疑った。彼女自身は素早く宙に逃れたが、風の刃は会場の円周四分の一の控え室を破壊し、客席を崩し、人々を阿鼻叫喚に陥れていた。
 「無茶苦茶___今までの破壊力と全然違うじゃない___!」
 ソアラは慄然としていた。壮絶な景色に竜樹自身から目を離しすぎていた。
 「後ろだ!」
 会場の騒然を劈いて百鬼の声が響く。しかしその時にはソアラの背中に刃が食い込んでいた。血の帯を描きながら舞台へと落ちていくソアラ。あの声に竜樹が躊躇わなければ、一刀両断にされていたかもしれない。
 「ガオアアッ!」
 竜樹はソアラの後を追って急降下する。舞台に跪いたソアラの首目がけて断頭台のごとく刀を振り下ろす!
 「やめろぉぉっ!」
 またしても百鬼の声が竜樹の刀を鈍らせ、その一瞬がソアラの生死を分ける。かろうじて黄金の輝きを留めながら、ソアラは必死に飛び退いて竜樹の刃から逃れた。舞台の端と端、凛々しい青年のような少女はそこになく、手酷く傷ついた黄金竜の命を欲する羅刹がいるだけだ。
 「グゥゥ___」
 竜樹が刀を振り上げる。角も牙も紋様も消える気配はない。骨が折れていたはずの左腕も、しっかりと刀を握っている。ただ額には大粒の汗が滲んでいた。それはいくらかの葛藤の証かもしれない、しかし竜樹は自ら望んで羅刹を許諾していた。ソアラに勝ちたい一心で。
 (堪えてみせる___)
 斬撃が来る。それは分かっていたが、いま真後ろに百鬼や子供たちがいる状況では避けることなどできない。
 「ズアアアアッ!!」
 「はあああ!」
 自らの力とドラグニエルを信じ、ソアラは黄金の輝きを強くして立った。舞台に巨大な亀裂を走らせながら、斬撃が彼女を飲み込むまでほんの一瞬だった。轟音と衝撃が会場全体を飲み込み、風が客席を吹き荒れる。
 全ての風が止んだとき、戦いは終わりを迎えようとしていた。
 黄金の輝きは消し飛ばされ、紫に戻ったソアラ。客席の百鬼は動かない体でその背中を見つめていた。
 「___負けたわ___」
 血気盛んな鬼を鎮めるため、ソアラは残された力をその一言に費やした。ドラグニエルは健在だったが、その内側から血が溢れ出ていた。肉体を破壊され、彼女はついに倒れた。
 「ぐ___!」
 竜樹はまだ殺意に満ち満ちていた。しかしソアラが倒れた向こうに百鬼の姿を見つけた瞬間、彼女に自我が舞い戻る。
 「ぐううう___あああっ!」
 竜樹が頭を抱えて苦悶の声を上げる。やがて彼女の身体から赤み帯びた霧が吹き上がり、牙も角も紋様も消え失せていく。
 「ぐはあっはあっはぁっ!」
 元の竜樹に戻ると彼女は刀を舞台に突き立て、腰を折り曲げて両手を膝に付いて激しく息を付いていた。汗は頬から顎を伝い雫となって落ち、その顔も幾らか年老いて見えるほど生気が失せていた。だがすぐに自らを奮い立たせるように、足に力を込めて直立する。
 「勝者竜樹!」
 勝ちを告げられたその時も、竜樹には笑顔を浮かべる余裕すらなかった。ただ絶望に暮れるような百鬼の顔だけが視線に入り、彼女は疲れた顔で天を見上げた。
 「___畜生___」
 その言葉には幾重もの思いが秘められていた。自ら望んで羅刹を受け入れた不甲斐なさ、それで得た勝利の虚しさ、百鬼の顔から悟った彼の心境___だが悔やむことなどないはずだ。強さこそ、自分が求めていた道なのだから。
 そして___
 「よう。」
 控え室に戻った竜樹を見覚えのある顔が待っていた。
 「牙丸___」
 「頼みがあるんだ。聞いてくれるか?」
 「___」
 この強さを求めてくれるものもいるのだから。

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黄泉覇王決定戦 準決勝対戦表

 玄道  対  炬断

 吹雪  対  竜樹

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