第11章 やまない雨

 覇王餓門の敗北から一夜が過ぎようとしている。
 餓門が消えたからといって戦いが終わるわけではない。しかし界門に充満していた熱気の渦はいまにも消え入りそうだった。それほどに、絶え間なく降り注ぐ雨はすべてを冷やしていた。
 「ンニャ。」
 ソアラが勝利したあの瞬間に比べれば、雨足は少し弱くなったかもしれない。しかし降り続いている間は闘技場の修理もままならず、一回戦をあと七試合残して大会は順延となっていた。街並には雨音以外の音もなく、大通りでさえ人影はまばら。雨粒を避けながら歩く猫の姿が、我が物顔に見えるほどだった。
 「でも本当に休みができて良かったよ。あんなのが続いたらこっちが先に倒れちゃうって。」
 「翠は餓門の試合だものね。」
 「本当だよ!死ぬかと思ったんだから。」
 闘技場には小さな詰め所がある。そこは大会に携わる人々の事務所のようなもので、この日は司会進行を任されている帰蝶と翠が二人きりでハードワークの愚痴を零していた。
 「でもあの由羅さんって凄かったね。」
 「うん。守ってあげるとか言われてちょっとドキッとした。」
 「ふふっ、男じゃなくって残念?」
 ガリガリ___
 のどかな会話を遮る物音に、猫のような耳をした翠が敏感に反応する。見ると窓の向こうで、一匹の猫が体を捩りながらガラスを掻いていた。
 「あ!可愛い!」
 「うにゃぅん。」
 笑顔になって立ち上がった翠は躊躇わずに窓を開けてやる。猫は愛想の良い甘え声を出して彼女の鼻面に耳元をこすりつけ、部屋へと入ってきた。
 「雨宿りのつもりかしら。あら?この子、前足を引きずってるわ。」
 「本当?あっ、机に載るの!?ちょっとまってよ、今体を拭いてあげるからさ!」
 翠の声も聞かず猫は書類だらけの机に飛び乗って、悠長に濡れた体を繕い始めた。その動きの中で、ほんの一瞬だけ視線が止まる。そこにあったのは大会の参加者名簿。
 「ほらほら、資料が濡れちゃうからさ。」
 「ふみゃっ。」
 乾いた布で全身を撫で回され、猫は驚いたような声を出して爪に力を込めた。
 (動物も楽じゃないですね___)
 そんなことを考えながら、「彼」は諦め顔で翠の猫可愛がりに身を委ねるのだった。




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