第10章 覇王の誇り

 戦い終えて、全身の血を装束で拭い落とし、吏皇は暗い石の部屋を出る。
 (大したものだ、あの微々たる接触で全ての傷口が塞がれている。あの女はいったいいくつの能力を持っているというのか___)
 松明が灯る廊下に出ると、肌に刻まれた傷の全てに生皮が張っているのがはっきりと分かった。路頭に迷ったような意志のない目をしていながら、氷を操り、血を沸騰させるような光を放ち、さらには全身の傷を一瞬で塞ぎ止める。単なる妖魔の能力とは思えない。
 「お久しぶりで。」
 思案を巡らせる吏皇を呼ぶ声。振り向くと、そこには壁に手をかけて煙草をふかす男がいた。
 「貴公は___」
 その顔は吏皇にとっても印象深い。かつて一度会っただけだが、それは重要な出会いでもあった。
 「砂座だったか。」
 煙草の先を壁にこすりつけ、サザビーは吏皇に向き直ると深々と礼をした。
 「___どういうつもりか?」
 「鵺のことで世話になっただけでもありがたいのに、銀髪の魔女の目先まで変えてくれた。礼くらいは言わせてもらおうと思ったんだ。」
 吏皇との会話に小細工が通用しないことは分かっている。顔を上げたサザビーは深く考えることなく言った。
 「銀髪___彼女も貴公に関わりがあるのか?」
 「俺だけじゃない。俺たちにとってあいつは重要な存在なんだ。」
 「___貴公は、いや貴公らは何者だ。」
 「目を見りゃ分かるんじゃないのか?」
 「盗み見るような真似はせぬ。貴公の口から聞きたい。」
 この動きはサザビーの独断だった。いや、偶然の産物とでも言うべきか。つまらない控え室を離れて客席へ向かおうとしたところで、ソアラとフュミレイの再会に遭遇。仕方ないから円周の廊下をぐるりと反対側へと回り込んでいったところで、吏皇と出会った。
 「___わかった。場所を変えようぜ。」
 騒ぎを大きくするべきではないと思う。こちらの関係を広げることはアヌビスの関係、選択肢を広げることにもなるからだ。ただ信頼の置ける良識ある妖魔であれば、そして力になろうという意志のある人物であれば、手を取り合う価値はあるはずだ。そもそも彼とアヌビスの接点は、鵺の時点で十二分に生まれているのだから。




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