第9章 遺言
(お腹減った___)
金城の地下であろう迷宮を彷徨きはじめてから半夜が経ったがどうにも出口がない。くわえて球体を出てからというもの、空腹と乾きが異常に酷くなってきた。どうやらあの綿毛のような発光体、不思議なことだがあそこで過ごしていれば口の中に入るであろうあれが、栄養と水分をもたらしていたようだ。
「あっ。」
水の滴る音がする。光一つ無い迷宮の中、ソアラは弱めていた炎を強くして、前方を照らす。水たまりが光っているのが見えた。
「やった!」
ソアラはたまらずに駆けだした。
「うん!?」
乾きにも我を忘れないのが百戦錬磨の証だ。不吉な気配にはとびきり敏感になっている。ソアラはとっさに腰を落とし、スライディングをするようにして廊下を滑った。そのまま冷たい廊下にうつぶせになり、炎を強くして頭の高さを照らしてみる。
「糸___か。」
ピンと張りつめた極細の糸が見えた。気づかずに走り抜ければ、首を置いてくることになっていたかも知れない。
「消えた___?」
ソアラが炎で燃やすまでもなく、糸が消えた。不可解に思ったソアラは辺りに気を配りながら立ち上がる。水音は鳴り続けているが、それが気にならないほどこの辺りには嫌な気配が蔓延っていた。
(この感じ___初めてじゃない気がするけど___)
鉱物に輝きをもたらすイゼライルという呪文がある。それを使えばこの迷宮を明るくすることもできたが、ソアラは炎を選んだ。それはこの迷宮が一枚岩、いや大地を削って作られたように見えたからだった。
(鉱物が一続きだと魔力の消耗が酷い___だから使いたくなかったけど、ここだけはしょうがないな。)
ソアラは壁に手を触れ、魔力を高めた。
「イゼライル!」
グンッ___壁に流し込んだ魔力は紙が水を吸うように広がり、壁に明るさをもたらす。だがソアラは急激な魔力の喪失に少し顔をしかめた。
「眩しい。」
「!?」
背後に声を聞き、ソアラは振り返った。そこにいたのは全身を茶色のローブに包み、深いフードの奥底に赤い光を宿した者。
夜行である。
前へ / 次へ