3 流浪の侍

 「竜樹(りゅうじゅ)?」
 「そう、竜樹っていう侍だ。」
 髭もじゃの豪快な妖魔は、千切れた干し肉にかぶりついた。肉を差しだしたのは牙丸である。
 ここは深い森の中。髭の妖魔は切り株の上に安坐していた。
 「女みたいな可愛い顔をしてるが、ありゃただ者じゃねえ。そりゃもう、とんでもない強さだぜ。俺が会ったことのある妖魔じゃ一番だね。」
 「どこにいるんだ?」
 「それはわからねぇ、おまえと同じであてのない旅をしてるみたいだからな。探してもおまえじゃ見つけるのは難しいと思うぜ。」
 牙丸は今度は果物を髭の妖魔に差し出す。
 「探してもらえるか?」
 「しゃあねえな、メシを貰ったお礼はしなけりゃ。」
 髭の妖魔は足下に転がっていた石を拾い上げた。
 「竜樹に会ったのはだいぶ前のことだが、あいつがよほど変身していなければ俺の検索に引っかかるだろう。」
 この妖魔は名を玄武(げんぶ)という。能力は、捜し物を見つけること。占いに近い能力だが、その正確性は高い。彼の噂を聞いた牙丸は、優れた妖魔を探して貰うためにやってきていた。
 「ぬぅぅぅ___」
 玄武は読経のような唸り声で、石を強く握り始めた。
 「はあっ!」
 そして派手に石を握りつぶした。砕け散った石はただ土の上に転がった。しかしその一つが黒く変わる。
 「その石を持っていけ。」
 牙丸は黒く変わった石の欠片を拾い上げた。
 「そいつが竜樹の居場所を見つけた。もう俺の能力が届こうがどうなろうが、石は竜樹の居場所を教え続ける。」
 「便利だな。」
 牙丸は感心して石を眺めた。
 「いやぁそうでもない、石は方向を示すだけだからな。丸い皿の上にでも置いておけば石は竜樹のいる方向に転るが、距離までは教えてはくれねえ。」
 「なるほど。」
 「目的から十町の距離まで来れば石は砕ける。砕けたら結構近くにいるってことだな。わかったか?」
 いつの間にやら、牙丸は影も形もなくなっていた。残された玄武は首を捻り、再び果物を囓った。
 「探す価値のある妖魔だといいな。」
 牙丸はすでに動き出していた。その手に乗せた石の指す方角へ。

 舞台はがらりと変わって中庸界。旅に出た百鬼一家はケルベロスから飛行船でカルラーンへとやってきていた。以前はローレンディーニから船を利用するのが最速のルートだったが、本格的に空の移動手段が利用され始めた今ではこちらが勝る。
 少し費用はかかるが、このルートを利用すれば二人の愛の巣に行くのが簡単だった。
 「驚いたなぁ。」
 巣の主人、ライはかつてに比べて遙かに大人びた。年齢的にも当然といえば当然だが、父になるものとしての自覚が彼を著しく成長させている。外見も凛々しさに溢れていた。リュカとルディーもどこか遠慮がちに見えるくらいだから不思議だった。
 「本当にソアラが出ていったの?」
 大人になった、彼の場合それは理知的になったとも言える。
 「いや、君に何か問題があったなんて思わないよ。こうして子供たちが君を愛おしく思ってるんだから間違いないさ。」
 「そう言ってもらえると気が楽になる。」
 昔なら彼らしくないと思えるような言葉も今は違和感がない。そもそも、日が落ちてから訪れた三人に、フローラが居なくとも紅茶の一つを立ててくれた心遣いが今までにはないことだった。
 「それにさ、何でか分からないけどいつかこんな日が来るんじゃないかって、そんな気はしてたんだ。」
 「本当か?」
 百鬼は失笑し、疑るように問い返した。
 「本当だよ、フローラとも話していた。」
 「どうしてそう思ったの?」
 紅茶をすすり、ルディーが尋ねる。大人の会話に混じりたがるのは彼女だけで、リュカは少し飽きてしまった様子。
 「ソアラだからさ。百鬼だって分かるだろ?ポポトルの殻を破って、白竜の殻を破って、中庸界の殻を破って___」
 「そう、それは分かるよ。あいつは何か気になることがあると放っておけない性分なんだ。元々あの色だぜ、竜の使いとしても型破りだったんだからさ。」
 「ははっ、言えてる。」
 「ふ〜ん。」
 納得したのかどうなのか、とにかくルディーは頷いていた。
 「そういえば、おまえの奥さんはどうしたんだ?」
 「急がしい身だからね、帰りの時間も定まらない時が多い。」
 それを聞いた百鬼が渋い顔をする。
 「そりゃあおまえ、お腹の子供に良くないぜ。あいつが仕事熱心なのは知ってるけど。」
 ライとフローラの夫婦関係は少々特異だ。フローラは家にいないことが多く、家事はライが手がけることが多い。ライは白竜自警団で剣を中心とした兵術の指導員をしている。一方のフローラは、クーザーにあるテンペスト医院の協力を得てカルラーンに医学院を開設した。そこで新しい医学の研究に努めている。
 「探求心って凄いよね。ソアラがポポトルやアヌビスを見過ごせない一心であそこまで突っ走っちゃうのと、フローラが医学の発展のためにここまで頑張れちゃうのって同じことだよ。」
 ライは腕組みして、にこにこしながら続けた。
 「フローラだって、疫病の研究のために人里離れたところに研究所を作って一人で籠もりたい、なんて言い出す可能性はあると思う。」
 「そうしたらおまえはどうする?」
 「一緒に行くよ。夫婦だもの。」
 「そうだよな。」
 ライの答えを聞いて頷いていたのは百鬼だけでない。ルディーもだった。
 「でも彼女は嫌がるだろうね。疫病っていったら、罹ったら簡単に死んじゃうかも知れないし。」
 ソアラもそうだ。問題は、ソアラがアヌビスと戦える強さを持っていること、百鬼にはそれがないことにある。フローラだって、もしもライが医学者だったら、彼の言った例えが現実になってもそこまでは拒まないだろう。
 「ただフローラは相談してくれる。ソアラほど思い詰めて悩む人じゃないから。」
 「ただいまぁ。」
「あ、噂をすればだ。」
 透き通った声が聞こえる。いつ聞いても優しい彼女の声に百鬼は安心し、リュカとルディーも笑顔になった。
 「ごめんね、今日も遅くなって___あれ?」
 外が冷えていたのだろう。少し頬を赤くしてリビングに現れたフローラは、久方ぶりの仲間の顔を目の当たりにして、すぐさま満面の笑顔になった。
 「あ〜っ、百鬼!久しぶり!」
 「よう。」
 「あらぁ、リュカとルディーも久しぶり。あたしのこと覚えてる?」
 「フローラさん!」
 二人は声をそろえてフローラの側へと駆け寄っていった。
 「ふふ、相変わらず元気ねぇ。」
 子供たちはそれぞれにフローラの手を取って頬ずりする。暖かな女性を求めているのか、二人は猫のように身体を寄せて彼女に甘えた。
 「ソアラも一緒なの?」
 「いや、それが___」
 百鬼からソアラの話を聞かされると、フローラは驚きながらも冷静に状況を飲み込んでいた。ただ、「大事な手術よりもドキドキした」と呟いて。
 「そうか、うん、でもそれはいいことだと思う。ソアラが帰れる場所を作ること、それはあなたじゃなきゃできないことだもの。」
 フローラとの戯れに満足したリュカとルディーを寝かしつけ、三人だけで話し始める。彼女も楽な恰好に着替え、まとめ上げていた髪を解いた。そうすると、彼女は以前より少し痩せたように見えた。
 「でも大変ね、特にリュカとルディーには。」
 「そうなんだ、俺もかなり取り乱して、むしろあいつらに励まされたところもある。でも今日あいつらがおまえにすごく甘えているのを見ると、やっぱり母親が恋しいんだってのがよく分かったよ。」
 「でも百鬼はフュミレイのことも気になってるんだよ。」
 神妙に語る百鬼をライが茶化すようにしてフローラに話した。
 「それはしょうがないよね、自分にとって大事な人はいつまでたっても大事な人だもの。」
 そう、ライの父親でもあるアレックス・フレイザーなどは最たる例だ。
 「俺以上に気にしていたのがソアラさ。あいつは天界からの使者が来る前まで、ずっとフュミレイを探していた。それも俺に気づかれないように。」
 「百鬼はこれからどうするつもりなのさ。サザビーにでも会いにいくの?」
 「いや、あいつもソアラと一緒に行ってるらしい。」
 「え!?」
 夫婦の声が揃った。
 「誰に会いにいくってことはないな、ただあいつらに俺とソアラの歴史を見せておきたいと思ってるんだ。」
 百鬼とソアラの歩みの始まりはカルラーン。出会いこそエンドイロだが、その時はソアラが気絶していた。リュカとルディーはそんなことは知らない。まだ興味を持つほど大人びているわけでもなかった。
 「ゴルガはもちろん、できればホルキンスとかポポトルにも行ってみたい。」
 「いいことだと思うわ。あの年齢だから感傷に浸るようなことはないでしょうけど、この先もずっと心に残る旅になると思う。」
 「旅っていえばさ、どこかハネムーンの予定は?」
 「なんだよそれ〜!」
 その夜、二人の愛の巣には夜遅くまで明かりが灯っていた。ライがフローラの身を気遣って休ませるまで。

 玄武の能力を宿した小石に従い、牙丸は颯爽と進んだ。玄武の話では竜樹という妖魔は侍であり、背は余り大きくなく、精悍な顔立ちながら流浪の人で、当てのない旅をしているらしい。
 (石の疼きが強くなってきている___近いか?)
 掌の石にだけ目を向け、牙丸は上空高い位置を飛行する。そして石の動きが激しくなってきたように感じた直後___
 パシュッ!
 (砕けた!)
 掌で石が粉々に破裂した。牙丸はそのままの体の向きでまっすぐ前を見る。十町先のあたり、森が切れて丈の長そうな草原が広がっていた。
 (あの辺だな。)
 牙丸はこみ上げた笑みを飲み込み、黒い稲妻となって一直線に飛んだ。風のない空を。
 「!?」
 そのとき、丈の長い草に全身をすっぽりと隠した侍装束の青年は、驚いて息を潜めた。
 (どういう事だ?さっきまで離れていた気配がもうこんな近くまで___)
 わらじで下草を踏み込み、刀のつばに親指をかける。
 (俺が目当てだ___まっすぐここまで追ってきた___)
 内に秘めたる凄みを表に出すことはしない。ただ戦意は十二分にある。こんな脅しを掛けるような接近の仕方をした奴、挑んでくるつもりなら返り討ちにしてやる。いや、むしろこちらから挑みたい。強い者と勝負することは、青年にとって生き甲斐だから。
 (見事だ、俺の接近を感じて気配を消した。)
 強い風が牙丸に吹き付けた。今日は天気が荒れ模様、一雨降るかもしれない。
 「竜樹はいるか!?いれば姿を見せろ!」
 草原の空で牙丸が大声を張り上げる。身を潜めていたにしては、反応は驚くほど早かった。
 ゴウッ!
 「!」
 草の中から白いうねりが吹き出し、牙丸を襲った。回避が難しいと感じた牙丸は体の前で両腕を交差させ、うねりを体に受ける。激しい衝撃、牙丸の腕や腹に裂傷がつき、血が飛んだ。
 (この体は大して丈夫じゃないな。)
 ただそれでも牙丸は飄々としている。そして彼の視線の先に現れたのは、小柄な侍だった。その周囲の草は、先ほどの白いうねりで丸く刈り取られていた。
 「その言葉、挑戦と受け取る。いざ!」
 紺色の袴と侍装束に身を包み、足下は素足にわらじ。首筋を隠すには至らない程度に伸びた髪は深い緑色で、キリリとした瞳も同系色。色合いは黄泉では珍しいものではないが、牙丸はいかにも気の強そうな竜樹と視線を交わしたとき、身の毛がよだつのを感じていた。
 「はぁぁっ!」
 竜樹は地を蹴ると、すさまじい勢いで急上昇し、刀を抜いた。
 「___」
 鋭い太刀筋を、牙丸は下降しながら回避する。相応の重さがあるであろう刀身の振りの早さ、そして中空での彼女の身のこなし、掠めただけで皮膚がパックリと裂ける破壊力、牙丸は短い接触で竜樹の強さを感じ取った。少なくとも、薄ら笑いを浮かべて応対していい相手ではなかった。
 (良く避ける!)
 竜樹もまた、牙丸が紙一重で刀をやり過ごしていることに高ぶりを感じていた。高速の刃は空気を切り裂き、相手に直撃せずとも裂傷を与える事ができる。しかし牙丸はその距離を含めてなお、紙一重の回避を見せていた。
 「とっ!」
 竜樹の攻撃を先読みして余裕を作った牙丸は、草原へと飛び込んだ。竜樹もすぐさまそれを追う。降り立った牙丸は立ち止まって竜樹を見上げており、その余裕が癇に障った竜樹は仕留めるつもりで刀を振り下ろした。
 「!」
 しかし切り裂いたのは目前の草だけ。しかも感じた牙丸の気配は離れた背後だった。
 「裂空殺!」
 振り向きざま、竜樹は刀を横凪に振るう。そこから生じた扇形の真空刃が、瞬く間に草を短く切りそろえた。腰丈の草原で、二人は静止して向き合った。
 「手合わせもいいが、その前に俺の話を聞かないか?」
 「戦いに言葉がいるのか?」
 竜樹は間合いを計るように、正眼に構えた刀の切っ先を視線に重ねた。
 「いるな。俺はおまえと話し合いをしに来た。」
 「聞く耳はない。それより俺と戦え!おまえの強さ___今までにない!」
 竜樹が牙丸を見る目は厳しい。優秀な戦士は、戦いの中で瞬時にいくつもの映像が頭に浮かび、その時々に適切な行動を取ることができる。しかし今の竜樹には、牙丸にどう挑んだとしても返り討ちの姿しか思い浮かばなかった。
 彼がなぜ瞬時に近づいたのか。なぜ背後にいたのか。それがわからないから。
 「その心意気___その目___それに___」
 「!?」
 いつの間に!?竜樹は溜まらずに構えを解き、やけに涼しい自分の胸元を見て目を丸くした。きつく巻いていたはずのさらしが、牙丸の手に握られている。決して大きくはないが、装束の狭間から見える胸は確かにふくよかだった。
 「女なんだな。」
 「女だと___?」
 ぴくり、竜樹の額が震えたのが牙丸にも分かった。突然のことに赤面していたはずの彼女から、スゥと血の気が引くように紅潮が消える。
 「女じゃない___俺は女なんかじゃない!」
 「む___」
 竜樹の身体から沸き立つ殺気、その質が少し変わった。
 (これは___変身型の妖魔か?)
 竜樹の身体が白いオーラに包まれ、その揺らめきが鬼を象っているように見えた。彼女自身にも、牙や角、顔に隈取りのような紋様が浮かびかけていた。しかし、やけに苦しそうな顔に見える。
 「がああぁっ!」
 突然だった。竜樹が刀を振るう。その瞬間彼女から牙丸へ、突風と共に大地に亀裂が走った。
 「こいつは___すごい。」
 いつも以上にどんよりとした空に、雲が歪んでいる。しかし止まっていた。全てが停止した世界で、牙丸は目前まで迫っていた竜樹の真空波を目の当たりにし、感嘆した。
 「この身体で喰らったら真っ二つだ。こいつは___ソアラよりも強いかも知れない。」
 そして、竜樹との引き合いに、彼女の名を呟いていた。
 「!」
 草が一直線に裁断され、大地が裂けていた。そこだけ一時的に大気が失われ、風が我先にと吹き付けて無を埋めた。軌道上にいて何事もなかったのは牙丸だけ。まるで真空波を突っ切ったように、竜樹の目の前に立っていた。
 「ぐううう___」
 竜樹は唸りながら片手で額を抑えた。顔には汗が浮かび、尋常でなく歯を食いしばっていた。やがて浮かびかけた牙、角、紋様が消えていく。
 「はぁっはぁっ___」
 白いオーラが彼女の身体に溶けて消える。それは噴き出す力を押し殺しているように見えた。
 「ん___」
 一つ息を付き、竜樹は刀を鞘に収め、牙丸の前に胡座をかいた。
 「あんたには勝てない。これ以上挑んだら我を忘れそうだったので刀を収めた。」
 前のあわせが少しはだけていた。ただ竜樹はそれを直そうとしなかった。
 「下手な挑発だったな、これは返す。」
 「ああ___」
 竜樹は嫌悪の入り交じった声で、牙丸の差しだしたさらしを受け取った。しかし手に持ったままで、どうしようとはしなかった。彼女が少し背を曲げると、牙丸から乳房の形がはっきり分かるほどに着物の前が開く。それでも彼女はそのままでいた。
 「話は聞くよ、ただその前に、なぜ俺の視界から一瞬でいなくなるのかを教えてくれ。」
 「俺は時を止められる。」
 牙丸は彼女の隣に腰を下ろし、まるで世間話のように軽々しく言ってのけた。
 「!」
 竜樹は口を真一文字に結んで目を細め、何度も頷いた。
 「そうか___どおりで勝てる気がしなかったわけだ。凄い能力だな、感心するよ。」
 「ありがとう。」 
 気さくだが、彼女の仕草、言葉遣いに女性的なものはない。
 「益荒男か、女だろうおまえは。」
 「女じゃねえ。」
 「どう見ても女だ。ここからよく見える。」
 アヌビスは彼女の胸を指さす。
 「うるせえ!」
 だが竜樹は頑なに女であることを拒絶する。ただ本当は恥じらいがあるのに無理矢理押し殺している感は否めない。さっきだっていきなり晒しを取られて赤くなっていた。
 「何かあるらしいな。」
 「そこまで話す筋合いはない。俺にそんな話をしに来たって言うならまたの機会にしろ。」
 竜樹は吐き捨てるように立ち上がるが、牙丸がその腕を掴んだ。彼女は舌打ちして再び座り直す。
 「手っ取り早く話せよ、俺は忙しいんだ。」
 「素直だな。」
 「あんたが俺より強いからさ。」
 竜樹のまっすぐで攻撃的な目つきに牙丸は惚れた。
 「俺が頼めば、俺のために闘うか?」
 「強い相手か?」
 「強いとも、一度俺を負かした奴が一人、それからそいつの主人が相手だ。」
 竜樹の目がギラギラと輝く。戦いに対する彼女の情熱は、素直に顔に表れる。女であることを認めないのとは大違いだった。
 「興味有るな___あんたに勝てる奴がいるなんて。」
 「俺は今でこそこんななりをしているが、実際はこんな所をブラブラするような立場じゃない。」
 「それは何となく分かる。」
 「俺は以前の戦いで、八人の優秀な戦士を失った。だから、俺は新たな戦士を八人捜している。」
 「戦場は?」
 「異世界だ。」
 竜樹は肩をすくめて背筋を伸ばした。ゾクゾクと、震えが来るような仕草をしてうっすら笑みまで見せている。
 「行く!」
 そして自ら牙丸の腕を取り、すがりつくように訴えた。強い者と闘うことにかける情熱、その源はどこから来るのか?それも女でありたくないことに通ずるのか、牙丸は彼女に対する興味を膨らませた。
 「よし、これからおまえは俺の戦士だ。良いな。」
 「ああ、そのかわりとびきり強い奴と闘わせて欲しい。俺はもっともっと強くならなくちゃいけないんだ!」
 顔にこそ表さないが牙丸は浮かれていた。「こちら」に来てからというもの、今までにない人格との出会いに恵まれている。
 「だが異世界に行く前にだ、今はこちらで活動しやすいように餓門という妖魔に仕えている。で、そいつはこれから大戦争をおっぱじめる予定だ。その手伝いをして貰いたい。」
 「いいぜ、戦いあるところに竜樹ありだ。」
 竜樹は立ち上がり、ドンと拳で胸を叩いた。
 「決まりだな、良い働きを期待している。俺はまだ用があるから、おまえだけで先に金城に行ってくれ。そこに夜行という奴がいるから、そいつの指示に従ってもらえばいい。」
 「わかった。」
 牙丸がすっと手を差し出す。すると竜樹もすぐに握り返してきた。刀を振るってきた証だろう、掌の表面は少し固い。それでも、女らしい小さな手だった。
 「あ、そうだ、あんたの名前を聞かせてよ。」
 「ここでは牙丸と名乗っている。」
 「他では?」
 牙丸はニッと笑った。
 「アヌビス。」
 「へぇ。」
 いつの間にか、牙丸の手は竜樹の頭を撫でていた。
 「またな、可愛い嬢ちゃん。」
 「嬢ちゃんって言うな!」
 次の瞬間には牙丸が消えていた。残された竜樹は思う。
 また時を止めたのだろう___と。




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