第8章 牙丸暗躍
 
 朱幻城に最も近い集落は、餓門派の周達(しゅうたつ)が収める飛天城。周達の実力、派閥内の地位は低く、飛天城も小さな集落である。榊と仙山がいれば、たとえ戦いになったとしても朱幻城を守ることは難しくない、その程度だった。
 だが、だからこそ余計に周達は躍起になったのである。虚を突いて朱幻城を陥落させるようなことがあれば、派閥内での地位を一気に高めることができる。
 「徹底的につぶせ!」
 長身痩躯に鎧兜を纏い、手には軍配。重そうな動作でそれでも声だけは張り上げる。周達は側近の妖魔二人と、大勢の妖人で朱幻城を襲撃していた。主の居ない朱幻城だったが、今の生活を好む妖人たちが自ずと武器を手に取り、城の守り神である黒塚たちとの共同戦線を張っている。
 妖魔同志の戦いは、その能力如何で簡単に勝負が決まる。しかし妖人同士の戦いは、長く、血で血を洗う壮絶なものだった。周達の能力は人一人を操る程度の簡単な催眠術でしかなく、しかも高尚な妖魔には通用しない。戦局を決めてしまうほどの能力ではなく、今彼の軍勢が優位に立っているのはあくまで武装の効果、そして周到な黒塚対策だった。
 「炊き続けろ!我らが同志の後を押せ!」
 城を取り囲むようにして、白い煙が立ち上り、空一体に広がっていた。苦みを感じさせるような臭気を放つ煙の源は、城を取り囲むように焚かれた炎。妖人の女たちが焚き火の中に滑った液体を流し込むと、炎はより勢いを増し、白い煙が噴き上がった。
 「利いているぞ!我らはこの戦に大いなる貢献をしている!」
 火の指揮を任された側近の妖魔が意気上がる。黒塚に限らず、鳥たちは黄泉の保存食の一つ、瑚蘭豆(こらんず)から取った油を燃した煙が大の苦手だ。煙に噎せ返るだけでなく、羽にまとわりついて飛行がおぼつかなくなる。
 「クァァッ!」
 普段なら吉良に率いられ、見事な編隊で空から石を落とすくらいわけない黒塚たちだったが、ままならない。それでも混乱した鳥たちは懸命に自分たちの巣を守ろうとしている。
 頼りの君主はいずこへ?はじめから劣勢の戦局、徐々に朱幻城から戦意は消えようとしていた。




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