第3章 鵺
サザビーが消え去ったショックに駆られながらも、ソアラは榊に質問を重ねた。榊はソアラを一戦力としては認めているが、さほどの信頼は置いていない。そのせいか、己の生い立ちや能力のことについてはこれっぽっちも語ってはくれなかった。躊躇いもなく明かしてくれたのは黄泉での生活のあり方と、現在の世情がほとんどだ。
まず中庸界でいう一日は黄泉でいう一夜である。しかし一夜は一日よりも長いようだ。永遠の闇とは関わらずに光のある黄泉だが、この光が一定の周期で消え去ることがある。それが一夜だ。ただ生活の中で、夜を迎えたから眠るというわけでもない。夜はむしろ外敵に怯えながら目を光らせなければならない時。日々の暮らしの中で昼夜と睡眠が連動していないのが黄泉だ。これを聞いた時、ソアラは暫くこの習慣の違いに悩むだろうと感じた。
食事の面ではここにいる限りは困ることもなさそうだ。朱幻城の食料庫には驚くほどの作物が蓄えられ、それは中庸界で見る食べ物とそう変わらない。食事の時間や回数にはずれがあるかも知れないが、それは過去の長旅の経験があるだけに克服は簡単だ。
衣服、これは榊にそっくりと取り替えられてしまった。愛着のある服だからと頼み込んで破棄だけは免れたものの、普段は少し消息の入った着流しを纏うこととなった。ただこれはソードルセイドでも着る機会があったので苦にはならない。そう、黄泉の、いや少なくとも朱幻城の文化はソードルセイドの伝統に近い。これはソアラにとって大いに助かることだった。
さて世情、実にわかりやすい構図が展開されている。覇王水虎の側近である天破と餓門は互いに水虎暗殺を企てたのはおまえだ!と罵りあっており、これが派閥を真っ二つに分けた戦争に発展しそうだというのだ。天破は水虎の右腕であり、頭脳である。とびきりの策士だが卑怯と呼ばれることを嫌い、真っ向の知略と閃きに長けた男。腕力は乏しいが水虎よりも年上であり、彼の全幅の信頼を得ていた。餓門は水虎の左腕であり、腕力である。とにかく力強さでは右に出る者はいないといわれる戦闘の達人。知性は物足りないが、馬鹿正直なほどに真っ直ぐなことを水虎に認められ、側近の地位に抜擢された若い妖魔だ。
水虎の目の黒いうちは争うことの無かった好対照が、ぶつかり合おうとしている。そして水虎派の下には天破派と餓門派があり、それぞれに属する妖魔たちも対立の構図を描くこととなった。まだ引き金が引かれたところまでは行き着いていないが、時間の問題だと榊は言う。なにしろ各派の妖魔が収める集落は偏り無く、全く混在している。そればかりか、天破と餓門が治める集落は隣り合っているというのだから。
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