第3章 朱幻城の小娘

 降りしきる雪、深く積もった新雪の銀世界に彼は立ちつくしている。その景色がどこかは分からないが、見たことのある景色には違いなかった。
「さよなら、ニック。」
 後ろから声が聞こえた。振り向くとそこには、銀髪の彼女が憂いげな笑みを浮かべて立ち去ろうとしていた。
 「バイバイ、百鬼。」
 大事な人が消えてしまうのを止めようと手を伸ばした彼の後ろからまた声。そこでは紫色の彼女が微笑みながら手を振って走り去っていこうとしていた。
 「まて___」
 百鬼が前後を振り返っている間に、二人の姿は消えて無くなる。彼は雪の中に___一人ではない。その両手を握る子供たちは、青ざめた沈痛な顔で俯いていた。
 そして百鬼は己への呵責と共に目覚めるのだ。
 「う___」
 この夢は今日はじめて見たもの。しかしこれからもしばらくの間、彼はこの夢に悩まされる。このときは悪い予感でしかなかったが、現実となる。
 「ねちまったのか___」
 少しだけ頭が痛んだ。テーブルに突っ伏したまま眠っていた彼は、その片手に僅かにブランデーが残ったグラスを握っていた。
 「___」
 ソアラが酒を苦手としているから、彼も自宅で酒を飲むことはなかった。しかし今日に限っては、せめて飲まなければ安らぎを手にできないと感じていた。
 「あ、いけね___」
彼はテーブルの上に散らかした紙に、僅かによだれが染みついていると知り、そこを指で拭う。
「___」
 紙はソアラがしたためたフュミレイ・リドンの調査記録。百鬼は酒を手に、ソアラの部屋で見つけたこの興味深い紙を読みふけっていた。そのうちに思い出に微睡みはじめ、眠りに落ち、夢を見た。
 「夜中___か。」
 子供たちを寝かしつけてからどれくらいになるだろう。そもそも、二人は本当に寝てくれたのだろうか。何しろ、彼の背中にはかけた覚えのない外出用のコートがかけられていた。
 そして紙に付いていた染みは本当によだれだったのだろうか?
 彼は信じたくなかったが、おそらく眠れなかった子供たちはせめて父の温もりを求めて寝室を出た、しかしそこで紙を涙で濡らしながら眠る父の姿を見て、彼らなりの心遣いを見せてまた寝室へ戻っていったのだろう。
 「___」
 百鬼はグラスから手を放し、肩からずり落ち掛けたコートを羽織りなおすと改めて机に散らかった紙を睨みはじめた。
 (俺が腐ってどうする___)
 活力を失っていないことを子供たちに示す必要がある。それには、ソアラが残していった「フュミレイの捜索」という役目は絶好だった。
 ただ、だからといってソアラのやり方が許せるかというとそういうものでもないが。




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