2 ペイデルウッドの魔竜
百鬼たちが降り立った島は天界の中でも大きい部類にはいる。島の名はミゼルグェスト。頭首はソルオール・グリン・バーフェルヘイツといった。
島の中央部には町が広がっていた。道があって建物があってといったところは中庸界と変わりはしない。石造りの建物は白を基調としたものが目立ったが、近くで見れば壁も屋根も灰色や黄色がかった石を織り交ぜて作られていた。そうすることで強い日差しを反射が少なくなる。その他、巨木の内側に造られた家や、背の高い建物が目立つのは天族ならではか。
そんな町の風景に目を奪われながら、翼を持つ目にも美しい人々に気を惹かれながら、百鬼たちは町の真ん中に位置していた城へと辿り着いた。
「これはトーザス殿!助っ人とやらをお連れいただいたか!?」
城に入ると丁重ながらもどこか慌ただしい出迎えを受けた。そして辿り着いた先の玉座にいたのは正直、翼の華麗さが似合わない豪傑。彼がバーフェルヘイツだった。
「うわ〜、見てよあれ、天井高いね〜。」
トーザスの後ろから最初に現れたのがリュカ。
「こんにちは。」
その後ろから現れたルディーは行儀良くバーフェルヘイツに挨拶する。当の豪傑は現れた子供を見てあんぐりと口を開けていた。
「ほらリュカ、おまえもちゃんとお辞儀しろ。」
「こんにちはぁ。」
後ろから現れた父百鬼に背中を突かれ、リュカも少し遠慮がちに頭を下げた。
「こちらは百鬼さんとそのお子さんたちです。」
唖然としていたバーフェルヘイツ。次第に口元が震え出す。
「ドアッハッハッハッ!冗談も程々にしてもらえるか、トーザス殿!?」
そして大笑いしたかと思うと、顔を真っ赤にしてトーザスに怒鳴りつけた。
「い、いえ、本気ですよ。何しろ彼は最後の竜の使いと言われるソアラさんのご主人で、二人はそのお子さんなんですから。」
「むぅ___しかしなぁ___」
バーフェルヘイツはそれを聞いて口を噤ぐと、懐疑的な目で百鬼たちを見た。それはその場に居合わせたトーザス以外の天族皆が同じだった。その時である、微かな鐘の音が聞こえたかと思うと、それは二重三重と折り重なって、たちまち町全体を包み込んだ。
「て、敵襲!」
「ついにきたか!」
青ざめてテラスから飛び込んできた天族が叫ぶと、バーフェルヘイツも勢いよく立ち上がった。
「いかがいたしましょう!?」
「決まっているだろう!武器を取って立ち向かうのだ!」
そのやり取りだけでも混乱ぶりが見て取れる。血気盛んなバーフェルヘイツに触発されるように動き出した天族たちだが、何をして良いか分からずに戸惑う姿ばかりが目に付いた。
「ど、どうしましょう!」
それはトーザスも同じである。その慌てぶりが反面教師のようで、百鬼は至極冷静でいられたが。
「状況がよくわからねえ。敵ってのはアヌビスの軍勢か?」
「もちろん!」
「俺は何をすりゃいいんだ?あのバー何とかってオッサンは迎撃の準備をしていたみたいだが、どういう敵なんだ?」
「___さあ?」
トーザスは首を傾げ、百鬼は拍子抜けと言わんばかりに膝を折れる。
「おいおい、どういう敵かも分からないで何の用意をしてたんだ!?」
バーフェルヘイツはすでにこの場にいない。百鬼にそう問われるとトーザスは何も答えられなかった。
「ど、どうしましょう!?」
「どんな敵が迫っているのか、とにかくそれが知りたい!」
「なら見晴台へ!」
「よし!」
百鬼はトーザスに導かれるようにしてテラスへと駆け出す、が二人のことを思いだして振り返った。意外や意外、いつもなら何かしようとしゃかりきになる子供たちが、今日はその場で大人しく周りの様子をうかがっていた。
「良しいい子だ、おまえらはそこでじっとしてろよ!」
「はーいっ!」
「___」
とはいえ、妙に元気のいい返事に百鬼は一抹の不安を抱く。
(何かたくらんでいそうな気がする___)
「百鬼さん早く!」
「お?おう!」
しかし問いつめている余裕はない、百鬼はトーザスを追ってテラスへと向かった。
「ほら、こうやってじっとしている振りをすれば大丈夫って言ったでしょ。」
父がいなくなったと思うと、ルディーがすぐに悪戯っぽく笑った。
「僕たちも闘わないとね!」
「そう、でも武器がないから手伝ってもらうのよ!」
二人は一目散に城の出口へと走り出した。
「ドラゴンが三匹か!」
テラスからトーザスの力を借りて宙を飛び、見晴台にやってきた百鬼は望遠鏡を覗き見て叫んだ。彼の肉眼でもすでにその姿が米粒ほどに見える。視力に優れる天族ならば望遠鏡が無くともその様態を知ることができた。
「そ、そんな___本当にあんなモンスターがいたんだ___」
「ん?おいどうした。」
百鬼が振り向くと、トーザスは酷く怯えているようだった。
「ペイデルウッドの魔竜っていう___子供の頃に誰もが一度は読んだことがあるおとぎ話、それに出てくるイエロードラゴン、ブルードラゴン、グリーンドラゴンですよ!」
「なにぃ?」
百鬼は改めて望遠鏡を覗き込んだ。確かに大きな翼でこちらに迫ってくる三体のドラゴンはそれぞれ黄色、青、緑の色鮮やかな鱗を呈している。
「色が似てるだけじゃないのか?」
「そんなことありませんよ!イエロードラゴンは首から左右に生えた棘、ブルードラゴンは鼻先の氷柱のような角、グリーンドラゴンは両肩に盛り上がった毒の瘤!特徴までそっくりです!」
望遠鏡で確認すれば確かにその通り。おとぎ話が真実だったと言うことか___とにかく、いま目の前に魔竜がいるのだ。これを倒さなければ島の明日はない。
「そっくりでもやるしかねえだろ。生きるためにはそれしかない。」
「どうすれば___」
「そのおとぎ話を聞かせてくれるか?本がすぐ手に入るならそれを見せてくれてもいい。」
「えぇ!?こんな非常時に!」
トーザスは心底驚いた様子だったが、百鬼は当然の面もち。
「そのおとぎ話、多分魔竜は勇者かなんかに倒されるんだろ?だったらそのまま参考にしたらいいんだよ。」
「ほ、本気ですか?」
「本気だ。」
信じられるかどうかは別として、トーザスも冗談の好きな男。少し臆病なところはあるが、これに賭けてみるのも面白いと割り切れる気質は持っている。
「分かりました、すぐに持ってきます!」
「急げよ、先制パンチを食らう前に相手の攻撃を知りたい!」
トーザスは素早く見晴台から飛び降りた。異常事態を察した天族たちだが逃げる者の姿は無い。むしろ野次馬的に頭首率いる軍勢の戦いを見ようと外へ飛び出してくる。トーザスは自信家のバーフェルヘイツが逃亡を禁じていると知っていた。それは全滅の憂き目を見た島の頭首と同じ過ちである。考えを改めさせたかったが、その前に敵がやってきてしまった。
「あっ!」
高層の家屋の窓から、子供が身を乗り出している姿が目にとまる。トーザスは滑空して窓の前へと飛んだ。
「あいつら___引きつけて闘うつもりか?」
見晴台から眼下の様子を見ていた百鬼は、ドラゴンたちが迫る方角に、町を背にして大挙するバーフェルヘイツの軍勢を目の当たりにした。
「非常識だ、町が危険にさらされる___!」
「百鬼さん!」
百鬼がやきもきしているところへトーザスが本を持って舞い戻ってきた。
「お、でかした!」
百鬼はすぐにそれを受け取ってすぐにページを開く。
「トーザス、あのバー何とかに引きつけて闘うなって言ってきてくれ。相手はドラゴンだ、あんな場所で待ち受けたら町の被害は避けられない。敵の意識を上に向けるために、空で待ち受けるんだ。」
「な、なるほど___」
「空を飛ぶのは得意なんだろ?地上で闘うと下にも後ろにも壁がある。空で戦えるならきっとその方がいい。小回りが利くならなおさらだ!」
「伝えてきます!」
トーザスは再び見晴台から飛び出した。百鬼さんを連れてきて良かった!と心底思いながら。一方の百鬼は___
「読めん___」
絵本が天界文字で書かれていることをすっかり忘れていた。しかし絵を辿るだけでもある程度は話が分かる。
「えっと、黄色が稲妻、青が吹雪、緑が毒霧か?こりゃ難敵だな。あれ?一体足りねえじゃねえの。」
絵を見ると、魔竜は三体でなく四体だった。欠けているのは炎を操るおそらくレッドドラゴンか。
「結末はどうなるんだ?」
ページをめくっていくと、勇者らしき男と横笛を手にした女が現れ、どうやらその女の笛の音に惑わされたドラゴンたちが同士討ちをはじめる。グリーンドラゴンが毒でイエロードラゴンを仕留め、それに憤慨したレッドがグリーンを焼き、さらに我を忘れたブルーまでも焼き尽くす。残ったレッドを勇者が仕留めたというわけだ。
「参考にならねぇ〜。」
まずドラゴンを惑わした笛の音がないし、グリーンとブルーを仕留めたレッドがいない。
「だが同士討ちってのは使えるかもしれないな。天族たちが素早い動きでかき回せば___」
絵本を閉じ、百鬼は見晴台から身を乗り出した。
「まだ動かないのか!?」
三体のドラゴンは百鬼の肉眼でもその形がはっきりと分かるほどに近づいている。しかしバーフェルヘイツの軍勢は一向に動かない。そして恐れていたことが起こった。
「!?」
青天の霹靂とはこのことか。百鬼の目にもはっきりと、イエロードラゴンの口から吐き出された輝きが稲妻となって町を襲ったのが分かった。爆音が轟き、直撃を受けた建物がすぐさま倒壊していく。
「また来る!」
再び稲妻が迸る。町に走る電撃の柱は次々と爆煙を巻き起こした。
「動いたか!」
町を背にして構えていた天族の軍勢が動いた。ようやく空へと舞い上がったのである。だが及び腰なのか、動きが鈍い。
「百鬼さん!」
見晴台に再び舞い戻ってきたトーザス。
「バーフェルヘイツが、人々に我らの勇姿を見せるには町の近くでなければいかんとか言い出しまして!」
「あの馬鹿!___こりゃ大苦戦は免れねえぞ___」
彼がそう言った原因は天族たちの動きにある。綺麗な編隊を組んでドラゴンと同じ高さまで上昇したが、あれだけの人数を要していながら一塊りになっている。
「バラバラに動かねえとひとたまりもない___」
「でも___きっとできないんですよ!自分勝手に闘うなんて経験がありませんから!」
「それでその自信かよ___!」
ブルードラゴンが大きく口を開いた。
「散れぇっ!」
声が届かなくても構わない。百鬼は見晴台から絶叫した。
直線的な稲妻とは違い、吹雪は広範囲に吹き付ける。氷の弾丸のみならず、大気中の水分を氷結させるその攻撃は、天族たちの翼にはより一層応えるに違いない!
「ちっ!」
最前列の天族たちがガスでも食らった蜂のように落下していく。しかしさしものバーフェルヘイツも危機を感じたか、盾となった天族たちが散る間に一団は上下左右へと四分した。
バーフェルヘイツは「怯むな、かかれ!」とでも言っているのだろうか?しかし天族の軍勢はあっけない同胞の死にすっかり動揺しているようで、前へは進めずにいる。親友を失ったのか?我を忘れたように、一人の天族が単身ドラゴンに滑空していく姿が見えた。しかしグリーンドラゴンが放った紫色の霧に突っ込むと、敢えなくその命を散らしていった。
「どうすれば___」
トーザスはその光景に、百鬼の隣でただ頭を抱えるしかなかった。
「散り散りになって動きで攪乱する___それが一番だがあいつらに求めるのは酷だ___」
百鬼も自らが空の戦場に立てないもどかしさに拳を握りしめた。そのときである___
「お父さ〜ん!」
あろう事か見晴台のこの高さで、リュカの声が聞こえた。驚いた百鬼が辺りを見渡すと、別の方角からドラゴンが群れを成して飛んでくる。茶色い鱗で魔竜よりは随分小振りな翼竜たちだ。
「げっ!あいつら!」
しかも先頭を行くドラゴンの頭にリュカとルディーがしがみついている。
「僕たちがやっつけてくるよ!」
「見ててね、お父さん!あたしたちだって戦えるから!」
見晴台の側を通り過ぎる間に笑顔を残し、二人を乗せた翼竜は一方的な戦いが繰り広げられる空へと向かう。
「この!」
「わっ!あぶないですよ!」
百鬼が突然見晴台の柵を乗り越えようとしたので、慌ててトーザスが腰を捕まえた。
「離せこら!竜が全部行っちまうだろ!」
「背中に飛び乗るなんて無理です〜っ!」
見晴台での力比べなど目もくれず、平気な顔で風切る子供たちは魔竜を前にしても恐れ一つ抱いていない。その姿、苦戦を強いられ、ついには一切の統制を失って次から次へと討ち死にしていく天族たちの目にどう映っただろう。
「来るよ!」
リュカたちの接近に最初に気が付いたのはイエロードラゴンだった。傾げられた首、魔竜の大きな目に睨まれても動じることなく、リュカの手が翼竜の頭を叩く。
「上!」
声に呼応して翼竜はより高く上昇する。稲妻はその下を駆け抜けていった。
「え?」
「わっ!」
そして爆音激しく、見晴台を直撃した。
「こっちから行くよ!」
そんなことなどつゆ知らず、リュカは攻めの言葉を翼竜に聞かせる。飛ぶことにかけてはドラゴンの中でもずば抜けて上手い翼竜。舞い上がったと思うと巧みに滑空して急降下し、イエロードラゴンに迫った!
「ドラゴフレイム!」
体当たりか?いや違う、接近にタイミングを合わせて噛みつきにかかったイエロードラゴンの動きを読むように、翼竜は宙をホバリングして速度を緩める。イエロードラゴンが空気を噛んだその時、隙だらけの眉間に向かってルディーが火球を放った。
ゴオオッ!
火はイエロードラゴンの顔に触れたかと思うと瞬く間にその勢いを強めていく。その威力の凄まじさたるや、たちまち巨大な魔竜の体全体を包み込んだ。
「すごいやルディー!」
「そんなに強い呪文じゃないんだけど?燃えやすいのかもね!」
ルディー本人が半信半疑でいるうちに魔竜も一大事と悟ったか、それまで天族殺しに精を出していたブルードラゴンがリュカたちに狙いを変えていた。
「あ!まずい!」
気づいたときには翼竜の編隊に鎌首を向け、大きく口を開いていた。吐き出された壮絶な吹雪。しかし翼竜たちは怯まない。
ゴオオオッ!
翼竜たちも負けじと口を開けると、一斉に火炎の球を吐き出したのだ。一つ一つの火炎は決して大きくはなかったが、合わさることで吹雪に穴を作り、炎の欠片はブルードラゴンの体に届いた。
「やった!」
イエロードラゴンと同様に、小さな炎はブルードラゴンの体で大きく燃え広がる。吹雪はリュカとルディーの髪を少し凍り付かせ、翼竜の羽を痛めつけたが気にとめるほどではない。何しろ敵はまだいる。
「あと一つ!」
向き直ったとき、グリーンドラゴンは紫の霧に包まれていた。そして風向きを変えるかのごとくその翼を大きく羽ばたかせた。
「キュゥィィッ!」
翼竜が怯んだ。あの霧が毒であることを知っているのだ。しかし勇ましくも竜の頭部にいたルディーは、霧も構わずにその照準をグリーンドラゴンに向けていた。
「二つの呪文を会わせる方法___前にミロルグ先生に教わったこと、試してみるんだ!」
左手に火炎、右手には大気の白き緩衝。ルディーは徐に両手を併せてグンッと前へと突きだした。
「フレイムボール!」
放たれたのは風切る球体シザースボール。しかし今はその表面に炎を纏っていた。
「できた!」
ルディーの歓喜が全てを物語る。紫の霧も、羽ばたきの風も突っ切って、火球はグリーンドラゴンの厚い胸板にぶち当たった!すぐさま巻き起こった強烈な火炎。グリーンドラゴンもたちまち火に包まれて消えていった。
「やった!あいつらもなかなかやるもんだ!」
破壊された見晴台から逃れた百鬼は、トーザスの足にしがみついた状態で歓喜の声を上げた。
「お、重いんですからテラスに付くまでは騒がないで下さい!」
一方でトーザスは、足が抜けそうになりながらも必死に羽ばたいていた。
そのころ___ミゼルグェストからやや離れたところにある小さな島に建つ館。そこはバーフェルヘイツの別荘である。誰もいなかったのを良いことに、ミゼルグェスト攻略に向けて妖魔幻夢はその館で過ごしていた。
「ふ〜ん、なかなか頑張る人がいるみたいだ。」
幻夢はキャラクターが消え去った本のページを閉じて小さく笑う。その本のタイトルは___ペイデルウッドの魔竜。
「それじゃ、次は僕の作品でいってみようかな?」
彼が視線を送った先にはキャンバスがあった。そこに描かれていたのはあの男。絵を実体化する能力を活かすため、その男から「描いてくれ」と頼まれた一枚だった。
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