1 強い意志を携えて

 「いきなり何するんですか〜___」
 倒木にへたり込んだトーザスは、まだ首の周りを気にしながら言った。
 「何するんだ?それはこっちの台詞だ。いきなり現れてソアラを惑わしたのはおまえの方だろ?」
 「私は竜神帝の言葉を伝えに来ただけですよ。それに決めたのはソアラさんですし。」
 さも他人事のような言葉に、百鬼の額がピクリと震えた。しかしここは押さえ込む。
 「あいつになんて言ったんだ?」
 「えっと、私が独身で、この前二股をかけて酷い目にあった___」
 ガシッ___百鬼が再びトーザスの胸ぐらを掴んだ。
 「つまらねえ冗談はいらねえんだよ___」
 「す、すいません。」
 彼の引きつった笑みに背筋を凍り付かせたトーザスは素直に謝った。
 ___
 「アヌビスのことについて直接話がしたい___か。そりゃ行くよ、あいつは辛抱できないほうだからな。」
 トーザスからまともな言葉を聞くと、百鬼もようやく冷静さを取り戻していった。
 「んで、それが何で黄泉に?」
 「アヌビスがそっちに行っているらしいからですよ。」
 「確かじゃないのか?」
 「ソアラさんはそれを確かめに行ったんです。」
 「その口振りだと、まだ行ったきりって事だな。」
 「ちゃんと黄泉に辿り着けているのかどうかも定かでは___」
 普段は元気はつらつとした子供たちが、先ほどから石の上に座り込んで神妙にしている。
 「リュカ、ルディー、辛かったら向こうに行っていいぞ。」
 「平気だよ、ねっ。」
 顔を上げて空元気を見せたルディーはリュカの手を取り、リュカもコクリと頷く。しかし子供たちが見せる我慢の姿勢は百鬼の胸を締め付けた。
 「ソアラのことはもういい、おまえが何をしに来たのかを聞かせてくれ。」
 百鬼はトーザスを真っ直ぐに見つめて問うた。トーザスは一度何かを口走ろうとして飲み込み、彼の真剣さに答えるようにして話し出す。
 「力を貸して欲しいんです。」
 「なに?」
 「実は___天界は今、アヌビスの軍勢の襲撃を受けて危機に瀕しているんです。」
 「待て待て、アヌビスは黄泉にいるんだろ!?」
 百鬼は一瞬息を飲み、すぐに眉間に力を込めて苛立ったような口調で言い返した。
 「そう思っていました。でも___現に天界はアヌビスの闇に飲み込まれようとしているんです。しかも多くの天族が魔族とも取れない奴らに殺されて___」
 「___おい、てめえまさか!」
 この矛盾を最も安易に結ぶ道筋。それは___アヌビスは実際に黄泉にいて、魔族とも取れない連中、おそらくは妖魔を新戦力として登用していた。ソアラは黄泉に赴き、アヌビスの足取りを追う。そして返り討ちにあい、機は熟したと感じたアヌビスが天界襲撃へと___
 「ふざけんな!そんなことあるわけねえぞ!」
 「わ、私は何も言ってないじゃないですか。」
 また胸ぐらを掴まれたトーザスは慌てて弁解する。百鬼は口惜しそうに奥歯を噛みしめてから、突き放すように手を離した。
 「竜神帝はどうしたんだよ___やられちまったとでも言うのか?」
 「帝は健在ですけど、元々あの方は闘う力は持っていませんから。」
 その力を引く竜の使いはあれほど強いのに?百鬼は腑に落ちない様子で腕組みする。
 「各地の天族たちは賢明に抵抗していますが、我々は長い時間戦乱からは遠いところにいました。だから戦いのコツというものを知らないんです。皆さんにそれを教えて貰いたいんです。」
 「皆さんじゃねえよ、俺だけに言え。」
 子供たちまで一緒くたにされることを嫌った百鬼の口調は厳しかった。
 「わかりました。では___」
 とはいえ、もとよりトーザスは百鬼だけを見て話していた。だから彼は態度を変えることもなく大胆に切り出す。
 「天界に来てもらえませんか?」
百鬼は至極冷静に、彼と視線を交錯し続ける。トーザスは続けた。
 「天界での戦いは飛行できない方には難しいと思います。ですから、前線に立ってほしいとは言いません。あなたには私たちの指揮官になってほしいんです。」
 危険には晒さない現実的なポジション。しかしそんな誘い文句を鵜呑みにする百鬼ではない。
 「後ろで指揮棒だけ振るえってのか?負けてるんだろおまえら?そんな甘い状況じゃねえはずだろ。」
 「そうですよね、私もそう思います。でもそれが今の天界なんです。実際に襲撃を受けてから動き出す、それじゃ遅いって私も思っていますよ。」
 トーザスはソアラと出会ったときよりも表情が硬く、ふざけたことを言うゆとりもない。それもそのはず、彼は天界の危機を救う一石を投じるために百鬼を誘っているのだ。
 「レネ様をご存じですよね。」
 「レネ?ああ、ミキャックか。」
 「天族にはあの方のように優れた戦闘能力を持つ人もいます。元々皆さんより打たれ強い種族であるのは確かです。その戦士たちを使いこなしてくれる人がいればアヌビスの軍勢とも渡り合える、そう思ったから指揮官になってほしいと言ったんです。」
 百鬼は腕組みしたまま小さく頷く。
 「お願いします。いや、断っても連れて行きますよ。」
 僅かに俯き、短い沈黙を経て再び顔を上げた百鬼は、久方ぶりに戦いに挑む侍の血潮をたぎらせていた。
 「わかった。力になれるか分からないが、やるだけのことはやろう。」
 「ありがとうございます!いや〜きっとそう言ってくれると思いました!」
 百鬼の力強い返事にトーザスは笑顔を取り戻し、いつもの調子の良い言葉も舞い戻る。
 「ただし行くのは俺だけだ、子供たちは知り合いに預けたい。」
 「いやだよ!」
 トーザスが答えるよりも早く、叫ぶような甲高い声が響いた。反発するだろうとは思っていた、しかし真っ先に口答えしたのが素直で我慢強いリュカだったことは百鬼を驚かせた。
 「いやだいやだ!お父さんずるいよ!僕だって一緒に戦いたい!」
 リュカは百鬼の肩に縋り付き、そう訴える。その姿は玩具が欲しいとだだをこねる子供と同じ。しかし父にも息子にも、強い意志と悲壮感があった。
 「駄目だ、おまえたちが行くには危険すぎる。」
 百鬼は素っ気なく答えた。しかしリュカは怯まない。
 「もう待ってるのは嫌だよ!だって___お父さんもお母さんも、いつ帰ってくるか分からないんだもん___どんなに危険でも、僕は一緒に戦いたい!」
 双子の二人はルディーがより活発で、いつも主導権を握りがち。しかしリュカの内面に秘めた芯の強さを今日ほど強く感じたことはなかった。そして、かつて地界で繰り広げられた戦いの留守を任された二人が、どれほど心を混沌とさせていたか。あの時も追いかけ、追いつくという恐るべき執念を見せたではないか。
 「お父さん。お父さんだってお母さんが出ていったとき、すごく悲しんでいたよね。あたしたちだって同じなんだよ。」
 ルディーの言葉が胸に刺さる。彼らには寂しい思いばかりさせ、そしてソアラも自分も、駄目な親だと認めて逃げていた。思いは二人を危険に晒したくないということに尽きるが、それも逃げと言えばそれまでだ。
 子は親の姿を見て育つもの。勤めを放棄するのではなく、危険の中でも二人を守れる力強い父であること、そうあるべきなのかもしれない。
 「___分かった、みんなで行こう。」
 子供たちは大きな目をさらに見開いて、晴れやかな笑顔になる。
 「母さんもきっと黄泉で戦っているはずだ。俺たちは母さんが安心して帰ってこれるように、天界を守る。いいな!」
 「うん!」
 「うんじゃなくてハイだ、母さんに言われちまうぞ。」
 「はいっ!!」
 深緑を劈き、二人の元気な声はポポトルの空にまで響いていた。

 晴れやかな空の世界。天界は今日も青々と抜けるような空に包まれ、宙に漂う巨大な島には鮮やかな緑が溢れる。それは血生臭さとは無縁な景観。しかしその島で最も背高な塔からは、すでに果てより迫り来る冥府の黒が見えていた。そして風は黒に向かって強く吹き続けている。
 「さあ急げ!愛するトライファルスを離れることは心苦しい!しかし死しては好機さえも訪れない!」
 この島、トライファルスの頭首であるダイアン・シス・エンデルバインは自ら指揮台に立ち、島の天族たちを翼竜の背へと導いていた。島の中央にある美しい城、その周囲に十数頭の翼竜が集っていた。ダイアンはかつてドラゴンズヘヴンに仕えていたテイマーであり、竜の取り扱いにかけては右に出るものがいないと言われる男だ。
 「シュバルツァーまでの空は遠い、体力のない女子供から翼竜の背に乗るのだ!」
 鼻が高く、骨の凹凸がはっきりしたダイアンは、白髪交じりの茶色い髭を蓄え、見るからに力強さと気高き心を持つ男だ。その彼が逃走の指揮に立つ、それは島の住民に今という時がどれほど非常事態なのかを知らしめるのに十分だった。
 冥府を目前にした多くの島の頭首たちは、逃げることを拒んだ。天界において、空中の島は人々の巣であり、母である。それを捨てることは天族の誇りが断じて許さない。しかしその誇りのため、内心逃げたいと思っていたものたちまでが島に張り付けられてしまう。いざ冥府の凄まじさを知ったときには、もう遅い。新八柱神による殺戮劇がはじまり、逃げ延びる者は誰もなく、事の重大さが隣島に知らされることもない。
 悪循環だった。
 「敵のなんたるかを知るまでは逃げよ!これは竜神帝の言葉でもある!」
 それを断ち切るために、竜神帝は闇から逃れるよう島々に指示を送った。それでも逃げの決断を下したのはダイアンがはじめて。それは天族たちの危機感の欠如、無策にもかかわらず手柄を目論む野心的な頭首、全てが悪しき方向へと事態を動かしていた。
 そして、竜神帝が闇の正体を探りかねていたことも、困窮を際だたせていた。
 「さあ、行くぞ!」
 トライファルスの天族たちの多くが翼竜の背にその身を預けた。最後にダイアンが赤い鱗の愛竜グライティエンルンの頭に立ち、声を張り上げる。大きな翼と力強い後肢、そして退化が進んで小さくなった前肢、竜の中でも特徴的な体を持つ翼竜たちは、力強い脚で地を蹴るとあっという間に風を捉え、大空へと舞い上がった。竜たちに遅れまいと、城の兵士たちを中心とした屈強な男たちが空に舞い上がる。
 「___」
 十数頭の翼竜はグライティエンルンを頂点に、綺麗な扇形の編隊を組んだ。その間、あるいは外側を天族の兵士たちが取り囲むようにし、彼らは天界最大の島シュバルツァーを目指した。
 その様を人気の無くなったトライファルスへと降り立ち、見送る影が一人。
 「見事なものだな。」
 銀髪の冬美は仮面を外して空を見ていた。この島にやってきたのが彼女だったのはトライファルスの人々にとって幸運だった。もし殺戮の欲求を持つ妖魔、竜樹や迅であったなら、彼らは逃げ仰せることなど出来なかっただろう。
 実際に遠く離れた別の島では、いままさに殺戮の情景が繰り広げられていた。
 ___
 「ぐがぁぁ___」
 肘から先を失った左腕を天に突き上げ、天族の男は呻いた。屈強な体と、白い翼が血の赤に染まっていく。
 「さあどうした、もうおしまいか?」
 無双の切れ味を持つ龍風を振り下ろし、竜樹は高らかに言った。刀一本で島に降り立った彼女は、側にいた女に「死にたくなければ一番強い奴を連れてこい」とだけ告げた。そしてやってきたのが、今腕を切り落とされた男だった。
 「か、構うな!始末しろ!」
 切られた男はこの島の頭首だった。彼の誇りを尊重して、一切手を出さずにいた家臣たちもついには痺れを切らし、側近の一声で竜樹を取り囲むようにしていた数十人の天族が一斉に武器を構えた。
 「そうこなくちゃ。」
 だが、竜樹は不適な笑みを見せるだけ。一陣の煌めきと共に、今度は首が飛ぶ。
 ___
 「どうした!なぜ私の声を聞かない!?」
 別の島、そこの頭首は数人のテイマーを配下としていた。彼らは戦闘能力に長けるドラゴンを調教し、いずれは他島を___と、目論む頭首の野心を果たすための駒とした。
 頭首はドラゴン軍に絶対の自信を持っている。だから、見慣れぬ男女の二人組が襲撃をかけてきても、蹴散らすのは容易いと思っていた。
 「敵は向こうだ!なぜ私に牙をむく___!」
 だが全てが頓挫していた。あれほど従順だったドラゴンたちは、急に野生を取り戻したように猛り狂い、その口から吐き出した炎でテイマーたちを焼き尽くした。
 火の粉が跳ねる音と混じり合うように、戦場には猛々しい弦の音色が響く。いつの間にか多々羅はドラゴンの額に乗り、なおも魅惑の音色を奏で続けた。
 「ひいい!」
 テイマーたちの死を目の当たりにした頭首は、我先に島を逃げ出そうとする。しかし飛び立ったその瞬間、翼から力が抜け、グニャリと折れ曲がった。
 「変わった間接だが、慣れちまえばチョロいな。」
 飛び立てぬまま脚を縺れさせて転んだ頭首の背後で、迅はポキポキとその指を鳴らしていた。
 ___
 また別の島。
 妙に静かなその島は、藪の中さながらの光景をより凄惨に具現化していた。藪の中では蜘蛛の巣に絡め取られた小さな昆虫が、何も出来ずに死を待っている。島は頭知坊にとって藪と同じだった。
 「や、やめろ!やげ___!」
 斧が男の顔を叩き割った。血しぶきが飛び、その光景をすぐ側で目の当たりにした女は気を失ってしまった。
 「手から火を出す奴ぁこれで全部か?」
 島の木々や家々の狭間で、天族たちは宙に張り付けられていた。彼らを捕らえているのは何か?それは日の光を浴びるとキラキラと煌めいた。
 それは蜘蛛の糸。勿論小さな虫の吐き出す細い糸とはわけが違う。巨大な蜘蛛の巣は島中に張り巡らされ、逃げだそうとした島中の天族を捕らえていた。
 「さあて、一人一人やるのも面倒だからなぁ。でも黒麒麟の姉ちゃんが皆殺しにしろって言ってたし。」
 頭知坊は天族たちを絡め取る巨大蜘蛛の巣から離れ、地に両足をグンと踏ん張って力を込めた。四本の腕はそれぞれが拳を握り、力を一カ所に結集していく。すると徐々に彼の背中が盛り上がり、やがて___
 「ぐぅおぅっ!」
 頭よりも遙かに大きな瘤となった。顔を真っ赤にした頭知坊がさらなる力を込めると僅かだが皮膚に切れ目が走り、数秒としないうちに勢いよく丸い玉のようなものが飛び出した。
 「ふひぃ___」
 頭知坊は体の力を抜き、額に滴った汗を拭って息を付く。後ろに転がっているのは卵のような、白い球だった。頭知坊は徐に球へと近づき、手を掛ける。球はどうやら糸で作られた繭のようで、引っ掻いていくと粘液を帯びながら解れていった。
 「ギギ___ギヂ___」
 現れたのは無数の蜘蛛。蜘蛛の子を散らすと言うように、球の中から生まれた蜘蛛たちは百匹はくだらない。そしてそれぞれが、島中に張り巡らされた巣を目指していく。
 「沢山食って大きくなれよ。」
 その言葉に秘められた意味は一つでしかなかった。
 ___
 輝かしくも色鮮やかな世界。ソアラがあまりの感動に言葉を失ったのと同じように、百鬼も天界の美しさに目を丸くするばかりだった。賑やかな子供たちでさえ、突如視界に広がった空と雲と緑の世界に言葉を失っている。
 「これが天界か___」
 澄み切った青空、流れる白雲。まばゆい日の光を浴びて、草木だけでなく、石までがキラキラと光る。
 「綺麗なところだな。」
 「でも、こんな天界が危機に瀕しているんです。」
 「この景色じゃあんまり説得力ねえぞ。」
 「そうですよねぇ。」
 トーザスはヘラヘラと笑って後ろ頭を掻いた。しかし薄ら笑いはすぐ消える。
 「でも本当なんですよ。ほら、風が吹いているでしょう。」
 確かに、決して強い風ではないが大気の流れが髪を撫でる。
 「珍しいことなのか?」
 「いいえ。風ぐらい吹きます。」
 「おちょくってんのか?」
 百鬼に対しても相変わらずなトーザスだが、すぐに掌を返すようにして重いことを口走るのもまた彼だ。
 「でもずっと同じ方向に吹くなんてあり得ません。」
 「?」
 「アヌビスの闇がこの世界を飲み込んでいるんです。その吸い込む力が風になっているんです。」
 突拍子のない話だ。百鬼は眉をひそめて首を傾げた。
 「ピンとこねえな。世界を飲み込むだと?」
 「飲み込まれていく様をその目で見た天族はいません。飲み込まれる前に皆殺しにされていますから。偵察に言った私たちの仲間も誰一人帰ってきません。竜神帝はドラゴンズヘヴンにいながら世界の動向を感じ取ることができますが、その力でさえ闇の蝕みが強く、翳りを見せています。ただ帝はこれはおそらく冥府であろうと言っていました。」
 「冥府?」
 「アヌビスの故郷だって話ですよ。つまり、アヌビスが自分の故郷の世界そのものを移動させて、天界にぶつけてきたって。なんだか私にも想像できないんですけどねぇ。はっはっはっ。」
 「笑い事じゃねえだろっ。」
 「いでっ。」
 やることはソアラと変わらない。百鬼は知らず知らずトーザスの頭を小突いていた。
 「うわぁ、おっきいな〜!」
 「かわいい〜!」
 トーザスの話しに聞き入っていたせいで、百鬼は今頃になって子供たちがはしゃいでいることに気が付いた。そして振り返って目を丸くする。
 「グルル___」
 二人の前にはトカゲのように四つ足で歩行するタイプのドラゴンがいた。牙を剥いて口からヨダレを滴らせ、時折荒っぽく巨木さながらの尾を振るう。
 「あっ!こ、この辺りのドラゴンは半野生ですから危ないですよ!」
 「な、なんだと!?」
 百鬼は慌てて子供たちに駆け寄ろうとする。
 「グァオオオゥッ!」
 しかし大きな口から怒声が轟くと、それだけで強烈な風にでも晒されたような圧力がかかる。全身の筋肉がビリビリと痺れて百鬼は足を止めた。
 「うわ〜、すっご〜い!」
 「ねえ、こんなに近くで本物のドラゴンって見たことあったけ?」
 「ないない!」
 体を撫でた声の波動を楽しむかのように、リュカとルディーは目を輝かせてドラゴンを見つめている。とくにこのところあまり元気の無かったルディーのにこやかな顔は、百鬼にも印象的だった。
 「お鼻触らせて〜。」
 「わっ、馬鹿!危ない!」
 子供たちの笑顔に目を奪われていた百鬼。咄嗟に我に返るが、父の心配をよそにルディーはドラゴンの鼻の頭を平気な顔で撫でていた。
 「へ?」
 しかもドラゴンが目を細め、顎をぴったりと地面に付けてルディーに鼻を撫でさせている。それはまるで喉を鳴らして喜ぶ猫のようにさえ見えた。一方、リュカはリュカでその大きな頬に顔を擦りつけてキャッキャッとはしゃいでいる。拍子抜けした百鬼はただ呆然とするしかなかった。
 「親子なんですねぇ、ちょっとしみじみしちゃいました。」
 「はい?」
 先ほど取り乱したのはどこに行ったのか、トーザスは落ち着いて言った。
 「実はソアラさんと同じなんですよ。ソアラさんの前では気の荒いドラゴンが嘘のように大人しくなって、ああ血筋なんだなぁって思ったんです。」
 そう言われると百鬼も胸に染み入るものがあった。偶然にも子供たちはソアラと同じ状況に巡り会ったという。ただそれは感慨深いと同時に、修羅の道を行くソアラの後を追っているような気がして、父として不安を覚えずにはいられなかった。きっとソアラがこの場にいても、同じ事を考えただろう。
 「ねえ、お父さんもこっちに来なよ。この子すっごく可愛い。」
 「本当かよ。」
 だがそんな不安を子供たちに悟られてはいけない。ルディーに呼ばれた百鬼は、苦笑してドラゴンへと近づいていく。すると大人しかったドラゴンがむくりと首を上げて百鬼に睨みを利かした。
 「こらっ、あれは僕たちのお父さんなんだからそんな顔しちゃ駄目だよ。」
 しかしリュカに怒られるとドラゴンは長い瞬きをして再び顎を地面に付けた。
 「本当におまえたちの言うことを聞いてるんだなあ。」
 百鬼もドラゴンの鼻っ面に手を触れた。ドラゴンなりの挨拶か、強い鼻息が彼の髪を荒々しく吹き上げた。
 「あの〜、そろそろ城に移動したいんですけど。」
 「ならこの子に連れていってもらおうよ。」
 「いや、それは___」
 「駄目だ、城の人たちがビックリするだろ。」
 結局渋々ながらドラゴンと別れた一行は、島の中央付近にあるという城を目指した。それにしてもどうやらここはドラゴンズヘヴンでは無いようだ。トーザスは一体彼らをどこへ連れてきたというのだろうか?




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