第18章 悪夢よさらば

 黄泉の長い夜。二十枚にも及ぶ契約書を携えたサザビーたちは、早々に屋敷を後にしていた。今後、契約書を取り付けた妖魔から狙われる可能性もあり、少しでも遠くへ向かうのは意味のあることだ。しかしまだミキャックは足下がおぼつかない状態で、サザビーに手を引かれており、三人の歩みは遅かった。
 「あっ___」
 ミキャックはしっかり前を見て歩いているようで、時折遠い目をしてただ機械的に前に進んでいるときもある。記憶が急激に蘇り、まだ頭がボンヤリとしているのだろう。知らず知らず足が縺れ、転んでしまった。
 「大丈夫か?」
 「ごめん、足引っ張っちゃって___」
 せっかく記憶を取り戻したというのに、彼女の表情はどこか物憂げで、まだ意識がはっきりとしないことを差し引いても明朗さに欠けた。それでいて心配性で、周りに負担を掛けることを嫌い、余計な責任を背負いがちな彼女の気質、小鳥の時にはなかったミキャックの性質は顕著だった。
 「元気出せなんて野暮なことはいわねえよ。」
 サザビーは彼女が転んでもその手を放すことはせず、立ち上がる手助けをする。
 「ただ、気持ちが落ち着くまでは余計なことを気にしないで、俺に目一杯甘えてくれ。」
 「サザビー___」
 サザビーの思いやりに触れ、ミキャックは微笑む。しかしどこかぎこちなく、どうしても憂いの色は消えない。
 「さあ、行こう。落ち着けそうな集落を見つけたらそこで暫くゆっくりしようぜ。」
 二人はまた手を繋いで歩きだし、バルバロッサがその後ろで周囲に目を光らせながら続く。
 「___」
 サザビーの優しさが嬉しい。嬉しいはずなのに、心は氷のナイフを差し込まれたように痛く、冷たい。なぜか?涼妃に記憶を呼び戻されてからと言うもの、忌まわしき過去ばかりが際だって彼女の脳裏で渦巻いていたからだった。




前へ / 次へ