2 淫悦遊戯

 黄泉の暗い森の中。
 「はあっ!」
 鋭く突き出された槍の切っ先が、宙を舞う巨大コウモリの翼を引き裂く。しかし黄泉の獣はただでは終わらず、捨て身で突貫してきた。
 「ギュギッ!?」
 顔に食らいつかれることを覚悟した彼女の目前で、別の槍がコウモリの胴体を天へと突き上げていた。
 「サザビー!」
 「大丈夫か?」
 いつもそうだ。小鳥はサザビーがいれば安心。小鳥の危機にはいつも彼が駆けつける。小鳥は彼への信頼をより熱くし、子供のような純粋さで彼への憧憬を強くした。
 ただサザビーは純粋と呼べる人柄でもなく、むしろ多少の罪悪感を感じながら、「危ない場面に陥ってから助ける」と言った小細工を駆使していた。このとき風間ことバルバロッサは二人から距離を置いて闘い、彼がより一層頼れる男であることは見せないようにする。
 しかし全ては彼女の記憶を呼び覚ますためだ。ミキャックが全てを思い出し、それと小鳥であった頃の記憶が融合した時、彼女はどんな顔をするだろうか?
 「まだまだ槍使いが甘いな。」
 「うん。」
 孤独を恐れ、ついこの前までは留守番も満足にできなかった。主人である黒麒麟や、姉と慕う冬美ことフュミレイへの頼り方を見ても、彼女は安心できる巣がなければ情緒が不安定になる。サザビーはその巣となる。
 「ありがとう。」
 愛情の表現も素直だ。そして体を合わせたがる。黒麒麟から肌を寄せ合うことの喜びを教えられたから、小鳥はいつもサザビーに抱きついた。無邪気な、飛びつくような感じではなく、柔らかな物腰でしっとりと。
 男に対する嫌悪と恐怖を感じていたはずなのに、サザビーはもうその範疇から外れている。今の自分の行動をミキャックの頭で思い出したら、彼女は複雑な顔をするだろう。
 襲いかかってきた他のコウモリを片づけたバルバロッサが、何事もなかったかのように森の奥から現れた。
 「あいつも片づいたらしい。先に進むぞ、小鳥。」
 「うん。」
 黒麒麟の所を離れてから一夜もすると、寂しさに駆られはじめたのか、小鳥はいつもサザビーの手を握るようになっていた。
 今もこうして彼女からサザビーの手を握り、目前に近づいた児玉の館を目指す。

 児玉の大邸宅。外はシンプルな白壁に鬼瓦を廃した屋根。館は平屋なのだろう、壁の向こうに飛び出す高屋根は僅かだった。正面の入り口には大きな門があり、一羽の烏がとまっている。
 これだけならごく普通の大邸宅だ。ただ違ったのは、館全体が色に例えれば桃色の香りを漂わせていること。何となく、影響されやすい小鳥など頬を染めてしまうような「淫ら」な香りだった。
 「あぁ___!」
 まして壁を飛び越えて女の艶めかしき叫びが聞こえてくると、さしものサザビーも肩をすくめた。
 「な、なんなんだここは?」
 戸惑うと同時に少し面白そうな所だと思ったサザビー。
 「何かご用ですか?」
 唐突だった。大門に歩み寄ろうとすると、縁にとまっていた烏が喋った。驚いたが、これくらいは慣れの範疇に入る。
 「児玉さんに涼妃って人の話を聞きたくて来たんだ。」
 サザビーは烏を見上げていった。小鳥は彼の陰に隠れて___もっとも彼女の背丈では隠れきれているわけではないが、とにかくおどおどした目で烏を見ていた。烏も何度も首を左右に傾けて、三人の様子を見ているようだった。
 「突然じゃ無理かな?」
 サザビーはバルバロッサに小声で問いかけたが、彼はやっぱり答えない。
 「どうぞお入りください。」
 返答まではかなり待たされたが、意外にも快い返事があった。
 「入っていいってよ。」
 ギュッ。
 「怖いか?」
 「平気。」
 小鳥が手を握る力が強くなった。しかし彼女は気丈に言った。
 「俺はここで待つ。」
 「ああ。」
 どうやらここは彼には似つかわしくなさそうな館だ。バルバロッサを残し、二人は門をくぐり抜けた。

 児玉の館は清潔で、美しい雰囲気を醸す。丁寧に整えられた玉砂利の庭園や、針葉樹が風情を演出し、質感ある石を組んで作られた小川では水が涼やかな音を立てる。木目をそのまま活かした木の柱と、白壁、黒い瓦が目にも美しい。居心地の良い、とても心落ち着きそうな館である。
 ただし、外見に限って。
 「まあ、ようこそお出で下さいまして。ささ、お上がりになって下さいまし。」
 格子の引き戸を開けて、中から現れたのは見るも艶やかな女性だった。朱の長襦袢を緩く着て、それこそへその辺りまで開けた前は彼女が襦袢の下に何も纏っていないことを露骨に示していた。その白肌は薄紅掛かり、ほんのりと汗が滲み光沢を生む。真っ赤な口紅、白化粧、滑るような黒髪は半分ばかりまとめ上げられ、残りは解れたようにだらしなく彼女の首筋にまとわりついていた。
 まるで情事の後だ。艶やかな女性を見慣れているサザビーも、黄泉の化粧と装束が織りなす独特の色香に一つ唾を飲んだ。こうしてみると、あの前袷の着物というのはなんと男にとって都合のいい服だろう。はだけるのに手間はいらず、事の後も何事もなかったように整えることができる。
 「お邪魔します。おい、小鳥。」
 「う、うん。」
 呆然として立ち止まっていた小鳥は、耳まで赤くしてサザビーと共に館へと入った。

 凄艶。一言で言うならそれに尽きる。
 館の中は女の香りで満たされていた。児玉の元へと導かれるまで、廊下に面した襖や障子から現れるのはいずれも美女ばかり。しかもそのいずれもが、出迎えた女と変わらない妖艶な色香を放っている。彼女たちの存在は、男の欲をかき立て、女でさえ赤面させる芳香を生む。
 ただそれではまるでここが娼館のようだ。しかしすれた遊女たちが生む下衆な空気はここにはない。本来は清潔な空間なのである。女たちも、匂い立つ美貌の持ち主ばかりであることに疑いはないが、高慢の影は一人として覗かせない。初めて館を訪れた客に、こうも粛々と自室から現れて礼をするなんて、他にはないことだった。
 「どうぞ。」
 鶴亀が描かれた唐紙が開かれると、中からモワッと熱を帯びた空気が溢れだし、さしものサザビーも顔をしかめた。汗と何かが入り交じった臭いは、何も知らない小鳥を一層赤面させる力を秘めていた。
 「いやいや、これはお客人方、まことに不用意で申し訳が立ちませぬ。」
 初老の男、児玉は白装束姿で殿に座していた。近づくまでもなく、額の汗が拭っても拭っても浮き上がってくるのが見えた。彼の後ろには屏風があり、その向こうに暗がりが見える。あれはおそらく寝間であり、女はいないかもしれないが、濡れ乱れた床があるのは想像できた。
 「いやはや女というのは難しい生き物でございましょう。私も如何せんこの老体、彼女らの都合に合わさねば、何とも留まりが悪うございましてな。」
 予備知識の全くない状態でサザビーも返答に困る。しかし幸い児玉は饒舌で、サザビーが無口を装っても滞ることはなかった。ただ彼の前に正座して、話を聞けばいい。小鳥も彼に倣い、半歩下がった位置で正座した。
 「いやしかし、あなたのような方がおられるおかげで、時期に我が嫡子が産声を上げる。何とも有り難いことではござりませぬか。この御年になるまで子の一人も設けなんだはちともの悲しいことでござりましょう?今お客様方をここまでお連れした牡丹も月のものが止まりもうしたから、全てが順調なら十人目の我が子と相成りますな。今となっては我が血の繁栄だけが唯一の生き甲斐です。」
 なるほどだいたい察しが付いた。児玉は涼妃から記憶をなくした女を買い、孕ませている。その数すでに十人で、館で見た女の数はそれをさらに上回り、今もこうして時憚らず情事に没頭していた。
 まあなんとも、うらやましい限りだ。
 「涼妃は優秀な売人です。彼女の品は記憶を失い、まるで子供のように純朴な心を持って売られる。主人の教育に逆らうこともなく、嫌な顔一つしない。他の売人ではできぬ芸当でございましょう。」
 児玉の汗もようやく少し落ち着いてきた。何しろ話し始めた頃はまだ少し息が切れていたくらいだ。
 「して、商売の話を致しましょうか。お客様方とは初めてと存じますが、こうして私の元においで下さったこと、まことに嬉しゅうございますぞ。してその娘、いかほどのお見積もりで?」
 突然児玉の視線を浴びて、小鳥は震え上がった。児玉は涼妃のセリで彼女の姿を見たことがあるのだが、翼がないこと、あのときほど自我を喪失した顔でないことで、同じ人物だとは気づかなかった。
 「その前に、実はこちらはまだまだ駆け出しの身でして。涼妃さんの噂を聞き、是非お付き合いをしたいと思いまして、彼女をよく知る方から「つて」を頂きたいと思い、お伺いしたわけです。」
 だいたいの事情は飲み込めたのでサザビーは口を開いた。児玉と商人の間には事前取引があるようだ。商人は涼妃に娘を売り、児玉がセリで記憶を消した娘を買う。いずれも平常より高い価格で取り引きされ、児玉には多少の金が涼妃から舞い戻ってくるのだろう。
 ここは児玉の商売に乗りながら、涼妃についての情報を得たい。
 「ほうそれは良き心がけですな。女の売買をするのであれば彼女と、そして私と近づきになろうというお客様方は実に賢い。」
 児玉は穏便そうな笑顔でウンウンと頷いた。
 「サザビー___」
 小鳥が不安げな面もちで彼の裾を引いた。無理もなかろう、彼女だって記憶は失っていても馬鹿ではないのだから、女を売るだ何だという話には不穏な空気を感じている。何より児玉の穏やかすぎる視線に、不思議と下腹のあたりを撫で回されるような悪寒を抱いていた。
 なぜかは分からない。でも体の奥底に熱い漲りを感じる。
 「純朴な娘ですな。あなたに良く懐いておいでだ。」
 「お恥ずかしい限りで、しかし床の教育は不行き届きでして、いまだにこの官能的な香りには戸惑いを隠せぬようです。」
 小鳥に黙っているように囁き、サザビーは改めに児玉に向き直ってそう述べた。すると彼が驚いたように厚い瞼を持ち上げたので、サザビーは何か良からぬ事を口走ったかと少し焦った。
 「ほう、良くお分かりだ。私の能力を見破るとは、いやお客様方は大した御方じゃ。」
 なにが!?サザビーは心中で自問しながら、作り笑いを浮かべる。
 「私の力は発情の香。我が体臭は異性への情欲をかき立てます。いや、よくお見破りになられた。」
 言われてみればどことなく体の芯に熱いものを感じる。
 「なるほど、この力で女たちはあなたを求めて止まないわけですか。」
 「左様。しかし一度私に抱かれたが最後、虜になるのは目に見えておりますから___娼館を営んでいた当時は一時の交合とて適いませんでした。ただ客も女も発情致しておりますから、それはさぞ繁盛したものです。」
 それが急に女を孕ませることに目覚めたのはなぜだろうか?まあ聞くまでもなく鴉烙に契約を握られた事への危機感だろう。今の彼は己の血統に執着を抱いている。後継者がたまらなく欲しいのだ。
 「さて、商売の話に戻しましょう。」
 発情の香の話を聞いてから改めて児玉の顔を見ると、温厚の面とこの男の奥に滾る精力とが交錯して不思議な気分になる。これも奴の術中なのだろうが、匂いを意識しては自身も平静を保てなくなりそうだった。
 「お客様方が涼妃殿と私と良い間柄となることを望むのであれば、私もそのつもりでお話をしたいのです。」
 ギュ。小鳥がまたサザビーの裾を掴んだ。振り返って気に掛けてやりたい思いはあったが、もし彼女が後ろで身悶えを殺すように顔を赤らめていたら余計に気が高ぶりそうだ。それにあまり彼女を心配するのは人売りとして過保護に思える。
 「ただそれには互いの信頼が必要であり、少なからず妖魔にとって重大な秘密を明かしていただく必要があると思いますな。」
 そしてこの児玉の申し出にもドギマギした。何があるのか、サザビーは現状でできる限りの真摯な眼差しで彼を見つめた。
 「お客様方の力は何であられますか?」
 これだ、実のところこの質問が一番悩ましい。なけなしの呪文でも見せるか?いや、それは厳しい。そんな程度の能力しかない男が、妖魔の女を飼えるのは奇妙だ。それに呪文は、小鳥の能力を問われた時のために取っておきたかった。
 「お聞かせ願えぬのでは、信頼はあり得ませぬぞ。」
 鴉烙の契約をちらつかせるか?いや、それでは一層警戒させる。大事なのは児玉を恫喝することではなく、涼妃に近づくことだ。その道が絶たれるようではいけない。それにこの能力がたちが悪い。小鳥の裾を引く手が微かに震えているのが余りにも不憫だ。
 「女を貸してもらえますか?」
 中庸界だけにある何かを示すか?しかし児玉を納得させるだけのことをできる準備もない。体で示せる何かでなくてはいけない。
 「ほう?構いませぬが。」
 児玉は興味津々に頷き、手を叩いた。

 やがて一人の美女がやってきた。サザビーは彼女を裸にさせると、自分は服を着たままで彼女に側によるように話した。女は児玉が頷くのを確認してからサザビーに近づき、彼の言うままに両の足を大きく広げて胡座の彼と向かい合うように腰を下ろした。
 サザビーが裸であろうと無かろうと、性交を思わせる触れあいである。小鳥は彼の側に女が寄った時点で裾を放し、彼女の滑らかな肢体に目を奪われ、胸を高鳴らせていた。
 (いちかばちか、この匂いの中なら俺のしょぼくれた魔力でもできるかも知れねえ___だてに好色家の師匠を持っていた訳じゃないってところ___自慢にはならないが見せてみるか。)
 ササビーは女に、動かず気を落ち着かせるように話した。そしてゆっくりと、彼女の両の耳たぶを優しく指で挟んだ。その指先はよほど近づいてみなければ分からないほどにうっすらと光っていた。
 「心を静かに___」
 時に彼女に囁きながら、サザビーは耳からまっすぐ下へと彼女の首筋に指をはわせ、付け根に辿り着くと上昇して顎先へとなぞる。咽頭を経て下がり、鎖骨をなぞるようにして首の後ろへと届く。その時すでに、向かい合うサザビーには女の反応が見えていた。
 「よし、逆をむいて。」
 女はサザビーに背を向けるようにして安座の上に。開かれた両足の深奥は、児玉の正面にあった。そして、彼女の上気した顔に児玉は少し驚いていた。
 「水芸をお見せします。」
 「なんですと?」
 脳へと続く神経の巣窟である首。魔力の熱と刺激は、一時的に神経を震わせて感覚を鋭敏にする。性感を司る神経を探し当て、直に刺激すればそれは言い得ない高揚の波となる。好色の大魔道師アモンに教わった、とびきりの裏技だった。
 「___!」
 女が喘いだ。彼女のほとばしりに児玉は目を丸くし、すぐに拍手でサザビーを讃えた。卑猥な手法だったが、肝心な箇所に手を触れられることもなく児玉の女は絶頂へと導かれた。児玉はサザビーの能力をある種の性技と思い、賞賛した。
 「なるほど、その娘が懐くわけですな。」
 辻褄が合った。納得した児玉は涼妃への紹介状代わりに、小さな宝玉をサザビーに託した。次の涼妃のセリは三夜後に行われるという。児玉との良好な関係が約束され、涼妃への足がかりも得た。
 しかし問題もあった___
 「___」
 小鳥は放心していた。サザビーに手を引かれ、おぼつかない足取りで児玉の館を出て、大門を潜ってもまだ呆然としていた。頬は紅潮したままだ。
 「お〜い、どした?」
 発情の香の名残を消すため、すぐにでも水浴をしに行きたいところだったが、仕方なくサザビーは彼女を森の中の岩に座らせた。どこを見るでもなく呆然としている彼女に呼びかけながら、顔の前で手を振った。
 「ちょっと刺激が強すぎたか?おい、しっかりしろ。」
 「う___」
 小鳥は彼の顔を真正面から見ると、急に頬を引きつらせ、顔をくしゃくしゃにした。
 「うわあああああん!!」
 そして声を上げて泣きわめき、サザビーの頭をポカポカと叩き始めた。
 「いてて!お、おいやめろって!」
 「酷いよ酷いよ!あたしの旦那様だっていったのに、知らない女の人を抱っこしてたぁ!酷いよ〜!うわああああん!!」
 そうだった。迂闊にも小鳥の見ている目の前で浮気をしてしまったサザビーは、怒りの集中砲火を浴びた。
 「おいおい、ちょっと落ち付けって。」
 さぁてどう諫めるか。
 「嫌だ!触るな!変態!浮気者!」
 誰に教わったのか、サザビーに肩を触られると小鳥は身を捩って彼を侮蔑した。
 「あたしのことを売るつもりなんだ!さっきそんな話してたもの!」
 言葉遣いはまだ幼稚だ。しかしいま怒りに任せて怒鳴りつける彼女の表情、涙こそボロボロこぼしているがミキャックであった時に良く見た顔だった。
 「そんなことするわけねえだろ?」
 「いやだぁっ!」
 触れるだけではなく、両手で彼女の肩を掴むと小鳥の拳は本格的にサザビーを殴打しはじめた。しかし彼はそれでも怯まない。
 「らしくなってきたな、昔のことは忘れていても、ちゃんと痛いところを殴ってくる。」
 逆に怯んだのは小鳥だった。頑として引かない彼に気圧されるように、ヒュッと息を吸って硬直した。
 そしてサザビーは彼女を抱きしめた。背丈が近いから、顔を交差させて胸と胸をしっかりとつけあった。
 暖かな温もり、女の香り、美しい髪、豊かな肉感。全てが発情の香を纏ってサザビーの理性に迷いをかけたが、彼は平静を装った。むしろ迷いに困惑していたのは小鳥だ。記憶を失ってすぐ、無抵抗を確認するために涼妃の男衆に抱かれたが、黒麒麟の元で再生された彼女の理性はそれを忘却している。だから肌の触れあいは、彼女にとって黒麒麟に抱かれたあの夜の心地良さしか記憶していない。
 「おまえが俺を嫌いになるのは無理もねえ。あんな姿を見せちまったらな___でもおまえがどんなにいやがっても、俺はおまえを離さない。ずっと側にいて、おまえから離れない。」
 あのときに手を離してしまったこと、それが全ての災禍の元だった。だからこの言葉は、決して上辺や芝居ではない、本心から出たものだった。
 「うう___う___」
 小鳥は彼の耳元で俯き、体は小さく震えていた。
 「どうした?」
 サザビーは顔を引いて彼女の横顔を気にした。すると彼女はポウッと上気した顔で、唇を噛んでからゆっくりと彼を見つめてきた。
 「体が___体が熱い___」
 そして絞り出すような弱々しい声で呟いた。
 「お、おいおい。」
 体の奥底から沸き出す「淫」の感覚を精一杯に否定しようとしているのだろう。抱かれるだけで吹き出した淫靡な心地と、それを認めたくない苦渋とが入り交じり、痛いほどの恥じらいとなって彼女を苦しめた。
 ただその顔つきは、じつに蠱惑的だ。小鳥___いやミキャックがこれほど女の性を感させる顔をするとは思わなかったから、サザビーは理性を奪われかけた。しかし不意の交渉は、ミキャックを取り戻した時に彼女を傷つける。
 「助けて___助けてよ___」
 だが小鳥はまさに発情したように、まるでその方法だけを初めから知っていたかのように腰をくねらせて、サザビーに体をすり寄せてくる。さすがにこれはまずい。
 「やべっ、やめろって小鳥っ。」
 さしものサザビーも平静を失おうかというその時。
 バシャッ!
 二人の頭に大量の水がたたきつけた。体をつけ合ったまま硬直する二人。サザビーが振り向くと、そこにはバルバロッサが彼の身の丈の半分ほどもある葉っぱを手に立っていた。
 「盛りには水だ。」
 どうやら近くの沢か泉から水を運んできてくれたらしい。サザビーは呆然としている小鳥から静かに体を離す。
 「ありがとよ、いいタイミングだ___」
 つくづく不器用な男だと思いながら、ずぶ濡れのサザビーはバルバロッサに引きつった笑みを見せた。




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