第10章 昔話
黒麒麟の寝室に入ったのは初めてだった。小鳥はその幻想的な空間にドキリとさせられる。
「凛様?」
広い寝室の奥に、レースのカーテンで包まれた一角がある。そこから暖色系の光がキラキラと色を変えながら部屋の壁を彩っていた。
「こっちよ、小鳥。」
黒い翼をキラキラと光らせ、小鳥は小走りでカーテンの内側へ。
「!」
大きなベッドに絹の海が広がる。絹に肢体を委ねて横たわる妖艶な美女に、小鳥は同姓ながら赤面した。なんだか、この官能的な空間に幼稚な自分が足を踏み入れるのは、あまりにも畏れ多い気がしてならなかった。
「凛様___小鳥を呼ばれたのですか?」
絹の波の一つ、それは俯せに臥す女の身体を浮き上がらせていた。背から腰、臀部までの滑らかな曲線の主は、冬美だった。
「ね、姉様も!」
冬美は腕を張って上半身を起こした。シーツがずり落ちて、白い背が露わになる。その艶めかしいキャンバスを、周り灯が彩る。冬美と黒麒麟、二人は一つのベッドにいた。
「時々こうして床を共にしているんだ。女の肌は、全ての人に大いなる安らぎを与えることができるから。」
黒麒麟は微笑んだ。その唇のなんと瑞々しいことか。小鳥は記憶を失って以来、精神的に子供である。しかし、この情景を見せられては無邪気でなどいられず、顔を真っ赤にして生唾を飲み下した。
「昔話をするって___そう聞いていたから___」
小鳥の感情は翼によく現れる。このときも、すっかり萎縮して羽が詰まって見えた。
「心から伝えるためには言葉では足りない。人は肌を触れ合わせることで、思いの深遠さえも共有することができる。互いの温もりを知り合うことで、互いの心を察しあうことができる。」
絹をスルリと抜け、しなやかな黒麒麟の手が小鳥に差し伸べられた。
「私はあなたを愛でているわ、だから肌を重ねて言葉の奥底まで聞かせたい___冬美にそうしたように。」
小鳥はまだ戸惑いを隠せず、時折冬美を見る。彼女はもう一度絹に身を委ねるように、俯せに突っ伏していた。
「いらっしゃい、小鳥。」
男の肌は恐ろしい。男の裸は彼女を恐怖させる。黒麒麟の元へと流れ着く以前の出来事、裸の男が醸す飢えた獣の気配、そして与えられる妙な屈辱感と痛み、それらが彼女に恐怖を感じさせていた。でも、女の肌は___?
「優しくしてくれます___?」
人肌は恋しい。けれど痛いのは嫌いだ。ただ、孤独も嫌い。今だって、外に出る時は冬美が側にいてくれないと不安で仕方ない。
「フッ___フフフ!」
小鳥の言葉に他意はなかったが、彼女の台詞がまるで初夜を迎える無知な娘の初々しさだったので、黒麒麟はつい笑ってしまった。
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