3 砕け雷!

 「こうなってしまっては優しい攻撃は何一つない___何もできず散る己の脆さを呪うがいい!」
 グランブレイヴと化したブレンは大きく翼を広げた。むき出しの殺気が広がり、二人を圧迫する。そして魔獣の角が青白い輝きに包まれたとき、フローラは恐怖を直感した。
 「これは___!」
 角に結集しているのは魔力だ。すでに押さえきれない破壊力がフローラの頬に小さな切り傷を作っていた。風は壮絶に折り重なって唸り始めている。風の呪文___それもウインドビュートやウインドランスのような並の呪文ではない!
 「バルバロッサ!伏せて!」
 フローラは身を屈めるが、バルバロッサはそのままの姿勢でいた。
 「トルネードサイス!」
 ブレンの角の狭間で魔力が激しい火花をあげる。突風がバルバロッサのマントを、フローラの髪を酷く暴れさせた。風は大きな弧を描いて、両側から挟みつけるように二人を襲う。バルバロッサのマントに次々と切れ目が走り、血を削りながら彼の体を押し込んでいく。フローラも大地に体を密着させるのが精一杯。少しでも隙を作ればあっという間に体を空へともっていかれそうだった。
 「す、凄いっ___!」
 かろうじて目を開けたフローラは言葉を失った。いつの間にか周囲は激しいうねりに覆われていた。それは風刃の竜巻の中だった。
 「あれは___!」
 村から空へと立ち上る巨大な竜巻は、その圧倒的な破壊力を棕櫚やレミウィスにも見せつけていた。
 「終わりだ!」
 ブレンの一喝など渦中の二人に届きはしない。角に集結した輝きがすべて解放されると、渦の中に大地の底から吹き上げるような上昇風が生じた。
 「くぅぅっあああっ!」
 フローラの体は簡単に持ち上がり、渦の激流へと飲み込まれた。全身を引きちぎられるようなすさまじい衝撃。声は愚か、息もできないほど、大気の裂切と殴打の洗礼は凄まじかった。
 フローラが絶体絶命を感じたそのとき、彼女の手がぬくもりに触れた。そして彼女の体は白い凶器から、黒いぬくもりへと引きずり込まれていった。
 「ククク___」
 炎に照らされた激流は白から砂を飲み込んで土色へ、さらに桃色へと変わっていく。それは大量の鮮血が渦に巻き込まれている証だった。やがて魔力の渦は目映く輝くと、一気に放散した。
 「くっ___」
 空中に現れたバルバロッサはそのまま落下して着地する。しかしその衝撃で、ぼろぼろになったマントの内側から大量の血が弾け飛び、四つん這いに崩れた。
 「バルバロッサ___!」
 マントの内側から這いずるようにしてフローラが出てきた。彼女は困惑の表情でバルバロッサの体を支えた。バルバロッサは渦の中で彼女の手を取り、その身を抱いて守ったのだ。
 「なぜ私を___あなたは大地で耐えられたはずよ___」
 「黙ってさっさと傷を塞げ。」
 「!___わかりました!」
 フローラは慌ててバルバロッサに回復呪文を施し始めた。彼はフローラではトルネードサイスに耐えられないと分かっていたからこそ、彼女の回復呪文を信じてすべての傷をその身に受けた。
 かつては破壊が彼の生業と思ったもの。しかし___冷静な守りの手段も秀逸だった。
 「ディオプラド!」
 ブレンは二人を嘲笑うように白熱球を放った。しかし力ではなく呪文で追い打ちをかけようとしたのは、フローラにとって好都合だった。腕力では何もできないが、魔力ならば何とかなる。フローラはリヴァイバの詠唱をウインドランスに切り替えた。
 「ストームブリザード!」
 だがしかし、フローラが呪文を放つまでもなく、ディオプラドの白熱球は割って入った氷結の息吹に蒸発させられた。それを放ったのは白髪の考古学者、レミウィスだ。
 「レミウィスさん!」
 「また蟻か___ッ?」
 ブレンの背で激しい爆発が巻き起こる。今度はナババが放ったディオプラド。
 「我々では長くは持ちません。早くバルバロッサさんの治療を。」
 「はい!」
 フローラはリヴァイバの光でバルバロッサの体を包み込む。しかし屈強な体に深く刻み込まれたダメージは、簡単に治癒できるものではなかった。
 「ドラゴフレイム!」
 ナババは強烈な火炎をブレンに向かって放った。しかし向き直ったブレンは、火炎を全身で受け止める。そして低空を滑るようにして一気にナババへと襲いかかってきた。
 「くっ!」
 巨大な斧が振り下ろされるとすべてが一刀両断にされるような錯覚を得た。ナババはかろうじて横に回避するが、加減なく大地を裂いた一撃に身が凍る。
 ゴオオオァァァンッ!
 恐怖をさらに増長させるかのように、斧の軌跡の先にある民家が弾け飛んだ。ただ崩れたのではない、破壊力に耐えきれずに爆発したかのようだった。斧から民家まで、大地は地割れのように捲れ上がっている。ナババはその壮絶さに目を奪われていた。
 「ナババ!動きなさい!」
 レミウィスの一喝で我を取り戻したナババは、ブレンの放ったディオプラドを必死の横っ飛びでかわした。
 「ちょこまかとよく動く!」
 ブレンは斧を振り回してナババを襲う。だが破壊力に重きをおいた攻撃はスピードを欠き、ナババは俊敏に動き回って回避し続けた。しかしこれもブレンの狙いだ。なにしろ彼の攻撃に手数はいらない。
 「くっ___!?」
 ほんの一瞬、ナババがバランスを崩した。その隙を見逃さず、ブレンは斧を振り下ろす。その一撃は今までの攻撃を遙かに凌駕するスピードだった。確実に捉えていた。
 「なっ!?」
 だがここでまたしてもブレンを苛立たせたのは植物。地面を突き破って現れた巨木は、ブレンの四つ足の腹を強く突き上げた。
 「ぬううっ!忌々しい!」
 体勢を立て直したブレンは巨木に向かって斧を振り下ろした。大人二人がかりでなければ囲めないような巨木は、まるで稲妻を食らったように真っ二つに両断され、炭のように変色して崩れ落ちる。
 「こうなれば再びトルネードサイスで粉砕してくれる!」
 ブレンは大地にしっかりと両足を据えると再び角に青白い光を蓄積し始めた。風が戦場を蹂躙する。しかし___
 「!?」
 ブレンの顔が強ばった。角から輝きが消え失せる。それもそのはず、雄壮な二本の角はブレンの足下に転げ落ちていた。
 ドタッ___!
 そしてバットとリンガーもまたブレンの足下にもんどりうって倒れ込んだ。まぐれかもしれない。それでも全身全霊を込めた一振りは、見事にブレンの角を切り落としていた。切れ目は角の筋をしっかりと捉えている。バットなど折れたサーベルでの渾身の一撃だった。
 「へへっ___」
 「やってやったぜ___」
 高ぶった感情と恐怖から逃げるように、二人は虫が這うような引け腰でブレンから離れた。
 「___貴様らぁぁぁっ!!」
 ブレンの真紅の髭が大きく膨れあがった。額に、胸に、腕に、怒りの証明の血管が浮く。緊迫と憤怒が圧倒的なプレッシャーとなって戦場を支配する。気迫が体現された蒸気のようなものが体を撫でると、全身が痺れて動かなくなった。
 「許さぬ!木っ端みじんに砕いてくれる!」
 ブレンのスピードが飛躍的に上昇した。血走った目つきで最初に狙いをつけたのはリンガーだった。
 「逃げろリンガー!」
 バットが叫ぶまでもなく、リンガーは逃げだそうとした。しかしブレンはそれを許さない。先回りしたプラドが彼の足下を砕くと、転倒したリンガーに向かって閃光のごとく斧を振り下ろした!
 「!!!」
 リンガーは眼球がこぼれ落ちるかというほどに目を剥いた。何が起こったのは一瞬ではつかめない。リンガーが素晴らしい瞬発力で身をよじったのは確かなのだが___
 「ぎゃああああっ!」
 心の底、腹の底、いや、地獄の底からわき上がるような親友の苦しみの声に、バットは思わず頭をかきむしった。斧を境に、リンガーの体と左手が分断されていた。
 「うおおお!」
 いても立ってもいられない。バットは折れたサーベルで果敢にブレンに突進した。しかしブレンは振り返りもせず、太い尾を撓らせてバットの脇腹に深くめり込ませた。バットは血反吐を吐き出しながら勢いよく吹っ飛び、肩から大地に向かって激突した。
 「次は貴様か!」
 傷を癒したバルバロッサがブレンの真正面に向き直った。ブレンは斧を振りかざしてバルバロッサに襲いかかる。
 「リンガー___!」
 ブレンの注意が逸れたところを見計らい、フローラはリンガーに駆け寄った。ナババもバットの治療に走っている。
 「うあああ___あああっ!」
 フローラが体に触れるとリンガーは痛みで激しくのたうち回る。出血はよりいっそう激しくなり、これではろくに治療もできない。
 「エルクローゼ。」
 フローラは彼の眼前に手をかざすと、催眠呪文を唱えた。掌が赤み帯びた光に覆われると、リンガーは簡単に意識を失った。エルクローゼは感情が高ぶった相手ほど効果を発揮しやすい。麻酔には最適だった。
 「まだ間に合う___!」
 フローラは動揺などおくびも見せずにちぎれた左手を拾い上げ、浄化呪文を消毒代わりに、慎重に接点を見極めて治療を始めた。
 「まだか___」
 ナババは肩の骨が砕けたバットの治療をしながらやきもきしていた。バルバロッサでさえブレンに押し込まれる一方だ。
 「___」
 バルバロッサは一切攻めに出ず、回避に専念した。治癒の時間を稼ぐため、百鬼たちが来るであろう時を待つため、そしてこの緊迫した戦場の中で、一切のプレッシャーを意に介さないでいる女のために。
 「さっきまでの勢いはどうした!?」
 一瞬、ブレンとバルバロッサの間に距離が生じた。それでもなおバルバロッサが前に出ようとしなかったので、ブレンは罵りながら手を横へと突きだした。
 「フローラ!」
 バルバロッサが怒鳴った。掌の先にはフローラ。時間稼ぎを見透かされて失敗を招くなど、彼のプライドが許さない。
 「___駄目!」
 避けることもできたが、それではリンガーが死ぬ。フローラは彼を庇うように覆い被さり、放たれたディオプラドをその背に受けた。激しい爆発が彼女の背で巻き起こった。
 「チッ___!」
 大きな舌打ちをしてついにバルバロッサはブレンに斬りかかった。これを待っていたかのようにブレンはバルバロッサの黒剣を受け止め、がら空きになった彼の腹に拳を叩き込む。
 「ぐっ___」
 ついにバルバロッサまでがその体を大きく舞い上がらせた。
 「次は貴様だ!」
 ブレンは視界に入ったナババとバットに左手を向ける。しかしその腕に凄まじい勢いで植物が巻き付き、強く締め付けた。だが今度は大地からわき出した植物ではない。棕櫚が自らの腕に強くからみついた植物をのばして、直に締め付けていた。
 「貴様か___先達てから私の邪魔ばかりしているのは___!」
 ブレンは棕櫚を睨み付け、低い声で呟いた。
 そのあたりからだ___徐々にレミウィスの声が大きくなってきたのは。
 「空の門を裂き地の門を伏す___亜空の象形をも我が魔力の前に極寒の奈落へと屈す___白銀の輝きは永遠なる捕縛___」
 長い詠唱。レミウィスの両手が緩やかに光を発しはじめる。詠唱は魔力の集中と蓄積を促すためのもの。そして借るべく精霊の息吹を纏わせるためのもの。
 「もう邪魔はさせん___貴様から殺す!」
 ブレンは力ずくで植物を引っ張りはじめた。棕櫚も必死に堪えてはいるが、ブレンとの距離は簡単に縮められていく。間合いに届く前から、ブレンはその瞬間を思い浮かべて右手の斧を振り上げた。
 「血に飢えた魔獣を___澱にまみれた大地を___汚れに死した海を___腐空に吹く風を___」
 レミウィスはゆっくりと両手をブレンに向けた。ナババが必死にブレンの攻撃を回避しているときも、バットとリンガーが決死の一太刀を振るったときも、付け焼き刃の呪文を放ちたい衝動に駆られた。それでも蓄積し続けた莫大な魔力は、彼女の周囲に白い霧を生み出している。それは抑えきれない冷気だった。
 「もうじき貴様を両断できるな。」
 あと一引きで棕櫚の身体は斧の射程距離に入る。ブレンは感触を確かめるように斧を持つ指を広げたり閉じたりした。だがその気になれば棕櫚はいつでも植物を消せることをブレンは知らない。
 「さて、そう思いますか?」
 「なに___」
 棕櫚のあまりの余裕にブレンは訝しげな顔になった。感情の高ぶりで視野が狭くなっていたのだろう、横から当てられる青白い光にようやく感づいた。
 「!」
 その時、レミウィスはすでに充分な魔力を満たし、全身を青白いオーラに包み込んでいた。
 「氷結せよ___ヘイルストリーム!!」
 ブレンは耳を疑った。一介の人間が最高級の呪文を操ることが信じられなかった。しかしレミウィスの両手から放たれた怒濤の豪雪はヘイルストリーム以外の何物でもない。
 「ぐおお___!」
 ブレンが吹雪に飲み込まれたのを感じてから、棕櫚は植物を消し去って大きく飛び退いた。あまりにも涼やかな、青白い輝きが戦場を埋め尽くす。ブレンを中心に荒れ狂う吹雪はその轟音もさることながら、圧倒的な冷気で周囲の民家の炎さえ消し飛ばしていた。
 「はぁぁっ!」
 気合い一閃。レミウィスが全ての魔力を放ちきると、吹雪は真っ白い輝きと共に昇華した。残されていたのは___
 「すごい___ですね。」
 棕櫚に思わず感嘆の声を漏らさせるほどの芸術。氷漬けのブレンだった。透き通った氷の中で、巨体のブレンは驚愕の表情のままでいた。
 「う___」
 莫大な魔力の喪失でレミウィスは立っていられず、その場にへたり込んでしまう。だがその表情に危機感はなく、バットの治療を終えて駆け寄ってきたナババに笑顔を覗かせた。
 「さあ棕櫚さん、怪我人を治療しましょう。」
 レミウィスはそう言ってすぐに立ち上がろうとするが、身体にまったく力が入らない。まだ両手に痺れが残り、指もまともに動かせない状態だった。
 「レミウィスさんは座っていてください。魔力を使い果たしては、治療なんてできませんよ。」
 「お恥ずかしい話です___」
 棕櫚の微笑みに、レミウィスは申し訳なさそうな顔をした。
 「浮かれるのもいいが___」
 勝利のムードに水を差したのは、無口なバルバロッサだった。彼は氷柱の中のブレンを間近で睨み付けていた。
 「こいつはまだ生きている___」
 「なんで___」
 レミウィスが驚く間も与えない。ことは一瞬に起こった。
 バァァァァァァンッ!!
 氷柱の内側から目映い光が飛び出したかと思うと、分厚い氷は一気に砕け散り、壮絶な破壊力を伴ってまるで散弾銃のように皆を襲う。
 一瞬の逆転劇だった。
 「がああああああ___!」
 野獣のような雄叫びを上げ、ブレンは全身の筋肉を震わせる。ブレンの熱気を浴びた冷気は蒸気に変わり、彼の身体を白い霧で彩っていた。周囲にはレミウィス、ナババ、棕櫚が倒れている。既に戦闘不能にあったフローラやバットの身体にも、氷によるものであろう傷が刻まれていた。
 「ぬごぉぁっ!?」
 ブレンの全身に無数の亀裂が走り、どす黒い血が噴き出した。ヘイルストリームは彼の鉄壁の皮膚をずたずたに破壊していたようだ。
 「人間風情があれほどの呪文を使うか___やはり侮れぬ!」
 ブレンは素早く振り返ってディオプラドを放った。剣を盾にすることで先程の氷から生き延びたバルバロッサが、息を潜めて背後から迫っていたのだ。
 「ぐっ___!」
 バルバロッサの胸元で強烈な爆発が起こり、彼は後方の瓦礫の山まで弾き飛ばされた。
 「気付かないとでも思ったか___愚か者め!」
 ブレンはその場で力を蓄えはじめる。血はさらに吹き出し続けた。
 「リヴェルサ!!」
 ブレンの両手から溢れ出した白い輝きは、一瞬のうちにして彼の身体を包み込んでいく。たちまちブレンの全身の出血が止まり、傷が塞がっていった。リヴァイバのさらに上を行く回復呪文。鉄壁が取り柄のはずのブレンでさえ、これだけの呪文の使い手なのである。
 「ぐ___」
 光が消え、傷は完全に消え去ったように思えた。しかし所々皮膚が再び裂けた。
 「リヴェルサで癒しきれないほどのダメージを負ったというのか___」
 屈辱的だ。人間相手にこんな負傷をしてヘル・ジャッカルに帰る、それが屈辱的だ。プライドを傷つけられたブレンは斧を手に、憎しみを込めてその歩みをレミウィスへと向ける。
 「待て、ブレン!」
 なんと抜群のタイミングか。この絶体絶命の窮地にあって、息を切らせた二人の男が戦場へと躍り出た。
 「酷い有様だな___」
 百鬼とサザビーである。
 「ブレン!今までの借りはこの場で返させて貰う!」
 百鬼が手にしていたのは自慢の百鬼丸ではない。左手にベルコの胴体だった金属板、右手にはベルコの内側から出てきた鋭い金属片という出で立ちだった。
 「ほざけこわっぱ___武装を変えたくらいでどうなるものと思うな!」
 百鬼は真っ向からブレンに突進した。ブレンは真正面からのディオプラドで応戦する。しかし百鬼はベルコの盾を突き出すと、構わずに突進した。
 「なっ!」
 激しい爆発が巻き起こったが、百鬼はその中を突き破ってブレンに迫った。ベルコの盾はディオプラドの直撃にビクともしていなかった。
 「甘いんだよ!」
 例え手にしているのが部品であろうと、百鬼の刀剣術に変わりはない。素早く、鋭い軌跡で振り下ろされたベルコの剣は、ブレンの肉にも屈しなかった。
 「なんだと___!?」
 「やった!」
 ブレンの胸が大きく切り裂かれた。百鬼は思わず笑みを浮かべるが、敵もさるもの。ダメージなど気にも留めずに百鬼に向かって斧を振り下ろした。
 「っ___!」
 金属が激しくぶつかり合う音が轟く。百鬼はベルコの盾でブレンの斧を受け止めていた。盾は確かに頑丈だ、しかしブレンの腕力は凄まじい。もともと盾の構造をしていない金属板では、うまく百鬼の力は伝わらない。
 「ブレン!」
 「!ぐおっ!?」
 呼び声に振り向いたブレンは、投げつけられた金属板を左手で弾き飛ばした。その隙にサザビーはブレンの懐へと滑り込み、ベルコから抜き取った部品を斧の柄に向かって振り下ろした!
 「いまだ!」
 斧の柄が叩き切られ、百鬼は支えを失った刃から逃れた。そして素早くベルコの剣を振るうとブレンの腹を切り開く!
 してやったりの二人だったが、ブレンは尚も健常だ。二人の頭を左右の手でわしづかみにすると、力任せに瓦礫に向かって放り投げた。
 「うがっ!」
 「ぐふっ!」
 激しい音を立て、二人は瓦礫の山に突っ込んだ。ブレンが再び咆哮を上げる。
 「武器や角が無かろうと貴様らなど私の敵では___っ!?」
 ない!と言わなければならなかった。しかし言わせない男がまだもう一人いた。ブレンは顔を歪め、後ろを振り返った。そこにはかつて無力さを思い知らさせたはずの男、ライがいた。彼が手にしていた剣はベルコの部品ではなく、百鬼丸だった。
 ただ違うのは、彼が腰に何かをぶら下げていたこと。そこから針金が百鬼丸に伸びていたこと。作業用の手袋をしていたこと。百鬼丸が青白いスパークを迸らせていたこと。
 そしてブレンの尾が切り落とされていたこと。
 「これ以上___みんなを傷つけさせない!」
 ライは勇敢な眼差しでブレンを見つめ、声高に正義を叫んだ。
 「子供のような台詞を!」
 ブレンはライへと向き直り、構わずに掴みかかってきた。だが繊細さを欠く攻撃は、ライの目に隙だけを見せつける。ベルコの原動力である発電機の出力は最大。ライには一撃で全てを決める用意ができていた。
 「ぐおおお!」
 「行けぇ!ライ!」
 百鬼が瓦礫の中で叫んだ。百鬼丸を渡してまでライに全てを託したのには理由がある。一対一での勝負強さ、隙を逃さない天賦の感性!それに賭けた!
 ___ザンッッッッ!!

 雷が走る。
 剣を逆手に持ったライは、すれ違いざまにブレンの腹に斬りつけた。凄まじい電撃は筋肉を軟化させ、容易く打ち砕く。刃の軌跡は刀身に従って鋭く延びた。二人の身体はすれ違い、すぐに止まった。
 「な___なんという___ことだ___」
 ブレンの視界は彼の意図に反して前進を続ける。
 「___この私が___」
 先に下半身が横倒しになり、続けて上半身が空を向く。ブレンの視界はもはや彼の意志でどうなるものではなかった。
 その身体は、ライの刃が走り抜けた腹部で___真っ二つに分断されていた。
 雷(いかずち)の一撃は、鋼鉄の壁を見事に打ち砕いたのだ。



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