3 正義の鉄槌

 微睡みで繰り返されるのは、あの残虐な男の嘲笑。エスペランザとネスカの首をその手に、フェルナンドとアイルツをこともなげに葬り去ったジャルコ。思い出したくもない顔がソアラの幻想を支配する。苦しさで喘いでいたのかも知れない。気が付いたとき、歪みきった視界の中で、見慣れない女性が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
 口を動かして___何かを喋っているがまったく分からない。強烈な睡魔はソアラの感覚を全て停止させ、彼女はまた眠りについた。でも、別の顔を見ることができた後の幻想に、ジャルコはもう現れなかった。
 「気が付いたか___?」
 一度目覚めかけてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。女性だと思っていた顔が、無精髭の男性に変わっていた。
 「___?」
 ソアラには今の景色がとても信じられなかった。男性の後ろに天井が見え、ランプの光が目映い。ようやく気が付いたが自分はベットで眠っていて、身体には汗のべたついた感触さえなく、着慣れない服を着ていた。そもそもここはどこなんだ?ジャルコに殺されたにしては___あまりに生暖かかった。
 「分かるか〜?」
 男性はソアラの眼前に手を翳し、ソアラはぼんやりと頷いた。徐々に意識が覚醒していく。
 「いやあ良かった、このまま一生目を覚まさなかったらどうしようかと思っていたんだ。今かかあが飯を作ってるからな。」
 がっしりとして浅黒い男性は塩に焼けた肌をしており、寝ぼけていて少し時間は掛かったが、彼が海の人間であることを察するのは簡単だった。
 「うっ___!」
 「おいおい無理しちゃいけねえ!」
 体を起こそうとすると背中から肩口にかけて激痛が走り、ソアラは顔を歪めてベッドに倒れた。改めて傷の深さを思い知らされる。
 「___どれくらい眠っていたの___?」
 耳を澄まさなければ聞こえないような乾いた声で、ソアラは尋ねた。
 「ここに運び込まれてから今日で六日目だ。」
 男はまだ寝ぼけ眼のソアラの額に、ぬるま湯につけた布を宛ってやる。
 「___ありがとうございます。見ず知らずの私を___」
 「気にすんなって、俺はあんたにベッドを貸しただけさ。」
 ソアラは痛みでぎこちないながらも、布越しに頭を押さえた。意識が戻り、血の巡りが激しくなると頭の内側で鐘を鳴らしているような痛みに見舞われた。だが暖かい布のおかげでせめて和らぐ。
 「ここはどこなんですか___?」
 「ロペだ。世界で最も危険な島、ロペ。」
 「危険___?」
 「なんでもこの側にアヌビスとか言う奴が住んでいる島があるらしいんだ。」
 すると運良くこの島に流れ着いたのだろうか?ソアラは自分が生きている理由が分からなかった。
 「まったく、危ないから漁に出るのはやめて欲しいんだけどね。」
 恰幅のいい、まさしく女将といった雰囲気の婦人が部屋に入ってきた。そう、一度目覚めかけたときに見たのは彼女の顔だ。
 「なにいってやがる、この島の男たちから漁を奪ったらなにも残らねえじゃねえか。」
 「自分で言ったら世話ないねぇ。」
 婦人はトレーに海の幸たっぷりのスープを乗せて、ベッドの横に腰掛けた。
 「あらぁ、改めてみても綺麗だねぇあんた。おばちゃん羨ましいわ。」
 「雲泥の差だな。」
 漁師の男は声を上げて笑った。
 「ありがとうございます___私はソアラと言います___」
 「ソアラか。俺はネイノスで、こっちはアミナだ。まあよろしく頼むわ。」
 「ほら、あんたぼさっとしてないでソアラちゃんを起こしてあげなよ。寝たままじゃ食べるに食べられないだろ?」
 ネイノスの手を借りて半身を起こし、暖かいアミナの手料理を口にすると、ソアラの身体は大いなる安らぎに包まれた。少しだけ料理を口にするとようやく空腹感が目覚め、自然と食は進んだ。血流に活力が戻り、青ざめていた顔色も徐々に血色が戻ってきた。
 「あの___」
 ソアラは自分がどのような状態でここに運び込まれたのか聞こうとした。しかし下で激しく木をうち鳴らす音が聞こえ、口を閉ざした。どうやらここは二階のようだ。そしてあれは察するにノックの音。それも酷く切羽詰まった音だ___
 「何だ騒々しい___!」
 ネイノスは舌打ちをして部屋を飛び出すと、階段を駆け下りていく。扉を開く音と共に、海の男の剛健な会話は二階にまで筒抜けた。
 「船が倒れた!」
 「なんだって!?」
 「突風で大陸との連絡船が浜辺に伸し上がっちまって、そのまま横倒しだ!」
 「おい___この時間の連絡船っていやあ、大陸を見にいった子供たちが帰ってくるっていう___!」
 「あの化け物と女を埋葬してから悪いこと続きだ!灰にしちまえばよかったんだよ!」
 「そんなこと関係あるか!浜辺にいくぞ!」
 部屋に残っていたアミナは気まずい顔をしていた。しかしすぐにソアラに慰めるような笑みを送る。
 「ごめんね、なんだか悪いこと聞かせちゃったわね。」
 「あたしがここにいることは___」
 アミナは首を横に振った。
 「あんたが浜辺に倒れているのを見つけたとき、変な化け物も一緒だったんだ。化け物の方は死んじゃってたけど、あんたはまだ生きていた。それこそあんたが化け物に抱きしめられるように寄り添って倒れてたもんだからさ、島のみんなは気色が悪いからあんたを殺そうなんて言ったんだ。でもそんな勝手な事ってないじゃないか。だからあたしたちは島のお医者様に協力してもらって、あんたを埋葬したことにしてここに運び込んだってわけさ。」
 なんと暖かい夫婦だろう。魔獣に被れた女を、島の仲間の目を欺いてまで生きながらえさせてくれるなんて。ソアラは感謝の言葉が見つからずに、胸が詰まった。
 「なんてお礼を言ったらいいか___」
 「そんなことはどうでもいいんだよ!それよりあんた、あんたこそどうしてあんな事になってたんだい?あの化け物はなんなのさ。」
 アミナはソアラを正しき人だと信じている。だが、彼女の口から納得できる答えを聞きたいとも思っていた。
 「化け物って___?」
 「うーん、なんていうかさ、身体は人なんだけど翼と嘴があってさ、そんなのだよ。」
 ゴイルナイト。フェルナンドはジャルコの無色の魔力に似た攻撃で消し去られてしまった。とするとこの浜辺にいたのはアイルツか。アイルツだってジャルコの一撃で海に没したはず。彼は最後の力を振り絞り、ジャルコに殺されたも同然のソアラをここまで運んでくれた。
 ___大陸へとご案内します。
 彼はその類い希なる忠義心で、船で大陸と繋がっているこの土地までソアラを運んだ。任務を遂行したのだ。
 「___」
 アイルツを思うと涙がこぼれそうになる。しかしアミナをこれ以上心配させてはいけない。気丈に堪えなければいけない。
 「私は___先程ネイノスさんが言っていた、アヌビスの住んでいる島から逃げてきました。」
 目を見開き小鼻がふくらむ。アミナの驚きようは顔に良く出ていた。
 「あのモンスターは私の逃亡を助けてくれたんです。彼以外にも、私を助けてくれたモンスターがいて___でもみんな死んでしまいました。」
 「モンスターがそんなことをするのかい___?」
 アミナは疑るように問いかけた。
 「彼らにも心はありますし、言葉だって話せます。」
 ソアラの答えは明確だった。アミナも彼女の奥深い瞳に見つめられると、なんだか自然と納得してしまっていた。
 本当はすぐにでもここを去りたかった。化け物と一緒にいた紫色の女がこの家に匿われていると知ったら、島の人々はネイノスとアミナを糾弾し、二人に良からぬ事が起こるだろう。そうでなくとも、アヌビスの所から逃げてきたのだ。この島がアヌビスに睨まれることがあってはならない。
 だが身体は思うように動かなかった。
 外の喧噪が部屋の中にも聞こえてくる。男たちが慌ただしく駆け回り、何かを叫んでいる。愛息を失ったのだろうか、女の号泣が響く。辛かった。
 「___」
 目を閉じると、悲壮な声に煽られるように、エスペランザの、ネスカの姿が浮かび上がった。ただ、彼らはまた首だけだった。彼らの身体を思い描くのに時間が掛かるほど、ソアラの脳裏にあの情景は焼き付いていた。
 そしてジャルコの言葉___
 「モンスターを利用して逃げ出そうとした。」
 否定はするが、反論できない部分もある。少なくとも彼らを死に追いやってしまったのは___自分だ。
 ソアラは生きたくて逃げ出した。
 彼らはソアラを生かすために命を賭した。
 この差が、心の重みが、ソアラには辛かった。ソアラには命を懸けることなんてできなかったから。
 死ぬことはこれっぽっちも考えなかった。フェルナンドは、アイルツは、死の覚悟を抱いて脱走を手引きしたというのに。
 「ごめんなさい___」
 ソアラは毛布の中に頭まで埋め、呟いた。もうこの部屋にアミナはいない。ソアラは大粒の涙でシーツを濡らした。手は___唯一残っていた持ち物、フュミレイが残したネックレスを握っていた。
 『___自分を責めるだけでは駄目だ。彼らが賭した命を、おまえはその身に刻みつけなければならない。』
 微睡みの中で声を聞いた。凛として、気高き声。
 『彼らの命の重みをおまえの力に変えろ___おまえにはそれができる。』
 誘われるように、ソアラは眠りに落ちた。
 夢の中で、彼女は銀髪の隻眼を見たような___そんな気がした。

 ソアラの回復は著しく、三日もすると彼女は普通に立ち上がり、歩くこともできるようになった。背中の痛みは相変わらずだが、日々痛みに身体を慣れさせるようにベッドの上で単純動作を繰り返し、活力を呼び戻していった。島の医師が優秀だったこともあり、ソアラの切り裂かれた背中は見事に縫合されていた。ただこれが完全に塞がるまでにはもう少し時間が掛かる。
 しかし不幸とは連鎖的に起こりうるものなのだ。事態はソアラにこれ以上の猶予を与えてはくれなかった。
 「んな馬鹿な!大樹を食いつぶす虫なんて___!」
 「いいから来い!もうあれは___燃やすしかないんだ!」
 その日、閉じられた戸板の隙間から、赤み帯びた輝きが激しく揺らめいて差し込んでいた。外に出たことがないソアラには想像することしかできないが、ロペ島の中心には島の守り神と崇められる大樹が立っていて、人々の心の拠り所になっているという。
 その大樹に、灰色の虫が埋め尽くすほどに蔓延っているというのだ。虫はすでに大樹を内側から食いつぶしており、一日にして一気に葉のすべてが黒ずんだ色に変わってしまった。その虫の名を知るものは島にはいなかった。大陸に長く住んでいた人も知らなかった。でもソアラは知っているかもしれない。見たことがあるかもしれない。
 その虫はおそらく自分かアイルツが、知らずとヘル・ジャッカルから連れてきてしまったモンスターの類だろう。
 炎の輝きと島の人々の嘆きが聞こえる。虫は毒をも宿していたようで、また数名の人が亡くなった。しかしソアラは、何も言わずに部屋にとどまることしかできなかった。
 「呪いだ!」
 島の象徴だった大樹が燃え尽き、苦し紛れに飛び出してきた虫たちを全て焼き殺すのに丸一日。その疲れが残るうちに、一部の人々は動き出していた。
 「こいつはあの女とモンスターの死体が島に埋まっているから起こった厄災だ!奴らの呪いなんだ!」
 その日、悲しみに暮れ、怒りに震える数名の男女が、島の外れの墓地へと人目を憚るようにして向かった。全ての厄災を彼らに転嫁することで楽になりたい、その思いに賛同する島の者は多いだろう。だがこの数名は、徹底して死体との縁を切りたいと考えていた。
 「呪いを解く方法は死体の左胸に杭を打ち込むんだ。」
 何であれ墓を掘り返すなど誉められたことではない。だから彼らは秘密裏に動いた。
 そして島の墓地。立ち並ぶ島民の墓から茂みを隔てた場所に、何の細工もないただの石を置いただけの墓石があった。
 「いいか、俺たちは島を救うためにやるんだ。」
 「そうだ、また死人が出る前に、早くやっちまおう!」
 人々は手早く土を掘り返していく。すぐにアイルツを納めた棺桶が見つかった。中で眠っていた見慣れない化け物の死体は、酷く頭部が拉げていた。人々は震えを止められないままに、アイルツの左胸に木の杭を宛う。そして力任せに槌をふるった。出血はありえないが、肉と骨が抉られる生々しい音は酷く耳に残った。
 「これが正義の鉄槌だ___!」
 杭をうち下ろした髭の男は、肩で息をしながら表情の変わらないアイルツを見下ろしていた。
 「よし、次だ!」
 「そ、それが___」
 もう一つの棺桶を掘り返した男たちは、酷く怯えた顔をしていた。

 島が慌ただしい空気に包まれた。そのとき自宅でくつろいでいたネイノスとアミナは、また外がやけに騒がしいと不気味に思っていた。
 ドンドンッ!
 「またなにかあったな___」
 木の扉が激しくノックされ、ネイノスは立ち上がる。ただ今日に限っては様相がまるで違っていた。
 「!?」
 扉が外側から勢いよく開かれると、有無言わさずに島の男たちが雪崩れ込んできた。
 「な、なんだなんだおまえら!?」
 「おまえはそっちを探せ!俺は二階だ!」
 「おいどういうことだ!?」
 ネイノスのことなどまるで無視。傍若無人に髭の男は二階へと向かおうとする。
 「な、なにするんだいあんたたち!」
 アミナがキッチンを荒らし回る男たちに怒鳴りつけた。
 「納得のいく説明をしろ!どういうつもりだてめえ!」
 「医者が全部喋った!」
 その一言で、ネイノスとアミナは何が起こったのか理解した。
 「紫女を出せ!俺がぶち殺してやる!」
 血気を剥き出しにした男の胴に食らいつき、ネイノスは必死に彼を止めた。
 「そんなやつはここにはいねえ___!」
 「いえ。」
 ネイノスは背後から透明感のある声を聞き、身体を硬直させた。
 ___出た!
 家捜しをしていた男たち全員の視線がソアラに集まる。これが暗示というものなのか、その誰もが怯えの同居した目で彼女を見ていた。
 「皆さんにはご迷惑をおかけしました。その気持ちはお察しします。」
 ソアラはネイノスの肩を激しく掴む男の手を取り、彼をじっと見つめた。
 「ですがお二人や医師の先生は慈悲で私を助けてくださっただけです。彼らを責めることはやめてください。」
 彼女の口から発せられたおよそ忌まわしき者とはほど遠い言葉に、男たちの顔から緊張が薄れていった。
 「ちっ!」
 だが髭の男は舌打ちしてソアラの手を振り払い、彼女を睨み付けた。
 「騙されるな、こいつがモンスターと一緒だったことを忘れたか!?」
 「彼は命を賭して私を救ってくれました。彼は外見こそ皆さんとは違いますが、志はとても高い___それを分かってください。」
 開け放たれた扉の向こうから松明の光が差し込み、ソアラの髪で紫色が波打つ。その神秘に人々の心は解けていく。
 「ネイノスさん、アミナさん、今までありがとうございました。私はすぐにこの島を去ります。」
 「あ___ああ。」
 ネイノスもあっけにとられていた。なんだか今までのソアラとはまったく別人のように見えた。
 「おい!」
 それ以上は何も語らずに家を出ようとしたソアラに、髭の男が声を掛けた。
 「島を出るったって一人じゃどうにもなんねえだろ、俺が大陸まで送ってやる。」
 意外な勧めではあったが、彼の快諾の言葉に誰もがホッと胸を撫で下ろしたのは確かだった。

 男が漁に出るために使っている船の甲板。ソアラは水面の彼方に、空よりも黒い大陸の影を見ていた。
 「これからよ___」
 紆余曲折はあった。しかし彼女の旅はこれからだ。島の人々には迷惑を掛けたが、アヌビスに打ち克つことでその報いとしたい。
 「___?」
 誰かが後ろに立っているような気がした。しかし長く眠り続けていたことで、彼女の感覚も鋭敏ではなかった。
 ドガッ!
 背中にうち下ろされた鉄槌。ソアラは顔を歪め、声にならない悲鳴を上げた。一瞥することしかできなかったが、そこにはあの髭の男が作業用の工具を握りしめて仁王立ちしていた。彼の血走った瞳と憎しみを込めて食いしばった歯は、闇の中にあって際立っていた。
 「___!」
 再び金属の工具が振り下ろされる。背中に走った衝撃は傷口を引き裂き、全身へと広がった。ジャルコに切り裂かれた痛みが蘇り、ソアラは甲板の柵に凭れて悶えるしかなかった。
 「俺の息子は横倒しになった船の中で死んだ!俺のかかあは虫に噛まれて死んだ!なのになんでてめえが生きてる!?」
 男はがむしゃらに、我を忘れてソアラを殴り続けた。
 「おまえが来てから俺は全てを失った!おまえは死神だ!おまえさえいなけりゃ!」
 渾身の一撃をその身に受け、ソアラは甲板に全て委ね、ぐったりとして動かなくなった。意識はしっかり保っていたが、背中の痛みが激しすぎて息を継ぐことも苦しかった。男はなおも工具を振りかざす。しかしソアラの背中がみるみるうちに真っ赤に染まっていくとさすがに躊躇いが走った。赤い血液は生命の象徴。それを見せつけられてはもう工具を振り下ろすことができなかった。
 「ちくしょおおおっ!」
 やりきれない思いをぶつけるように、男は力ずくでソアラの身体を引っ張り上げると、勢いよく海の中へと落とし込んだ。大きな飛沫が上がり、ソアラは海中に没する。
 「___引き上げだ!」
 全身を汗にまみれさせた男は、ソアラの血に犯した罪を思い知らされた。どうすることもできない感情に苛まれながら、船は逃げるようにその場を去っていった。そして___
 「___傷口に塩って___こういう事か___!」
 海にたたき込まれた瞬間、背中の傷に入り込んだ海水がソアラを震え上がらせていた。意識を失わなかったのは幸いだったが、全身の毛穴が開く感覚を初めて知った。
 「あたしは___積み重ねられた命の上にいる___」
 身体の全てが痛い。しかしそんなことに構ってはいられない。ソアラはおもむろに、その掌を背中へと向けた。
 「ドラゴフレイム!!」
 両手が壮絶な炎を吹き上げる。それは破壊力を結集して水面を押し開き、ソアラの背中を激しく焼いた。
 「っかぁぁぁぁっ___!」
 自らに見舞った一撃で、天を喘いだソアラの瞳孔が収縮する。だが決して正気を失うことはなく、彼女は必死に息を付いて身体を落ち着かせた。
 「はぁっはぁっ___」
 背中から出血が無くなった。強引すぎるやり方ではあったが、生きるためにはどうしても傷口を塞ぎ、出血を抑える必要があった。
 「生きてみせる___あたし自身のため、あたしのために散った全ての命のために!」
 前方に見える大陸の影___今はあそこに辿り着くこと。正義の鉄槌に打ちひしがれ、死神とのレッテルを貼られようとも、ソアラの眼差しは決して死んではいなかった。




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