2 昔の居場所

 ハーラクーナからマーズバインまではキュクィ車に揺られること二日。ただ、手綱を取っていた二人の意図で、キュクィはマーズバインとは違う場所で足を止めることになった。
 「いやー!凄い偶然!」
 「途中で道を間違えたのがかえってラッキーだったな!」
 バットとリンガーは妙に浮かれて互いの手を叩き合った。今回に限ってなぜか率先して手綱を取った二人だが、どうも怪しい。
 「運がいいよなぁ俺ら〜。」
 「竜清の遺跡にいきなりたどり着くなんて〜!」
 二人は踊りながら歌うような口調で言った。キュクィ車から降りた目の前には、森の中に明らかに人工的に石が積み重ねられた場所がある。そこには決して大きくないが洞穴が口を開けていた。それにしても木々に覆われて道すらないこの場所に、ものの見事にキュクィを操るというのはあまりにも不自然だ。
 「さあさあ、早速探索と行きましょうぜ!みなさん!」
 「いえ、やはりマーズバインに向かいましょう。」
 「えぇぇぇぇぇっ!」
 レミウィスの提案に二人は酷いだみ声で叫んだ。露骨に口に出そうとはしないが、やり方や態度で二人がマーズバインに行きたくないのだと言うことは明らかだった。家出少年の二人が帰りたくないという場所というと___故郷以外にあるまい。
 「拠点はマーズバインに置いてこの遺跡の探索に取り組むべきです。何よりここにはモンスターが住んでいるのですから、万全の用意をしなければ。」
 レミウィスの意見は至極冷静で、理知的だ。実はマーズバインの町はこの遺跡の上にでもよじ登れば、すぐそこに見えるほど近い。歩いたとしてもさほどの時間は掛からないだろう。
 「用意っていったって、マーズバインにはまともなお店なんてないっすよ!」
 「それこそ農家ばっかり!」
 「詳しいなぁ。」
 煙を吐きながらのサザビーの言葉に、二人はドキッとして肩をすくめた。百鬼や棕櫚はその姿を見て苦笑いしている。
 「ねえ、用意はほとんど調っているんだし、いつまで待っても空が明るくなるわけじゃないんだもの、このまま遺跡に入ってもいいんじゃないかしら?」
 フローラがこれだけ積極的な行動を提案するのも珍しい。困っている二人を放っておけなくなったようだ。
 「お金の節約にもなりますね。食糧だとか、必要なものがあればその都度マーズバインに買い出しに行くというのもいいんじゃないんですか?ここにはキュクィの好きそうな草もいっぱい生えていますし。」
 棕櫚も助け船を出し、レミウィスは仕方なさそうに小さなため息をついた。
 「まあ皆さんがそういうのであれば私は構いませんが___」
 結局先んじて遺跡探索を始めることになり、バットとリンガーはほっと胸をなで下ろした。
 「うまくいったな___」
 「おうっ。」
 二人はささやき声で拳をぶつけ合った。本気で気づかれていないと思っているようだ。

 「私たちが以前ここを訪れたのは三年前、入り口こそ決して広くはないのですが、中はそれなりに広々とした、ちょっとした古城を思わせる通路が広がっています。そしてそれを先に進んだところに広い円形ドームがあり、そこでモンスターと遭遇しました。」
 大人が身を屈めて通れるくらいの入り口。先頭を切って百鬼が中へと入り込んだ。空気の開放感から中の広さは感じられる。だが何しろ真っ暗だ。
 「何も見えねぇよ。ランプ〜。」
 「あたしが先に行くわ。」
 続いてフローラが入り込み、すぐさまイゼライルの呪文を唱える。遺跡の中に光が広がるが、普段のイゼライルに比べて随分と光力が弱い。見れば遺跡の壁という壁に苔がはびこっていて、鉱物に輝きをもたらすイゼライルを大いにうち消していた。
 「これ使え。」
 「ありがとう。」
 サザビーが掌サイズの石をフローラに渡した。一念と共に魔力を石に移すと、それは電球のように強く輝きはじめた。遺跡の中が一気に明るくなる。
 「いい呪文ですね。今度教えてください。」
 明るくなった遺跡に目を輝かせているナババの言葉にフローラは快く頷いた。
 「ほら、君たちも。」
 「えー、俺たち行っても役に立たないっすよ。待ってるっす。」
 リンガーは背中を押すライの手からスルリと抜けた。
 「ならマーズバインに行って食料調達の話でもつけてこいよ。何しろ遺跡探索は何日掛かるか分からないんだからな。そうだろ?」
 「未探索の遺跡ですから、短くても一週間は掛かります。」
 サザビーの意地悪な提案に、眼鏡を掛けて少し印象の変わったレミウィスが答えた。探索の場面ではどうやらこの丸い眼鏡が登場するらしい。レミウィスにはよく似合っているし、一層知的に見えるから不思議だ。
 「いやっ!そんなの後でもいいでしょ!あっ!バルバロッサさん___」
 バルバロッサは遺跡探索などに興味はない。マーズバインへ行く役目をバルバロッサにというつもりで、キュクィの横に立つ彼を見たバットだったが、睨み返されてあっさり玉砕した。
 「___になんて頼めるわけないですねぇ!ははは!」
 やれやれ。すでに遺跡の中に入ってそのやり取りを聞いていた百鬼とフローラは、呆れた苦笑いで顔を見合わせた。
 「じゃあ僕が行くから、君たちはこの中を手伝って。」
 「う〜___しゃあないっすね。」
 結局マーズバインに帰るよりはその方がましだという結論に達したらしい。
 「サザビー、一緒に行こうよ。」
 「マジ?俺?」
 サザビーは入りかけた遺跡の中からしかめっ面を出した。
 「僕が交渉苦手なの知ってるだろ?それに遺跡の中じゃ煙草は吸えないよ。」
 「よし、いこう。」
 ライの説得とも取れない言葉でサザビーはあっさり外へと飛び出した。結局遺跡探索に向かうメンバーは百鬼、フローラ、棕櫚、バット、リンガーに考古学者の二人だ。
 「そういえばモンスターが出るんだよな。ライとサザビー無しで大丈夫か?」
 肝心なことを忘れていたが今更である。
 「逃げれば大丈夫です。攻撃は激しいですし呪文も通用しないのですが、ドームの外までは追いかけてきませんでした。」
 「三年たった今でもそのモンスターがそこにいるかどうかも分かりませんよね。」
 棕櫚の意見にレミウィスは頷く。
 「もちろんそうなれば理想的です。しかし、あのモンスターは古くからここに住んでいる、そんな印象を受けました。」
 百鬼たちは納得の様子で通路をさらに奥へと進む。しかしバットとリンガーはレミウィスの言葉を不思議に感じて小さく首を傾げた。
 「そんなモンスターなんていなかったよなぁ___」
 「ああ___」
 二人は皆に悟られないよう、こっそりと囁きあった。
 通路は若干下りの坂道で、少し狭くなっている角を曲がると地下へと階段が延びていた。階段の下から一気に道が広がる。先頭を進む百鬼が階段を下りきり、広々とした通路に歩みを進めたその時。
 シュゥゥゥゥゥッ___
 通路の奥から怪奇音が響いてきた。
 「なんだ今の音は___」
 百鬼が思わず足を止める。まるでドラゴンか巨獣の吐息のような音だった。自然と百鬼丸に手が掛かった。
 「どうやら三年前のモンスターはまだいるようですね。」
 過去の状況を知るナババの言葉が緊張を誘う。だがレミウィスは緊張とは別の不可解な表情をしていた。
 「___同じ___?」
 百鬼やフローラが再び歩き出し、バットとリンガーも棕櫚に背を押されて歩み出す。しかしレミウィスはその場で立ち止まっていた。
 「どうしたんだレミウィスさん?もし何だったら俺たちだけで行って来るけど。」
 百鬼はレミウィスがモンスターの音に驚いて歩みが出ないものと思った。だが、それはリドン家の気質を知るものにあるまじき発想である。
 「俺たちもここにのこ___」
 「君たちは一緒です。」
 こっそり逃げ出そうとしたバットとリンガーの襟首を棕櫚が掴んだ。なにやら二人がギャーギャー騒ぎ出すと、レミウィスは口元で指を立て、静寂を要求した。
 「静かに___」
 しかし静寂は訪れない。通路の奥から怪奇音が独特のリズムで響き続ける。吐息のような音の次は硬いものがぶつかり合うような、魔獣が牙を鳴らしているような音が聞こえた。
 「やっぱり同じ___」
 レミウィスはその場にしゃがみ込み、ナイフを取り出すと床にこびりついた苔を削りはじめた。百鬼たちにはその行動の意味が分からない。
 「どうしたんだレミウィスさん?」
 「皆さんは先に行かれて下さい。モンスターはこの先にいます。でも無理はせず、手強いと感じたなら戻ってきてください。」
 レミウィスは何をしようとしているのか教えてくれなかったが、百鬼は特に気に止めはしなかった。
 「なら先に行くけど___明かりはどうする?」
 「明かりなら俺も作れますよ。」
 棕櫚は小さな布袋を取り出すと、そこに一念を込める。すると袋から一輪の巨大スズランが飛び出し、ゆっくりと開いた。スズランは花弁の内側から光を放っていた。
 「燐光花です。」
 「それじゃあフローラはレミウィスさんの側にいてくれ。ナババさんも。」
 「よし、では行きましょうか。」
 もう覚悟を決めたのか、棕櫚に微笑みかけられたバットとリンガーは溜息を付きながらも歩き出した。音の出所へ、四人は百鬼を先頭に進んだ。
 「レミウィス様、いったいどうしたんです?」
 ナババが不思議そうに尋ねた。レミウィスは床の苔をナイフで削り続けている。その範囲はどんどん広がっていった。
 「同じだったわ。」
 「何が?」
 「三年前と___フローラさん、もう少し明かりを近づけて下さいますか?」
 「はい。」
 フローラは中腰になってレミウィスの側にイゼライルの輝きを運んだ。苔むした床の下から現れた岩肌は、なんだか少しだけ違和感があるように見えた。
 「私の記憶が正しければ、あれは三年前とまったく同じ音です。覚えています?」
 レミウィスは苔の下から現れた床にナイフを立て、力を込めて引き動かしはじめた。硬いものが擦れあう嫌な音に、近くにいたフローラは鳥肌が立ちそうだった。
 「レミウィスさんは何かに気付いたようですね。」
 怪奇音が近づく中、変わらぬ足取りで進む棕櫚が百鬼に言った。
 「気付いた?何にだ。」
 「恐らく三年前にここを訪れたときと今の状況を比較し、何かの特徴を感じたんだと思いますよ。この音にね。」
 「なるほど___ま、何にしろ俺たちはこの音の出所を見つけだして、戦いを挑むことだ。おーい、ついてきてるな?」
 「へ、へい。」
 バットとリンガーはへっぴり腰になりながらも二人を追いかけるように進んだ。
 「まあもし彼女が何らかの策を見いだすというのなら、それを待っていたほうが良いのかも知れませんが。」
 棕櫚が尤もなことを言う。バットとリンガーはその案に大賛成で、笑顔になって手を叩いた。
 「俺はこの奥にいる奴と闘ってみたいな。」
 だが百鬼は実に楽観的だ。すでに好奇心が先行している。バットとリンガーは声を殺しながら百鬼にブーイングを送り、棕櫚を応援した。しかし___
 「実は俺も呪文の効かないモンスターというのを見てみたかったんですよ。」
 「なら決まりだな。」
 日頃の行いが悪いからか、願いはちっとも通じないのであった。
 「おい、何してるんだ、ちゃんとついてこい。」
 「へ〜い。」
 もはや覚悟を決めたか、置いていかれないようにバットとリンガーは俯きながらも急いだ。音がどんどん大きくなる。通路を左に折れた先で、前方に壁が立ちはだかり、その中央には人が横に並んで二人通れるか程度の口が開いていた。
 「あの向こうだな。」
 「そのようですね。」
 「おまえらも武器を取れ。」
 百鬼は刀を抜く。棕櫚は例によって手ぶらだが、彼には植物という武器がある。バットも気を引き締めてサーベルを抜くが___
 「あ〜!」
 リンガーが突然大声を上げ、百鬼は肩をすくめた。
 「で、でかい声出すな!」
 「武器忘れたっす。」
 リンガーは苦笑いして素早く踵を返そうとするが___
 シュッ!
 その横を何かが駆け抜け、苔むした床に食い込んだ。
 「い!?」
 リンガーは目を丸くして身を強ばらせる。床に突き刺さりかけて倒れたのは、先端を斜めに切っただけの竹槍だった。
 「即興で作りましたから、使ってください。」
 振り返ると、棕櫚が何とも言えない微笑みを浮かべていた。リンガーは半泣きになりながらも竹槍を手に取った。
 「よし、一気にドームの中へ駆け込むぞ!」
 「いやぁんばかぁん!」
 百鬼は満を持して走り出し、棕櫚もそれに続く。もうどうにでもなれ!といった心境か、悲鳴にも似た言葉を口走りながらバットとリンガーも全力で走った。燐光花に照らされてドームの内側に光が差し込む。そしてその奥に確かに何らかの影が見えた。
 ギンッ!
 そこには円形の空間が広がっていた。その中央に、百鬼よりも一回り大きいかと言うほどの、苔に身体を覆われた男がいた。いや、男と言うにはあまりにも不格好で、胴体は太長く寸胴なのに対し、手足は短い。そして音が聞こえるほどの勢いで開いた眼は大きくて一つ。明らかに人ではない、モンスターだ。
 「一気にたたきつぶす!」
 百鬼は勢いに任せて寸胴な巨人に切りかかった。
 ガンッ!!
 渾身の力を込めて苔むした銅に斬りつけた百鬼だったが、手応えは嫌に派手で、しかも苔むした身体に刃は完全に食い止められていた。
 「剣も効かない!?」
 プシュゥゥゥゥッ!
 音とともに、巨人の肩のあたりから白い煙が吹き出した。それと同時に、その丸太のような腕が実に直線的な動きで百鬼を襲った。
 「いっ!」
 肘がない。棒のように腕ごとで殴りかかってきた巨人の攻撃をまともに食らい、百鬼は大きく弾き飛ばされた。
 「百鬼さん!」
 「いっっ、大丈夫だ!」
 百鬼は頭を振りながら立ち上がる。再び怪奇音。だが今度はまるで剣と盾がぶつかり合うような音だった。そして___
 「!?」
 苔むした巨人の大きな目が光り輝く。そして___
 ゴガガガガ!
 「いだだだだ!」
 突然の攻撃で何が起こったのかさっぱり分からなかったが、まるで無数の小石を投げつけられたような痛みが棕櫚、バット、リンガーを襲った。
 「な、なんだ今の攻撃は___!」
 棕櫚もやや困惑気味。何しろ今、どこからどんな攻撃をしたのかまったく分からなかった。そればかりか、この巨人には気配らしきものがない。
 「うわぁ来た!」
 突如巨人が床を滑走するようにして襲い掛かってきた。バットとリンガーはあっさり構えを解いて散り散りに逃げ出し、巨人はまっすぐ棕櫚に突貫してきた。
 「くっ!」
 棕櫚は横っ飛びで巨人の体当たりを回避する。巨人は勢いのままドームの壁に大激突し、ドーム全体が揺れたような気がした。
 「くらえ!」
 壁にぶつかったままでいる巨人の背中に百鬼が斬りつける。
 ガギンッ!
 しかし甲高い音が響くだけ。
 「げげ!」
 何事もなかったように動き出した巨人はくるりと反転すると、再びその目を輝かせた。
 「うがががっ!」
 威力が距離に比例するらしい。百鬼と棕櫚は全身に何らかの衝撃弾を食らって喘いだ。
 「空気___空気の塊を高圧で飛ばしているのか!」
 棕櫚は痛みに歯を食いしばりながらも、攻撃の謎を解き明かす。
 「な、何だと___!?」
 「いったん退きましょう!これは手強い!」
 「えーっ!ちょっと俺たちはどーなるんすか!」
 ドームの反対側の壁に、同じような入り口が開いていた。どうやらこのドームの向こうにも通路が続いているらしく、そちらに隠れていたバットとリンガーが通路口から顔を出して叫んだ。
 「うまくやり過ごせ!対策を立てて助けに行く!」
 百鬼は巨人の腕の攻撃を軽やかに回避し、棕櫚と共にもと来た通路へと滑り込んだ。
 「そんなぁ!」
 二人がドームから姿を消すと、苔むした巨人は顔を覗かせていたバットとリンガーを振り返った。
 「げげ!」
 プシュゥゥゥゥ!
 巨人が二人に向かって高速で滑走してくる。
 「に、逃げろ!」
 棕櫚がいなくなってしまったため明かりもない。だがそれでも二人は真っ暗な通路を奥へ向かって駆けだした。
 「はぁはぁ___!」
 「追ってこねえな!あれ?リンガーどこだ?」
 息が切れるまで走って振り返ったが、巨人が追いかけてくる様子はなかった。しかし辺りは真っ暗だ。お互いの姿を確認するのも一苦労で、前にも後ろにも進めない状態に陥ってしまった。
 シュボッ。
 リンガーがたまたま持ち合わせていたマッチを擦る。それを竹槍の先に詰め込んだ布へと移し、あまり長持ちはしないがとりあえず松明を作った。
 「これからどうするよ___」
 「後ろにはいけねえべ、とりあえず奥に行ってみねえ?むかし俺らがよく潜んでいたところがあるはず。」
 リンガーは奥を指さして歩き出した。
 「そうだな。」
 二人は五年前くらいまで、この遺跡を秘密基地にしてやんちゃを繰り返していたものだった。ハーラクーナに行っては盗みを働き、盗品の中で気に入ったものをここに隠していた。
 「懐かしいなぁ、俺たちがマーズバインを出てもう五年だぜ。」
 「そうだな。」
 言葉数が少なくなる。ここでの思い出は___苦渋しか印象にない。
 「五年か___」
 「親父たち___心配してるだろうな。」
 二人にはマーズバインに戻れない理由があった。
 ある日、ハーラクーナの有力商人の品に手をつけた。それは木造の人形で、さして高価なものとは思えない。盗みを遊びにしていた二人にとって丁度良い獲物だった。
 その日を境に、マーズバインの若者が次から次へと、男女構わず襲撃を受けた。一生の傷を負った者、命を落とした者___事態は深刻を極めた。それはバットとリンガーの友人も例外ではない。二人は友人からこんな話を聞いた。
 人形を出せ!と脅された___
 遺跡の秘密基地で、二人は木造の人形を壊した。変に不良ぶっていたからどんなものか知っていたのだが、人形の内側は空洞になっていて、中には「危険な薬」の原料が一杯詰まっていた。
 どうしていいか分からなかった二人は、両親に全てを話した。二人の父はどちらも例外なく、激しく二人を叱りつけた。何より彼らの盗みで同年代の子供たちが酷い目にあっていることが激しい叱責の的となった。
 二人の母はどちらも例外なく号泣した。我が子のあまりもの罪深さ、情けなさに。母の涙は二人にとって大きなショックだった。
 その時にはもう、ハーラクーナの商人が警邏隊に捕縛されたという報せがマーズバインにも届いていた。しかし弱かった二人は、激しい呵責の眼差しに曝されることを恐れ、この村にいることを拒んだ。
 そして家出少年になったのである。

 「___っ!」
 先頭を進んでいたフローラは息を飲んですくみ上がった。だが角から飛び出したのが百鬼と棕櫚だと知ってホッと胸を撫で下ろす。
 「フローラ!レミウィスさんたちも!」
 「脅かさないでよ___」
 まだ胸が高鳴っているのだろう、フローラは自分を落ち着かせるように胸に手を当てた。
 「その様子だと、遭遇したようですね。」
 「なかなか手強い相手ですね。剣もまともに効いていないようですし、空気を弾丸にして飛ばすなんて初めてです。」
 棕櫚は少し興奮気味に話した。
 「なんなんだあのモンスターは、動きも普通じゃなかったぞ。」
 一方百鬼は不可思議な敵に多少困惑している様子だ。
 「レミウィスさん。」
 そんな二人に悪戯っぽい笑みを見せ、フローラが後ろのレミウィスを振り向く。レミウィスは眼鏡のずれを直して、不適に笑った。
 「あれはモンスターではありません。倒そうとしても、そうそう倒せる相手ではないでしょう。」
 「モンスターじゃない?」
 「機械兵です。」
 「なんだって?」
 聞き慣れない言葉だ。
 「機械仕掛けで動く人形ですよ。この遺跡の入り口の床に、起動用と思われる装置がありました。踏みつけると何らかのからくりで作動をはじめるようです。」
 「機械ということは金属の塊ですか。どおりで呪文も刀も効かないわけですよ。ただ、そんなもの、いったい誰が作ったんでしょうかね?」
 レミウィスの説明を聞いて棕櫚が首を捻った。
 「それは我々にも分かりませんが___機動装置があればそれを止める仕掛けもどこかにあるはずです。そして、このからくりの元締めもね。とにかく___これは興味深いですよ。それだけここには重大な秘密が隠されている。いや、例えそうでないにしても、このからくりの兵隊の謎だけで、充分に好奇心を掻き立てられる___!」
 レミウィスは冷静なリドン家らしい面立ちでありながら、無邪気に感情の疼きを露わにする。落ち着いた物腰とは裏腹に、こと史跡や龍神帝のこととなると人が変わったように情熱的だ。
 「と言うことはあれを止めるスイッチを探せばいいのか?」
 「しかしそうするとあの二人が気になりますね。」
 棕櫚が腕組みをし、フローラも漸く気が付いたようだ。
 「そう言えばバットくんとリンガーくんは?」
 「いやそれがさ、化け物を挟んで向こう側にも通路があってさ、あいつらそっち側に入り込んじゃって帰るに帰れねえってわけよ。」
 百鬼はあっけらかんと言ってのけるが、フローラは驚いて口元に手を当てた。
 「大変じゃない!早く助けに行かないと、明かりだって無いのよ!?」
 「二人が無駄に動かなければ大丈夫です。機械兵はあのドームの外までは出てきません。」
 レミウィスはともすれば冷たくも思えるほど、冷静な判断をする。
 「彼らがじっとしているでしょうか?」
 「___私には何とも言えませんが、難しいのかも知れませんね。」
 苦笑して呟いた棕櫚の言葉に、レミウィスも溜息混じりに答えた。

 「確かよぉ、ここにこんな扉無かったよな。」
 リンガーは目前の扉を見つめた。五年前まではあんなモンスターはいなかった、そしてこんな扉もない。昔を知っている彼らがこの二つに共通性を見いだすのは当然で、扉の向こうに対してもドームで出会った「あいつ」と同じだけの恐怖心を抱いた。
 「扉って事はだ、人がいるかも知れない___」
 「開けてみる?」
 松明が限界に近い。開けるのであれば明かりのあるうちがいい。二人は視線の交錯で互いの意思を確認し、一度だけしっかりと頷いた。リンガーは慎重に扉に足をかけ、ゆっくりと力を込める。
 「引くんじゃねえの?」
 「そうみたい。」
 バットはなるだけ音を殺すようにしてリンガーの頭を叩いた。
 「___」
 松明をバットに渡し、リンガーは腰を屈めて木製の扉についた取っ手を引いた。息を殺して開けるつもりだったが、作りが雑だった扉は鈍い音で騒ぎ立てた。バットはリンガーの肩越しに部屋の内側を松明で照らす。
 「なんだ___?」
 そこはかつて二人が盗品を隠すのによく使っていた場所。ちょっとした部屋のようになっている。しかし自分たちの成長分か、当時より部屋が狭くなっているように思えた。ただそれ以上にまず目にとまったのは、部屋の中央のテーブル。
 「人___?」
 テーブルに身体を倒して、椅子に腰掛けた人が眠っている。二人にはそう見えた。恐怖感で鼓動が高まったが、度胸を決めた二人は足音を立てないようにテーブルへと近づいた。
 「___」
 テーブルに突っ伏す人の顔を見ようと、バットはゆっくりと松明を運んだ。まったく乾燥しきった髪の毛の影から見えたその面立ち___口は頬まで裂け、鼻は窪み、目には大きな空洞。空洞の内側からはたくさんの虫が這い出し、それは二人の恐れをより一層際立たせるものだった。
 「ががががが骸骨!!」
 バットが叫んで壁際まで後ずさり、リンガーも驚きのあまりテーブルから飛び退いた。さらに追い打ちを掛けるように松明から火が消える。
 「にえええええっ!」
 これはもう落ち着いてはいられない事態である。

 「来たな___」
 結局、機械のスイッチ探しをする前にバットとリンガーに合流する事を選んだ百鬼たちは、再びドームの前までやってきていた。機械だという話を聞いた上で例の奇妙な音を耳にすると、確かに生身の身体が上げる音というよりは、ベルグランに乗っている時に聞いたような雰囲気があった。
 「俺と棕櫚であいつを引きつけるから、その隙にレミウィスさんたちはフローラと一緒に奥へ行ってくれ。」
 「分かりました。しかし油断は___えっ!?」
 レミウィスが声を上げてドームの内側を見やった。百鬼たちがそちらを振り返ったその時には、機械兵はもはやドームを飛び出さんばかりの位置まで迫っていた。
 ビタッ!
 百鬼が咄嗟に刀を抜き、棕櫚が植物の種を取りだしたその時、凄まじい勢いで迫ってきた機械兵はドームの出口手前で硬直するように動きを止めた。
 「何だ?どうなってるんだ?」
 百鬼はあっけにとられた顔でそっと百鬼丸を伸ばし、切っ先で機械兵をつついた。
 ギンッ!
 そのせいなのか偶然か、突然機械兵の眼が輝いた。これはあの攻撃のサインだ!
 「ま、まずい!」
 酷い至近距離だ。この近さであの空圧弾を食らうのはかなり手痛い。しかし回避できるはずもなかった。
 「うががっ!」
 「くあっ!」
 百鬼がフローラが、誰それと無く至近距離で全身に受けた空圧弾の破壊力は凄まじく、全員が身体を持ち上げられて吹っ飛ばされた。
 「っ___出てきた!?」
 痛みを堪えて素早く起きあがった百鬼が驚いて声を上げる。ドームから外に出るはずのないと思われた機械兵が、こともなげに通路へと飛び出してきたのだ。
 「あれ?」
 しかしまた気が抜けたように煙を吐き出し、ピタリととまってしまった。どうも動き方がおかしい。
 「大丈夫ですか?」
 今のうちにとフローラは、肉体的に打たれ弱いであろうレミウィスの元へと駆け寄った。
 「ええ、私は大丈夫。それよりも、あれの腹部が開いてなにやら銃口のようなものが見えましたね。空気弾はそこから飛び出していたようです。」
 フローラはあっけにとられて閉口した。自分や百鬼が身を守ることに必死だった状況で、彼女は空気弾の出所を見抜いていたというのだ。
 「お〜いレミウィスさん、これ様子がおかしいぞ。」
 「いま行きます。」
 大したタフさだ。レミウィスは身体の痛みも感じさせずにすんなりと立ち上がり、機械に近づいて様子を伺っている百鬼と棕櫚の元へ。
 「もしよかったらお願いします。」
 「あ、はい。」
 回復呪文の用意をしていたフローラが手持ちぶさたにしているのを見てナババが声を掛けた。フローラはにこやかに彼へと寄っていった。
 「何でしょうね___もしかして誰かがどこかで操っているのでしょうか?」
 レミウィスは意味のない動作を繰り返す機械兵を見つめて首を捻った。機械兵はその場でぐるぐると回転しだしたかと思うと、両手を上げたり、肩から煙を吹き出したりしている。
 「あの二人か?」
 百鬼がピンときた様子で言った。
 「とにかく今のうちです、これを調べるのは後にして奥へと進みましょう。」
 そうだ、せっかく機械の動きに目的性が無くなったのだから、今のうちに奥へとひた走るのがなにより。機械に手を触れたい欲求を押さえてのレミウィスの言葉に、一同も賛成した。
 そのころ___
 「なんだかさぁ___」
 「ああ、分かるよ、おまえの言いたいことは___」
 バットとリンガーはすっかりと落ち着き、そればかりかいつになく真摯な、大人びた眼差しで何かを見つめていた。部屋の天井には橙色の明かりがぶら下がっている。
 「分かるんだよな、この人の気持ち。」
 彼らが見つめていたのは骸骨が突っ伏していたテーブルの上だ。そこには最後の力を振り絞って書いたであろう、文字が記されていた。それはこの男の遺言。
 ___私がここに住み着いてからもう1年が経った、ベルコは永遠に私を侵入者から守り、私が人目に触れることを阻んでくれるだろう。私のベルコは魔獣たちから人々を守るためにこの世に生まれた。だが私はベルコに知性を与えることができなかった。だからベルコは守るべき人を殺めるという過ちを犯し、魔獣以上に恐怖される存在となった。私はベルコと共に世の中から姿を消した。人々の憎しみの目を浴びることが恐ろしくてたまらなかった。だがその蔑みからはベルコが守ってくれる。ベルコは私だけしか守ることができない。もし私が息絶えたなら、その時は誰かにベルコを破壊してほしい。ベルコにはもう守るものはないのだ___
 「俺たちもさ___守りたかったから親に本当のことを話したんだよな___」
 「言うなよ。」
 十歳の彼らに自分でできることなんて限られていた。全ての真実を闇に葬って、罪の意識に怯えながら生き続けることもできた。
 今でこそこうして逃げ回るような日々を送っているが、その当時は最大限の勇気を振り絞って、本当のことを両親に話したのだ。あの一瞬、二人は強かった。
 「帰ってみるか?マーズバイン。」
 リンガーの問い掛けにバットは首を横に振った。
 「いや、まだ俺たちは強くなってない。今はあの人たちと一緒に旅をして___何かを掴むまでは帰れねえよ。」
 「___そうかもな。今の俺たちは、あの日から変わってないな。」
 リンガーもただ頷いた。
 「行こうぜ、ベルコを壊すんだ。」
 「ああ。」
 バットとリンガーは少しだけ勇気を取り戻した。この男のように逃げ続けて枯れ果てるにしても、彼はベルコを残した。二人はまだなにも残していない。ただ、昔の居場所に戻ってきたことで、二人は新しい何かを見つけた。
 この旅に前向きでいられること、それが自分たちの成長に繋がるのかも知れない。それに気付いたのは大きな一歩だった。




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