2 真実

 「そうですか、あなた方は上の世界から___」
 司祭帽を取ったレミウィスは淡い黒色をした髪を後頭部でまとめていた。解けば腰に届くほどの長髪になりそうだ。ソアラの余韻も消え、駆けつけてきた警邏兵に問題が解決したことを教えると、レミウィスは皆を食事へと誘った。ちょうどその予定だった皆は、レミウィスの好意を受けることにした。その席で意外な事実が発覚する。
 「この闇に閉ざされた世界にさぞ驚かれたことでしょうね。」
 神殿の奥にある円卓の間で、やや質素とも呼べる食事をとる。部屋の四隅からは竜の彫像がこちらを見下ろしており、心なしか緊張した。
 「しかし何故それをご存じなのです?彼らはこちらの人間ですが、そんな認識はまったく持っていない。」
 棕櫚はバットとリンガーを示してレミウィスに問いかけた。
 「それは私も上の人間だからです。」
 「うひぃぇぅぃいえぃっ!?」
 バキッ!
 妙な驚き方をしたライの顔面に、隣席の百鬼が無表情で裏拳を喰らわせる。
 「よ、よろしいのですか?」
 「ああ、気にしないでくださいよ。」
 百鬼は鼻面を押さえて俯いているライの後頭部を平手で叩いた。
 「すげぇ強引なボケだなぁ___」
 「勉強になるなあ。」
 「変なこと勉強しないでいいの。」
 妙なことに感心しているバットとリンガーにフローラが苦笑い。
 「上の人間と言うことは___出身は?」
 「ケルベロスです。」
 それだけで彼女が中庸界からやってきたことが分かる。
 「ということは偶然現れた魔導口でこっちに来たと?」
 「そうです。」
 「レミウィスさんもナババさんも呪文を使いこなせるようですね?」
 実際に呪文を放って見せたナババと、呪文で老人たちを癒していたというレミウィス。フローラは二人が魔力を呼び覚ますに至った経緯に興味を抱いていた。
 「彼は私と同じように中庸界の生まれです。」
 「私はソードルセイドの生まれですよ。」
 「へぇ、すると同郷かぁ。」
 ソアラが無事でいることを知ってか、百鬼の顔色が妙に明るく見えた。
 「そういえばお互いに自己紹介がまだでしたね。」
 それから皆はそれぞれ名乗っていく。その都度レミウィスは驚嘆するばかりだった。
 「皆さん___とても私が食事の席を共にできるような方々ではありませんね。驚きました。」
 ライオネル・ホープ、ポロ・シルバ、アレックス・フレイザー、彼らの息子たちがこの席にいるというのは、ちょっとでも中庸界の歴史を知るものならば実に畏れ多いことだ。
 「でもそんな肩書きは昔の話だよね。」
 「そう、そうでもなきゃこっちに来れなかったしな。」
 ライと百鬼が口々に言って笑った。
 「ソアラさんはあなたの___」
 「ああ。」
 百鬼はしっかりと頷いた。
 「では一つお伺いしたいのです。」
 レミウィスは真摯に百鬼を見つめ、問いかけた。
 「フュミレイ・リドンをご存じですか?」
 会話が寸断される。ライやフローラが百鬼に答えを求めて視線を送った。
 「大切な友人ですよ。」
 「今、彼女はなにを?」
 穏やかな中にもどこか憂い気な百鬼の表情に何かを感じたのか、レミウィスは少しだけ身を前に傾け、訴えるように尋ねた。百鬼はレミウィスの熱い視線に、答えを躊躇った。彼女は明らかにフュミレイと浅からぬ関係の人物だ。
 「死んだよ。」
 百鬼の困惑を見抜いたサザビーが、煙草を取り出しながらはっきりと言った。レミウィスが彼を振り向く。
 「俺たちがここに辿り着くまでの長い道程の犠牲になってな。」
 「そうですか___」
 レミウィスは明らかな落胆を見せ、少し俯いた。その気高さ、憂い、それでいて内面の強さ、彼女の横顔に百鬼は心を擽られる気がした。どこかで見た表情だった。
 「でも何でフュミレイのことを?知り合いなの?」
 ライがあっけらかんと尋ねる。
「先ほどソアラが彼女の名を口にしました、それでと思ったのですが___フュミレイは___」
 レミウィスは小さく息を付いた。
 「私の妹です。」
 「うひぃぇぅぃいえぃっ!?」
 バキッ!再びライに鉄拳制裁。
 「確かにフュミレイには姉がいたという話は聞いている、けど若くして病死したはずだ。」
 百鬼はライの鼻血がついた手の甲を布で拭いながら問いかけた。
 「病死したことになっているのですか。まあ、妥当なところですね。」
 レミウィスは手を叩いて神官を呼びつけると、彼に何かを呟いた。神官はすぐに退き、レミウィスは話を続けた。
 「改めて私の名はレミウィス・リドン。父はあのシャツキフ・リドンです。彼はナババという愛称で呼ばれていますが、本名はルートウィック・ド・ダといいます。ソードルセイドといいましても、彼はゴルガとの国境に近い、南部の密林地帯に住む部族の生まれなのです。」
 ソードルセイドではあまり聞かない名だと思っていた百鬼も、それで納得した様子だ。
 「当時私はリドン家の血を継ぐ者として、レサの参謀の地位を約束され、父を初めとする者たちの英才教育を受けていました。しかし私は、もとより政治というものに興味を抱かなかったのです。十三の時に考古学に触れ、引き込まれました。この世界に眠る史跡、伝説、そこに浮かび上がる古代の物語、それを解明する愉悦の虜になったのです。私は父の叱責も聞かずに、当時私の家の使用人だったナババと共に、史跡調査の旅に出ました。彼は薬品の扱いに長け、私の知らない生き物のことを数多く知っていましたから、とても助けになりました。」
 父の教えを忠実に守っていたフュミレイに比べ、彼女は自由の道を得ることに情熱を燃やしていたことが良く分かる。ただ結果として彼女の羽ばたきが、シャツキフにフュミレイへの教育を徹底させたのかも知れない。
 「父は私の研究を無駄なことと罵っていました。しかし私がナババの故郷にほと近い遺跡で、古代の大駆動機関を発見して以来、掌を返したのです。駆動機関はフランチェスコ・パガニンの英知により、数々の兵器の礎となりました。結果としてそれがケルベロスの富国強兵に繋がったことは悔やみ切れませんが、私は父の援助の元に史跡調査に没頭しました。」
 レミウィスは更に続ける。しかし言葉は少し重かった。
 「ある日のことです___いつものように史跡調査を終えた私とナババは、休みをかねて今までの研究をまとめるべく、暫くケルベロスに留まることにしました。そして再び新たなる土地へ出発しようかというとき、彼が魔力を手に入れてやってきたのです。」
 「魔力___?」
 一同の視線がナババに集まった。
 「私は___その当時できる限りレミウィス様のお役に立ちたいと考えていました。」
 「主従以上の関係を望んだ。」
 サザビーの問い掛けに、ナババは目を閉じて頷いた。
 「私はシャツキフ様が人の潜在的な魔力を呼び覚ます研究を行っていたことを知っていました。史跡には様々な困難が待ち受けています。レミウィス様をお守りするためには魔力を手に入れるのがよいと考えたのです。」
 「レミウィスさんは魔力は___?」
 「当時から操ることはできました。しかし私は何故か自分の魔力にそれほどの魅力は感じなかったのです。それはおそらく父が___」
 レミウィスは言葉に詰まり、小さく唇を噛む。そこに覗いた僅かな憎悪をサザビーは見逃さなかった。
 「父親に___何か問題があったようだな。」
 「シャツキフ様は私に陰術を受けることを勧められ、私はそれに従いました。」
 「それで魔力を手に入れたんだろ?それなら良かったじゃないか。」
 ナババは首を横に振る。
 「陰術は万物の道理を妄りに覆す禁断の秘術。一介の人に施す代償は大きいのです。」
 ナババは立ち上がり、神官服の前紐を解きはじめた。
 「ルートウィック___」
 「いいんだよ。」
 些細なやり取りだったが、二人だけの会話に主従の面影はない。
 「げっ___」
 神官服の下から現れたナババの身体を目の当たりにしたとき、皆は思わず息を飲み、リンガーは嗚咽にも似た声を上げた。左肩から胸にかけてが酷く痩身で、まるっきり骨が浮かび上がり、やや青みがかっている。腹は不気味によじれ、所々に黒い痣のようなものが見えた。医師であるフローラも、こんな症状は見たことがない。ただ___
 「何らかの無理が身体を内側から崩壊させている___」
 見解を述べるのであればそうなる。
 「私はまったく気付きませんでした。しかし彼が魔力を得て私の元に戻ってきてからというもの、時折酷く苦しむようになったのです。彼を問いただすと、陰術を施されたことを教えてくれました。」
 ナババが歪んだ痩躯を見せている間、レミウィスはずっと俯いていた。
 「彼の体にはすでに異変が現れていました。私は恐ろしかった。彼がどうなってしまうのか?そして生まれながらに私に同居していた魔力は?幼いフュミレイの魔力は?」
 「レミウィス様。」
 先程レミウィスがなにやら言いつけた神官が、水桶を持ってきた。
 「ありがとう。」
 レミウィスは徐に髪を解く。淡い黒色の髪が大きく広がった。そして彼女はその先を身体の前へと運ぶと、水桶へとつけ込んだ。
 「___」
 なにやら小さく呟くと、水がぼんやりと光り始める。浄化呪文ディヴァインライトのようだった。するとたちまち透明だった水が黒く濁っていった。
 そしてレミウィスの髪は___
 「白髪___!」
 フュミレイの銀髪と似ているが、レミウィスのほうがより白い。
 「瞳の色は仕方がありませんが、私は父の爪痕を拭い去るため、真実を知ったその日から髪を黒く染めることにしました。」 
 レミウィスは乾いた布で濡れた髪を拭き、神官が水瓶を下げる。皆はただただ沈黙して彼女の言葉に耳を傾けていた。
 「調査を早々に切り上げた私は、リドンの家へと戻り、父を問いただしました。彼はあっさりと、私に陰術を施したことを認めました。そして、私の母に陰術を施した上で、『実験』のためにフュミレイを生ませたことも。」
 その話を百鬼はソアラから聞いていた。その当時も虫酸が走る思いだった。
 「父は鼻を高くして言いました___陰術は赤子のうちに施せば、色に異常が出る程度の副作用しかないが、どうやら成人に施すと身体を破壊するらしい___と。私は怒りに震え、自分の中で何かが壊れていくのを感じました。父は、ナババに陰術を施せば彼の身体に異常が生じることを知っていたのです。あの男は___知っていて___」
 レミウィスは言葉に詰まりかけ、まるで何かを振り切るように大きく頭を振った。
 「父は私とナババが浅からぬ関係であることを憎んでいました。彼を下賤者と蔑み、私から引きはがそうとしたのです。あの男にとってはそのための陰術でした。」
 空気が張りつめていた。レミウィスの告白は全てを閉口させる。
 「父と闘争するほど強くなかった私は、ナババと共にケルベロスを去りました。ナババは何度と無く命の危機に陥り、私は辛すぎて彼の苦しむ姿を見ていられなかった___」
 「二人で死のうと決めました。場所は___私たちが愛を育むきっかけとなった遺跡、そこで見つけた底の深そうな沼でした。」
 悲惨な結末だ。人は絶望の淵に追い落とされると、楽な逃げ道は見つけても、生きるための辛い道はなかなか見出せない。二人も例外ではなかった。
 「私たちは手を取り合って沼にその身を沈めました。すぐに足を取られ、たくさんの泥水が身体に流れ込んできました。意識が朦朧とする中、吸い込まれるように奥へ___その時、何か光に包まれたような気がしたのです。」
 「目を覚ましたとき、私たちは見たことのない景色を目の当たりにしました。」
 偶然とよんでいいものか___或いは神が二人の死を許さなかったのか、恐らくその沼の底に小さな魔導口があったに違いない。
 「はじめのうちは本気で死の世界だと思っていたんです。でも、身体の痛みはあるし、空腹感もある。朝も夜もあって___まあ今でこそ夜ばかりですけどね。」
 ナババは懐かしむように語った。
 「私たちは見知らぬ神殿の前で目を覚ましました。そこは竜神帝という偉大なる竜の大神を崇めた場所でした。神殿の中ではたまたま考古学者の一団が調査を行っていて、私たちは彼らとすぐに意気投合し、地界のこと、竜神帝のことを知ったのです。」
 「そしてレミウィス様の学者魂に火が付いたわけですよ。」
 ナババは笑った。レミウィスも彼と目を合わせて微笑んでいる。
 中庸界では全てに絶望した。しかしこの地界に来てからというもの、二人はとても幸せな日々を送っていたに違いない。それが今の穏やかな笑顔に現れていた。ただ、レミウィスにとって唯一の気がかりだったのが妹のこと。サザビーはあまりにあっさりとフュミレイの死を伝えてしまったことを後悔した。嘘をついても良かった場面だったから___

 ハーラクーナから舞い戻ったソアラは、早速アヌビスの元を訪れていた。
 「手に入れてきたわよ。」
 ソアラはアヌビスの前に立ち、ドラゴンズバイブルを手にして見せびらかした。
 「見事だな。」
 アヌビスは拍手をして褒め称えてみせる。だがソアラは憮然とした顔でアヌビスを見ていた。
 「見せてもらえるか?」
 「いや。これはあたしだけに必要なものよ。あたし一人で読むわ。」
 ソアラは本を大事そうに胸に抱き、プイとアヌビスから顔を背ける。だがアヌビスはそんな彼女を見て笑っていた。
 「それを読むのか?」
 「え?」
 ソアラは改めて自分が抱きしめていた本を見てみる。するとその表紙には筋肉質の男の裸体が描かれていた。
 「うわぁっ!」
 まるで汚いものにでも触ったかのように、ソアラは本を放り捨てた。ドラゴンズバイブルは笑っているアヌビスの手元にあった。
 相変わらず___このトリックが分からない。
 「面白いなぁ、おまえ。」
 「からかうのもいい加減にして!」
 ソアラの一喝で笑いを止めたアヌビスは、彼女の厳しい眼差しをまっすぐに見つめ返した。
 「そうだな。来いよ、おまえのことを教えてやる。」
 「本当に___?」
 アヌビスが長い顎でしっかりと頷く。冗談はもう終わりだ、目を合わせれば彼の本気は伝わってきた。ソアラの全身に否応ない緊張が走る。
 追い求めてきた真実が___いま、邪神の口から明かされるのだ。
 「さて___」
 暗やみに包まれた部屋。床も壁も天井も、全部漆黒でどこに切れ目があるのかどうかも分からない。光はどこからも差していないのに、それでも視界ははっきりしていて、色も鮮やかに映る。闇の空間に邪神が一人と、彼が愛用しているであろうソファ、テーブル、ワインセラー___そこはまさにアヌビスのプライベートルームだった。ドラゴンズバイブルを手にしたアヌビスはソファにゆったりと腰を下ろし、ソアラはまるで彼の恋人のように、その隣に寄り添っていた。
 「あらかじめ言っておくが、俺はもうはや千年を生きた邪神だ。だが千年という年月は、まだ神と呼ばれる存在としては若い。俺の幼少からの教育係であったダ・ギュールは、二千年を生きている。そしておまえの血族もまた、その神の長き系譜を築けるだけの存在だ。」
 ソアラは息を飲み、ただじっと彼を見つめ、耳を傾けていた。
 「俺は邪神である以上、竜の使いとは反対側に住む生き物だ。よって、その知識も確実ではない。そしてこのドラゴンズバイブルという本も、神が手がけたものではなく、龍の神を愛して止まない人間が書き連ねたものだと聞く。つまり、これから俺がおまえに話すこと全てが正しいと思うべきではないということだ。いいか?」
 ソアラは頷いた。前進できるのならば、そんなことはどうでもよかった。
 「竜の使いのことを語るには、先ずその前にどうしても語らねばならない存在がいる。それが___竜神帝だ。」
 アヌビスはドラゴンズバイブルを開いた。表紙の内側に、頑丈な紙に繊細な技法で描かれた竜がいた。強靱な両足で大地を踏みしめ、天の輝きを一身に受ける大きな翼、凛々しき竜の面立ちに、雄壮な髭。ソアラはその竜の姿に、素直に「格好いい」と思った。
 「この世界に降臨なさった光の神、その名を竜神帝と言います。」
 時を同じくして、レミウィスもまた皆に光の神のことを語ろうとしていた。
 「竜神帝は、天より全てを見下ろし、中庸と地の世界に平穏をもたらす存在です。光の力をその身に宿した竜の神であることから、光の大神と呼ばれることもあります。」
 神殿の各所で竜が見下ろしているのは、神の目は空より我らの元へと向いているという意味が込められているのだ。
 「竜神帝は過去に、強大な力を持った恐ろしい敵と戦ったという。」
 「それはあなた?」
 ソアラの問い掛けにアヌビスは失笑した。
 「竜神帝はもう五千以上の時を生きている。それこそ俺の父親の頃からな。」
 「あなたの父親?あなたに両親がいるの?」
 ソアラは驚いて聞き返した。
 「当たり前だろう。俺だって無から生まれた訳じゃない。」
 アヌビスの生い立ちにも興味が沸くが、今は自分の生い立ちだ。アヌビスがソアラの肩に回した手でドラゴンズバイブルを指さし、ソアラもそちらに気を集中させた。
 「これは伝説の類だからどこまでが本当かはしらん。しかし竜神帝は、俺やダ・ギュールのような闇の手の者に忌み嫌われる存在だ。過去には俺にも想像も付かないような邪悪が、奴を脅かしたのかも知れない。そしてだ___」
 ドラゴンズバイブルのページを捲ると、そこには巨大な魔神に果敢にも立ち向かう乙女の姿が描かれていた。
 「竜の使いが誕生する。」
 ソアラは息を飲んだ。
 ___
 「竜の使いは竜神帝の戦士。竜神帝が迫り来る邪悪から世界を守るために作り出した戦士です。」
 レミウィスの言葉に百鬼の顔が見る見るうちに強ばっていく。
 「竜神帝の力を継承し、優れた運動能力と知力を備えた戦士、それが竜の使いなのです。」
 「それがソアラだっていうのか___?」
 レミウィスは頷いた。
 「竜の使いの性質にはそれぞれに大きな違いがあります。純粋に腕っ節の優れたもの、一風変わった能力を発揮するもの、しかし彼らは共通の特徴を持ち、一つの血筋の中にいるのです。」
 「特徴とは___?」
 「まずは女性であること。例えその血脈にあろうとも、竜の使いの能力を発揮し、伝承できるのは女性だけです。」
 血の繁栄に対する抑止力。そう考えるのが打倒だった。男は幾らでも子孫をばらまけるが、女は違う。
 「そして好戦的であり、戦いの中に身を置くことで成長し、肉体も、精神も、研ぎ澄まされていく。まさに闘うために生まれた種族といえます。」
 「残酷だな___」
 百鬼がポツリと呟いた。レミウィスは口を止め、彼に目を向ける。
 「ソアラはそんなつもりは全くない。だがあいつは闘う運命にあるのか___?」
 「現実ではないのですか?こうしてアヌビスに立ち向かおうとしている。」
 レミウィスは冷徹だった。
 「竜の使いは邪悪の息吹に引き寄せられ、己が打倒すべき相手を自然と見つけだしていくといいます。今ソアラがアヌビスと対しているこの現実、それが竜の使いのサガを物語っているのではないでしょうか?」
 「ソアラは戦闘マシンってわけか。」
 「よしなさいよサザビー___」
 毒のある言葉を口にしたサザビーに、フローラが戒めるような口調で言った。
 「いいんだよ、フローラ。大事なのはその運命をあいつがどう思うかさ。俺たちは今、レミウィスさんから真実を聞いていればいい。さあ、続けて。」
 だがとうの百鬼はまるで悟ったように落ち着き、笑顔まで見せる。しかしこのところの彼のこの態度は、まるで無理に魂の灯火を小さくしているように思え、フローラに不安を抱かせていた。
 ___
 ソアラの顔から、好奇心で先走った期待の色が消えていた。
 「哀れね。平穏を築こうとする神の子なのに、闘うことが宿命だなんて___」
 百鬼の落ち着きぶりとは裏腹に、ソアラの顔色は冴えなかった。期待感ばかりが先に立っていたのだろう。しかし竜の使いが闘うために神の手によって作られた生命であると聞いて、現実を知る。
 辛辣だったのは、彼女に数多の覚えがあったことだった。
 ポポトル軍に入ることに何の迷いも持たなかった。前線に立つことにも躊躇いは感じなかった。ポポトルの背後に邪悪を感じると、すぐさま解き明かそうと動いた。逃げ続けることもできたのに、組織を変えてまた戦いを始めた。身体が朽ちかけたにもかかわらず、旅への思いは消せなかった。
 なぜ?
 超龍神がいるからだ。
 子供たちを放棄してまで地界に来て、旅をしている。
 なぜ?
 アヌビスがいるからだ。
 邪悪あるところにソアラあり。
 それがまさに、彼女の半生であった。
 「だがソアラ、竜の使いは無駄な戦いはしない。そして彼女たちが現れるのは、侵略の心を宿した邪悪が現れたときだ。つまり邪があってはじめて竜の使いがある。ある種、正義の味方と言ってもいいかもしれない。」
 正義感は常に溢れていた。だからあの巨大組織ポポトルに、たったの三人で立ち向かおうとした。多勢を相手に一人で奮闘した。敵はいつも自分よりも強い。ポポトル、超龍神、そしてアヌビス___あれ?
 「アヌビス___あなたあたしが来るって分かっていた?」
 巨大な邪悪あるところに竜の使いありというのであれば、それを知っていたアヌビスにはいずれ己の前に竜の使いが現れるという計算ができたはずだ。
 「ある程度想像は付いていた。それでおまえの存在に興味を持ったのさ。わざわざ中庸界から俺を倒すために乗り込んできたおまえにな。」
 アヌビスはソアラの肩を抱いてグッと引き寄せ、顔と顔を近づけあって話した。ソアラは少しだけドキッとしたが、顔には出さずに会話を続ける。
 「どうしてあたしが竜の使いだと分かったの?やっぱりこの色___?」
 「そこだ。」
 アヌビスは人差し指を立て、ソアラの鼻先を押さえた。
 「俺はおまえに真実を語ることを約束し、おまえは全てが解き明かされることを望んでいる。おまえは自らの色に思い悩み生きてきたそうだな。だとすれば俺がこれから語ることは、おまえをより深い悩みに陥らせるかもしれない。」
 アヌビスは指を離し、邪神とはほど遠い真摯な目つきでソアラの顔を覗き込む。
 「おまえには聞く覚悟があるか?」
 ソアラは躊躇い無しに頷いた。アヌビスも彼女のまっすぐな思いを感じ、口を開いた。
 「おまえは竜の使いだ。性別も気性も、戦闘能力も申し分ない。そして何より、おまえの血液には竜の血が混在している。それは逃れようのない血族の証明だ。ただし___」
 アヌビスはソアラの髪に指を絡める。
 「おまえは特殊だ。」
 ソアラは落胆の色などこれっぽっちも見せなかった。むしろ、より一層目を輝かせている。
 「このページを見ろ。竜の使いの外見的特徴が記されている。陽光より輝かしき黄金の毛髪、天空よりも澄んだ青き瞳。おまえには当てはまらない。だが色に関しては白子の類もあるのだから、何らかの間違いでもすまされることだ。しかし血液はごまかせない。」
 アヌビスは彼女が健常に、気を保ち続けていることに感心し、話を続けた。
 「おまえの血液には竜とも人とも取れない要素が混ざっていた。」
 ソアラの咽頭が動くのが見えた。固唾を飲んだのだろう。
 「それが___あたしを紫にした?」
 少しだけ声が上擦っていた。
 「かもしれんな。」
 ソアラはずっと見つめ続けていたアヌビスから目を逸らし、虚空を眺めた。そしてまた何かに気が付いたように振り返る。
 「ねえ、でもあなたは私を竜の使いと断言したわ。それはどうして?」
 「ベティスとの戦いだ。」
 アヌビスの答えは早かった。
 「おまえは気付いていないのだろうが、おまえはあの、ベティスの両腕を切り飛ばしたとき、全身を黄金の輝きに包み込んでいた。ほんの一瞬だったがな。それは竜の使いの証明だ。」
 アヌビスがドラゴンズバイブルを捲っていく。そして勇ましくも美しい竜の使いの姿が描かれたページで指を止めた。
 「竜の使いは邪悪を滅するとき、金色の輝きに身を包む。すなわち戦闘態勢って奴だ。あの一瞬だけ、おまえはこれだった。そして俺も確信したんだ。」
 「あたしが___」
 ソアラは食い入るようにドラゴンズバイブルを見ていた。
 「何で___無意識に目覚めたのかな___?」
 「戦闘態勢になれないのは未熟な竜の使いか___自分にこんな能力があると知らなかった竜の使いか___おまえは後者だ。おまえの実力ならきっかけさえ掴めばすぐに戦闘態勢になれる。」
 「___」
 ソアラは真剣な顔で彼の言葉を噛みしめていた。
 (だからこそジェイローグは、おまえにきっかけを与えた___)
 そしてアヌビスは吐くべきでない言葉を飲み込んだ。
 「___ありがとうアヌビス。だいぶ自分のことが分かってきたわ。でも___あなたはどうして私に真実を教えてくれるの?あなたにとってプラスではないはずよ、むしろなにも分からないうちに竜の使いの芽を摘むべきだわ。」
 「それは愚考だな。」
 現実的なソアラの意見をアヌビスは簡単に切り捨てた。
 「おまえのような魅力的な存在を___どうして簡単に切り捨てられる?俺はおまえの紫色が気に入った___そしておまえのような女が俺の敵として立ちはだかるのだぞ?こんなに愉快な戦いが他にあるものか。」
 「暢気だね。」
 「俺は邪神である前に男だ。」
 「それは___」
 ソアラはアヌビスの胸に身を埋める。
 「あたしだってそうよ___」
 術中に填っているのかもしれない。アヌビスは私の心に、特異な情を植え付けようとしているのかもしれない。
 でも___それでも確かに今の一瞬だけ、私は彼を愛おしく感じた。
 「あたしはいずれここを去るわ。そしてあなたを倒すために戻ってくる!」
 ソアラは顔を上げ、いつもの強気な笑みで快活に言った。
 「楽しみにしている。」
 「その前に___あなたの能力を暴かないといけないけどね。」
 ソアラはアヌビスの細長い顎に、下から拳を当てて笑った。
 「俺を失望させるな。」
 「もちろん!」
 不思議だった。相対し交わることのない両者がこうして笑っていられること。
 竜の使いであることを知らなかったがために、紫色であるがために___
 ソアラは邪神に無駄な敵意を抱かなかったのかもしれない。

 「馴れ合いが過ぎますな。」
 ソアラが居なくなった謁見の間。現れたダ・ギュールが開口一番に言った。
 「これくらいでいい。」
 アヌビスはドラゴンズバイブルを閉じ、彼に差し出した。ソアラとじゃれあっているときとはまったく異なる顔だった。
 「申し分ない。これがあれば解析できそうだ。」
 「左様で御座いますか。」
 ダ・ギュールはドラゴンズバイブルを手にして、滅多に見せない笑みを浮かべる。
 「素早く解き明かして、メリウステスに教えてやれ。」
 「はっ。」
 ダ・ギュールは闇に消えた。一瞬のうちにアヌビスの手元に酒が現れる。彼はグラスに血色のワインを満たして呟いた。
 「ソアラ___もっと強くなれ。」




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