第4章 戦劇

 ソアラには、ヘル・ジャッカルに来たからには会っておきたい人物がいた。その目的を果たせたのは、彼女が少しここの生活に馴染んできた五日目のこと。
 「へえ、あのベティスってのは本当にしょうがないね。大して実力があるわけでもないのに。」
 八柱神の紅一点。ソアラの気持ちに激震をもたらした女、ライディア。彼女の部屋は八柱神だというのに、ソアラの部屋よりも少し大きいくらい。絨毯や家具類は、暖色系のものや、細工の行き届いたものが多い。そればかりか花が飾られていたり、小物があったりと非常に女性的な部屋だった。まさかあんな血なまぐさい殺戮劇を演出したとは思えないほどに。
 「でもベティスはともかく、モンスターってみんな気のいい人たちばかりで驚いちゃった。人間ってモンスターに対して偏見を抱いてるんだなぁって、良く分かったわ。あ、ありがとう。」
 ライディアはソアラに紅茶を差し出す。彼女はとても友好的で理知的で、ソアラは女性同士だからという理由を越えて、いい友人になれそうな予感を抱いた。
 「でもねソアラ、人間とモンスターが共存することは難しいよ。水と油は交われないもの。モンスターは暗闇の中の方が落ち着くけど、人間は日射しの下の方が落ち着く、その闇と光の違いだけでも大きいよ。」
 ティーカップを片手に二人の会話は弾む。だがソアラは機を見て「あれ」を尋ねることばかり考えていた。
 「ねえライディア、あたしの本当の魅力って?」
 「ああ。」
 ソアラが「あれ」を口にすると、ライディアは一瞬だけ真顔になった。
 「生憎だけど教えられないよ。アヌビス様に止められているし、まだ決まったわけじゃないしね。」
 「私は人間なの?それだけでもいいわ。」
 その問い掛けに、ライディアはキョトンとしてソアラを見やり、すぐに失笑した。
 「なぁにいってんのあんた。あんたのその身体かたちで人間じゃないわけないでしょ。」
 「そりゃそうだけど___」
 「フフッ___あまり深く悩まないほうがいいわよ。そうね___あなたは確かに人間なんだけど、特別ではあるかも知れないわ。例えば、あなたとその仲間に私が空を飛ぶ方法を教えたとしましょう。そうすると他の仲間が一年掛かるとしたら、あなたは三ヶ月でマスターできる。そういう特別さよ。」
 ソアラにはその例えの意味するところが分からなかった。
 「優等生なのよ、あなた。」
 「良く意味が分からないわ。」
 「フフッ、そんなこと言っているうちは、自分の魅力なんて気づけないよ。」
 苦笑しているライディアの言葉。しかしそれはソアラに思いのほか大きな前進をもたらすこととなる。
 「自分で気付く___気付くことができるの?」
 「そりゃそうよ。」
 ライディアはしっかりと頷いた。そう、言われてみれば確かにその通り。ソアラは誰かに諭されることばかり考えていたが、自分で気付くことだってできるはずなのだ。そう考えると、先程の例えの意味するところがはっきりとしてきた。
 「ありがとうライディア!」
 ソアラは突然立ち上がってライディアの手を取った。ライディアは訳も分からず、苦笑して首を傾げていた。




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