1 前へ!

 自室に戻ったソアラは、ライディアが与えてくれたヒントをもとに考えを巡らせていた。気持ちが高ぶっているのか、落ち着かない様子で部屋を歩き回りながら。
 「人と異なる部分、あたしがみんなよりも際だっている部分を探すんだ。それがあたしの魅力の意味を説き明かすヒントになる。」
 今までなぜこれができなかったのだろう?ソアラは不思議でしょうがなかった。自分が特殊だというのなら、その特異性を解き明かす最大のヒントはほかでもない自分自身が握っている。それは当然のことなのに、ソアラはずっとあるかないかもわからない真実と唐突に巡り会うことばかり期待していた。ただそれは、彼女が自分の特異性を認めようとしなかったから、気づかなかったことでもあるのだろう。自分が特殊であることにこんなに前向きでいられるのは、ソアラ自身初めてのことなのだから。
 「昔を思い出してみよう、今までどんなことがあったか。私はどんな特異性を持っていたのか___」
 ソアラは思いを巡らせる。ポポトル時代には思い出したくもない出来事がたくさんあった。だがヒントはおそらくあのころにも転がっているはず。
 「あたしは___軍隊のセレクションで高い評価を受けた。もちろん色が注目されたこともあるけど、あたしの瞬発力、敏捷性は際だっていた。」
 それは今なおもいえること。人並みはずれた脚力と跳躍力。ダッシュでアモンを驚かせたこともあった。最も得意とする戦闘スタイルも、動きで攪乱しながらの多角攻撃、もしくはヒットアンドアウェイ。
 「物覚えもいいほうではあったけど___特に際だっていた訳じゃない。むしろ肉体のしなやかさ、力強さには自信があった。それこそ、その細腕でどうして大男を殴り倒せるのか?と疑われた。」
 体力も力強さも、男性のそれと比べれば埋もれてしまうだろうが、女性の中にあっては際だっていた。そして実感として、鍛えれば確実に身になる体である。外見にはさほどの変化はなくても、彼女のパワーはポポトルを飛び出した当時よりも飛躍的に上昇している。
 「肺病は___あれはなんなんだろう。そう、確かあたしの肺には人にはない嚢状のものがあったという。はっきりあるのか、痕跡なのか、テンペストは教えてくれなかった。」
 病気についてはわからない。だが肺の組織が非常に繊細だというのは特異性だ。そして繊細で傷つきやすくはあるが、能力的には高いという。これは明らかな、目に見える特異性である。
 「魔力。」
 炎のリングに適応を示し、魔力を簡単に操ることができるようになった。得意とするのは攻撃的な呪文ばかり。回復呪文もできないことはないがどうしてかうまく使いこなせない。もちろんそれはフローラが攻撃的な呪文を苦手とするのと同じ、両者は相反しあうものなのだろう。
 「感覚___」
 これはそう、ちょうど子供ができて直接の戦いから離れた頃からだ。なぜだかわからないが、人の、特に邪悪や殺意といった気配に敏感に反応し、予知的な危機感が働くようになっている。もちろんそれは敵意にとどまらず、仲間の暖かな気配を感じる能力も高まっている。これは自分でもなぜだかわからないことだが、いつのまにかそうなっていた。
 「___」
 ほか。料理の腕?芸術的センス?みんな人並みだ。悪いとはいわれないが、飛び抜けてはいない。出産も、育児にも、それこそ子供たちにだっておかしなことは何もない。そうして考えていくと、彼女の突出した能力は、一言で集約される。それは彼女にとって、喜ばしいとは言えない言葉。
 「戦闘能力___」
 俊敏性、力強さ、鍛えても大きくならず強くなる肉体、魔力への適応性、危機察知能力。すべて総合すれば、それは戦闘に必要な能力である。
 「あたしは___戦うために生まれてきたの?」
 そうあってほしくはない。だが過去を顧みれば、頷けてしまうところもある。ポポトルでは戦闘能力で上り詰め、反逆し、やがて超龍神に巡り会う。超龍神に翻弄されながらも戦い抜き、いまこうしてアヌビスに挑もうとしている。戦いをやめる機会はいくらでもあった。しかしそれはしなかった。二人の子のために中庸界に残ることは考えなかった。自然と、自分がアヌビスと戦わなければならないという気持ちになった。
 それは不思議なことではないのかもしれない。
 もしアヌビスがそれを見抜いていたとすれば、彼は何をもって私の戦闘能力を魅力と称したのか。彼が私をここに呼びつけた狙いは?そして私の正体は?
 わからない。だが___
 あまり嬉しい展開ではないが、前進はした。前へ進むためにここにきたのだ、自分がどんな生物であれ、それは受け入れる。
 「過去の___自分を知らないソアラ・バイオレットとはケリをつける。これからは、あたしは戦闘を得意としているということを、認める。」
 それが真実の道だ。そしてそれを示すのはアヌビスかもしれない。だが戦うべくして戦う新しいソアラを認めるのには覚悟も必要だ。
 彼女はおもむろにナイフを手に取った。

 「お___!」
 アヌビスが次にソアラの顔を見たのは、彼女が前進した翌日のことだった。そして黒犬は、突然変貌を遂げた彼女の姿に驚き、口笛を吹いた。
 「どういう心境の変化だ?」
 挨拶はない。しかし彼に呼ばれてやってきたソアラは、自慢のポニーテールをばっさりと切り落としていた。肩にも届かないようなショートカットで、彼女は今までになく、凛々しくて攻撃的に見えた。
 「目覚めたってところかしら___」
 「目覚めた?ふーん、おまえ自身のことか?」
 「そう。少し、自分を認めてみることにしたの。ただそれにはこれくらいの覚悟が必要だった。」
 ソアラは表情を頑なに引き締めたまま。先ほどから笑顔がなかった。アヌビスはそんな彼女をみて感覚をくすぐられる。
 「なにか言いたそうなつらだな。」
 それは許可に等しい言葉だ。ソアラはおもむろに口を開いた。
 「あたしの本当の魅力は優れた戦闘能力。違う?」
 ほう___アヌビスは感心を表情に出すことはしなかった。
 「ライディアがいいヒントをくれてね、自分の優れた部分を探ってみることにしたの。そしてそれを総合すると、私は戦闘能力に優れているとわかったわ。私の本当の魅力、それは戦闘能力なんじゃないかしら?あなたが私をここに呼んだ本当の理由もそこにあるんじゃないの?」
 アヌビスは失笑し、長い耳を動かした。
 「だったらどうする?」
 「あなたの狙いを探るわ。私はあなたの敵よ。それをここに招いた本当の狙い。それはきっとあなたにとってとても有益なこと、私はあなたの敵であると同時に、何らかの糧でもあるんじゃないかしら?」
 「そうだな。それはその通りだ。」
 アヌビスは簡単に頷き、素直にソアラの鋭敏な洞察力を褒め称える。
 「だがなソアラ、俺は凌ぎあいをしたいだけなのさ。おまえが俺の推測通りのものならば、おまえはまだまだ強くなれるだけの素質があると思う。中庸界を地界のように闇に染めるのはそれほど難しくはない。だが、それだけでは張り合いがないだろう?だから俺は直におまえをみて、おまえの資質を感じ、あわよくば育てようと思った。」
 「それは___安易に信じられないわね。」
 ソアラは訝しげな顔でアヌビスを見つめた。
 「信じる信じないはおまえの自由だ。だが自分の持つ資質が戦闘能力だと感じるのなら、おまえはそれを伸ばさずにはいられない。違うか?」
 返答はしなかったが、否定もできない。アヌビスを倒すため、自分を知るために、ソアラは限りなく強くなろうとするはずだ。
 「俺はその手伝いをしてやると言うのさ。おまえが俺にとって驚異となるだけのものか、是非見てみたい。」
 「邪神に手向かえるあたしは何者?」
 「さあな。まだ調べが済んでいない。」
 「___」
 簡単に教えるつもりはないのだろう。だが彼は確実に知っている。
 「さて、俺の部下として働ける決心は付いたかな?」
 アヌビスが唐突に話を変えた。いや、むしろ本題に入ったと言うべきか。
 「この髪はその決心でもあるわ。人殺しはいやだけど。」
 「今はアヌビスのソアラってわけか。」
 「今だけはね___」
 いずれは裏切るという姿勢を隠そうともせず、部下として働くと言い切る女と、それを楽しげに見つめる邪神。会話は対等に見えてもその図式はアヌビス上位だ。
 「人殺しはいやか?」
 「当たり前よ。この前のだってあなたのトリック。」
 「ほう。」
 さすがにソアラは転んでもただでは起きない。
 「で、トリックというならおまえはそれを見破ったのか?」
 「全然。さっぱりわからないわ。でも、あなたは何らかの手段で、あたしを惑わせた。それには確信を持っている。ここを去るまでには解き明かしてみせるわ。」
 「言うねぇ。」
 アヌビスは気丈なソアラに惚れ惚れしたような顔で拍手を送る。
 「で?用事はそれだけ?それとも任務でも与えるの?」
 相変わらずのらりくらりとしたアヌビスにこれ以上つきあうのも馬鹿らしいと感じたのか、ソアラは投げやりな態度をとった。
 「いや、おまえの実力を見てみたくてな。戦劇に出てもらおうかと思うんだ。」
 「戦劇?」
 それは聞いたことのない言葉だ。まさか戦闘を題材にした劇でもあるまいし___
 「戦劇は定期的に行っている勝ち抜きデスマッチさ。」
 「デスマッチ___」
 「いや、殺し合いというわけでもない。相手を戦闘不能にすればいいだけだ。ここの住人たちの発憤を促すためにちょくちょく開いている。どうだ?もし五人勝ち抜きできれば、おまえの驚くような褒美をくれてやるぜ。」
 ソアラは逡巡する。しかし、アヌビスという後ろ盾がいる中だし、自分の実力をはかるために出場してみるのも悪くはない。
 「あなたは、その大会で私の戦闘の資質を計るつもり?」
 「まあそういう部分もあるが、それ以上におまえという女の戦っている姿が見たい。俺は戦場に立つ女の姿に恋心を抱くのだ。」
 「なっ___!?」
 常識的ではないが、アヌビスの口から出たのは半ば口説き文句の雰囲気を漂わせていた。
 「先達てもダ・ギュールにおまえに惚れたとそそのかされてな。ハッハッハッ。」
 「!?」
 ソアラはびっくりした顔でダ・ギュールに視線を送るが、彼は不動だ。
 「おまえは俺には惚れてくれないかな?」
 「馬鹿言わないで___!」
 ソアラの頬がちょっとだけ赤くなったように見え、アヌビスは浮かれた。しかし彼女が踵を返して立ち去ろうとしたのであわてて立ち上がる。
 「おいソアラ!戦劇には出るのか?」
 「出る!」
 澄んだ声を張り上げ、ソアラは早足で立ち去っていってしまった。
 「照れてやんの。かっわい〜。」
 アヌビスは嘘か本当かわからないことを言い、再び玉座に腰を下ろす。
 「で?もう確定だろ?」
 そしてソアラの気配が消えると、ダ・ギュールの方を振り向きもせずに問いかけた。
 「ほぼ。しかし、未確定の要素があります。」
 彼の答えを聞き、アヌビスは満足げに何度も頷いた。
 「あの感性だ、覚醒していないのが不思議なくらい___追い込まれれば化けるかもしれない。」
 「そのための戦劇と?」
 「あいつを強くしてみたい。あいつが俺に何をもたらすのか___」
 そう呟くアヌビスの笑みはソアラを前にしていたときと、若干様相が変わっていた。

 「はああっ!」
 横から迫った土の塊を百鬼丸が捉え、胴体から両断する。鋭い太刀筋は闇に一重の光を生み、魔性の土人形を粉砕した。
 「フローラ!」
 「ウインドビュート!」
 御者席に立ち上がったフローラは、キュクィの頭越しに風の鞭を打ち放つ。撓る魔力は空中の闇に紛れていた邪悪な気配に打ち付け、その位置をライに知らせる。疾走したライは暗闇にとけ込んだ霧状のモンスターに向かって剣を振るった。空中が妙な音を立てて裂ける。一方では地を這って迫っていた大蛇に棕櫚が草を絡め、サザビーが槍の一撃で仕留めていた。
 「片づいたな。」
 百鬼は愛刀を一振りして鞘に収める。周囲から邪悪な気配は消えてなくなっていた。
 「しっかし多いっすね〜、今日はもう三回目っすよ。」
 幌から顔を覗かせたリンガーがまるで他人事のように言った。大陸一の都市、ハーラクーナを目指す皆であったが、アーパスを出てからというもの頻繁にモンスターの襲撃を受け、ひどく前進に手間取っていた。
 「焦ってくるね、もうハーラクーナにたどり着いている予定だったのに、まだ半分のところまでもきてない。」
 ソアラがさらわれてしまった今、気持ちははやるばかり。しかし現実はどうにも空回りだ。ライも苛立ちを隠そうとはしなかった。
 「おまえの神通力もつうじねえみてえだなぁ。」
 「クィッ!?」
 サザビーに煙草を吹きかけられたキュクィは何とも言えない様子で顔をしかめた。
 「やめなさいよ、かわいそうじゃない。」
 女の子は得てして動物にちょっかいを出す男を睨むものである。フローラはキュクィの鼻を撫でてやった。
 「いや、キュクィの臭いは利いてるんじゃないんですか?蛇はもともと鼻はききませんし、土人形も霧の化け物も、臭いを感じるとは思えません。現にこれまでも動物型のモンスターには遭遇していませんし。」
 「なるほど。」
 納得した様子のサザビーはキュクィのフカフカな頭を乱暴にかき回した。だが巨体のキュクィにとってはそれくらいの刺激の方が心地良いようである。
 「にしても焦っちゃうな。いつになったらソアラさんに追いつけるんだか。」
 幌から御者席に移ったバットが手綱を取った。それにはライやフローラも同意見。全く、ここのところのモンスターとの遭遇率は半端ではない。傷を負うことも往々にしてあるし、疲労もたまる。奴らはまるでこちらを狙って襲いかかってくるようにも思えた。
 だが、一番気持ちに焦りを感じているはずの彼は、ことのほか落ち着いていた。
 「焦ったからってどうなる訳じゃない。俺たちはとにかくハーラクーナに行って、この世界のことを知るのが第一さ。」
 百鬼はまるで悟ったように落ち着いていて、ソアラの不在を感じさせないほど活き活きとしていた。
 「余裕だな。」
 「余裕はないさ、ただ俺はソアラを取り戻せると信じている。」
 気持ちだけではどうにもならないことがある。彼はブレンとの戦いで、冷静な判断の重要性を思い知らされた。それが強がりであれ何であれ、彼はソアラのことを心の片隅に押し込めながら、他のことに勤しむ術を覚えた。それは大いなる前進だ。
 ソアラを失い、ブレンに力の差を思い知らされた経験は、確実に彼らの成長を促している。前へ!その思いを持っているのは離れ離れになろうとも、ソアラも百鬼も、皆も同じことだった。
 およそ十日間、ソアラはモンスターを相手に戦闘の特訓を積んだ。戦劇に向け、彼女は本気で戦闘訓練に励んでいた。その姿を謁見の間から水晶越しに眺めていたアヌビスは、時折笑みを浮かべて楽しげだったという。
 そして、その日はやってきた。




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