第3章 突然の転機

 大型で幌つきの荷車が草原をひた走る。中には大人数が乗り込んでいるというのに、それを果敢にも一頭で引っ張っているのは馬よりも大きな鳥だ。強靱な二本の足と蹴爪には、モンスターをも一撃で倒すという脚力を秘め、派手な羽毛は実に周囲の目を引く。嘴には真っ赤な肉ぜんをぶら下げ、くりっとした大きな目が愛らしい。ただ翼は小さく、空を飛ぶことは遠い昔に忘れてしまった。鳥の名はキュクィ。地界で最も重宝されている役用家畜であり、この大きな荷車を現地の人はキュクィ車と呼ぶ。
 「だぁかぁらぁ、アヌビスが空を真っ黒に塗っちゃったんだってば。」
 黒髪改めバットことグレイバット・バッティが熱弁を振るう。広々とした馬車の中には人が二人ばかり増えていた。
 「もう五年ぐらい前だよな〜。」
 もちろん金髪改めリンガーことリンゲルダーレ・ネルリンガーも一緒だ。家出少年だった二人をあのままクラレンスに残すわけにもいかず、ましてやアヌビスのターゲットにされたという不運に同情する形で、皆は同行を許した。街の富豪の家で飼われていたこのキュクィを拝借して、クラレンスから比較的近くにある都市、アーパスを目指している。
 「なんていうかさぁ、イメージわかないよ全然。」
 「んなこと言ったって、俺たちだって良くわかんねえもの。」
 「ただ、昼間の晴れた空に突然黒いものが広がっていって、夜になっちゃったのさ。」
 キュクィ車の中では白熱した議論が繰り広げられている。手綱を取る百鬼も、後ろからの声に苦笑いしていた。
 「いくらなんでも、そんなことってあんのかなぁ。」
 隣に座るソアラに問いかけてみる。だが彼女は足を組み、背を曲げて自分の膝に肘を立て、頬杖を付いていた。瞳はどこを見るでもなく、それでも深刻な眼差しで動かない。キュクィ車が派手に揺れても、彼女は驚きさえしなかった。
 「___?」
 百鬼は特別声を掛けなかった。ただ不思議そうに彼女の横顔を眺め、首を傾げていた。
 



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