1 火葬

 「フォンとガルジャがやられたか。」
 アヌビスはいつもと変わらなかった。
 「そのようです。」
 ダ・ギュールもいつもと変わらなかった。
 「ソアラたちは確実にこちらに向かっております。」
 「残す八柱神はジャルコとラング。」
 「ここまで優秀な人材を多く費やしました。」
 「いや、変わりはいくらでもいる。」
 ここまで何があったか、どれだけの戦力の損失があったか、そんなことは彼らにとって何ら問題ではない。
 「結局、竜の使いと互角に戦えたのは同じ力を得たライディアと、今残っている二人だけでしょうか。」
 「ジャルコが互角なのはソアラが不安定なときだけだ。まともにやり合ったら勝てないさ。」
 アヌビスは半分笑いながら言った。
 「やはり今後も多くはアヌビス様自身のお力に委ねられそうですな。」
 「そうかな?俺が強いのはこの世界だからかもしれないぜ。」
 アヌビスはその手に黄金色の鍵を握っていた。それはフォンの遺品、「鍵の封」だ。
 「本気ですか___?」
 ダ・ギュールは訝しげに問いかけた。
 「ああ本気だ。」
 アヌビスの思惑は途絶えることはない。彼はもはや手の届くところまで迫るソアラに一つの戦いの終幕を思うことはなかった。これから来るであろう自らとソアラの戦いは、ほんの劇の一幕に過ぎない。
 終幕は___眠りに落ちた「無敵」を手にしたときなのだろう。
 「さっきの竜戦士のおかげでモンスターたちが現れなくなったね。」
 ライが周りをきょろきょろと見回して言った。
 「でもここまで静かになるとかえって不気味だな___」
 敵の本拠地の中でありながら聞こえるのは自分たちの足音くらい。
 「モンスターたちもこの辺に近づきたくないんだと思う。」
 「どういうことだ?」
 先頭を進むソアラの意味深な言葉を、サザビーがすぐに追求した。
 「この先にあの男がいるんですね。」
 だが答えたのはソアラでなくスレイだ。
 「そう。さすがにミロルグと超龍神の血縁者ね。邪悪の気配には敏感みたい。」
 ソアラの言葉にスレイは苦笑いを見せる。
 「もう一つ階層を上がった辺りにコロシアムがあるの。そこにジャルコがいる。邪悪な気配をプンプンさせてるから分かりたくなくても分かっちゃうわ。」
 「ジャルコっていうと___ライディアを殺したあの男か。」
 「手強いな___」
 「心配することないよ。もういい加減ジャルコには負けない自信がある。」
 ソアラは一端足を止めて皆の方を振り向いた。
 「今までの借りを返したいの。ジャルコのいるところまでたどり着いたらみんなは物陰にでも隠れていてくれる?」
 「一人で戦うつもりなのか!?」
 今更!百鬼は食ってかからんばかりの大きな身振りで声を荒らげた。
 「勘違いしないでよ。みんなはあいつに見つからないように私の戦いぶりを感じていて。そしてあいつの感触を覚えてほしい。これだけわかりやすい気配を持った奴なんてそういないから、むしろチャンスなのよ。」
 「どういうことだ?」
 「目を閉じて戦いを感じてほしいの。私は視力を失ったことで気配とか、感触で相手を知る術を身につけたわ。だからこの先にジャルコがいるのも分かった。私にできたんだもの、ここまで一緒に来たみんなにだってできるはずよ。」
 俄に信じがたい話だが___
 「それに___」
 ソアラはまるで耳打ちするように声を潜め、皆に何か言葉を告げた。それを聞いて百鬼も渋々ながら納得して頷いた。

 広いコロシアム。かつて戦劇の熱狂に包まれていたこの場所も、今は酷く閑散としている。無人の観客席。そして戦場には一人の男、ジャルコが立つ。
 「きたな___」
 彼の向かいの扉はすでに開かれている。そして人影よりも早く、堅い靴底の音が響いた。彼は軽やかな、男では出せない足音の接近を喜んでいた。
 「いた___」
 コロシアムに現れたもう一人の人物、ソアラも呟く。二戦二敗の難敵を前にしても、これまでのような動揺や緊張は一切なかった。砂の戦場に踏み出すと、靴音は掻き消される。だが二人の視線の交錯はまるで音が聞こえそうなほど激しい。
 「懲りもせずにまた一人で俺にやられに来たか。」
 ソアラはその言葉を聞き流し、特に返事などしない。
 「目は竜神帝にでも治してもらったのか?」
 「ああ。」
 軽く返事をし、ソアラは遠めの位置で足を止めた。二人の間の距離感は、ソアラにジャルコの姿をより小さく見せた。
 「ふんっ___やけにクールを気取りやがって。まあいいさ、それくらいの方がいたぶり甲斐がある。」
 「ジャルコ。」
 ソアラはいつになく落ち着いていた。ジャルコはそれをはったりだと心で笑う。
 「あんたは何か勘違いしているらしいけど___あたしはアヌビスに用があってここに来ただけだ。あんたみたいな細かいのにつきあっている暇はないんだよ。」
 「くくく、言うじゃねえか。」
 「目が見えなかった間にまた縮んだかしら?」
 ソアラは額に手を翳し、まるで米粒でも見るように目を細めた。
 「口だけは相変わらずだな。」
 「口だけかしら?」
 ソアラは腰を落とし、一気に床を蹴って飛びかかった。まだ二人の緊張は最高潮に達していない、ジャルコもこのタイミングで彼女が動き出すとは思っていなかった。
 「はああっ!」
 紫のままであってもその瞬発力と技術は並はずれている。ジャルコがマントの下から手を出すよりも早く、ソアラは一気に責め立てた。
 「ちっ!」
 足下を狙った蹴りを浮遊して回避し、舌打ちするジャルコ。ソアラはそれを追うことはせず、笑みを浮かべた。
 「あんたは一見力に任せて押してくる戦士のようだけど実は違う、敵の心理を突いて弱みを作ってから襲撃をかける策略家よ。」
 笑みの理由はジャルコの飛び上がった距離にあった。ほんの一メートルも浮遊すればいいのをジャルコは十メートルは舞い上がったからだ。
 「そんなあんたならあたしがあんたを笑ってる理由分かるよね?紫色のあたしに押されてそんなに高くまで逃げたのがおかしいんだよ。」
 ジャルコはソアラを見下ろして引きつった笑みを見せていた。
 「ちっ___この程度のことで図に乗るな!」
 「今まであんたがさんざん図に乗ってきたんだ。これくらいいいじゃないのさ。」
 ソアラは軽く体を撓らせジャルコに投げキッスを送る。ジャルコとの戦いでこれほどの余裕を見せるのは初めてのことであり、それが彼にとって侮蔑に当たることも分かっていた。
 「いちいち癇に障る女だ!」
 ジャルコがソアラに向かって脚から突っ込んできた。ソアラは後方ではなく前方に向かって大きな跳躍をとる。ソアラが振り向くよりも早く着地したジャルコは、そのまま後方に飛ぶと後ろ回し蹴りでソアラを狙った。
 「なっ!?」
 背を向けていたソアラはジャルコの回し蹴りに対して絶妙のタイミングで飛び上がり、そのまま空中で一回転しながら彼の後頭部をつま先で蹴りつけた。
 「はあっ!!」
 そしてよろめいたジャルコの背中に向けて痛烈な拳を放つ。
 「ぐあっ!」
 ジャルコは前のめりに倒れてその顔を砂で汚した。
 「まだ!」
 ソアラは躊躇わずに追い打ちをかける。間違いなく奥の手を持っているであろう相手に深追いは禁物。しかしそのセオリーに従ってはジャルコの思うつぼ。いっそ奥の手を使わせる隙を与えないくらいの方がいい!
 「!」
 俯せに倒れたジャルコに襲いかかるソアラ。しかし磨かれた感覚はジャルコの殺気をしっかり感じ取り、反射的に彼女にブレーキをかけた。
 シャッ!
 サーベルはソアラの服の裾を幾分切り裂いただけだった。
 「一つ目の奥の手か___」
 これ以上畳みかけるのは無理だ。ソアラはゆっくり跳躍してジャルコとの距離をとり、ジャルコは仰向けで舌打ちする。
 (やっぱり一筋縄じゃいかないわね___)
 ソアラは心の中で呟き、気を引き締める。回し蹴りへのカウンター、不意打ちの回避。まるで攻撃を予測しているかのような動きだった。
 「驚いたな、大した進歩だ。だが!」
 ジャルコがキッと目を見開く。しかしソアラが素早く横っ飛びすると、その目は驚きへと変わる。直ぐに今までソアラがいた場所から魔力の球体が飛び出していき、そのまま天井へと激突した。やはり予測しなければ回避はできないはずだった。
 「おのれ!」
 「崩れる!?」
 球体の正体はエクスプラディール。天井ですさまじい爆発が巻き起こり、轟音とともに二人に大量の瓦礫が降りそそいだ。ソアラのスピードが殺されるこの状態は絶好のチャンス。
 「いまだ!」
 ソアラに巨大な瓦礫が大量に降りかかる。回避に追われているのだろう、彼女にはジャルコの存在が目に入ってない様子だった。チャンスと見たジャルコはサーベルを構えて背後からソアラに突っ込んでいく。
 「もらったぁ!」
 避けられるはずのないタイミング。たとえ刃を防いでも瓦礫に押しつぶされる。無傷ですむには時を止めるしかないタイミングだったはずだ。
 「甘いんだよ!!」
 だがソアラは正確に、ジャルコに背を向けたまま僅かに横に動いてサーベルを回避する。
 「馬鹿な!?」
 そしてそのままジャルコの横をすり抜けて素早く背後に回り、彼の首に痛烈な蹴撃を叩きつけた。
 「ぐぅっ!?」
 たまらず砂に叩きつけられたジャルコに大量の瓦礫が降りかかる。ソアラは瓦礫をすり抜けて天井へと難を逃れた。振動と砂煙がコロシアムを包む。コロシアムの中央には瓦礫の山ができあがり、天井には上階への空洞が開いた。
 「こんなもんであいつが終わるはずはない。」
 ソアラの推測は当たっていた。瓦礫から強烈な破壊の波動が一筋の光となって飛び出してきた。飛び出したのを見てから回避するのでは間に合わないだろうが、ソアラは瓦礫から光か発射されるよりも早く照準から外れていた。
 「なるほど___変われば変わるものだな。」
 「___」
 瓦礫の隙間の奥、二つの不気味な輝きがソアラを睨み付けていた。
 「三度目にもなれば俺との戦い方も覚えたか。その上気配をいち早く感じ取る___厄介な能力を手に入れたな。さすがだ、同じ轍は踏まないということか。」
 「ジャルコ、奥の手があるんならさっさと出すのね。」
 輝きはソアラを睨み付け続けている。獣の目が光るようなものなのだろうが___あまりに不気味な輝きだった。
 「ああ、見せてやるさ。」
 光が消えた。そして次の瞬間、瓦礫をぶち破って一気にジャルコが飛び出してきた。
 「___!?」
 それはソアラが考えた以上の変化だった。瓦礫を突き破ってきたのはあの小男とは似てもにつかないドラゴン。しかも骨組みのドラゴンだった。
 「これが本性か___」
 黄金色の骸骨竜。随所に鋭さ、危険さを臭わせる身のない体。眼窩の奥には不気味な光が宿り、常にその骨の周りを暗黒の息吹が寄り添うように流れている。
 「たとえ気配を感じられようとも圧倒的、一方的な攻撃の前にはどうにもならねえ。それを思い知らせてやるよ!」
 これからが本番。この先は小細工のないぶつかり合いだ!
 「今度はこっちから行くぞ!ソアラ!」
 骸骨竜の姿であってもジャルコはあまり大きくはない。いやドラゴンにしては小さいと言うべきだろう。背丈はソアラの倍もなく、後ろ足で二足歩行するいわゆる陸竜と呼ばれるドラゴンの骨組みだ。
 「速い___!」
 そのせいかジャルコは俊敏だった。瓦礫を蹴って一気に突進してきたジャルコを回避するのに相当の瞬発力を要したのだから、大きくなってスピードが落ちたという感じはない。
 「それで逃げたつもりか?」
 「!?」
 ソアラの逃げた先を振り向いて手を振るったジャルコ。弾丸のような速さでソアラに向かって飛んできたのは片手の指先だった。ソアラは必死に体を捻るが僅かに右腕を切り裂かれる。
 「骨は遠隔操作が可能か___」
 ソアラは俊敏な跳躍でできる限りジャルコから離れた。ジャルコの手に骨が戻っていく。
 「そんな状態で勝てると思っているのかソアラ?さっさと金色になったらどうだ?」
 「そんなのはあたしが決めることよ。」
 ソアラは巧みな跳躍で瓦礫をジグザグに昇っていく。悠然と待ちかまえるジャルコに一気に近づき、腰のナイフを抜き取った。
 「ふんっ!」
 ジャルコはソアラの動きにあわせるように手を開いて殴りかかってきた。ソアラは飛び上がって掌から逃れ、そのまま瓦礫を殴りつけたジャルコの腕にナイフで斬りつけた。
 「!?」
 切れた感触はあったが、ジャルコの腕ではない。ナイフの刃が折れたというよりは切れている。
 「しまった___!」
 「早かったな!」
 ジャルコはそのまま叩きつけた腕を振り上げる。裏拳の要領で手がソアラを捕らえた。
 「くうっ!」
 ソアラは大きく体を弾き飛ばされる。かろうじて体勢を整えて瓦礫に着地したときには、既に金色になっていた。
 「なんて切れ味___」
 ソアラはとっさに竜の力を呼び起こし、ジャルコの攻撃を腕で受け止めていた。しかしそれだけで、腕には鋭い剣で切り裂かれたような生々しい傷跡がついていた。
 「ちっ、こらえやがったか___」
 「危なかった___もし竜の力を呼び起こさなければ腕だけじゃない___胴も真っ二つだった___」
 ソアラはジャルコの骨一本一本が凶器であることを知った。金属すら切り裂く強度と切れ味を全身に持つジャルコは、まさに歩く凶器だ。
 「さすがに動揺しているようだな、この俺の体に。」
 「ええ驚いているわ。ドラゴンになってもちびなあなたに。」
 ジャルコは上下の顎骨をガタガタと鳴らしながら笑う。動くたびに骨の軋む音がするのは不気味というよりも喧しい。
 「口の減らない女だ___そんなに俺を挑発したのだから秒殺されても文句は言うなよ!」
 来る!
 ソアラはジャルコが大技を出すと確信した。彼女はこれを待っていたのだ。
 「ジャルコが全ての手の内を出したと思ったら合図する。あいつを罠にはめるのよ。」
 皆との別れ際に交わしたの会話をソアラは思い出す。そして頼もしき仲間たちは、今このときも目を閉じて戦いを感じている。
 「この攻撃に死角はない。貴様の敗北は決まりだ!」
 ジャルコのプレッシャーが強くなる。彼が力をその身に結集している証拠だ。そしてその技の荒っぽさと危険さは、間違いなくソアラの度肝を抜くものだった。
 「ボーンブレイク!!」
 黒い光がジャルコの骨組みの奥から放たれる。
 「!?」
 そして突如としてしっかり組み合わさっていたジャルコの関節が全て、大きな音を発しながら一斉に外れた。無数の骨が宙に浮きあがる。
 「ま、まさか___」
 さすがのソアラも危機感に蒼白となった。この時点でどういった攻撃か予想するのは簡単だが、対処法を見つけるのはあまりにも困難だった。
 「終わりだ、ソアラ!」
 無数の骨が一斉にソアラに襲いかかってきた。百の軍勢が放つ弓矢のように、凶器の雨となってソアラに降りかかる。
 「くっ!」
 ソアラはなるだけ引きつけながらギリギリのタイミングとスピードで骨から逃れようとする。しかし骨は矢とは違う。単純な放物線を描いたりはせず、たとえいくつかの骨が瓦礫に突き刺さろうとも、別の骨は方向を修正してソアラを狙ってくる。あらゆる骨はジャルコの思うままに動いていた。
 「いつまで逃げられるか!?」
 動き回るにも限界のあるコロシアムの中ではソアラの逃げ場は少なくなる一方。雄に百はある骨の大群は無闇にソアラを追うだけでなく、先回りもすれば上から下から不意に襲いもする。その一つでも僅かに触れれば大きな傷となり、動きが止まれば集中砲火を浴びるまで。
 「そうか___!」
 そんな中でもソアラはこの骨群の中に頭骨だけがないことを見いだした。そして不死体というものについて、このヘル・ジャッカルで見た書物を思い返していた。
 『不死体にそもそも実体はなく、目に見えるもの、見えぬもの様々ではあるが得てして蒸気のような姿をしている。その蒸気の姿でも高い魔力を秘めるものもいるが、その多くはある媒体を通さなければ力を発揮できない。媒体はどのようなものでも構わないが、生命体に宿ることは困難なため、その多くが宿ることに抵抗を受けない死体や骸骨を好む。媒体が破壊されることは不死体に何ら影響を及ぼすものではないため、一見不死であるような錯覚を得ることが名の由来であろう。が、実際は不死ではなく、実体の滅殺は可能である。』
 「ジャルコは間違いない___不死体だ!そして___あの頭の中に隠れている!」
 ソアラの確信を得た。しかしその時の攻めの気持ちが彼女から回避への集中を僅かに奪っていた。
 「なっ!?」
 ソアラの足下の瓦礫を突き破り、ジャルコの肋骨の一つが飛び出してきた。ソアラの反応も恐ろしいほど俊敏ではあったが、肋骨の大きな湾曲はソアラの右臑に確実に触れていた。
 「あうっ!」
 鮮血が舞い、ソアラはバランスを崩す。ここぞとばかりに無数の骨が挟み撃ちにして襲いかかってきた。
 「___竜波動!!」
 身につけたばかりの大技をソアラは前方から迫り来る骨に向けて放った。圧倒的な光のエネルギーは骨を簡単に消し去って行く。そのまま前に飛び出して別の骨から逃れるつもりだったが、右足の傷はソアラから瞬発力を奪っていた。
 「うあうっ!」
 明らかにスピードの落ちたソアラを骨はたやすく捕らえる。まるでなぶり殺しのように、ソアラに突き刺さったりはせずにその肌すれすれの位置を掠めていく。その都度皮膚が切り裂かれ、体の各所で血飛沫が舞った。
 「クククク!そろそろ終いにしようじゃねえか!」
 ジャルコは頭だけでけたたましく笑った。その眼窩の奥で不気味な光がより一層強く輝く。
 「ぎゃあっ!!」
 勢いに飲まれて仰向けに倒れてしまったソアラに骨が突き刺さる。場所は左の掌。続けて右。これまでとは比べものにならない痛みにソアラが苦しみの叫びをあげる。光は消えて紫の髪が流れた。
 「いい格好だぜソアラ。」
 ジャルコは大きな瓦礫に張り付けられたソアラを見て笑った。
 「相変わらず趣味悪いね___」
 「それが遺言か?」
 ソアラの目前に無数の骨が浮遊する。その切っ先は全て彼女の体へと向けられていた。 「ジャルコ、あんたのこの攻撃は確かに強力だけど同時に隙だらけだよ。何せ守らなければならないあんたの本性は全くの無防備なんだからね。」
 「やはり俺の本体がここにあるというのを見抜いていたか、相変わらずいけ好かねえ女だ。」
 ジャルコの頭骨はソアラの前で浮遊する骨の背後に浮いていた。
 「確かに俺はこの頭の中にいる、実体すら確かでない不死体よ___八柱神でただ一人肉体を持たねえのがこの俺様だ。」
 つまりあの小男の姿も、この骸骨竜の姿も、あくまで見せかけだということだ。ジャルコそのものはほんの黒い霧のようなものでしかない。
 「肉体がないから肉体に憧れてたの?それともただの色情霊なのかしら?」
 ソアラは追いつめられた状況でありながら尚もジャルコを嘲笑ってみせる。
 「ハハハハハッ。」
 「フフフフフッ。」
 ジャルコの高笑いに重ねてソアラも笑った。だが二人の顔つきは直ぐに豹変する。ジャルコは怒りに、ソアラは確信に。
 「最後まで腹の立つ女だ!」
 骨がソアラに襲いかかる。だが彼女は一人ではない。あとは強く念じるだけだった。
 みんなっ!!
 と。
 「ホーリーブライト!!」
 目映い光は聖なる息吹を帯び、ソアラの体を包んでいく。本来動くべきでない朽ち果てた骨たちは、光の洗礼を浴びるとたちまち霧のように消えていく。ディヴァインライトの上級呪文、ホーリーブライト。あらゆる悪の気、特に生命体でないものに絶対的効果を示す神聖呪文は、術者の清き精神に威力が左右される高尚な呪文だ。少なくともこれほどの清らかな力を示すことができるのは、ヘル・ジャッカルではフローラだけだろう。
 「なっ!?」
 ジャルコは骨が消え去っていくことに絶句する。その事実に困惑するあまり自分がいかに無防備であるかさえ忘れていた。そして彼はソアラと違って気配を感じたり、相手の息吹を感じたりすることはできない。間違っても彼に向かって無数の武器が迫っていることなど気づくはずがなかった。
 「!!??」
 ジャルコはどう思っただろう。実体のないはずの自分が傷つけられた瞬間を。
 肉体はないくせに生命であるという矛盾した自分を。
 死を味わうことを。
 右の眼窩にはスレイの矢が。左の眼窩にはサザビーの槍が。大きく開いた口にはライの剣が。そして頭骨の真下から百鬼の剣が。
 浮遊しているジャルコに向かって投げつけられた武具は邪気に吸い寄せられるように各所を捉えていた。その全てがホーリーブライトの波動を帯び、骨の内側に隠れていた邪悪な不死体を傷つけるのには十分だった。
 「ば、馬鹿な______俺が負けたのか______!?」
 ジャルコはまだ現実を受け止められない。だがコロシアムに飛び出してきた百鬼たちもジャルコを仕留めることができたのか疑心暗鬼の表情。
 しかしすぐにその全ての不安、思惑を払拭する赤い輝きがコロシアムに巻き起こった。
 「!?ぐぇ!ぐぁぁぁぁぁっ!!!」
 ジャルコの頭骨を中心に突如すさまじい炎が巻き起こる。その勢い、熱量、輝き、どれをとっても今まで見たことのないほど強烈な火力だった。ジャルコの邪気があっという間に消え去るのをソアラはひしと感じ、骨さえもすぐに炭となって消えていく。
 「な、なんだこの炎は!?」
 サザビーが思わず声を高ぶらせる。火炎系の攻撃呪文を使えるソアラ、スレイ、どちらも呪文は放っていない。そればかりかこの破壊力!業火の中で四人の武器は形を変えていく。
 「みんな、気を抜いちゃ駄目___最後の一人が来たわ。」
 だがソアラはなにが起こったのか分かっていた。フローラの回復呪文を受けながら、皆に注意を促す。
 「不死体には火葬が最良と聞いたが___間違ってはいなかったようだな。」
 天井に開いた大穴から一人の男がゆっくりと降りてくる。
 黒一色の服。八柱神。頬の入れ墨。
 ソアラだけでなく皆も分かっていた。この男こそが最後の八柱神___
 ラングだ。



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