2 いざ決戦の地へ
栄光の城を出発してから九日目。
潮風が肌をなでる。岸壁の先端に立ち海の、その向こうを見つめる九人の勇者。その視線の先には小さく、しかしはっきりと三角のものが揺らめいていた。決して大きくない島に一際切り立った岩山の要塞。上空には常に黒とも紫ともとれぬ不気味な雲が垂れ込め、渦を巻く。それがヘル・ジャッカルだ。
「あれか___」
「ここまで来たと思うとちょっと感動しちゃうかも。」
「十分感動ものよ。景色が見えなくても気配で分かるわ。」
ライの言葉にソアラも続けた。
「思えばこの十年、この日のために戦ってきたのかもな。」
百鬼も感慨深げに言った。
「ならあたしはこの日のために生まれてきたのかしら___この戦いのために。」
「ソアラさん、生まれてから何かのために生きることが決められた生物なんていませんよ。強いてあげればそれは自らの血を後世に残すことでしょう。」
少しナーバスなソアラに棕櫚が諭すように言った。
「そう、気楽に行こうよソアラ。戦いが終わったらあなたはあの子たちの母親に戻るだけでしょ。本当に幸せな時間を過ごせたら自分の運命なんて気にしないでもすむようになるはずよ。」
フローラに励まされてソアラも笑顔を見せた。
「そうだね。」
ソアラは右手で空を指さし、左手でフュミレイから譲り受けたネックレスを握りしめた。
「ここまで私たちを導いてくれた仲間に、師に、友人に、宿敵に、自分自身に、戦う姿勢を持つ多くの人々に___感謝します。」
ソアラが誓いの言葉を口にすると、皆も目を閉じて祈りを捧げる。それは決意の表れでもあった。
「あ、神に感謝するの忘れてる。」
「おいおい。」
ちょっと抜けていたらしい。
ともかく、皆の思いを胸にキュクィ車は大空へと飛び立った。目指す場所はもはや目前。全ての雌雄が今日明日中に決すると思うと、ソアラたちの心臓はいつもより余計に動いた。
それはアヌビスも同じなのだろうか?
いや、アヌビスは別にしても一部の八柱神は間違いなく高鳴っている。決意の強いものほど余計に高鳴るのだ。例えばフォンのように。
「早く来い棕櫚___もはや黄泉のことなどどうでも良い。この場で貴様の首を断ち切ってくれる___!」
彼はヘル・ジャッカルの海岸で対峙の時を今か今かと待ち望んでいた。妖魔としての誇りを捨て、アヌビスの強化を受けた手前、その決意は高まる一方だった。
「ヘル・ジャッカルの入り口は岩山の南側に大きく開いてるゲートしかないわ。そこから岩山の内部を進んで頂点にあるアヌビスのところを目指す。」
キュクィ車内で最後の作戦会議か、おのおの武具の再点検をしながらソアラの話を聞く。
「その間は八柱神以外のモンスターとも戦うことになりそうだな。」
「そうね、それは避けられないわ。でもアヌビスのところまでの最短ルートは把握してるから大丈夫よ。とにかく上陸するまでは特攻と速攻。たとえヘル・ジャッカルからわんさかモンスターが出てきてもいちいち相手にしないで岩山に侵入することだけを目指す。中に入ってからもできるだけ戦闘は避ける。ただアヌビスのところに行くまでに絶対に通らなくちゃならない場所がいくつかあるから、そういうところに大物が待っている可能性は___来る!?」
「えっ!?」
突然血相の変わったソアラ。
「来ましたね、どうやら俺とバルバロッサの相手が。」
そういって棕櫚はゆっくりと立ち上がった。
「フォンが来ているの?」
フローラの問いに頷く棕櫚。
「みなさん、長い間お世話になりました___って男の言う台詞じゃないですね。楽しかったですよ、みなさんと過ごした時間は。この戦いに勝っても負けても、もう会うことができないかもしれませんが___皆さんの勝利を信じてます。」
「棕櫚、これまでありがとう。あなたはいつもあたしたちを驚かせてくれた。そして間違いなくあたしたちの頭脳であってくれたわ。」
ソアラの差し出した手は正確に棕櫚の方を向いていた。棕櫚はそれを見て少しだけ目を大きくし、笑顔で握手を交わす。
「成長してますね。」
「慣れってやつ。」
ソアラもにっこりと笑った。
「あなたのルーツが黄泉にあるとしたら、あなたとはいずれまた会うことがあるかも知れませんね。」
「あたしは追いかけ続けるからね。」
棕櫚はソアラの頬に口づけし、離れた。そして一人一人と握手していく。バルバロッサはただ沈黙したままでキュクィ車の縁に立ち、棕櫚の別れの挨拶が終わるのを待っていた。
「バルバロッサ!あなたがいなかったら私たちはここまでこれなかったはずよ。本当に感謝してる。」
ソアラの言葉にも返事をしないで一瞥するだけ。
「無事で___」
フローラがバルバロッサに近寄り、祈るような眼差しで彼の手を取った。
「世話になったな。」
バルバロッサはフローラにしか聞こえないほど小さな声で囁き。一度だけ彼女の手をしっかりと握り返した。
「気をつけろよ。俺たちがフォンと戦うなんて嫌だぜ。」
「大丈夫、俺たちは殺しても死にませんよ。」
フォンの気配がぐんぐん近づいてくるのを感じて、棕櫚の表情が一瞬厳しくなる。
「それじゃあ皆さん。あえてさよならは言いませんから!」
そして棕櫚は大空へと飛び立った。
「まあ___こういうのも悪くはなかった。」
バルバロッサも一言だけ告げて、空へとその身を投じた。それから間もないうちに強烈な邪の気配がキュクィ車の下を通り過ぎていく。恐らくフォンであろう。
「いよいよだ。」
「うん。」
百鬼はソアラに気合いをつけるまじないの意味を込め、一度彼女の髪結いの紐を解くと、流れた紫を丁寧にまとめてもう一度結びはじめた。
「ありがとう。」
時迫るさなか、思い立ったように立ち上がったミキャックが結い紐に手を触れて感触を確かめているソアラに近寄り、その肩を叩いた。
「ソアラ、あなたに渡したいものがあるの。」
「なに?___あっ!」
「?」
笑顔で振り返ったソアラの眉が急に強ばった。
「キュイ!左に回って!」
ソアラの声に反応し、キュイはその体を大きく左に傾ける。キュクィ車は遠心力で激しく揺さぶられたが、なにより驚いたのは修正前の進路を空に向かって巨大な氷柱が貫いていったことだった。
「今度はなんだ!?」
「ガルジャ!」
目が見えなくても気配で全て見えている。ソアラは心眼を会得していた。
「海岸の___あいつか!」
幌から身を乗り出した百鬼は、正面の海岸に立つ黒マントの男を見つけて叫んだ。白髪混じりの長身は、上空をきつく睨み付けていた。
「無視して突破するの!?」
「そうしたいけど、でもガル___」
ライの問いかけにソアラが何か言おうとして突然言葉を失った。
「あああああっ!」
そして突然絶叫する。
「ど、どうした!?」
百鬼が飛び上がるほどに驚いて問いただした。
「なぁんで気が付かなかったんだろう!ヘヴンズドアがあるじゃない!」
「できるのか!?」
「完璧じゃないけど、これだけ近ければ___あ、目で見えるところなら確実に高速で移動できるわ!」
またもキュクィが今度は右に旋回し、氷柱を回避する。
「でもおまえ目ぇ見えねえじゃん。」
サザビーの淡泊な突っ込み。
「そうだったぁ〜!」
ソアラは頭を抱える。そんな皆を見て、一人くすくすと笑っていたのはミキャックだった。
「百鬼、ソアラの目にこいつを垂らしてあげて!」
「え?」
ミキャックは彼の手に透明な黄金色の液体が入った小瓶を渡した。
「これは?」
「目薬よ。」
「!」
「帝から言いつけられてね、目が見えなくなったことでソアラが何かを掴もうとしているから、それを待ってから渡してやれって。」
満面の笑顔になったのはソアラよりも百鬼であり、フローラだったかもしれない。しかし土壇場に来てこの光明。皆の気持ちを盛り上げるには最高のプレゼントだった。
「憎いことすんねぇ!竜のおっさん!おい、ソアラ!」
百鬼は勇んでソアラを座らせると、顔を上げさせた。その時!
「キュアアッ!」
氷柱を避けるため、甲高い雄叫びと共にキュイが大きく旋回する。勢いに振られて百鬼は前へとつんのめり___
「あっ!」
小瓶は彼の手をすり抜けて幌の外へ!
パシッ!
間一髪、小瓶はスレイが必死に伸ばした掌に収まっていた。
「ふぅ〜。」
息の詰まった一同がそろって安堵のため息を漏らす。
「た、助かった〜。」
「ちょっと!なにしでかしたわけ!?」
もちろん一番ホッとしたのは百鬼だが。
ただそれもつかの間、再びキュクィ車が激しく揺れた。氷柱は次々と海から突き上がり、キュイはヘル・ジャッカルを避けるような大旋回を強いられていた。遠心力に皆は立っていられず、百鬼もうまくソアラの目に液体を落とせない。
「うわっ!」
激しい揺れと共に、氷が幌を掠めた。部分的に破れた幌は風圧であっという間に捲れ上がり、ついには吹き飛ばされてしまった。
「あのおっさんはあたしが何とかする!だから早く目を治してヘル・ジャッカルへ飛ぶんだ!」
このままでは埒があかない。たまりかねたように立ち上がったのはミキャックだった。
「ミ、ミキャック!?」
「一撃の威力だったらソアラに負けない自信だってある。それになにも一人で戦う訳じゃない!」
ミキャックは軽やかにキュイの背へと飛び移る。
「故郷の天界にはまだまだ野生のキュクィがいる。その辺のモンスターなんかいちころなほど強いからこいつらには化け物が寄りつかないのさ!さあ、早くいきな!」
ミキャックがキュイの手綱を取ると一瞬だけ揺れが静かになった。その隙を逃さない集中力。百鬼は躊躇わずに薬液をソアラの瞳に落とした。
「ん?」
その効果は信じられないほど早く、滴を目に振りかけて一度瞬きしただけで、かつての視界が完璧な状態でソアラに戻ってきた。
「うわぉ!驚き!超即効性じゃない!」
目をぱちくりとさせ、ソアラは手を叩いて喜んだ。
「感動してる場合かっ!」
彼女が浮かれている間にもガルジャは次の氷柱を放っている。
「さあ、みんなあたしにつかまって!」
慌てて百鬼が、フローラが、ライが、サザビーが、スレイがソアラにしがみつく。ソアラの視線は目前の島をしっかりと捉えていたが、不意に顔をしかめた。
「サザビー、あとでビンタ!」
こんな時でもサザビーはソアラの胸を掴んでいたらしい。
「うわぁっ!」
氷柱がキュクィ車をかすめ、大きく傾いた車からソアラたちが投げ出された。車とキュイを結ぶロープが契れ飛んでいた。
「ミキャック、絶対に死ぬんじゃないよ!ヘヴンズドアァ!!」
空中でソアラたちが光に包まれる。そして強烈なスピードで一気にヘル・ジャッカルの方向へと飛んでいった。
「大丈夫よソアラ。あんたたち見てたら生きることの楽しさが分かってきたから!」
ミキャックはキュクィの背中の上で槍の感触を確かめる。
「相手は鳥が二羽か___」
ガルジャはそれを見上げていた。
「行くよキュイ!!」
「クァァァッ!!」
キュイは上空で大きく旋回し、ガルジャに向かって急降下した。
「たとえ相手が鳥であろうと虫であろうと、手を抜かないのが私だ。悪く思うな。」
ガルジャは呟き、迎え撃つようにその瞳を煌めかせる。
「!?」
キュクィがガルジャのいる高さまで降下するより早く、ガルジャがキュクィと対等の高さになった。体から伸びる首の長さだけでざっと二十メートルはあるであろう、勇壮な海竜の姿に。
「く、首長竜___こいつはガリガルジャプス!?」
海の守護神。転じてヘル・ジャッカルの守護神に。伝説の海竜ガリガルジャプスは海原を支配し、帝王とよばれる最強のモンスター。これこそがガルジャの真の姿であった。
ソアラたちはあっという間に岩山の入り口の前へと降り立った。黙視できる範囲だったとはいえ、幸いなことに初めてのヘヴンズドアは見事に成功したようだ。
「おまえは!」
かつてヘル・ジャッカルでも一世を風靡したあの紫女。その一味が目の前に現れては、入り口を見張っていたらしいモンスターも驚きとまどってしまう。
「突撃!」
「おおっ!」
ソアラを先頭に、モンスターを蹴散らして皆はヘル・ジャッカル内部へと駆け込んだ。
「アヌビス様、ソアラがヘル・ジャッカル内に侵入しました。」
ダ・ギュールがアヌビスに報告をする。アヌビスは当然そのことに気づいていたが、黒犬には側にいたレミウィスに状況を聞かせるという意図があった。
「レミウィス、ソアラが来たとさ。」
「___」
レミウィスが希望を抱いたのはほんの一瞬。探し出そうと努めたアヌビスの隙は結局見つけられず。むしろ頭の中を渦巻いていたのは新しい情報___「G」のこと。
「決めておけ。生き延びて俺に尽くすか、今日死ぬか。」
葛藤なんてあり得ない___あり得ないはず___
レミウィスが自らの心を戒める声は、少しだけ小さくなっていた。
一方そのころ___
「くっ!!」
ミキャックとキュイの横を猛烈な吹雪が駆け抜けていく。それはまさしく絶対零度。掠めただけで頬や耳に霜が張り付き、髪は靡いた状態で固まってしまう。キュイもたまらず、ガルジャの攻撃が及ばないであろう高さへと舞い上がる。彼の辛さは自分の翼の状態で実感できた。羽ばたくのが困難になるうえに風を捉えにくい。
「とんでもないわあいつ___ヘル・ジャッカルの守護神は伊達じゃないね。」
たとえ空高くに昇ろうと気は抜けないが、ガルジャは特に追い打ちを駆けようとはせず、海岸から少し沖へと移りミキャックが近づくのを待っているようだった。
「アヌビスとの戦闘は生易しいものじゃないはず___この辺一帯が戦場になる可能性だってある。そのときあいつがいたんじゃ何かとこっちに不利だし___攻めないわけにはいかない___」
だがミキャックにもそういった思惑がある。なんとしても彼らとアヌビスの戦いが始まる前に決着をつけ、戦える体力が残っているならば加勢に行かなければならない。
「スピードならこっちの方が上だ___行くよ!」
ミキャックはキュイに指示を与え、ガルジャに向かって錐揉みのようにして一気に急降下していく。
「猪突猛進か___」
一言呟いたガルジャはミキャックを十分に引きつけて素早く顔を上げ、凝縮された吹雪を水鉄砲のように吹き出した。
「逸れて!」
回転があったからこそ軌道の変換が容易い。キュイは吹雪の下方を回り込むように、驚くほどの早さで軌道を変え、逆にミキャックはキュクの背を蹴って吹雪の上方へと跳び、すぐさまガルジャの頭部へととりついた。
「呪拳!ドラゴンブレス!」
熱を帯びた拳をガルジャの額にたたき込む。炎はガルジャの皮膚の内側に浸透___するはずだったが。
「通じない!?」
ライディアを驚かせた破壊力も、首長竜の金属のように硬い皮膚の前では大きな効果を上げられない。炎は弾けるように散り散りになってしまった。
「ならこれで!呪拳プラド!!」
今度はガルジャの眉間に拳を叩きつける。同時にその接点から爆発が巻き起こるが、ガルジャは動じた様子すら見せず本当に目の前に立つミキャックを大きな瞳で睨み付けた。
「くっ___!」
むしろ痛むのはミキャックの拳の方だった。呪拳の破壊力は確かに凄まじいが、効果は局所的で、何より拳あっての技。巨大で堅い相手は最も苦手とする部類だ。
「そんなものか。」
「まだまだ!」
それでも彼女は怯まずに拳を振り上げる。
「無駄なことをするな。」
「!?」
いつの間にか無数の氷の針がミキャックを四方八方から取り囲んでいた。その針はどれも剣のように細く、長く、鋭い。
「雪結晶。」
針がミキャックに一斉に襲いかかる。逃げ場のない攻撃だった。
「なんの!」
針が突き刺さる音がする。だがその直後には多くの針同士が激突して甲高い音をあげていた。ミキャックは翼で自分の背中を覆い、そのまま後方に飛んでいた。翼には数本の針が突き刺さっていたがそれは致命傷にはならない。ガルジャの顔の横をすり抜けて自由落下していくミキャックを、海面すれすれでキュイが拾って一気に上空へと舞い上がる。
「___翼とは便利なものだな。」
ガルジャは空を見上げた。
「娘よ!貴様はなぜ私に牙をむく!貴様が私を踏破できると思っているのか!?」
おもむろに声を張り上げるガルジャ。深く、そして重く響く声色は海面を揺するかのようだった。
「思ってなかったら向かっていきはしない!」
だがミキャックも上空で旋回しながらできる限りの大声で強気な答えを返す。
「貴様こそアヌビスの守護神のくせにソアラたちをくい止めようともしなかった!あたしにはその方が不思議だ!」
「勘違いするな。アヌビス様に私のようなものの守護が必要と思うか?私の守護神たる所以はただ一つ___」
「!?」
そのときミキャックは上空の大気が異様に冷たくなっていることに気が付いた。今に始まったことではないが、それまでは身も凍る吹雪を吐かれ続けていて気にならなかった。
「その戦法にある!」
突然のことだった。ミキャックの周囲、いやいやそんな小さなものではない、ヘル・ジャッカルの上空が銀白色に変わった。辺り一面がキラキラと輝き、幻想的ですらある。
「こ、これって氷の粒!?」
「私は無駄に吹雪を巻き起こしていたわけではないぞ。」
首長竜の長い口が確かに笑った。明らかに勝利を確信して。
「ま、まずい!」
どんな攻撃が来るのか。想像が付いたから、ミキャックは逃げ場がないことを認めるしかなかった。
「グランドフリーズ!!」
氷の粒が一斉に乱れ始めた。四方八方から、ミキャックを中心にすさまじい突風に乗せて横殴りの雹が襲う。
「うああ___!!」
ミキャックの叫び声、キュイの嘶きまで掻き消されていく。前から、後ろから、上から、下から、右から、左から、あらゆる方向からまるで散弾銃のように打ち付ける氷の弾丸。一粒一粒が皮を裂き、肉を抉り、終わりのない痛みを与える。しかし出血はない。圧倒的な冷たさが傷口さえも一瞬で凍てつかせていた。断続的な刺激はミキャックの意識の喪失を許さず、無限地獄を見せ続ける。唯一海中は攻撃の及ぶ場所ではないが、下方からも吹き付ける吹雪の中では落下すらできない。なぶり殺しの究極ともいえる奥義だった。
「我が攻撃に隙はない!たとえ吹雪を耐えきったとしても、傷口を塞ぐ氷が溶ければ失血のうちに死す!」
唐突に吹雪がやんだ。おもしろいもので意識が消えたのはその瞬間だった。だからミキャックは自分が勢い良く海中に沈んだことも分からなかった。
「これで終わりではないぞ。貴様の血で海を汚されるのは不愉快だ。」
ガルジャの喉の奥が銀色に輝く。そして海に向かって強烈な吹雪を吐き出した。吹雪はたちまち海洋を凍り付かせ、暫くすると海面に巨大な氷柱を生じる。透き通った氷の中には傷だらけのミキャックの姿があった。
「私の攻撃は一切の反撃を許さない。そして不動でありながら勝利する。まさに鉄壁、すなわち守護神だ___」
氷漬けのミキャックを見つめ、海竜王ガリガルジャプスは高らかに笑った。
前へ / 次へ