第16章 最後の旅立ち
「愚かしきことだ。血の器を奪われたことではない、おまえの自制の欠如には失望した。」
「申し訳ありません。」
幻影の竜神帝がソアラを叱責する。多くを語りはしなかったが、強い戒めの口調にソアラは平伏し、酷い風邪でも引いたような声で謝罪した。
「帝様、ソアラの目を___光を取り戻す術をお与え下さい。」
フローラはソアラの側に寄り添い、彼女の手を握っていた。そうしなければ「目の見えない」ソアラは不安に駆られるだろうから。
治療はした。しかしあまりに絶望的だった。竜神帝なら何とかしてくれるかもしれない___まさに神に縋る思いでフローラはここにいた。
「私からもお願いします。これはソアラだけの責任ではありません___感情的になったのは私も同じこと___」
レミウィスもソアラの前に歩み出て跪き、必死の懇願を繰り返した。
「術はない。」
だが帝はたった一言で二人の願いを不意にする。
「しかし___」
「お願いします!」
レミウィスとフローラは引き下がらない。幻影の隣ではミキャックが同情的な顔でやりとりを見守っていた。
「もういいよ二人とも。ないものはないんだから。」
そんな二人を諫めるようにソアラが立ち上がった。しかしバランスが取れずにふらついてしまう。瞼は開いているが、その瞳はあさってを向いていた。慌ててフローラも立ち上がり、彼女を支える。
「行くよ、レミウィス。」
「なぜ?___そんな体ではどう転んでもアヌビスには勝てない___!」
レミウィスは立ち去ろうとするソアラに涙声で訴えた。一番辛いのはこの事態を引き起こした責任を感じている彼女かもしれない。
「いいのよ。そのうち慣れるわ。」
「慣れるってそんな問題じゃ___」
「大丈夫だから。」
ソアラは強引に足を前へと進め、フローラもやむを得ず竜神帝の前から去っていく。レミウィスも仕方なく、時折恨めしそうに帝を振り返りながら立ち去っていった。
「宜しかったのですか?」
二人の姿が見えなくなるなりミキャックが尋ねた。
「ソアラなしでこの先の戦いに対応できるとは思えません。」
「あの娘はあのままでも戦うすべを見つけるよ。使命感と責任感の強さは人一倍だからな。」
さっきまでの厳格な声色とは違う、思いのこもった深みある声で竜神帝は呟いた。
「あれはソアラに課せられた試練だ。あの娘はまだ若い。幼いドラゴンなのだ。幼子は数多くの試練を越えて強靱になっていくのだよ。」
謁見の間に一筋の光が降り注ぐ。それは幻影の帝の前で光の糸となって揺らめき、絡み合っていった。
「これは___」
光の糸はやがて指先で摘めるほどの小瓶に変わった。透明な青い液体が入った小瓶は、光に運ばれてミキャックの手に。
「その目薬を使えばソアラの目は治る。」
ミキャックの表情が晴れる。
「おまえに大任を課したい。」
「___はっ!」
しかし思いがけない任務の宣告に、彼女はすぐさま幻影に向き直って姿勢を正した。
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