2 光の源

 レミウィスほどの人物ともなれば廃墟を見て回るにも、構造の組立方などからかつての用途を想像することも容易い。それが分かることで調査に値すべきか否かの大まかな判別をつけられる。短い時間で重要な場所を見つけだすには有効な能力、経験と言えた。
 「ここは___」
 荘厳ながら薄汚れた壁や扉に、くすんだ天界文字が描かれていたとしても、読めるのは彼女一人。ソアラの子供たちは先天的に読めるようだが、どうにも当てにならない。彼らのひらめきはあのときだけのものだったようだ。
 「___」
 いまレミウィスは城のはずれ、到達するのにそれなりの道のりを要する場所に一つの部屋を見つけていた。雰囲気が普通ではない。一際装飾の込んだ扉の奥から言葉に表せないような存在感を覚えていた。
 「ルー___」
 そこまで言いかけてレミウィスは寂しそうに、自嘲気味の笑みを見せた。話しかけて意見を求める相手などもういない。これからは一人の仕事だ___
 レミウィスは扉に手をかけた。細工こそ鮮やかで荘重に見えるが、触れた感触は軽々しいものだった。しかし___
 「あかない___」
 扉にはノブが無く、中央に溝のある両開きの構造だった。押しても引いてもピクリともしない。鍵?いや、鍵ならば掛け金がぶつかる音くらいはする。しかしこの扉は岩盤のように微動だにしない。
 「___」
 扉に天界文字を見つけた。小さかったが、文字の周りには細工が込められていた。
 「じえ___いろうぐ?人の名前か___?」
 なにやら見慣れない単語だった。人の名前と想定して呼んでみる。
 「ジェイローグの血の証を示せ。」
 ジェイローグとは何か___いや血の証というのだから生命だ。何かというのはおかしい。
 「この城において血の証が求められるほど重大な人物といえばおそらく___竜神帝しかいないな。」
 レミウィスは一度その扉の前を離れた。ジェイローグが竜神帝の別名だとすれば、ソアラは間違いなくその血の証を持つ人物。彼女はソアラを呼びに戻った。
 暫くして___
 「なるほど___でも血の証を示すってどうしたらいいのかしら?」
 ソアラは扉に手を触れてみた。実に軽々しい扉。ちょいと押してみると___簡単に開いてしまった。
 「あら?」
 ソアラはあまりのあっけなさにレミウィスを見て苦笑いを浮かべる。
 「開きましたね___」
 レミウィスもつられるように苦笑していたが、すぐに笑えなくなった。
 「えっ?何!引っ張られ___!」
 扉の奥は何も見えない。ただ真っ暗なだけだ。ソアラの体がそのまま抵抗の猶予無くその黒に吸い込まれていく。彼女はレミウィスが手を伸ばすよりも早く消え失せ、扉はすぐさまその口を堅く閉ざしてしまった。
 「こ、これは___」
 竜神帝に関わる何かだ、邪悪なものではないだろう。恐らくは何かの仕掛け___竜の血を持つ者に働く仕掛けなのだから、危険はあったとしてもアヌビスの手の及ぶものではないはずだ。ソアラは恐らく戻ってくるだろうし、自分では扉を開くことはできない。リュカとルディー___あの子たちなら扉は開くかもしれないが、扉の向こうで何かがあったとしてそれに対処しきれるとは思えない。
 レミウィスはまず、ことの次第を百鬼に伝えることにした。
 その頃ソアラは___
 「ん___?」
 気がついたとき、彼女は日差しの中にいた。だが空には雲がかかり、今にも雨が落ちてきそうな天気。
 「ここは___?」
 外だ。周りは草むらが広がっていて、彼女は石畳の上に横たわっていた。取り囲むように四つの柱が何を支えるでもなく立っている。いやはやそれにしても___
 「寒い___!」
 大気が冷えている。ゾヴィスだって決して暖かではなかったが、ここは寒い。吹き付ける風は強く、どことなく潮の香り。ここがどこかは分からないが、とにかくゾヴィスから遙か果てではあるようだ。
 「あの城から、竜の血族がここに飛ばされると言うこと___ここはきっと竜神帝にとって重要な何かなんだ。」
 寒さに肩を抱きながら、ソアラは柱に手を触れて思いを巡らせた。
 「?」
 草が踏みしめられている。大きな足___人の足跡は似ているが少し違う。
 「モンスターの足跡かしら___」
 古くはない草の踏みつけられた跡はマジャーノのもの。それを追って進んだソアラは簡単に井戸を見つけ、足跡がその中に消えたと知った。
 「行こう。」
 気合いをつけるように自らの頬を叩き、ソアラは軽やかに井戸の中へと飛び込んだ。
 その頃井戸の奥底に広がる洞窟の一室。あの長身の女性が何者かの接近を感じて帳面を書く手を止めていた。
 「誰か来る___」
 美しく、実に魅惑的な要素を持つにも関わらず、女性らしさをうち消すようにあまりに凛々しく気丈な一人の有翼人。彼女、ミキャック・レネ・ウィスターナスはたった一人でいとも簡単にマジャーノを葬り去った。
 「だが___悪しき感触ではない?」
 帳面を閉じ、ミキャックは立ち上がった。
 「正当な客人か___?」
 あまりに実直で、毅然として、冷酷さすら感じる面持ち。その脚線美も程々に、彼女は背の翼を一度だけ大きく広げ、槍を手にしてその場をあとにした。
 「変わらないな、空を飛ばなければ進めない道があって___その先に広がるのは洞窟というよりは史跡のような調った廊下___そして不燈火虫。」
 ソアラは伸び上がって壁のランプに掴まり、中を覗き見ていた。中には不燈火虫のつがいが入っていた。
 「妙な___」
 「!?」
 天井こそ高いが決して広いとは言えない通路にソアラの知らない声が響いた。足音もなく、完璧なほどに殺された気配にソアラはギョッとした。
 「同族に似た気配というのに___同族ではなかった___」
 輪郭が見え、女の声色にはにつかない長身にソアラは少しドキリとする。その全貌を目の当たりにした瞬間、背中の翼に先ず目がいった。
 「有翼人___!」
 穏やかな表情ではなかっただろう。敵ではないはずなのにその女のあまりに鋭敏な気配に体が警戒を解くことを許さなかった。
 「竜の使い___らしくもない___」
 お互いに驚いていた。ソアラはミキャックの身長に、ミキャックはソアラの色に。
 「おまえは何者だ___?」
 先に戦意を表したのはミキャックだった。槍の切っ先をソアラに向ける。
 「私は竜の使いよ。名前はソアラ。ソアラ・ホープ___といっても本名かどうかわからないんだけど。」
 ソアラは彼女が誤解しているらしいことに気がつき、にこやかな顔を作って自己紹介した。
 「竜の使いだと___?竜の使いは金色の毛髪と、空のように澄んだ蒼い瞳を持つはず___!」
 「わ、私は例外なのよ!本当に竜の使いなの!」
 ミキャックは強い口調で詰問こそしたが、半信半疑の面持ちだった。ソアラが嘘をついているようにも思えなかったのだ。
 それでも戒めるような視線をやめない彼女。少し無理がある___ソアラはそんな印象を受けた。
 「どうやってここに来た!」
 「ゾヴィスの城よ___竜の血の証を示せ!とか言う扉から___」
 それを聞いた途端、ミキャックが驚愕の面持ちになる。
 「それは本当か?」
 「そうよ。だから空が明るくなったんじゃない。」
 「空が___!?」
 何も知らないなんて___彼女はこの洞窟からまったく外に出ていないということなのだろうか?
 「申し訳ございません___」
 ミキャックは構えを解き、急に改まってソアラの前に跪いた。
 「なにぶん邪悪な侵入者が後を絶たないものですから___猜疑心に囚われていました。ご無礼をお許しください。」
 貞淑な声で平服を示すミキャック。ソアラは何がなんだか分からず、とりあえず彼女を立ち上がらせた。
 「いったいどういうことなの?突然でさっぱりだわ。」
 ミキャックがまっすぐに立つと、ソアラは百鬼と話すほどに見上げなければならなかった。彼女もそれを分かっているのか、あまりソアラとは接近せずに話し始めた。
 「私の名はミキャック・レネ・ウィスターナス。竜神帝の側近であり、この竜の社(やしろ)の守護を任されているものです。」
 「竜の社___?」
 新たな展開だった。

 「本当にゴメン。まさか竜の使いが来るなんて夢にも思わなかったんだ___」
 ソアラの必死の勧めでミキャックは言葉遣いを崩していた。先程までとはうって変わって明るい表情を覗かせる。おかげでソアラも大分話しやすくなった。
 「でもあたしだって有翼人は初めて見たから驚いたわ。本当、綺麗な翼よね。」
 「そんなことないよ。」
 ミキャックは謙遜とは違う、憂いに似た微笑みで首を振った。横並びに通路を進むが、やはり片方は見上げて、片方は見下ろして話すことになってしまう。
 「ねえミキャック、あなたは天界から地界へやってきたの?」
 「そう。竜神帝の命を受けて、栄光の城に降りてきたんだ。」
 栄光の城。それがあのゾヴィスに聳える城の名前。
 「へぇ___天界って素敵なところなんでしょう?」
 「闇に覆われた世界よりはずっと素晴らしいね。」
 「あなたたちの、その有翼人ってさ、どう呼んだらいいのかしら?」
 「天族のこと?」
 「天族!なるほど、天族か!」
 ミキャックは子供のように豊かな表情で語りかけてくるソアラを見て、思わず白い歯を見せて笑った。
 「なんだか変わってるなぁソアラって。竜の使いってそんななの?」
 「え?いや、あたしもつい最近まで竜の使いなんて知らなかったからさぁ。」
 二人が出会った場所からさらに下層へと進んだ先に、一つの部屋があった。部屋の中は閑散としていて、木でできた机と椅子、不燈火虫が少し多めに入ったランプ、槍置き、数個の樽、小さな食器棚にはほんの少しの食器と本がいくらか入っているだけ。あまりにも簡素だった。
 「悪いけど保存食と水しかないから、おもてなしは出来ないよ。」
 槍を定位置に収め、ミキャックは申し訳なさそう言った。
「お構いなく。って___それ?」
 水瓶と思われる樽の側に小さな豆の詰まったガラス瓶が置かれていた。
 「そう、豆。一日五粒も食べればいいかな。」
 「え!」
 ソアラは唖然としてミキャックを振り返った。
 「天族の生命力は半端じゃないから、それくらいでも大丈夫。もちろんおいしいものを食べるのが嫌いなわけじゃないけどね。」
 「そ、そうなの?あたしは毎日豆だけだったら、この世の終わりかと思っちゃうかも。」
 「はは、そりゃいいや。」
 初めて会った二人がこうして打ち解けられるのには訳がある。ソアラは竜神帝を近くに感じられる天族に非常に好奇心旺盛だった。そしてミキャックは___
 「ああ久しぶりだ___人と話して笑顔でいられるなんてもう何年ぶりだろう___」
 感動に少しだけ目を潤ませている様子だった。人と話せることが、世界に光が舞い戻ったという知らせがただ嬉しくて仕方なかった。
 ソアラは彼女がどれほど孤独だったかを実感する。
 「でもこうもしてはいられないね。あなたにここのことを教えなければいけない。」
 「うん、お願い。お互いのことはそれからゆっくり話そう。」
 「ああ。気を使ってくれてありがとう。」
 ミキャックは優しく微笑んだ。煌めく翼に彩られた美しい背中を目の当たりにすると、ソアラの頬がポッと桃色に染まった。素敵な人だ___同姓であっても憧れてしまうほど、凛々しく、格好の良い人だとソアラは感じていた。
 そういえばポポトル時代には自分もそんな境遇だった。女性の新兵からラブレターが届くというのも少なくなかった。昔は自分は男っぽいのかと不安になっていたが、今こうしてミキャックを前にすると「なんだか頼られていたのかな?」と思えた。
 彼女とはうまくやっていける。ソアラは心からそう感じていた。
 「この洞窟、いやこの島そのものが竜の社というんだ。竜神帝を崇めていた祠があり、何より、天界との距離が最も近い場所なのさ。」
 つまり、ここは天界と地界を結ぶ魔導口があったということか。だから、栄光の城からはこの土地への「ヘヴンズドア」があった。そう、血の証を示せと記された扉の奥にはヘヴンズドアの魔力が満たされ、扉を開いた者をこの土地へと誘うのだ。
 「ただそれも現在の話じゃない。でもあたしが栄光の城の守護命を捨ててまで、この土地を守らなくてはならないのには理由があるんだ。」
 「守護命?」
 「あの城は魔の手の者が暗躍する地界に、恒久の光を与えるためのもの。竜神帝は天界を離れることはできないから、補佐官のあたしがあの城を任されていた。」
 それってもの凄いことなのではないのだろうか。つまり彼女は竜神帝の側近、それも高位にあると言うことになる。
 「あたしのことはいいんだ。」
 それを口にしようとしたソアラに先んじて、ミキャックが制止した。
 「栄光の城に泥棒が入った。ディック・ゼルセーナという男だった。狙いは栄光の城に秘められた竜神帝の力の結晶。それがアヌビスの闇の力にも屈しない光の源だった。」
 「アヌビスの闇の力___?」
 そういえば超龍神も世界を闇に染める力を持っていた。アヌビスと出会ったあのとき、ついついその謎めいた能力と飄々とした態度ばかりに気が行ってしまったが___あの男はどうやってこの空を闇に染めたのだろう。
 「あたしも詳しいことは分からないけど、アヌビスは全てを暗黒に染める力を持っている。それはアヌビスだからというわけでもなく、邪神と呼ばれる者なら誰しもが持っている力らしいんだ。」
 いずれ分かるだろうが___それでは遅いかもしれない。その能力こそ彼が邪神たる所以であるとしたら、それを見せつけられた瞬間に何らかの対処ができるとは思えなかった。何せこの広大な空をも黒く染めてしまうほどの力だ。
 「アヌビスは大人しかった。この地界に現れたのはずいぶん前のことで、それ以来モンスターが増え続けたから竜神帝は栄光の城を移したんだ。それからもアヌビスはなにもしなかった。ただ、ゼルセーナの成功で局面が変わったんだ。」
 「光の源が失われた___?」
 「そう。ゼルセーナは路頭に迷った男を演じて、同情を買って城の天族の助けを受けた。言葉巧みに信用を勝ち取り、たった三日で光の源の在処を嗅ぎつけたんだ。奴が魔族で、しかも名高い盗賊であることを知ったのは、盗まれた後だった。」
 ミキャックはまるで第三者のように語るが、彼女の表情を見ていれば分かる。そのディック・ゼルセーナという盗賊を助け、信用し、裏切られたのは彼女だ。
 「あたしたちは奴の逃げ場を封じた。そして___奴はソアラがここへ来たのと同じ手段で竜の社へと逃げ込んだ。」
 「あの扉?でもジェイローグって竜神帝じゃないの?血の証は___」
 「光の源がある。あれは竜神帝の力そのものだから。」
 ゼルセーナがここへとやってきたのは偶然だったのだろう。そうでなければこんな袋小路の島に逃げ込もうとは思わない。きっと追いつめていたのもこのミキャックだ。
 「光の源が城から失われても、この世界にはもともと光がある。源はアヌビスへの抑制弁だったんだ。それが解かれ、あたしは恐ろしい光景を見た。」
 ミキャックが少しだけ翼を動かした。思い出しただけで背筋が震えたのだろう。
 「世界に黒が広がっていった。一瞬で。まるで白いキャンバスに黒い絵の具を垂れ流していくように___」
 「それが五年前ね___」
 「そう、アヌビスは狙っていたんだ。」
 アヌビスの目的は定かではない。だが竜神帝の打破が最終目的であるとするならば、彼のお膝元である地界と中庸界、つまり外堀から攻めていくというやり方は理にかなっている。
 「あたしは___まあいい、あたしはゼルセーナを追いつめた。」
 ソアラが感づいていると知ったのだろう、ミキャックは第三者の目を捨てた。
 「この洞窟で奴と戦い、そして仕留めた。でも奴は光の源を持っていなかったんだ。」
 「___隠したの?」
 「そう。」
 ミキャックは掌でボールを握るような仕草をする。
 「これくらいの大きさの宝玉なんだ。黄金色だけど光り輝いたりはしない。必死に捜したんだけど___あたしには見つけることができなかった。そして一度栄光の城に戻ったんだ。でも城には誰もいなかった。」
 「どうして?」
 「闇の空が恐ろしかったのさ。天族は光がないと駄目なんだ。生きられない訳じゃないけど、多くの天族は闇を嫌う。あたしはタフだから、闇には何も感じないけどね。」
 繊細なように見えてこの殺伐とした感情は何だろう。個人的なことを語ろうとしなかった彼女の態度、毅然としていながらどこか負い目を背負っているような悲壮感、一様ならないものを感じる。
 「天族たちは栄光の城が魔の手の者に襲われると恐怖した。そして方々へ散った。それは正しい判断だと思う。実際、たとえあたしが光の源を見つけられたとしても、光のからくりを解かなければ城は動き出さない。源を盗まれたと同時に城は光の放散を止めてしまったんだ。一度消えた火を再びつけるのは容易なことじゃない。実際、あのからくりを解ける天族は栄光の城にはいなかった。」
 それを解いて見せたレミウィス。リュカとルディーのサポートがあったことを知らないソアラは、改めて彼女に畏敬の念を抱いた。
 「あたしもからくりを解くことはできなかった。だから竜の社に戻ったんだ。ゼルセーナは倒したけど、奴の仲間がものを回収しに来るかもしれなかったから。」
 「それじゃあ___それきり一人でここにいるの?」
 「そう、時に侵入してくる邪悪を蹴散らし、光の源を探し続けながらね。」
 大した執念___いや責任感だ。ソアラは彼女が醸す悲壮感の意味が分かった気がした。
 「ねえ、一つ分からないことがあるわ。いま栄光の城には光の源はないのに、どうしてアヌビスの闇を振り払えたの?」
 「蓄えがある。城そのものに残っていた光の力が、からくりの発動で放たれたんだ。でもそれは長続きしない。もって二日___そうしたらまたからくりは閉ざされ、アヌビスの闇を拒む力は失せる。」
 「ということは___」
 ミキャックは立ち上がり、樽からほんの一口分の水をすくって口に含んだ。
 「探しに行こう。竜の使いなら、光の源の在処を感じることができるかもしれない。」
 意志の籠もった瞳でソアラを見つめ、彼女は力強く言った。

 壁には均一に石が敷き詰められ、床も至って平坦。竜の社の道のりは簡単で、脇道もない。それだけにどこへ隠したのかが疑問だ。
 「ミキャック、あなたいつから竜神帝に仕えているの?」
 「いつ___二十年くらい前かな。」
 え!?ソアラはあっけにとられて立ち止まった。
 「どうしたの?」
 「さ、二十年って?とてもそんな年には___」
 「ああ、天族の寿命は長いから。あたしはまだ四十年も生きていない。でも竜の使いだってあたしたちと変わらないかむしろ長生きなはずだけど。」
 ソアラはその言葉にギョッとした。そう、百鬼たちと同じ視点で見てしまうから、ミキャックの年齢に驚きを隠せない。だが自分はむしろ天族に近いのだ。しかし仲間たちが老いていくのを、自分は若い姿のままで見つめる時を想像すると寒気が走った。
 「二十年で竜神帝の補佐官か___それってエリートなんじゃない?」
 ただそれを悟られたくなかったソアラは陽気に振る舞い、おだてるように彼女の肩を叩いた。だがその言葉はむしろミキャックの笑顔を奪う。
 「エリート?とんでもない。あたしは娼婦みたいな女さ。」
 「え?」
 「さあ、行こう。」
 その言葉の意味するところは定かではない。だがそれは、彼女が先ほどから立ち入ることを拒んでいる彼女自身の過去、履歴に起因するのだろう。
 「ミキャック、あなた___」
 ソアラは先を急ごうとした彼女の手を取った。
 「ごめん、今の言葉は忘れて。」
 振り向いたミキャックはそう言ってソアラの頬を軽くつねり、悪戯っぽく笑った。
 「なにひゅんろよ。」
 「うぎ___!」
 ソアラも手を伸ばしてミキャックの頬をつねり返した。うまく誤魔化されてしまった気もするが、それで二人の間にはまた笑顔が戻った。
 ただ、そんなやりとりを見据える影がもう一つ。
 その人物は、ソアラがこの土地へたどり着こうものなら出撃せよとの命をかつてから受けていた。
 「だらしないね___追い越したって気がつかれないんじゃないの?」
 黒一色の女戦士、八柱神の紅一点___
 ライディアは今日も余裕綽々だ。



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