1 妖魔について

 「太古のからくりは解かれ、世界には光が舞い戻りました。」
 ナババをゾヴィス湖に水葬し、心境も新たにレミウィスは言った。会議室風の部屋に集まり、今後の指針を決める。
 「ですが見ての通り城は蛻の殻。」
 「竜神帝もいないよね。」
 ライの言葉にレミウィスは頷く。
 「からくりの解明に聖杯を用いることもありませんでした。そればかりか、私は聖杯の文字を古代天界文字だと考えていましたが、それは間違っていたようです。おかげでからくりの解明に手間を要してしまった___」
 時折、悲愴が覗く。気丈に振る舞ってはいても消せはしなかった。
 「___ともかく暫くはこの城の細部まで、調べることに終始したいと思います。異論は?」
 皆は沈黙でレミウィスに答える。
 「宜しい。では早速行動に移りましょうと言いたいところですが___」
 レミウィスは眼鏡の向こうの鋭い視線を棕櫚に向けた。
 「その前にお二人のことを伺わなければなりません。」
 棕櫚はレミウィスから視線を逸らし、手で言葉を制する仕草を取った。ゆっくりと立ち上がる。
 「バルバロッサは皆さんも御存知の通り、寡黙を地でいく男。全ては俺から説明させていただきます。先ず何より、記憶を消したことについてお詫びいたしましょう。しかし、皆さんに余計な混乱を与えたくはありませんでしたし、黄泉のことについて異世界の人々が干渉するのは許されないことなのです。ご理解をいただきたい。」
 「理解するかしないかは、説明を聞いてからよ。」
 ソアラは腕組みし、棕櫚を睨むように見ていた。他の皆に比べて人一倍表情が険しい。
 「そうですね、もっともな御意見です。」
 そして棕櫚は流暢に語りだした。
 「先ず俺たちがどういった人物であるか、素性についてお話しします。我々は元々は黄泉に住む妖魔です。面識があったわけではなく、時を同じくして逮捕されただけです。」
 「わからないことだらけだ。一つずつ順を追って話してくれ。」
 サザビーは煙草をどこかで拾ってきたらしい食器にこすりつけた。
 「はい。まずは我々の住む世界、黄泉についてお話ししましょう。」
 全てが黙り込んだ。まったく誰も知らない新たなる知性。記憶に新しいカテゴリーが刻まれる瞬間というのは、あまりにも刺激的だ。
 ___
 「黄泉はこちらとは全く別の世界___魔導口という境界はあるにせよ、天界、中庸界、地界は三元世界と呼ばれ、結ばれている。そうですね?」
 「そうだな。俺も最初は疑ったが、こうして地界に来て、竜神帝やら有翼人の話も聞けばもう疑う必要もない。」
 「黄泉とこちらの世界を結ぶものはありません。いや断言はできませんが、黄泉からこちらを訪れる者も、こちらから黄泉に向かう者も、通常はあり得ないことなのです。」
 「でもあなたはこっちに来た___」
 「そう、それは後でお話しします。さて黄泉は果てしなく広大で、私もその最果てがどこにあるのか知りません。そしてあまりにも強健な世界です。まず驚くかも知れませんが、空という意識が我々にはありません。そして太陽や、月といったものも黄泉には存在しません。」
 「空がないって?」
 「ないのではありません。頭上の空間を空というのならばそれはあります。ですが天井もあるのです。」
 「!?」
 「空洞の中の世界___みたいなこと?」
 「違います。天井と言っても岩壁があるわけではなく、無限の闇があるのです。」
 「それって空じゃねえの?」
 「闇の中に飛び込むとしましょう、それが空ならば延々昇ることもできるかも知れません。しかし黄泉の闇は違います。それ以上進むことはできない。例えばもしソアラさんが黄泉の空へと舞い上がり、先に見えた闇へと入り込んだとしましょう。そこで逆戻りすればすぐに闇から脱します。しかしソアラさんがそれからさらに闇の中を突き進んだとしても、逆戻りして闇から脱する時間は変わらないのです。」
 「よくわかんねえっす。」
 「つまり___進んだつもりになってるってこと?」
 「そうです。先へ進んでいるようでも、実際はその場に止まっているに過ぎません。それが永遠の闇です。ただ本当は永遠ではないんですけどね。」
 「???」
 「その黄泉も以前の地界と同じ、夜明けのない土地なのでしょうか?」
 「いいえ、黄泉の空は多少薄暗い程度。我々妖魔はもちろん皆さんよりは優れた感覚を持っています。しかしそれでもやはり暗黒の中で全てを見極めることはできません。」
 「なるほどな___次はその妖魔ってやつだ。黄泉に済むのが全て妖魔なのか?」
 「妖人です。しかし実質、黄泉の世界を左右する存在は妖魔。私やバルバロッサのような存在を妖魔と呼び、皆さんのような存在は妖人と呼びます。つまり妖魔とは、なんかしらの特異な能力を持つということ。」
 「妖魔は限られた存在ってことか___」
 「黄泉は広いですからそうかどうかは分かりません。しかし私の知る限りでは、より強靱な妖魔の元に力で劣る妖魔が集い、その妖魔たちに妖人が集い、組織が作られる。そして妖魔の数を割り出すのは非常に難しい。例えば些細な能力、遠くまで見渡せる視力を持つだけでもそれは妖魔なのです。」
 「外見で両者を見分ける方法はないわけだ。」
 「そうです。フローラさんたちには見られてしまいましたが、私は額に小さな角が生え、バルバロッサも肉体的な変化を伴います。とはいえそれが私たちの本来の姿なのです。そして妖人であっても、尾を持つものや、角を生やしたもの、鳥の顔をしているものなど様々。もし皆さんが、こちらの世界で言う人間と同じ姿で、そして何の能力も持たない存在を黄泉で捜し、それを妖人と呼ぶのであればその数は少ないでしょう。」
 「外見はどうでもいいから、特異な能力があるかないかってことか。」
 「境目が難しいな。」
 「明確な境なんて存在しないのではないですか?」
 「レミウィスさんの言うとおりです。明確な境は存在しません。問題になるのはむしろ社会的な地位。妖魔であればそれだけで社会的な地位が確立されます。妖人はあくまで妖魔の下ですから。」
 「でもそれだったら妖魔って名乗ってたほうが得じゃん。」
 「それほど生やさしい世界だと思いますか?無論広い世界ですから、黄泉の中でも私の知る極狭い範囲での出来事なのかも知れませんが、有力な妖魔はそれぞれ派閥を持っています。そして多くの妖魔はその派閥に属しています。そうでなければ、危険分子として派閥に狙われることになりますから。」
 「派閥間の争い___がありそうね。」
 「そうです。妖魔を名乗る者が自由を得るには、それ相応の力が必要になります。当たり障りなく、安穏と生きることを望むのであれば、皆妖人を名乗るでしょう。妖魔ともなると、罪に問われたときの処罰も重くなりますし。」
 「罪?」
 「俺とバルバロッサは罪人なんです。我々がこちらの世界へと飛ばされたのは、刑罰なんですよ。」
 「なにやったんだ?」
 「いや___まあ、いろいろと。」
 「それはいいじゃない。その刑罰について教えて。」
 「黄泉からの追放、そう聞けば流刑にも思えますが実質は死刑です。それ相応の力を持つ者でも確実に死にます。」
 「そもそもさっき黄泉に出入り口はないって言ってたよな。」
 「ないことはないんですよ。実際、出入り口を作れる能力を持った妖魔もいます。ですがそれ以外の妖魔は地力で黄泉から抜け出すことはできない。ではどうするのか?闇の中に解き放つのです。」
 「闇の中___?」
 「空の闇ですよ。出入り口を作れる妖魔は、この闇に暗黒の通路を開き、前進することができます。そして闇の中に出口を作ることができるのです。それがどこへ続く出口か、黄泉の中のとある場所か、あるいは異世界か___」
 「それで本当は永遠じゃねえってわけか。しかしますますわけがわからねえな。」
 「出入り口を作れる妖魔が、罪人を闇の中に前進させ、置き去りにするんですよ。」
 「ええっ!?それってどうなるの?本当は進めないんだよね。」
 「そうです。その闇の奥に押し込められたらどうなるのか。これは___体験したからこそ話せることですが、二度と味わいたくない感覚ですね。全身がねじ曲げられ、自分の体から闇の中に命が吸われていくのが分かるんです。それは生命力であり、己が持つ腕力であり、何であり、あんな気持ち悪いものってありませんよ。そして体は闇の奥底、四方八方へと急速に引っ張り込まれるんです。」
 「想像がつかないね___」
 「黄泉の闇には全てを弾き出そうとする意志があります。それは黄泉の中かも知れませんし、別の世界かも知れません。黄泉の闇は永遠であると同時に全てへ通じる場所でもあるのだと思います。そしてそれ相応の生命力を持つ妖魔でも、あの闇の中では無力。体を引き裂かれて死に至るでしょう。」
 「でもあなたたちは生きてる。」
 「ってことは、妖魔の中でもとびきりの実力者ってわけか。」
 「違います。俺の場合は___その闇に出入り口を開く妖魔ですね、その人物と多少の因縁がありまして、慈悲を受けたというわけです。」
 「助けられたってことか。」
 「でも力の大半は失いました。さて、この刑罰を受けて生き延びた妖魔は私たちが初めてではありません。過去の例を見ても、刑を受けた妖魔がどこかに吐き出された場合、出入り口を開ける妖魔によって、一人の妖魔が派遣されてきました。その妖魔は鍵の番人と呼ばれ、その人物と出会うことで、罪人は晴れて刑期を終えるのです。」
 「それがフォンか___」
 「そう。鍵の番人は帰還意志を示す鍵を持っている。それを解放することで出入り口を開く妖魔が、迎えにやって来るというわけです。さすがに、異世界にまで派遣されたというのは初めてかもしれませんが。」
 「なるほど___」
 「鍵の番人は吐き出された地域で最も力が強いであろう存在の側にいます。フォンも取り決めに倣い、アヌビスの側にいたのでしょう。俺たちもその取り決めは知っていましたから、ある程度の地力を取り戻したところで強者の元へと近づこうとしました。ルバロッサは超龍神に近づき、私はソアラさんを見つけました。俺たちは同時にこちらへ飛ばされましたが、その後は会っていなかった。だから再会したときに___超龍神かソアラさんかを選ぶことにしました。」
 「そしてあたしを選んだ___」
 「その後、アヌビスが現れます。そしてフォンはアヌビスの側にいました。俺たちは黄泉に帰ることになる。しかし妖魔の痕跡を異世界に残すことはできない。だから、忘却の小瓶を使うのです。」
 「そう、それであたしの記憶をすっ飛ばした。」
「これは例えば異世界でなく、黄泉のどこかに吐き出された場合も使います。罪人の妖魔が見知らぬ地域で力を付け、徒党を結成する可能性もありますからね。で、この小瓶は罪人と鍵の番人が近づくと効果を発揮します。もっとも一度きりなので、次にフォンがやってきてももう使い物にはなりません。」
 ___
 棕櫚が一通りの話を終えた頃、すっかり退屈していたリュカとルディーは眠りに落ちていた。皆は彼の話を自分なりに整理することで精一杯か。
 「一つ気になることがあるんだが、何でおまえらはフォンと戦ってたんだ?」
 三本目の煙草を皿にこすりつけ、サザビーが問いかけた。
 「個人的な因縁です。フォンは俺に恨みを持っていて、健常な状態で黄泉に連れて行くつもりはなかった。」
 「なるほどな。」
 「厄介なのは___フォンがアヌビスに黄泉のことを語りはしないかということです。さすがにそんなことはしないと思いますが___鍵の番人は忘却の小瓶を持っているわけではありませんから、彼の口から語られれば、それはアヌビスの記憶に残る。」
 棕櫚は難しい顔をする。妖魔のプライドがあるのであれば、黄泉のことを軽々しくアヌビスに語ることなどないはずだ。しかし___
 「危険ね___アヌビスの好奇心ならフォンの行動から全てを察するかも知れない___」
 そう、フォンが二人を単独で出迎えたその行動。それ自体がアヌビスの興味を惹くかも知れない。現に彼は傷ついて逃げ去り、この間にグルーが死んだ。追求は受けるはず。
 「まあそれは後で考えようぜ。とりあえず今は妖魔を理解するので大変だ。」
 百鬼が笑顔で手を叩き、混乱気味だった皆の気持ちを切り替えさせた。
 「僕はさっぱり。」
 「相変わらずだな。」
 ライの苦笑いにサザビーが突っ込む。
 「まあ俺もよく分かってないけどよ、まあいいんじゃねえの?棕櫚やバルバロッサが妖魔なんだろ?別段俺たちとかわんねえじゃねえの。」
 百鬼の言葉に棕櫚は少し呆気にとられた顔をしていた。
 「そう___ですか?」
 そしてそう問い直す。
 「そうですね、我々より多少神秘性に長けているだけにしか思えません。」
 といったのはレミウィス。
 「そんなものなのでしょうか___?」
 「そんなものなんだよ。」
 最初に立ち上がったのは百鬼だった。
 「俺は棕櫚とバルバロッサのやったことについては理解できるぜ。本能が二人を黄泉に帰らせようとしていたんだ。黙って記憶から消そうとしたってのは確かにいい気分しないけどさ、たまたま俺たちが二人を見つけなかったら、別に二人がいないままでも俺たちは傷つかなかった。それにさ、種族には種族の掟ってやっぱりあるもんなんだよ。」
 「ソードルセイドも特化した民族ですからね。僕も最初は驚きました。」
 とは、ソードルセイドの民を知るスレイの言葉。百鬼がうんうんと頷いている。だが棕櫚は彼らの無頓着とも呼べそうな寛大さに困惑してしまう。
 「ずっと利用していたんですよ?私たちは仲間意識よりも先に、自分たちが黄泉に帰るためにソアラさんに寄生していたに過ぎない___!」
 棕櫚はバルバロッサを一瞥してから訴えるように言った。
 「いいんじゃないの?現にそれが一番正しい方法だったんだし、俺たちもおまえらの力があったからここまでこれたんだしな。」
 サザビーはそう言って棕櫚に笑顔を見せた。その笑顔に、棕櫚は仲間という言葉を思い知らされる。
 「今までを思い出してみてよ、棕櫚。ただあなたが利用するためだけに私たちと一緒にいたというのなら、あなたが私たちのために戦ってくれることなんてない。だってそうでしょ?あなたたちは私たちをうち倒した存在に目を向ければいいことなんだもの___」
 フローラの聖母の微笑。確かに、彼らのために策を練り、戦い、盾になりもした___でも、それは本当に大いなる目的があったからだった。仲間として時を共にしながらも、傍観者である実質を捨てたことはなかった。でも___
 (俺は___)
 生活を、命を、喜怒哀楽を、全てを共にした仲間___彼らの信頼を軽薄にも踏みにじってしまった、自分の罪の深さを感じた。
 もう一度黄泉の闇の奥底に放たれてもやむを得ないほどの罪だ。
 「___すみませんでした。」
 棕櫚はぐっと自分の胸元を押さえて皆に対して深く頭を下げた。
 「あまりにも傲慢でした___」
 「棕櫚、頭を上げて。」
 ソアラの声で棕櫚はゆっくりと頭を上げる。なんと言うことだろう、その目が微かに潤んでいる。今までどんな場面であろうと、この男の涙など見たことはなかったのに。
 「一つだけ聞かせて___あたしたちとあなたたちの関係は___?」
 ソアラの顔は先程までと打って変わって優しかった。棕櫚は一度声を出しかけて唾を飲み、改めて言った。
 「長き旅を共にしてきた___仲間___です!」
 「そう言うこと!」
 場に明るい雰囲気が戻った。
 「だが___」
 そんなときにバルバロッサが重い口を開いた。
 「機会があればすぐにでも黄泉に帰るぞ。」
 「ええそれは構わないわ。そういう掟なんでしょう?」
 「縛り付けていたら悪いもんね。僕だって正直早く中庸界に帰りたい。」
 「でも突然いなくなっちゃうのは寂しいわ___」
 そう。いつかは別れが来るものだが、それが近い、しかも不意に訪れると知っては郷愁的になってしまう。
 「勝手に消えたりはしません、そして離れても皆さんのことは忘れませんし、忘れてもらいたくもありません。別れの時が来たなら、必ず皆さん全員と握手をして、その時を迎えます!」
 棕櫚の態度は演技ではない。黄泉の冷血な空気を忘れ、純な感情に魅入られた棕櫚。沈黙のまま、バルバロッサは彼が黄泉へ戻ったときに戸惑いを感じるかもしれないと考えた。それは己にも少なからず言えること。
 だが、棕櫚はかつての棕櫚から変わることへの恐怖感など抱いていなかった。暖かみを知ることで強くなれることもあるのだ。いや、黄泉に足りないのはむしろそれだと感じる。愛し、許し、支え合う心。
 「でも別れて半年も顔を見ないと忘れちまうかもしれねえな。」
 「えぇ〜?」
 百鬼が棕櫚を茶化すとどっと明るい笑い声が起こった。すっかり眠ってしまっていたリュカとルディーもそれで目を覚ます。
 「さあ皆さん。いま我々がやらなければならないのは黄泉に対する憶測を広げることではありません。手分けしてこの城の内部を調べていきましょう。」
 レミウィスのまとめで会議は解散。おのおの席を立ち城内へと散らばっていった。
 「棕櫚。」
 その中でソアラが棕櫚を呼び止める。
 「なんですか?」
 「話があるの、こっちに来てくれる?」
 ソアラは少し荒っぽく棕櫚の手を取って、半ば強引に近く部屋へと連れ込んだ。不燈火虫も一つしかないそこは、何かの倉庫だろうか、とても狭い。
 「なんですかソアラさん?こんな狭いところで___何か説明の不足でもありましたか?」
 「違うわ、ちょっと聞きたいことがあるの。」
 薄暗い闇の中でも棕櫚にはソアラの力のこもった眼差しがしっかりと見えていた。密着した状態でソアラに迫られるとさしもの棕櫚も少しどぎまぎした。
 「なんです?」
 ソアラは少しだけ間をおいて、一言で訊ねた。
 「妖魔に紫色の髪をした人はいる?」
 「え!?ソ、ソアラさん___まさか!」
 棕櫚にはソアラが何をいわんとしているかが分かった。彼女らしい突飛な発想だ。
 「あたしは純粋な竜の使いではない。そうアヌビスは言ったわ。私の血には解明できない部分があるとも言っていた。それがあたしを紫にしたかもしれない。」
 「それが妖魔の血だと___?」
 だが、思い当たる節がないわけではないのだ。棕櫚もソアラに対してはなぜか親近感を憶えていた。そして実際に、紫色の髪をした妖魔なら___数人知っている。だが、彼女の中で変に黄泉への興味が高ぶるのは___
 「お願い___教えて。」
 熱意が届く。竜の使いであると知っただけで満足しているように見えたソアラだがそんなことはない。血に秘められた謎、「色」の意味を解き明かすヒントを心から欲していた。
 「___いますよ。」
 躊躇いはあった。だが棕櫚もソアラに「まさか」を感じたから、話した。
 「それも俺の知るだけで数人ね。」
 もしソアラが僅かでも妖魔の系譜を踏むというのなら、彼女は黄泉について知る権利がある。だから棕櫚は話した。
 彼の答えを聞いたソアラは確かに笑みを作っていた。さりげないが力強く。
 「ありがとう。」
 軽く棕櫚の頬に舞い降りた唇が、心からの感謝の意を表していた。

 一方その頃___
 「なるほど___するとおまえは俺のそばに寄ることで、棕櫚とバルバロッサとか言う二人を待っていたわけだ。」
 フォンも時を同じくしてアヌビスに素性を語っていた。棕櫚が心配していたこと、フォンの根深い私怨が黄泉の掟、妖魔のプライドを捨てさせていた。
 「アヌビス様!どうか私目にそのお力を!ほんの僅かで構いません!どうかこの私目にお与えください!」
 フォンはアヌビスに助けを請うていた。棕櫚を、風間を凌駕する力を手に入れるためだけに。だがアヌビスはフォンの熱意など無視するかのように冷静でいた。
 「フォン、それはおまえの世界のルールに反するんじゃないのか?」
 「う___」
 確かにその通りだ。フォンはアヌビスの前で跪いたまま、頭を垂れて口惜しそうに強く唇を咬んだ。高尚な妖魔でありながら、異世界の者に助けを請う___妖魔であることのプライドを擲っての愚行。
 「まあいい、力を与えてやろう。ただし条件がある。」
 アヌビスはその長い口を不気味に歪めた。ソアラやライディアをからかうときのような親しみやすい笑みではない。それは邪神の企みに他ならなかった。
そして妙案が口をついて出る。
 「おまえの血をよこせ。」
 「は___?」
 「アヌビス様___まさか!」
 ダ・ギュールも驚いて少し声色を高ぶらせていた。彼はアヌビスが何を考えているか分かったから驚いていた。
 「何も全部よこせというわけではない、少しだけでいいんだ。ダ・ギュール、解析の準備をしておけ___」
 アヌビスも閃いていた___ソアラと同じことを。
 「ソアラの血を忘れるなよ___」
 もし___ソアラが妖魔とかいう奴の血も持っているのなら___
 面白いじゃないか___
 アヌビスはしばらくの間こみあがる笑みを消せないでいた。



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