第12章 湖畔

 フレリーの街灯に光が戻っていく。光を愛する人々は暗がりに落ちた場所を避けていた。それが自然とグルーから逃れることにも繋がり、吸血の被害はさほど大きくなかった。何よりも幸いだったのは、ここには皆の理解者がいたこと。
 「危険な賭だったけど___結果的には正解だったわね。」
 まだ頭が痛むのだろう、ベッドに座るソアラは冴えない顔で額に手を当てていた。
 「聖杯を守ることが第一です。我々の同士がいてくれたこと、これが幸運でした。」
 棕櫚がリュカとルディーを預け、レミウィスたちが駆け込んだのはただの教会ではない。竜神帝を崇める、竜神教の流れをくむ者たちの居場所。
 レミウィスの名は彼らにも「神を知り尽くした淑女」として伝わっていた。本人は「そんな知識はない」と謙遜したが、おかげで彼らは諸手をあげて協力してくれた。
 「しかし棕櫚君ってばほんとに悪党。」
 「照れますね。」
 棕櫚は端正な顔で微笑む。ソアラはグルーの笑みを思い出して少しゾッとした。
 「褒めてねえっすよ。」
 「いや、今のは褒め言葉だろ。」
 相変わらずなリンガーとバット。
 「お母さん大丈夫〜?」
 ソアラが目覚めてからまだ間もない。リュカとルディーは心配そうな顔でソアラの膝にのし掛かっている。
 「大丈夫。」
 子供に心配をかけるものじゃない。ソアラはできる限りの元気な顔で、二人の頭を撫でてやった。
 さて、聖杯はグルーに奪われたはず。しかしそれはレミウィスの目が届くテーブルに鎮座していた。では___
 「虚を突かれるとはこのことですね___」
 グルーは聖杯を掌に乗せ、訝しい顔をしていた。そして指でその表面を強く擦る。指先は銀色に染まり、聖杯には木目が露出した。棕櫚が作り上げたものだ。
 「どこでこんなもの作ったのでしょう?偽りない造形の木工細工に、鱗粉を思わせる光る銀の苔___」
 してやられた。不愉快ではあるが、一応はアヌビスに報告しなければならない。グルーは闇の空に手を翳した。



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