2 ヴァンパイア
ヴァンパイア___
時に吸血鬼と呼ばれる彼らは、闇の中を住処とし、陽光を酷く嫌う。
首筋に牙を立て、人の純血をすすることを好む。
一見すると彼らは人と変わらない容姿を持っており、人の世に紛れては清らかなる人間を牙の傘下へとおさめていく。
「しかし驚いたわ。」
「本当ですね、まさか人の住む町があるとは思いませんでした。」
二手に分かれてから十日以上の日が過ぎた。街道に従って遠回りをしていたソアラたちは、すでにネルベンザック城から北に広がる山脈の迂回に成功している。
「山が盾になったんじゃねえっすか。」
「そんなもんかしらねぇ。」
あっけらかんと言うリンガーに、ソアラが苦笑いで答えた。
キュクィ車が目指すのは無数の光が集う場所。遠目からもはっきりと分かる生活の光だった。魔獣が住む大陸のふれこみ通り、ここまで街という街が滅びていたがどうやら大陸の北側にはまだ人が住んでいるらしい。
「食糧が厳しくなっていましたから、幸運だったと素直に喜びましょう。」
食糧も必要だが、安らげる場所の方が今は重要。やはりたまには宿のベッドで眠りたい。ナババの言うとおり、意外な事実をありがたいものとして受け入れるのが良さそうだ。
___
フレリーの街はたどり着いて改めて光の多さを感じるところだった。通りが広く街灯が豊富で、人々の顔も心なしか明るく見える。
「なんだかここまでが嘘みたいな変わり様。」
この街の規模はハーラクーナには及ばないもののかなり大きい。しかし町中に配備された街灯や、ところどころ通りが石で舗装されているなど、水準の高さはかなりのものがある。
「さぁて、宿探しと。」
汚れたネルベンザックにあって、これだけの光を携える街では警戒心も吹き飛ぶ。ソアラは一人で宿を探し歩いていた。レミウィスとナババはキュクィの受け入れ先を探し、棕櫚とバットリンガーは子供たちを連れて食糧の買い込みに出ている。
「っ___髪が邪魔になってきたなぁ。」
後ろから吹き付けた風で紫色の髪が頬をくすぐる。ジャケットのポケットから紐を取り出したソアラは、立ち止まって髪をまとめ上げると後頭部で縛った。まだポニーテールには足りない髪は犬の尻尾のようにも見える。
(首がくすぐったいの駄目なんだよね___)
通りがかりの人たちは彼女の紫を気にしていたようだが、ソアラは慣れた様子で目があった人に微笑みを返していた。
「おっと___」
縛りきれなかった髪が首をつついたため、ソアラはアパートの窓ガラスに顔を映しながら髪を縛り直していた。
「!」
窓に映っていた男の顔。輪郭がぼんやりと分かっただけだが、こちらを見る視線の鋭さは瞬間で感じ取った。
「あんたは___!」
振り返ったソアラが見たのは全身に歴戦の傷跡を刻んだ男、ゲーブルだった。
「っ!」
突然ソアラの上の街灯が消えた。気を取られる間もなく伸びてきたゲーブルの手がソアラの首を掴み、そのままアパートの窓に向かって押し込む。
ガシャン!
窓が激しく砕け、後頭部から突っ込んだソアラの頬に血の筋が走る。ソアラは顔を歪めながらもゲーブルをしっかりと睨み付け、挟みつけるようにして首を押さえる彼の手首を殴った。
「うぐっ___!」
だがゲーブルは怯まない。手首の関節に鈍い音が走ったにもかかわらず、ソアラの喉を押しつぶさんばかりに圧してくる。ソアラは手首を掴んで炎の呪文を放つが勢いは止まらなかった。
(なによこいつ___!)
炎の目映さの中、ソアラは彼の目が普通じゃないことに気がついた。なんというか、光がない。かつてゲーブルと対峙したときに感じた研ぎ澄まされた精神と、戦士の威光は見る影もなかった。
「おかしいでしょう?」
「!?」
蝋燭一つないアパートの部屋に肩まで押し込まれ、ソアラは恐ろしい声を聞いた。
「グルー!うっ___」
妙に濡れた雰囲気の声の主は、妖艶な男グルー。ソアラはそれに気づくことはできたが、そこまでだ。髪を結って剥き出しの首に女のような細い手が宛われ、反対側の首筋に針の差すような痛みが走るとすぐに体が反応を失っていった。
「な___なにこれ___」
視界に黒い霞がかかっていく。もうゲーブルは手を放し、ソアラの体は半分アパートの中に入り込んでグルーに抱かれている。
「フフフ___」
耳元でグルーの囁き。首筋の痛みが不思議な快感に変わり、自然と頬が上気した。グルーはソアラの首筋に自慢の牙を突き立て、彼女の甘露を味わっていた。
「うぁあ___」
ほんのりと暖かい吐息が、甘い声を伴ってソアラから漏れる。もうどうしていいのか分からない。砕けた窓に残ったガラスが背中を傷つけているのに、それさえも感じない。危険だという意識も恍惚の波に消えていく。
「ぁああっ___!」
無意識に上げた声と同時に、ソアラの全身から糸が切れたように力が抜けた。グルーに体重をもたげ、ガラスは背中に少し刺さっていた。グルーはゆっくりとソアラの首筋から口を放し、牙に残った血を一嘗めにした。
「私は宵闇の帝王___ヴァンパイアの支配から逃れられる女性はいない。たとえそれが竜の使いでもね___」
勿体ないと言わんばかりに、グルーはソアラの頬を伝う血を指でそぎ取った。
「男の血はいらない。だからスマートにやらせて貰います。ねえ、ソアラ。」
グルーの腕に抱かれたソアラは目を閉じてはいなかった。しかしその目は放心しているかのように虚無で、焦点も定かではなかった。
「私に与えられた任務は器の奪還。しっかり頼みますよ二人とも___」
ソアラはゆっくりとアパートの外へと半身を戻していく。グルーの指先から走った黒い帯が彼女の背の傷を塞いでいった。それにあわせてゲーブルもアパートに背を向けるように立つ。遠くの街灯の微かな光が届く。彼の首筋で何かがきらりと光っていた。
「ネルベンザックでこんな時間が取れるなんて、思いもよらなかったね。」
「本当に。」
キュクィを厩舎に預けた後、おしゃれなカフェを見つけたレミウィスとナババは一時の休息を謳歌していた。
「しかしこの空の下だよ、店の中で飲めば良かったんじゃないか?」
店の外にはテーブルと椅子が並んでいた。明けない夜の下で酒を楽しむ客はいても、ティータイムを楽しむ客はいない。店主も訝し気だったが、レミウィスがナババの手を引いて外へと連れ出したのだ。
「この街の景色って素敵だと思わない?これだけ光に満ちた街ってそうはないわ。」
「そりゃそうだけどね。」
レミウィスは街灯が並んだ通りを眺めて微笑んだ。ナババも苦笑いで紅茶をすする。
「こういう時間っていいな。」
「それはそうだよ。君はいつも眼鏡姿で聖杯と睨めっこだもの。」
聖杯はレミウィスの膝の上、彼女が肩からかけているバッグの中に入っている。
「なんだか若返った気がする。」
大人びた微笑みと落ち着きは年相応。だがレミウィスの顔には老いのかけらも見あたらず、三十路も終盤の女性には見えない。
「二人だけでこういう時間を楽しむなんて、本当にどれくらいぶりだろうなあ。」
「私はあなたのことを愛しているけど、どうしてかしらね。二人だけにならないと言葉を崩すこともできない。」
確かに不思議な関係だ。ソアラと百鬼のように、人目も憚らず手をつなぐことだってできない。
「それが僕らの昔からの関係じゃないか。僕と君の愛は、隠しながらじゃないといけなかった。」
良家の娘とそこに仕える使用人。家柄の縛りの中では決して成就しない恋愛の道を歩み続けてきた。
「あなたと出会ってからこっちに来るまでの数年間、とても幸せだった。」
「青春時代って奴だ。」
「フフッ、そうそう。」
その青春は決して長くなかった。短かったからこそ二人の愛は絶対になったのかも知れないが。
「まあ今は第二の青春かも知れない。竜神帝という情熱があたしたちをさらに強く繋いでいる。そしてソアラたち、妹の姿を知るソアラたちとも繋がることができた。」
まずはこの黒い空を何とかしたい。そんな思いでレミウィスが空を見上げたときだった!
ガタンッ!
椅子が倒れる音で振り向いたレミウィスは、驚きで目を丸くした。目の前ではナババが椅子ごと倒れている。手にしていたティーカップも地面に叩きつけられて砕け散っていた。
殴られた!?
それも十分な驚愕だが、問題なのは殴った人物だ。
「ソアラ!?」
さしものレミウィスも動揺した顔で立ち上がる。
「聖杯を渡して。」
ソアラはゆっくりとレミウィスに振り向き、静かな声で呟いた。譫言のような口調、ぼんやりとした視線、何事かあったらしい彼女の様子を知るとレミウィスは落ち着きを取り戻した。
「ソアラ___何があった!?」
レミウィスは後ずさるようにしてテーブルから離れた。ソアラはゆっくりと歩みを進め、ナババを無視してレミウィスに近づいてくる。
「渡せ。」
背後からの男の声。レミウィスは後ろ一瞥し、足を止める。
「ソアラを操れるなんて、こんなことができるのは___」
「八柱神。」
今度は横。レミウィスは妙に艶っぽく、一癖ある声を発したこの男の方に、体ごと振り返った。いつの間にか街灯が消えている。しかし周りの建物から漏れる明かりで視界ははっきりしていた。
「ですよね。」
グルーは彼女の聡明な眼差しを見て、不適に微笑んでいた。
「八柱神___だがおまえはブレンやメリウステスとは違うようだな。」
「そう見えます?」
グルーはしなやかに前髪を掻き上げる。肉体派の八柱神では手も足も出ない反面、こういうタイプならすこしはやれるかもしれない。レミウィスはそう考えていた。
「器はそれですか?」
器___と呼ぶのが少し気になる。メリウステスも聖杯を「器」と言っていたとソアラから聞いた。
「そうだ。」
グルーがレミウィスのお尻のあたりに下がる肩掛けのバックを指さすと、レミウィスは簡単に頷いた。
「素直ですね。」
「奪い取られればすぐに分かることだからな。」
なかなか賢明な方だ___グルーはレミウィスに心惹かれた。美女の前で血の気が疼くのはヴァンパイアとしての性分だった。
「レミウィス!」
そんなグルーの淫蕩な気持ちをかき消すように、二人の間にナババが割って入ってきた。ナババは慌ただしくソアラとゲーブルを睨んで牽制し、グルーに向き直る。
「ここは僕が引き受けるから君はみんなを___」
「無駄よ。ここで少し派手に戦えば、気づいてくれるわ。」
「正気か!?」
囁きが無駄になるほど大きな声で、ナババは驚きを口にした。グルーは二人のやりとりを眺めて微笑んでいた。ナババが影になっているというのに、レミウィスは僅かな隙間から片目でこちらを睨み続ける。グルーは楽しくて背筋がゾクゾクと震えた。
ジリ___
ソアラとゲーブルがゆっくりとレミウィスたちに向かって歩み始めた。
(おっといけない。)
その動きにハッとしたグルーは、目を閉じた。
「二人とも、器を奪いなさい。」
指示は極簡単。それと共にソアラとゲーブルの動きが加速した。
「狙いは私にある!ルートウィックはなんとかその男を食い止めて!」
「心得た!」
ナババは短剣を抜き、迫るゲーブルに真っ向から対峙した。そしてレミウィスは___
(ソアラがこうも簡単に操られるのか?あの男は平然として、魔力さえ感じないというのに___?)
ソアラを操っているであろうグルーの術を解くことだけを考え、彼女と戦う。
「ドラゴフレイム!」
抑揚はないが大きな声で、ソアラが火炎を放った。
「ストームブリザード!」
レミウィスは冷静に氷の粒で炎を相殺する。だがそれを見透かしたようにしてソアラが蒸気を突き破って飛びかかってきた。
ガンッ!
ソアラの鋭い蹴打は偶然にもレミウィスのバッグに当たり、聖杯がレミウィスを守った。
「ソアラ目覚めなさい!」
無駄とは分かっているが、彼女に少しでも反応がないか見極めるためにレミウィスは叫んだ。いや、周囲に喧噪を気づかせるという意味もある。
「聖杯をよこせ!」
ソアラに反応はない。だが口とは裏腹に、手はバッグに伸びては来なかった。
「よしなさいソアラ___くっ!」
殴りかかってきたソアラの拳を必死に腕で防いだレミウィスだが、よろめいてテーブルにもたれ掛かった。
「レミウィス!くっ___まだくるか!」
胸を血で染めたゲーブルがナババにつかみかかってきた。ナババはレミウィスを救うため、顔をしかめながらもゲーブルの腕に短刀を突き刺した。
「何で怯まない!」
だがゲーブルはなおもそのままナババにつかみかかってくる。出血夥しい腕でナババの首を締め付けてきた。
「ふむ、性格の差が出てますね。」
グルーはおもしろそうに二人の手下の戦いを見ていた。「器を奪え」という命令に対し、我が身も顧みず一直線に役目を果たそうとするゲーブルと、レミウィスとの戦いに遊びを見いだしているソアラ。
言い換えれば、グルーはその程度の命令しか下していないということ。あとは各々が自由に動いている。そんな芸当ができるほど、血の支配は絶対なのだ。
「ドラゴンブレス!」
派手な炎が戦場を目映く照らす。しかしソアラは炎を簡単にかいくぐってレミウィスに接近した。
「この___!」
突き放そうと手を出したレミウィスだったが、逆にその腕をソアラにたぐり寄せられた。
「!」
流れるような動きに飲まれ、引っ張り込まれると同時に足を払われたレミウィスの体が簡単に宙を舞う。
「ぐぅっ!」
レミウィスは顔から地面に叩きつけられた。不覚にも横顔を土に酷くこすりつけてしまった。
「レミウィス!」
ゲーブルを渾身の力で突き放し、ナババは後ろからソアラに掴みかかろうとした。しかしソアラは振り返りもせずに回し蹴りを放ち、正確にナババの顎を捉えた。
「お見事。」
ナババが膝から崩れ落ちる姿を眺め、グルーはソアラの巧みな動きに酔いしれる。彼はただ血を支配し、命令を下しただけ。今のソアラの動きは彼女の感性が繰り出したものだ。
「ルート!」
大きな擦り傷で血に染まった顔のまま、レミウィスはナババの名を呼んだ。
(ほう___)
美女の血化粧を見るとたまらない疼きが走る。グルーは内から沸き上がる笑みを堪えきれず、小さく舌なめずりした。その時!
「うがああっ!」
ソアラが突然奇声を発し、力任せにレミウィスにのし掛かってきた。紫の瞳をぎらぎらと光らせて、レミウィスを押し倒すとその首を押さえつけ、逆の手で頬の傷に爪を食い込ませた。
「くうあああっ!?」
レミウィスはたまらず悲鳴を上げて悶え苦しむが、ソアラは止まらない。爪の狭間から血が飛び散るのを見ると、なんとレミウィスの頬に舌を伸ばしてそれを削ぎ取っていく。
「しまった。」
グルーはそう呟いて額に手を当てた。
(つい感情に流されてしまいましたね。ソアラは敏感だから命令として伝わってしまった___あっちの男は混乱して静止してるというのに。)
ゲーブルは立ちすくんで虚空を見ている。彼の足下ではナババがやっとの思いで立ち上がろうとしていた。
「レミウィス___!」
ナババは必死の形相でソアラに突進し、その背中を力任せに拳骨で叩いた。
「ぐっ!」
爪が頬を走りレミウィスは顔を歪めたが、ソアラの体は彼女にピッタリと覆い被さった。そして見つけたのだ___
「これは___」
レミウィスの目前にソアラの首筋。そしてそこには小さな牙の跡が残っていた。
血の支配。
ヴァンパイアのなんたるかはレミウィスも知っているし、グルーがそうだとしても何ら不思議ではない。だがそれが分かったところで、グルーの支配をいったいどうやって解くことができるのか?
(どうする___いや、まてよ!)
ソアラがゆっくりと体を持ち上げたときに大きな隙が生じる。レミウィスは力任せに彼女のみぞおちを突き、呻いたところでナババが後ろからソアラを引き剥がした。
「レミウィス!」
ナババはレミウィスの手を取って素早くソアラから距離を取った。
「八柱神!」
短い対峙が生じるなりレミウィスが声高らかに言った。
「どうやってソアラを支配した?」
「命の源を私の色に染めさせていただきました。」
グルーは真っ赤な唇に指を当てた。
「血だな。」
フッ___グルーが小さく笑う。どうやら彼女は何らかの策を見いだしたようだが、それならば乗ってみるのもおもしろい。
「そうです。私の牙に落ちた女性は、一切の抵抗を失う。たとえあなたでもね。」
それを聞いたレミウィスは短い瞬きの後、しばし沈黙した。
「聖杯を渡せばソアラを解放するか?」
「レミウィス!?」
驚いたナババが彼女の顔をのぞき込んだ。だがレミウィスは至って平静。
「おもしろいことを言いますね。」
「解放するのか?」
「するわけないでしょう。」
当たり前だ!ナババが困惑の顔でレミウィスとグルーを交互に見やった。
「悪くない条件だと思わないか?」
レミウィスは不適な笑みを浮かべ、服の袖で血まみれの頬を拭った。
「条件ってなんですか?私はその気になれば雑作もなくあなたからそれを奪うことができるのですよ。」
グルーはレミウィスのバッグを指さす。するとレミウィスは構わずに、銀色に光る杯を取り出した。美しい煌めきはまさしく聖杯そのもの。しかし___
「おまえにはこれが本物だと分かるのか?」
レミウィスは言った。
「私には分かる。だがこれが本物かどうか、おまえに教えることは決してない。どう思うかな?ヴァンパイア。こんなあたしが平気な顔で本物の聖杯を持ち歩いているなんて___そう思えるか?」
ナババは芝居がうまい方ではないが、正直なのが良かった。彼はまるで疑うように聖杯を見やり、迷宮に陥った顔をしていたのだ。
「___」
グルーは舌打ちしそうになって堪えた。これは口惜しさを見せるのも馬鹿らしい、陳腐な悪あがきに過ぎない。
「何を言い出すかと思えば___偽物だろうと問題はありません。あなたの血を支配すれば真実を語らせるのは容易。ソアラの引き替えはその器とあなたです。」
グルーは切れ長な目をさらに鋭くし、レミウィスを見つめながら手招きした。
「時間稼ぎ___うまくいかなかったようだね。」
それがレミウィスの狙いだったのだろうと悟ったナババは、依然人気がないままの通りを見回して呟いた。
「せっかくソアラを返してあげると言ってるんです。あなたが戦うよりはソアラが私に挑んだ方が勝ち目があるんじゃないですか?」
グルーとレミウィスは視線を交錯させたまま互いに譲らない。
「仕方ないな。」
だが、先に目をそらしたのはレミウィスの方だった。大きな舌打ちをして、銀色に輝く杯を近くにいたソアラに向かって放り投げた。
「ソアラ。」
グルーの声に反応してソアラが手を伸ばす。そして彼女が杯を受け止めた瞬間!
「なっ!?」
グルーは己の目を疑った。聖杯がソアラの腕に収まったまさにその時、杯が目映い輝きを発し、光はすぐさまソアラの全身を包み込んだのだ。光り輝くソアラの体から、絞り出されるようにして赤い蒸気が噴き上がっていく。
「まさか___!」
激しい光に呻きながらもその様に目を奪われていたグルーは、ハッとしてレミウィスを睨み付けた。
「聖杯は竜の使いの汚れを浄化するんだ。それだけは調べがついている。つまり___」
レミウィスは勝ち誇った笑みで、ソアラが抱く聖杯を指さした。
「あれは本物さ。」
ソアラの首筋に刻まれていた牙の跡が消えていく。
「全て成功した。貴様のおかげだよ、ヴァンパイア。」
その言葉はグルーのプライドを踏みにじる。彼の顔つきが険しく変わるのに、時間はかからなかった。
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