3 輝ける命

 立ち上がり、両腕をマントの下から現した以外は動かない超龍神。その無表情を変えてやろうと、百鬼、ライ、サザビーが一斉に斬りつけた。
 ヴォン___!
 「くっ!?」
 しかし手応えが鈍い。超龍神の体を包む黒いオーラは、まるでゴムのような弾力を持ち、剣を阻んでいた。
 「練気か___!」
 「その通り。」
 サザビーが言った練気とは、自らの体から発せられるオーラを具現化し、個体のような存在感を持たせる術法。超龍神の闇食いの根元とも言える。
 「!」
 黒が武具を包み、三人の動きを封じた。いきなりのピンチだ___闇食いの恐ろしさはかつてミロルグから聞いている。
 バンッ!!
 乾いた音とともに、練気が弾け飛んだ。黒い弾丸は三人の体を直撃し、溶け込み、すぐさま皮膚を斑へと変えていく。これが闇食いの支配。黒に浸食されるとともに壮絶な脱力感が三人を襲っていた。
 「ディヴァインライト!」
 闇食いは打撃では絶つことができないが、光の輝きには脆い。フローラの高らかな声とともに足下から光が噴き出し、影が消えるように三人の体から斑が消えていった。
 「みんな散って!」
 培われた互いの意志疎通に任せ、三人は超龍神から離れた。すぐさまディヴァインライトの輝きが超龍神に結集する。
 「___」
 超龍神の背がやや曲がり、その身を覆っていた黒が光の中であわただしく揺れ動いた。
 「ドラゴフレイム!」
 計ったようにスレイが火炎呪文を放った。炎は光の中の超龍神を飲み込むが___
 オォォォォ___
 呪われた魂の叫びのような、おぞましい音とともに炎が漆黒に変わる。
 「くっ___!」
 フローラが顔を歪め、その指先に僅かな鮮血が迸った。光り輝く魔力は、超龍神の闇に簡単に断ち切られていた。
 「その程度の呪文が私に通じると思うか?呪文とは___こうだ。」
 超龍神は無表情のままに掌を突き出した。目を閉じたのはほんの一瞬のこと。
 「ドラギレア。」
 噴き出した火炎の凄まじさは、決して初めて見るものではない。しかしまるで果実でももぐような容易さで放たれたのは初めてだった。
 「くっ!」
 散っていた三人は熱気に顔をしかめる。照準はフローラとスレイに向いていた。
 「ウインドランス!」
 フローラは得意の風裂呪文を炎にぶつけるが、僅かに押し返すこともできずに蹴散らされた。直撃は免れない。覚悟を決めたように身を縮めた彼女の前に、青年が立ちはだかった。
 「スレイ!?」
 この状況にあって、大魔道士の弟子は至って落ち着いていた。
 「大丈夫___ドラギレアであろうと意に介さない呪文を祖母から教わっています。」
 超龍神に我が力を見せてやる。フローラは魔族の誇り高き血を、彼の後ろ姿に垣間見た気がした。
 「エスペジス!」
 スレイは両手で大きな円を描き、その軌跡が桃色に輝くと、淡い光を呈した壁が広がった。迫り来る炎にフローラはたまらず目を閉じたが、ドラギレアの炎は吸い込まれるように桃色の壁に結集し、壁が激しく輝くと炎は一気に超龍神に向かって吹き返した。
 「!」
 奇怪な力で鏡のように魔力を弾き返す。エスペジスは決して難しい呪文ではないが、少なくとも弾き返す呪文と同等の魔力が必要になる。超龍神が驚いたのはスレイにドラギレアを弾き返すだけの魔力があったことだ。
 ゴオオオッ!
 砂漠の砂を灼熱に変える業火が超龍神を飲み込んだ。
 「フローラ大丈夫!?」
 「何ともないよ。」
 ライがフローラに駆け寄ってその身に触れる。百鬼とサザビーもスレイの側に寄った。
 「やったな!」
 「いえ、こんなことで超龍神が倒れるはずはありません。」
 百鬼に肩を叩かれたスレイは、膨大な魔力の流出に顔を歪めた。しかしすぐに気を保って弓を握る。
 「出来損ないの子にしてはなかなか器用なことをする。」
 燃えさかる炎の中に浮かぶ人影。黒い揺らめきから轟く声に、皆は警戒を募らせた。
 「もう下手な加減はやめるとしよう___おまえたちを始末するのはアヌビスではなく、私の役目だ!」
 声色が変わりはじめた。低温が二重三重に折り重なって聞こえる。
 「げげっ___!」
 炎の中の影に気を取られている隙に、床一帯に広がった黒はすでに皆の足下まで漆黒に染めていた。慌てて片足を上げるが黒は食らいついてはこない。今までの闇食いとは違っていた。
 「こいつは___」
 サザビーは天井を見上げた。黒は青白い灯火をも飲み込み、謁見の間の全てを黒に変える。だが色は明晰。
 「来い___我が戦場へ!」
 それは竜の咆吼。足下から突き上げるように全身が震え、弾け飛んだ炎の輝きに目が眩む。その瞬間何が起こったのか分からなかったが、気がついたときには出口のない黒の中にいた。
 「___!」
 床も、壁も、天井もない。全てが無限に続く黒。黒の上に立ち、際限なき黒の中で、白銀の雄姿は際だっていた。
 それはまさしく竜。全てを超越した者だけが持つ、神の息吹。蛇のように長い体を持つのではなく、巨大な両足で闇を捉え、屈強なる体躯に長い首を持つドラゴン。研ぎ澄まされた容姿は金属のように凹凸が鮮明で、自然ではない究極の体を印象づける。
 これほど完成されたドラゴンは、本の中でも見たことがない。
 それが超龍神だった。
 そして竜の体躯は、黒き血の流れを身に宿しているとは思えないほど、輝きに満ちた白銀だった。
 「超龍神___!」
 気圧されてはいけない。自らにそう言い聞かせ、五人は汗ばんだ手で各々の武器を握り直す。
 「グオオオオオ!」
 暴風にも似た覚醒の叫び。皮膚をブラシで擦られたような衝撃が体を駆け抜ける。
 「一撃でもまともに食らえば死が待っている。そのつもりでいくぞ!」
 この迫力に少しでも慣れているサザビーが、皆を鼓舞した。
 「おおっ!当たって砕けてやろうじゃねえの!」
 「全力でぶつかってやる!」
 百鬼とライが豪快に答えた。
 「いくぞ!」
 先陣を切った三人は、そびえ立つ白銀に向かって駆けだした。

 青白い光を劈き、赤い波動を纏った黒剣が唸る。鋭い一太刀は、刃の破壊力を超越している。
 「グウウウウ!」
 唸りをあげたのは、水なき城に現れた海龍のほうだった。海洋の主は、鋼の剣をも叩き折る自慢の髭を、黒の一撃に切り落とされていた。
 ズンッ___
 宙に放たれた髭は地鳴りとともに床に転げ、すぐさま水となって溶けて消えた。
 「ふっ___」
 これしきかと言わんばかりに鼻で笑い、黒いマントの男は床に降り立つ。彼はバルバロッサには違いないが、印象は少し変わっていた。頭髪の所々に赤色がちらつき、何よりその左手だ。
 (人間でもない魔族でもない___それでいながらこの強さ___!)
 ジュライナギアを困惑に陥れたバルバロッサの強さは、彼の左腕の変化とともに驚異を増していった。バルバロッサの左腕は真っ赤だ。肘までは変わらぬ彼の肉体で、肘から先はまるで赤い鉱物が皮膚の上に集積しているかのようだった。この手に握られたときから彼の剣は赤い光を纏い、ジュライナギアの髭をも容易く切り落とした。
 それはまさに鬼神の如き破壊力。
 「だが___偉大なる英知の前に、一つの生命が抗う術などない!」
 ジュライナギアの張りつめた皮膚が歪み、皺が生じる。蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように、はがれた皮膚は一気に水となって溶け落ちた!
 「水の流れに飲まれて朽ちよ!」
 ジュライナギアの体から解き放たれた大量の水は、大津波となってバルバロッサに押し寄せる。だがバルバロッサは沈黙のままに剣を振りかぶった。
 「水なら斬れる。」
 ジュライナギアは大いなる水の流れを前にした一人の男を見下ろし、己の偉大さを改めて噛みしめていた。しかし迫り来る大津波を前にバルバロッサが呟いた一言は、戦いの結末を暗示していたのかもしれない。
 「___」
 頭上に掲げられた黒い剣は、すでに赤い輝きで満たされていた。
 後は振り下ろすだけ___
 「空牙両断!」
 閃光が走った!

 ガギッ!
 研ぎ澄まされた刃が超龍神の左足を打つ。だが百鬼の一撃も超龍神の煌めく皮膚に僅かな跡を残しただけ。
 「くっ!」
 巨大なかぎ爪がこちらに向くことを恐れた百鬼は、すぐさま飛び退く。しかしそこには超龍神の巨大な尾が、唸りをあげて迫っていた。
 「っ!」
 体の側面に打ち付けた一撃が百鬼を大きく弾き飛ばした。
 「百鬼!」
 錐揉みに闇へと吹っ飛んだ百鬼だが、素早く回り込んだライが受け止める。
 ドンッ!
 「えっ!?」
 背後は永遠の闇だと思っていたが、百鬼を受け止めた勢いで尻餅をついたライは、空間に背中をぶつけた。
 「壁がある?」
 ライは背後の闇に手を伸ばした。そこはまるでガラスでも張られているように、見えない壁があった。
 「この闇は無限ではない。逃げ場のない篭の中___それが意味するところ、わかるであろう?」
 超龍神がゆっくりと口を開いた。牙の向こう、血のように赤い口の奥底が白い光をこぼしはじめる。
 「やばいぞ___」
 脇腹の痛みに顔を歪めながら百鬼が冷や汗を浮かべた。
 「みんな私のところへ!」
 振り向いたそこでは、フローラが呪文の詠唱をはじめていた。スレイとサザビーが彼女の前に立ちはだかって守っている。
 「立てる?」
 「ああ!」
 ライと百鬼もフローラの側へと駆け寄る。超龍神は彼らの動きを追うようにして、口を開いた。
 ゴオオオオ___!
 目映い輝きとともに、超龍神が氷の結晶を吹いた。過酷な雪山の猛吹雪、いや殺傷能力を持ったブリザードが五人を襲う。
 「この呪文にはいい思い出がないから、使いたくはなかったけど___」
 初めて使う呪文だ。超龍神の吹雪を防ぐことができるかやってみなければ分からない。ただ、隻眼の彼女との別れを妨げた壁。ならば吹雪ぐらい造作もないはずだ___ 
 「バリアウォール!」
 まさに吹雪に飲まれようかという瞬間に、フローラの掌から走った光が輝けるドームとなって皆を包んだ。暖かな光の壁は超龍神の吹雪を受けても、僅かな冷気が浸透するだけだった。
 「みんな!あたしが吹雪を押さえ込むから、その隙に飛び出して攻撃を!」
 慣れない呪文だったが、胸の首飾りが頼もしさを与えてくれる。フローラが攻撃の姿勢をいつもより強く持てたのはそのためだった。
 「いけるのか?」
 「任せて!」
 百鬼の問いかけにしっかりと頷き、フローラは両手を力強く前に突き出した。魔力が彼女の指先で躍動し、立ち昇る波動で黒い長髪が踊った。
 「はああああ!」
 夥しい魔力に後押しされ、バリアウォールが大きく広がっていく。その圧倒的な防御力で吹雪の侵入を許さない。
 「いくぞ!」
 間隙をついて百鬼たちが飛び出す。バリアウォールに押し上げられた吹雪の下を、一気に超龍神に向かって突進した。
 「ただ斬りつけるだけじゃ駄目だ!」
 「分かってるよ!」
 長らく戦いを共にしてきた百鬼とライは、ひとたび目を合わせれば思うところが通じる。
 「切れ味は___百鬼丸が上だ!」
 加速した百鬼が渾身の力を込めて超龍神の懐に入り込み、腹に刀を叩きつけた。顔より高い位置の腹に百鬼丸はめり込みもしない。しかし___
 「うりゃあああ!」
 咆吼の勢いに乗せ、ライが百鬼丸に重ねて斬りつけた。激しい金属音と小さな火花が上がる。百鬼丸に込められた二重の力で、刀は僅かだが超龍神の腹に食い込み、黒い血液が染み出してきた。
 「サザビー!」
 「おおっ!」
 ライと百鬼が飛び退くと、開いた傷口に向かってサザビーが槍を一突き!僅かではあるが、食い込んだ槍の切っ先は超龍神の傷口を広げた。
 力を一点に集中させることで打開する。悪い作戦ではなかったが、超龍神は全く意に介していない。人が猫に手を引っ掻かれるよりも、意識の小さな傷だった。
 「その他愛のない攻撃のために仲間を無駄死にさせるとは___全く愚かな奴らだ。」
 吹雪をやめ、超龍神は呟いた。ちょうどライの真上に超龍神の顎があった。超龍神は彼を見下ろしもせず、ただ光に包まれたフローラを睨み付け、嘲笑を浮かべた。
 コオオオォォォ___
 大きく開いた口の奥底が激しく輝く。また吹雪か?フローラはバリアウォールの輝きを強めた。
 「!」
 だが超龍神の口から放たれた吹雪は、フローラの想像を遙かに上回る輝きを放っていた。しかも白い輝きの中に黒いうねりが織り込まれ、斑の吹雪となってバリアウォールに直撃した。
 「こ、これは!!」
 バリアウォールの光に黒い染みが広がっていく。闇食いは魔力を破綻させ、フローラの指先で鮮血がほとばしったのと同時に、光のドームは崩壊した。
 「フローラ!」
 悲鳴を上げる余裕すらなかった。百鬼が叫んだその時にはフローラは轟音に飲み込まれていた。吹雪は見えない壁にぶち当たって拡散し、キラキラとダイヤモンドダストを振りまいていく。戦場は夥しい冷気に支配され、ライは言葉を失っていた。
 「うああああ!」
 「やめろライ!」
 錯乱したライが吹雪に向かって駆け出そうとする。慌ててサザビーが後ろから羽交い締めにした。
 「フローラ!フローラァァッ!」
 悲鳴にも似た声を上げ、ライは手足をばたつかせる。
 「くそっ!」
 吹雪を止めなければならない。思いあまった百鬼は、超龍神の足にしがみつき、その体をよじ登りはじめた。
 「フローラが!フローラがぁ!」
 フローラが危ない___いやそれ以上!パニックに陥ったライ、それを止めることに追われるサザビー、冷静ではない百鬼。三人の動乱を超龍神は嘲り笑っていたことだろう。だが、動乱の中にこそ真のチャンスがある。本来それを突くのを得意とするのはサザビーだった。しかし今日はもう一人、彼の血を引く男がいる。
 ギュンッ!
 「グアアアア!?」
 吹雪が止む。超龍神が初めて、仰け反ってうめいた。その大きな右目のど真ん中に、鋼鉄の矢が突き刺さっていた。それを放った青年は、闇の中で超龍神と同じ高さまで浮遊し、次の矢を引き絞っていた。 
 「母さんの痛みを思い知れ!」
 怒りの顔で振り向いた超龍神に、スレイは熱のこもった声で怒鳴りつけた。
 「出来損ないが___!」
 巨体には似つかわしくない俊敏さで、超龍神はスレイに牙をむけた。
 「フローラ!!」
 闇の中にフローラが倒れている。ライは足をもつれさせながら、彼女に駆け寄った。
 「フローラしっかり!しっか___」
 抱き上げた彼女があまりにも冷たくて、ライの体からも血の気が引いた。そしてその首がダラリと下がったとき、彼は言葉を失った。
 「おい!」
 遅れてきたサザビーがライの前へとしゃがみ込み、フローラの首筋に手を当てた。
 「なんてこった___あっけなさすぎる!」
 サザビーは唇を噛み、闇の床に拳をたたきつけた。
 「___」
 ライが無言で、フローラの体をサザビーの腕へと託した。
 「お、おい___?」
 サザビーが見上げたライの体は、周囲の雪を蒸気に変えるほどの熱を帯びていた。白い蒸気が彼の煮えたぎる怒りを体現しているかのように。ライはただ真っ直ぐに、スレイを捕まえようとしている超龍神を睨み付けていた。
 「うあああああああああ!!」
 そして思いの丈を爆発させ、信じられないようなスピードで超龍神に向かって駆けだした。
 「無茶だ!怒りにまかせてどうなる相手じゃねえ!ん___?」
 慌てて立ち上がろうとしたサザビーだが、何かを感じ、眉をひそめて腕の中のフローラを見やった。
 「動いた___?___いや、これは!」
 サザビーはフローラの服の胸元を少しだけ破った。

 「うっ!」
 スレイが肩を竦めた。
 「捕まえたぞ、小僧!」
 ミロルグに教わってはいたものの、決して慣れてはいない空中浮遊で逃げ回っていたスレイだったが、ついに超龍神の強靱な手に捕らえられた。
 「ぐうううっ!」
 「握りつぶしてやろう___!」
 じわじわと、スレイの体を超龍神の指が締め付ける。壮絶な圧力に逃げることは愚か、僅かに体を動かすことさえままならない。
 「っ!?」
 だが顔を歪めたのは超龍神のほうだった。
 「うりゃあ!だあああっ!」
 超龍神の足下、先ほど三人のコンビプレーでつけた腹の小さな傷。そこにむかってライが何度も何度も刃を叩きつけていた。一撃一撃に込められた怒りに乗せ、鋭い刃は超龍神の傷口をぐんぐんと掘り進み、ついには剣がぶつかるごとに大量の血飛沫を上げるまでに至っていた。
 「おのれ___!」
 超龍神の白銀の角が火花を散らした。すると凄まじい電撃が、稲妻となってライの体に降り注いだ。
 「ぐぎゃっ!うぎいいいっ!」
 電撃をその身に受けたライの体は痙攣し、爪の狭間からは血が噴き出した。ただそれでも彼は、電撃の余韻を剣に残したまま強引に超龍神の腹に斬りつけた。
 「ヌウッ!?」
 ブレンを倒した電撃ソードと原理は同じ。刃に残った電流は超龍神の筋肉の結合を緩め、剣に今までない破壊力を与える。超龍神の下腹部が大きく切り裂かれ、暗黒の血潮が溢れだした。
 「調子に乗るな___!」
 次の一撃が繰り出されるよりも速く、超龍神の巨大なつま先が、ライを力任せに蹴飛ばした。落下などなく、一直線に吹っ飛んだライは闇の壁に激しく激突する。口から鮮血が弾けた。
 「ディオプラド!」
 少しだけ締め付けが緩くなった隙を見逃さず、スレイは超龍神の手の中で爆発呪文を放った。自爆同然の無謀なやり方だが、魔族の血を持つ彼は耐久力に自信を持っている。
 「ディオプラド!」
 血みどろになった体で超龍神の手から逃れ、スレイは矢が突き刺さっている龍の右目になおも爆発呪文を浴びせた。その勢いに任せて距離を取る。
 「小賢しい奴ら___まとめて始末してくれる!」
 突破口が開きかけた。だがライもスレイも大きなダメージを負った。そして超龍神はまだ、必殺の一撃を放ってはいなかった!
 「ダークディザスタァァァッ!!」
 一瞬だけ、闇の戦場に静寂が訪れる。超龍神の体から放たれた暗黒のオーラが、戦場全体に広がった瞬間だった。そして___!
 「みんなこらえろぉぉっ!」
 サザビーが叫ぶ。フローラを庇うように抱き、必死に身を縮めた。ライは闇の壁に体を預けながら両腕を顔の前で交差させ、スレイは闇の床にピッタリと伏せた。そして攻撃が始まった。
 ゴオオオオオオ!!
 超龍神の体を、足下から頭上に向かって、螺旋状に闇が駆け昇る。そして頂点に達したとき、一気に拡散した。戦場全体に、斧の破砕力と剣の切れ味が同居したような黒い刃が高速で飛び交った。その破壊力たるや凄まじく、防御など全く意味をなさない。鮮血が迸る余裕もなく、次から次へと黒い刃が皆の体を壊していった。
 ___暫くして、戦場には直立する超龍神と、ずたぼろになって横たわるライとスレイ、フローラに覆い被さるように倒れるサザビーの姿があった。
 「誇るがいい。ダークディザスターを使わせただけでも立派なものだ。」
 勝利の確信は最初から揺るぎはしない。しかし、秘技を導き出すほどに健闘した人間たちに、超龍神は賛辞の言葉を贈った。だがその時あることに気がつく。
 「足りない___?」
 そう、最初は五人だったはずだ。なのに倒れているのは四人だけ。あの威勢だけはいいバンダナの男___
 「ここだぁっ!」
 大きすぎる体、ダメージに強すぎる体が災いだった。体をよじ登っていることに全く気がつかなかったのだ。頬に何かが触れている感触を超龍神が知ったとき、百鬼はすでに百鬼丸を振り下ろしていた。
 「グガアアアッ!?」
 百鬼丸が左目に抉り込む。瞳に深々と突き刺さり、超龍神の視界を殺した。瞼を閉じ、超龍神は激しく仰いで頭を振り乱す。百鬼は振り落とされないように、必死に百鬼丸にしがみついた。
 「オオオッ!」
 超龍神の咆吼が戦場を揺るがす。その角が激しく輝くと、先ほどとは比べものにならないほどの稲妻が百鬼に落ちた。
 「ぐはぁぁっ!」
 皮膚の軟弱な部分が破け、沸騰した血が弾け飛んだ。しかし稲妻は超龍神の体をも駆けめぐり、ライがつけた腹の傷口から黒い飛沫が噴き出した。
 「いつまで耐えられるか!?」
 もう一撃。体が軋み、服が血に染まっていく。超龍神の傷口もより一層広がったが、己の攻撃で朽ち果てることなど考えもしない。
 (くっそおおおっ!)
 必死に歯を食いしばってこらえる百鬼だが、血の煮えたぎるような稲妻をこれ以上受けるのは無理だ___
 『これで終わりなのか?』
 「っ!?」
 『まさかな、ニック。おまえが諦めるはずはないものな。』
 その声は懐かしく、百鬼の心に安らぎをもたらす。どこから聞こえたなんて、そんなことは全く分からなかった。電撃があり得ない幻影を見せたのかも知れない。
 「フュミレイ___」
 ただ百鬼はそのとき確かに、かつて愛を語らった銀髪の魔道師が、力つきようとしていた彼の体を支え___命を与えてくれたのを感じた。
 パァァンッ!!
 百鬼の体を覆った淡い光は稲妻を拡散させ、彼の体を守った。
 「なんだ___?」
 視界を封じられた超龍神も、百鬼が何か異質な生命力に守られているのを感じていた。そして、倒れたはずの命が蘇っていくのも___
 「分かるよフュミレイ___」
 フローラはゆっくりと身を起こし、胸元に輝く首飾りを強く握った。
 「あなたの力が伝わってくる___あなたも一緒なんだって___!」
 「そうだな___五人じゃ勝てないが、六人なら別だ。俺たちに足りなかった命があれば___」
 サザビーも立ち上がる。ライとスレイも、今までのダメージが嘘のように充実していた。
 「ヌウウ、奇怪な!」
 復活したならばまたうち倒すまで。超龍神は構わずに大口を開け、再び喉の奥を輝かせる。しかし!
 「ガアアアッ!?」
 スレイの矢が闇を引き裂き、吹雪の源に深く突き刺さった。さしもの超龍神も叫ぶ。
 「今です!」
 スレイの声に呼応するように、フローラの魔力が膨れあがった。今までにない、彼女自身の限界を逸脱したかのような膨大な魔力。しかしフローラは頑として両手をつきだし、冷静な呼吸で魔力を結集させていた。
 照準は___ライの作った傷だ!
 「コンドルサイス!!」
 シザースボールの上を行く呪文。強烈な殺傷力を持つ風の刃が、三角の、鳥のような形を作り上げて超龍神へと突っ込んでいく。
 「くっ!」
 己が放った呪文の圧力に、フローラは顔をしかめた。しかし不安はない。
 『大丈夫だ。私がついている。』
 彼女の側にはフュミレイがいる。首飾りの輝きに後押しを受け、フローラは魔力を注ぎ込んだ。
 「届け!」
 ライとサザビーが風のコンドルに武器を投げ入れる。二つの刃を身中に宿し、コンドルは超龍神の傷に抉り込み___
 「!!!」
 貫いた!
 「グガハァァァァッ!」
 超龍神の腹から背に抜けた大穴から、どす黒い血が滝のように溢れだした。
 そして眼球に突き刺さった刀にしがみつく百鬼は、その両足を超龍神の瞼に踏ん張った。
 「とどめは俺が刺す___おまえの無念は、俺が晴らす!」
 百鬼の体を包んでいた光が、水が流れるようにして百鬼丸へと結集する。
 「弾けろぉぉぉぉっ!!」
 百鬼が叫んだ。渾身のエネルギーを注ぎ込み、百鬼丸が神々しいまでの光を発する。光は眼球から超龍神の体へと駆けめぐり、内側からまるで罅が入るかのように輝きを放出しはじめた。
 バァァァァァンッ!!
 百鬼丸が砕け散ると同時に、光に沿って超龍神の体が裂けた。花火のように飛び散った黒き血潮。しかし内側からの光を浴び、黒は僅かに青へと変わっていた。そして闇の空間も、光を浴びて綻びを生じ始めていた。
 「オオオオオオオ!!」
 地鳴りよりも壮絶な断末魔の叫びと共に、超龍神の白銀の体が崩れ落ちていく。体から噴き上がった黒い霧は、逃げるように闇の空間へと吸い込まれ、その空間も大きく歪んで崩れ落ちていく。
 全ての闇が崩壊をはじめていた。
 それは勝利の証。
 長かった一つの戦いに、いま終止符が打たれたのだ!

 ___
 気がついたとき、風が吹いていた。轟音に慌てて体を起こし、百鬼は崩れ落ちていくネルベンザック城を見ていた。周りでは他の皆もゆっくりと体を起こしはじめていた。
 「終わったようだな。」
 呆然とする皆に、背後から声が飛んだ。バルバロッサだ。彼は全くの無傷のように見えた。
 「本当に超龍神を倒したのかな___?」
 ライがぽつりと呟く。とどめを刺したはずの百鬼も、苦笑いで首を傾げた。
 「わかんねえ。実感がねえな。」
 「今の戦いそのものが夢みたいだった___かもな。」
 サザビーが煙草に灯をつける。
 「私も___生きているのが不思議。」
 難解な顔をしたフローラ。
 「見せたかったよ、ライが我を忘れてさ。にしてもこいつに感謝だな。」
 サザビーは服が破れて覗いているフローラの胸元で、何事もなかったようにすましている首飾りをつまみ上げた。フローラは頬を膨らませて彼の手を叩く。
 「おかしな話だけどさ、フュミレイが力をくれたように思えたんだ。」
 百鬼は明けない夜空を見上げて、懐かしむように語った。
 「おかしくなんてないよ、僕だってそうさ。」
 「私も。フュミレイがいてくれなかったら、あんな呪文使えないよ。」
 「だからこいつがさ___」
 またフローラの胸元に指を差し込もうとして、サザビーがライに後ろから叩かれた。
 そんなとき___
 「!?」
 崩れ落ちたネルベンザックの上空に、輝かしい光が広がっていった。そしてそこに現れたのは、巨大な白銀のドラゴン___超龍神だった。
 「違う___」
 しかしそのドラゴンは、今まで皆が刃を向けていた、あの凶悪な闇の化身ではない。恐怖感も警戒心さえもうち消すような、暖かな光を放つ神の僕だった。
 『よくやった___』
 超龍神の口に合わせ、どこからともなく声がした。どちらから聞こえるというのではなく、声の中にいるようだった。
 『暗黒に支配され、道を失った神の僕___愚かな私をうち倒してくれたこと、感謝の言葉もない___』
 不思議だった。しかし、皆はこれが真の超龍神なのだと確信した。
 『私は竜神帝の僕___中庸界の守護を任されし者___しかしアヌビスの全てをぬりつぶす闇の息吹に支配され、黒き超龍神となった___』
 そして、偉大なる力と勇敢なる人々の手で超龍神はクリスタルへと封じられることとなった。しかし蘇り、アヌビスの意志のまま中庸界を黒に変え、地界と結ぶことに躍起となった。
 それが全て。始まりはアヌビスだった。
 『スレイ。暗黒の犯した過ちとはいえ、私はあまりにも愚かな父であり、祖父であった。せめておまえは私の血を次ぐ者として、真っ当に生きよ___』
 言い得ない感情がスレイの胸を熱くする。彼は真っ直ぐに清らかな祖父の姿を見つめ、涙をこらえていた。
 『この世界の夜が明けぬのは、アヌビスが空を黒い絵の具で塗ったから___竜神帝は、いや、その居城に込められた竜神帝の清き力は、アヌビスの黒を必ずや洗い落としてくれよう___』
 超龍神の姿が尾から徐々に薄らいでいく。
 『おまえたちの進む道は正しき道___必ずや世界に光を取り戻す!___己を信じ、真っ直ぐに進め___!』
 超龍神の体が消えていく。百鬼は突然思い立って、身を乗り出した。
 「超龍神!ゾヴィスに行けば竜神帝の___いや、竜の使いのことが分かるのか!?」
 百鬼のソアラを大事に思う心を感じ取り、超龍神は微笑んだ。
 『言ったはずだ___おまえたちの進む道は正しい道。信じて進めば、必ずや答えは見つかる___』
 光が黒い空に散っていく。微笑みの余韻を残し、超龍神は消え去った。
 中庸界で始まった最初の戦い___
 超龍神を巡る過去___
 今この瞬間に全てが決着を見た。
 そして、挑むべき相手はアヌビスただ一人に変わったのである。



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