2 結集
黒鳥城___その暗黒に包まれた謁見の間。超龍神の御前に並ぶ四人の駒。
チェックメイトを迎えた局面に、超龍神は四つの駒を全て使うことに決めていた。
「フェイロウから連絡が入った。いま奴の手元には五つのリングがある。残された一つは風のリングで、それはサザビーと名を変えたデュレン・ブロンズが握っていることが分かった。」
超龍神は悠々と語った。彼の御前にはバルバロッサ、カーツウェル、そしてミロルグとリュキア。
「これからおまえたちに恐らく最後になるだろう大任を与える。ゴルガを襲撃し、サザビー・シルバの持つ風のリングを奪え。」
超龍神の口からサザビーの名を聞いたとき、リュキアが小さく拳を握ったのがミロルグには分かった。そしてスレイの父親が誰であるかを悟り、仮にも「あの男」の義母になるかと思うと虫酸が走った。
「行け、ゴルガで破壊と殺戮をしていれば、奴から姿を現すだろう。」
「はっ。」
ミロルグは平伏を示し、リュキアもそれに倣った。二人は連れ合うように謁見の間から立ち去っていき、バルバロッサも無言でそれに続いた。
カーツウェルは暫くその場に佇み、超龍神と視線を交錯させるとニコリと微笑んだ。
「分かっているな?」
「ええ、もちろん。魅力ある死体をいただけるんですから、やりますよ。」
カーツウェルもまた、謁見の間から出ていった。
「それで?風のリングのほうはどうなっているんだ?」
吹っ切れた様子のフュミレイは、アドルフの部屋にある鏡台の前に座っている。たったいまフェイロウ愛用の風呂で血を洗い流してきたところだ。
「超龍が何とかしてくれるわ。すぐあたしの手元に届くわよ。」
フェイロウは本来の姿でベッドに横たわり、ローゼンのマッサージを受けていた。セルチックは、濡れたフュミレイの髪を手入れしている。なぜだかアドルフの部屋にはごく平凡な情景が広がっていた。
「アヌビスの復活は時間の問題か。」
「辛いかしら?」
フェイロウは俯せにしていた顔を上げ、詰るような口調で尋ねた。
「全然。」
だがフュミレイの答えもまた強気そのもの。ただ、いままでと違っていたのは、彼女の態度に反抗的な要素がなくなっていたことだ。
「なに?なんか開き直ってない?あんた。」
フェイロウは面白そうに言った。
「あたしもそろそろ魔族であることを自覚しようと思ったのさ。ソアラたちを裏切り、もうあたしは人として帰れる場所を全て失った。ならば魔族として邁進し続けるのみだ。」
フュミレイの言葉は本音と嘘とが半々だった。彼女は未だにフェイロウを欺くことを諦めていないが、再びソアラやニックの元へ舞い戻ることは諦めていた。帰れる場所はない。しかし暗黒の道を進み続けるつもりもない。機が来ればけじめは付ける。
「達観しちゃって〜。まぁ、そういうつもりなら頼りにしてるわよ。あんたは使える女だから。」
「なんでも言ってくれ。あたしは、おまえといるのが楽しくなってきた。」
「ハハハハ!」
フェイロウは声を上げて笑い、フュミレイも微笑んだ。嘘でもいい。逆転のために、まずはフェイロウに信頼されなければいけないのだ。
四人の魔族が動き出したのは、夜が明けてからのことだった。
「行くぞ。」
ミロルグの手をリュキアが握り、カーツウェルは反対の腕を取った。そこは岐宿も超龍神に切り飛ばされた場所。ミロルグは思わず顔をしかめた。最後にバルバロッサが彼女の肩に手を乗せる。
「ヘヴンズドア!」
声高に、ミロルグが呪文を唱えると四人は黒い輝きに包まれ、黒鳥城から姿を消した。
「うわっ!」
そして現れたのはゴルガの街並み。暗闇の城から、やや薄暗いとはいえ陽光の下に移動したのだ。リュキアは手を翳して顔をしかめた。ゴルガは堅牢な城に代表されるように、武骨な建物が多い。そんな街並みに、人々は露店を多く建てて商売に励んでいた。
「なんだなんだ?」
突然往来の中に現れた奇妙な四人組に人々の注目が集まる。バルバロッサは煙たそうに舌打ちした。
「脅かしてやりなよ、ミロルグ。」
「そうだな。」
カーツウェルの薄笑いに答えるように、ミロルグは両手を前に突き出した。彼女の黒マントが揺らめき、掌が輝いた!
「ドラギレア!!」
両手から吹き出した炎は彼女の正面に伸びる道幅一杯に広がり、一挙に駆け抜けていく。突然の炎に人々は何をすることもできず、苦しみも味わうことなく死に至る。傍観者たちは呆然としてその光景を見つめ、炎が消え去った瞬間、恐怖の叫びをあげて逃げ惑った。それが四人にとって攻撃の合図だった。
「慌てる必要はない。時間を掛けて、サザビーが出てくるのを待つ。特にリュキアは無理をするな。」
「分かってるよ。」
四人はそれぞれの方向に四散し、それぞれの方法で破壊と殺戮を始めた。
「魔の手の者の襲撃だと!?」
城主無き城を任されていた家臣は声を荒らげた。
「姿は人間ですが、とんでもない力で暴れ回っています___!」
「___全ての兵を出せ!なんとしても討伐するのだ!」
白竜自警団のみならず、城の衛兵までが街へと飛び出していく。ゴルガは瞬く間に巨大な戦場へと変貌した。
ダンッ!
バルバロッサの剣が向かってきた近衛兵を一刀両断に切り捨てる。彼の漆黒の剣は、布が巻き付けられていようとその威力は壮絶。それは彼の力の成せる技である。
「!」
バルバロッサに弾丸が迫るが、彼は瞬時にその軌跡を見破り、僅かに身体を捻るだけだった。そしてそのまま強烈なスピードで走り出すと拳銃を手にした自警団兵を切り裂いた。そう、彼はパワーだけの男ではない。類い希なセンスと、スピードも持ち合わしている。
ドサッ。
カーツウェルは犠牲者たちの遺体を一ヶ所に集めていた。それは既に十数体を超え、彼は折り重なる命無き骸を前にして、薄笑いを浮かべていた。
「せこい死体。まあ、ないよりはましですか___」
カーツウェルは目を閉じ、右手の人差し指と中指を揃えて立てると、空間に素早く文字を描き出した。文字は空間に赤い筋を刻み、疚しき波動の源となる。カーツウェルは懐から小さな宝石を取り出すと、空間に浮かび上がった文字を突き抜けるようにして、死体の上へと放り投げた。
「お目覚めの時間ですよ。」
カーツウェルが指をスナップすると宝石は勢い良く弾け飛び、空間の文字が消える。そして砕けた宝石から吹き出した赤い霧は骸を覆い隠すように広がり、やがてそれぞれに吸い込まれて消えていった。するとすぐさまに骸が動き、起きあがり始めた。
これぞ反魂術。彼は命果てた存在であれば操ることができる。とはいえこの術に関しては研究段階。より大きな力を持つ者を操るために、彼はより高等な骸を常に求め続けている。
「!」
なけなしの重装で身を包んだ兵士はさぞ驚いたことだろう。リュキアの放った矢は、彼の兜の僅かな隙間を潜り抜け、急所を抉り取ったのだ。彼女の弓矢の腕前に衰えは全くなかった。しかし___
「ドラゴフレイム!」
集団で迫ってきた兵士を炎で食い止める。隙をついて背後から襲い掛かってきた兵士の剣を空へと浮き上がってやり過ごし、リュキアは宙からプラドの球体を連発した。
彼女には他の三人のような余裕がない。体力的にももう一つで、すでに息は弾み、汗も滲んでいた。ただそれでもゴルガの一般兵にやられるようなリュキアではない。
戦場は徐々に広がり、被害も増大していく。ある者は家の隅で震え、ある者は着の身着のままに街を逃げ出す。城主無きゴルガに、街を守れる者は___
一人だけいた。
「お願いします、我々ではとても歯が立たないのです!」
法王堂の奥底に結界を張って帰ってきて以来、ゴルガ城に居座っている世界一の大魔導師、アモン・ダグだ。城の最高幹部たちは揃って彼の元に赴き、深く頭を下げて頼み込んでいた。
「どうかお力をお貸しください!我らの誇り全てを捧げます!」
だがアモンは窓際で煙草を吹かしていた。街に響き渡る爆音と、壮絶な悲鳴を耳にしても平然としていた。
「俺にも勝てねえよ。」
アモンは立ち上がり、幹部たちの元へと近づいてくる。
「そんな___!」
「だが手を貸してやらんわけでもない。国に貸しを作るのは悪い気もしないからな。」
絶望的な顔を上げた家臣の首飾りに煙草の先を擦り付け、アモンはニヤッと笑った。
「戦っていただけるのですか!?」
「ああ、戦える奴らを連れてきてやる。」
アモンは窓際へと戻ると、そのまま窓から飛び出した。しかしここは城の二階、幹部たちは慌てたがすぐさま光に包まれたアモンが空の高見へと飛び去っていくのを目の当たりにし、目をパチクリとさせていた。
「あたしだけ残るなんていい気分しないわ。」
ソアラは寂しそうな笑みを浮かべていた。小雪降るソードルセイドの城門で、彼女はゆったりとしたローブに厚手のコートを纏って、白い息を吐いた。
「そういうなよ、おまえは自分の体を大事にするのがつとめだろ?」
旅支度を調えた百鬼は、ソアラの頬にキスをしてやる。彼の後ろには、ライ、フローラ、棕櫚も出発の時を待っていた。
「そう言われるとなにも言えなくなっちゃうね。」
いよいよケルベロスに出発する。身重のソアラはソードルセイドに残り、四人でフュミレイの元へと向かい、事の真偽を確かめてくるのだ。
「百鬼、そろそろ出ないと。」
「ベルナットにつくのが遅くなると鉄道に間に合わなくなるわ。」
ライとフローラが彼を急かす。
「ああ、わかってるよ。んじゃな、ソアラ。」
「気をつけて行ってらっしゃい。」
ソアラはコートのポケットから石を二つ取り出すと、それをカチッカチッと打ち鳴らした。それは小夏に教えて貰った、火打ち石というおまじないだった。
「へへっ、あんがとよ。よし、みんな行くか!」
城門の向こうに雪山羊車が待っている。四人はソアラに手を振って歩き出した。ソアラも微笑みながら手を振って見送っていたが___
「!?」
妙な気配を感じ、空を見上げた。
「この感じ___みんなちょっと待って!」
皆が振り返る。その瞬間に光の筋が舞い降りると、それが弾け飛んでアモンが現れた。
「うわっ!寒いな!」
現れた途端アモンは肘を抱いて震え上がった。
「アモンさん!」
突然の来訪者に、彼を知らない棕櫚以外の皆が揃ってその名を呼んだ。
「おおソアラ、あ!てめえ本当にできてやがるな!」
アモンはソアラの大きなお腹を見て顔をしかめた。
「何であんたがそのことを知ってるのよ___」
ソアラは煙たそうに言った。少なくとも師匠に対する言葉遣いではない。
「なにしに来たんだ?アモンさん。」
「おまえたちの力を借りに来たのさ。」
「アモンさんが?」
ライが不思議そうに問い返した。
「ゴルガに魔族が襲撃してきた。全部で四人さ。一人はあのミロルグって女だった。」
半ばふざけて接していた皆の顔つきが変わった。
「狙いはサザビーの風のリング___!」
「と思って間違いないだろう。」
「サザビーはゴルガにいるのか?」
「いや、あいつはケルベロスに捕虜として___」
「ええーっ!?」
派手に驚いたライの頭を、アモンは加減なく拳で叩いた。
「早いんだよ!捕虜として収容されたのはクーザーの王妃さ。」
「ゼルナスが!」
フローラが声を上擦らせた。
「サザビーは女を助けるために、デイルと二人でケルベロスに向かっている。」
「ええーっ!?」
言い直すなよ。と、みんな心の中で突っ込んだ。
「無茶苦茶やるわね、あいつ。」
ソアラは苦笑い。
「どうだ?奴等はサザビーが出てくるまで暴れ回るつもりのようだ。或いはおまえたちが出てくれば少しは納得するかもしれん。腕試しのつもりでゴルガに来ないか?」
互いの意思は確認するまでもない、ソアラを除いた四人はすぐさまアモンの身体に触れ、ヘヴンズドアでゴルガへと飛び去っていった。一人思惑の違う人物がいるとすれば___
(やっと会えそうですね___風間。)
棕櫚だ。
「あ〜、いっちゃったよ。なぁんかなぁ、あたしにもできる事ってないかしら?」
ソアラはブツブツと独り言をいいながら、城の中へと戻っていく。
「あ?」
その時だ、ふと妙なことに気が付いた。
「何で風のリングなの___?」
彼女の顔が曇っていく。
「ミロルグはソードルセイドにあたしたちがいることも、負傷していることも知っているはず。それならここを襲撃した方がリングを一杯手に入れられるはずなのに___」
まさかとは思うが、そうとしか考えられない。
「手に入れる必要がないと知っているんだ!やっぱりフュミレイは___!」
ソアラはそこまで言いかけて、「もしそうならば」それはすでに事が絶望に瀕している事を意味すると知る。
「もし___もしフュミレイが魔族の手の内にあるのなら、彼女は命のリングも握っているのだから___奴等が風のリングを手に入れたら六つ揃っちゃうってこと!?」
楽観的には考えられそうにもなかった。
光の筋はゴルガの街のど真ん中へと舞い戻り、光が弾け飛ぶとそこにアモンと四人の戦士が現れた。
「これは!」
街は凄惨としていた。路上には幾人もの人々が倒れ、血の匂いと建物が崩れた煙がそこら中に広がっている。亡骸のどれもが尋常ではなく、まさに一つの地獄風景が展開されていた。
「貴様ら___」
背後に重みのある声を聞き、五人は振り返った。するとそこには、剣に巻き付けた布を真っ赤に染めたバルバロッサがこちらを睨み付けていた。
「バルバロッサ!」
百鬼とライがいち早く剣を抜き、フローラも身構える。だがバルバロッサはそんな彼らに目もくれず、ただ振り返った一人の男を凝視していた。
「___棕櫚。」
そして呟いた。棕櫚は小さな笑みを見せ、百鬼を制して前へと歩み出た。
「棕櫚、前へ出るな!」
百鬼は片手で彼の腕を掴んで引き離そうとするが、振り向いた棕櫚と目が合うと、思わずその手を離してしまった。何故かは分からないが、棕櫚の視線にいつもと違う力を感じたのだ。そしてアモンは視線を厳しくして棕櫚を見ている。
「ここは俺に任せてもらえますか?知り合いなんですよ、こいつとは。」
「どういうこと!?」
フローラが困惑の顔をする。それはつまり、棕櫚は超龍神に関わる人物であるということを意味するのではないのだろうか。
「ご心配なく、俺が皆さんの味方であることは確かです。」
だが棕櫚はそんな彼女の心を見透かしたようにニッコリと微笑んだ。
「無茶だよ、バルバロッサと一人で戦うなんて___!」
「いや!」
加勢しようとしたライを百鬼が止める。
「棕櫚に任せる。」
「そうだ、まだ他の魔族だっているんだぜ。」
百鬼は棕櫚の視線に頑ななものを感じ、関わるべきではないと悟っていた。それはアモンも同じ事で、彼も百鬼に同意した。その時だ、町の西方から大きな爆音が轟く。
「あの爆発はディオプラド!」
フローラが息を飲んだ。
「ミロルグだな。」
「いくぞ!」
百鬼は西に向かって走り出す。ライとフローラもそれに続こうとしたがアモンが二人の手を取って止めた。
「おまえらは東に行け。」
「でも!」
「反魂術使いがいるんだ。」
フローラの顔がその言葉で酷く強ばった。
「分かりました!」
そして固い決意を秘めた顔つきで東へと走り出す。ライもそれに続き、アモンは西へと百鬼を追いかけた。
「フローラ、反魂術って!?」
「触れてはならない禁呪___骸を操作する背徳の術よ!」
「!」
命を預かるもの、その尊さを伝えるものとして、彼女が最も許せない術がそれだった。アモンの修業を受けていた際に書物で見たその術法に、彼女は最大級の嫌悪を抱いていた。
「出やがったな。」
「来たか。」
西に向かったアモンと百鬼は、大通りの真ん中に立ちつくすミロルグとすぐに遭遇することができた。
「ヘヴンズドアの軌跡が見えたものでね。派手なことをすれば誰かしら来るだろうと思っていたのだ。」
埃が煩わしいのだろう。彼女は黒マントの襟を立てて口元を隠していた。側には恐らく石造りのアパートだろう、先程のディオプラドの餌食になったようで、完全に崩れ落ちてしまっている。
「相変わらず可愛くねえ奴!」
アモンは腰を深くして、その両手に魔力の輝きを満たしていく。百鬼は彼を庇うようにして前に立ち、百鬼丸を正眼に構えていた。
「年寄りの冷や水も程々にしておけ。そして百鬼、ソアラを早々に未亡人にさせることもあるまい。」
「うるせえ!」
百鬼はミロルグの余裕を一喝でかき消し、一気に突進していった。
「あの馬鹿!呪文の使い手に真っ向からぶつかる奴があるか!」
アモンは舌打ちする。百鬼の剣が煌めき、ミロルグの掌が輝いた!
「棕櫚、いつまで遊んでいるつもりだ?」
「嫌だなぁ、それはあなたの方ですよ。」
棕櫚とバルバロッサに変化はない。二人ともその場から動かず、ただ対峙したまま語らっている。時折風が吹き抜けて埃を運んでいくが、二人は顔をしかめることさえなかった。
「鍵の番人は最も優れた力を持つ者の側にいる。だが超龍神の側にはいなかった。」
バルバロッサは棕櫚を睨み付けて言い放った。
「ソアラの回りにも今のところいませんね。」
棕櫚は笑みを浮かべ、バルバロッサは舌打ちした。
「アヌビスの側にいると考えているのですね?」
「当然。」
「それには同感ですよ。」
「ならばなぜ超龍神に荷担しない?アヌビスに近づくには、超龍神の願いを叶えることが最短だ。」
バルバロッサは剣を一つ振るう。そして大地に突き刺した。
「フフフ、ソアラは魅力的じゃないですか。彼女の色、可能性を感じますよ。それこそ超龍神なんかよりも遙かにね。」
そう言って微笑している棕櫚を見て、バルバロッサは煙たそうに舌打ちした。
「貴様はまったく悪党だな___」
「アヌビスの封印はきっと解けますよ。いや、解けるはずです。なぜだか、彼らはそういう運命にあると感じさせる力を秘めているんです。アヌビスという存在を知ってしまった以上、彼らにはもうそれを打倒するしか道はない、そんな気がね。」
バルバロッサは呆れたような素振りをする。
「そういうところが道楽だと言っている。俺たちの目的は一刻も早く『黄泉』に帰ることだ。」
「それは分かっていますよ。俺だってそのつもりです。」
二人の間だけで特別な会話が繰り広げられる。ただ確かなのは、彼らは「鍵の番人」を探し、「黄泉」を求めているということ。
そして、超龍神さえ知り得ないことを知っているということ。
風が吹き抜ける。無理問答のように、まったく意見のかみ合わない二人に沈黙が訪れていた。
「戦って決めましょうか。」
「勝った方のやり方に従うというわけだな。」
「いいでしょう?俺たちに相応しい決め方だ。」
棕櫚も、バルバロッサも、誰かにその真実を語ることは決してない。彼らは彼らの目的を達するために、居場所を探しているだけ___
「いつでもいいですよ、風間(かざま)。」
棕櫚はバルバロッサをバルバロッサとは呼ばなかった。
「偽善者め。」
そしてバルバロッサは剣に手を掛け、一念を込める。布が弾け飛び、漆黒の剣はその刀身全てを表した。
二人は秘密裏に動き続ける。それが暴かれるのは___近い未来ではないだろう。
「ドラゴフレイム!」
「おらぁっ!」
ミロルグの放った炎を百鬼丸が見事なまでに切り裂いた。大気を断ずるその鋭い太刀筋にさしものミロルグも面食らい、百鬼の接近を許す。
「くっ!」
戦いにおいて限りなく不動な彼女が機敏に身を翻し、百鬼丸はマントの端を切り飛ばした。
「ディオプラド!」
「ぐあっ!」
だが彼女を慌てさせるまでだ。それ以上詰めることができなかった百鬼は、素早く放たれた光の爆発に身体を弾き飛ばされた。ミロルグは一つ息を付くが、すぐさま自分が巻き起こした爆煙の向こうに壮絶な魔力を感じて目を見開いた。
「トルネードサイス!」
爆煙を吹き飛ばし、風が白い輝きを伴って、幾重にも折り重なりながら突っ込んできた。
「!」
それはウインドビュート、ウインドランスのさらに上をいく、最上級の風の呪文。風は巻き込むようにしてミロルグを飲み込み、前後左右から強烈な風圧を浴びせて彼女の動きを封じる。そしてすぐさま巨大な螺旋を描き出すと竜巻となって彼女の身体を包み込んだ。
すぐさま風に桃色の彩りが加わる。縦横無尽のかまいたちの中にあってはミロルグとて無事でいられるはずなどない。一気に勝負をつけようというのだろう、アモンは壮絶な魔力を注ぎ込む。
「やったアモンさん!」
「いや!」
百鬼の笑顔をあっさり否定したアモンの両手で血が弾け飛ぶ。だがそれは彼自身の魔力によるもの。今重要なのは竜巻の奥底に光が見えはじめたことだ!
「ヘイルストリーム!!」
輝きが一際強くなり、突如として竜巻が弾け飛ぶようにして消滅した。先程まで突風が覆い尽くしていた彼女の身体を隠すのは、巨大な氷中だった。アモンの手から肩口あたりまで、暴発する拳銃のように皮膚が破け、血が飛び散った。
「アモンさん!」
「気にすんな___」
だが一方で宙に浮遊するミロルグも、その足先から血を滴らせている。黒マントはすっかりと切り裂かれ、彼女の真っ赤に染まった両腕が露わになっていた。
「リヴァイバ。」
二人は同時に同じ呪文を唱え、瞬く間に傷を癒していく。ミロルグはずたぼろになったマントを引き剥がし、投げ捨てた。下に纏っていた衣服は普段の静かな印象とはほど遠い、身体にしっかりと密着するノースリーブのボディスーツだった。
「ありゃ、けっこういい身体。」
アモンは思わず笑顔になる。
「笑ってられるのも今だけだ。」
ミロルグは目前の氷柱に手を触れる。するとそれは一気に罅入り、大量の小さな刃となって二人に降り注いだ。
「このっ!」
アモンは魔力の消費が激しい。素早く彼の前に立ちはだかった百鬼は、素早い切り返しで次から次へと氷の刃を叩き落としていった。
「お見事。」
全ての氷を防ぎきり、肩を揺すっている百鬼にミロルグは拍手を送り、ゆっくりと大地に降り立った。
「少し___気分を変えた戦いをしてみようか?」
そして両手を合わせ、輝かせるとゆっくりと離していく。手の隙間には鋭い氷柱ができあがっており、やがてそれは一本の剣となって彼女の手に収まった。ミロルグは氷の剣を正眼に構え、百鬼を見つめる。
「そっちがその気なら___乗らせてもらう!」
百鬼は大地を蹴って駆けだした。
「このぉぉっ!」
すっかり血の気の失せてしまった男が、自分の体躯がどう痛むことも顧みずライにぶつかってくる。ライはたったいま命を失ったばかりの衛兵の骸を切り裂いた。派手な鮮血は全くないが、それでもこれほど最悪な剣を振るうのは初めてだった。
「ディヴァインライト!!」
フローラは掌を天へと掲げると、吹き出した純白の魔力が弾け、光の筋となってあたり一帯に降り注ぐ。その輝きを受けた骸は浄化され、灰化して崩れ落ちていく。弱き生命を圧するだけでなく、不死の亡者に対して著しい効果を発揮するのがこのディヴァインライトだ。だがこれも決して使い勝手のいい呪文ではない。魔力の消費が残存し、素早く次の呪文に移れないという難がある。崩れ落ちた灰を踏みつけるようにして、すぐさま別の骸が襲い掛かってくる。それを食い止めるのはライの仕事だ。
「きりがない___なんて奴だこんな酷い術を!」
ライは怒りに任せて骸に斬りつける。だが切り口が浅ければ骸は構わずに掴みかかってくる。それを必死に払いのけたライの前に、いつの間にか生気ある男が現れていた。
「酷いとは失敬な。」
「!」
カーツウェルはライの目の前で掌を伸ばすと、手中の黒い塊を握りつぶした。すると不気味な黒い煙が吹き出し、ライはそれを吸い込んだ。
「ぐっ___!?ぐああああっ!」
ライが心の奥底からの叫びをあげる。彼の唇は見る見るうちに紫に変色し、顔から血の気が引いていく。
「ライ!?」
「この毒は即効性です。早く治療してあげたほうがいいですよ。ああ、なんなら私は少し離れてあげますよ。」
カーツウェルはライから離れ、骸たちも動きを止めた。フローラは素早くライに近づき、解毒の呪文を施していく。ライの顔色が徐々に元に戻っていく。
「うーん、シュールですねぇ。なぜそんなに助けようとするのでしょう。死体になれば私が永遠を与えてあげますのに。」
フローラは彼のそんな言葉に耳を貸そうとはしない。だが、背後の大地が盛り上がり、下から骸が現れていることにも気付かなかった。
「っ!?」
突然フローラの首に骸の腕が入り込み、背後から一気に締め上げた。
「私はそんなに甘くありませんよ。」
一気に呼吸がつまり、フローラは手足をばたつかせることもままならない。だが毒を圧して立ち上がったライが骸に斬りつけ、フローラは開放された。
「ゴホッゴホッ!」
フローラは蹲って激しく噎せ返ったが、すぐ側でライが倒れているのを見ると素早く駆け寄って治療を始めた。
「うーん、愛ですねぇ。私には無縁のものだ。」
カーツウェルは片目の眼鏡を外して布で磨いた。
「ありがとう、もう大丈夫___」
完全に毒気の抜けたライが立ち上がり、フローラも彼と背をつけ合うようにして立った。彼らを取り囲むのは五十はいるであろう骸と、カーツウェル、そして___
「派手にやってるわねぇカーツ。」
リュキアだ。
「お久しぶり、お二人さん。」
リュキアは髪を掻き上げて、ニッコリと微笑んだ。
「向こうの始末は付いたのですか?」
「あんたの好きなの一杯転がしといたわよ。」
カーツウェルはそれを聞くと手を叩いて喜んだ。
「それはいい。ミロルグとバルバロッサはやり方が派手だから使い物にならないんですよ。この二人は任してもよろしいですか?」
「ええもちろん。」
「ありがとう。おまえたち、狙いはあれだ。」
リュキアとカーツウェルは一度だけ手を合わせた。カーツウェルが二人を取り囲む輪から消え、代わりにリュキアが入る。そして去り際にカーツウェルが送った念に従い、骸たちが一斉に二人に襲い掛かった。
「ディヴァインライト!」
フローラの放った輝きが骸の半数を消し飛ばす。だがその時リュキアは既に弓を引き絞っていた。
ダンッ!
「!」
鋭い矢がフローラの右肩に突き刺さる。彼女はよろめいて立て膝を付いた。
「フローラ!くっ!このぉっ!」
ライはフローラを守ろうと必死になって骸たちを切り倒していく。だが如何せん多勢に無勢、切り飛ばされることに躊躇いを感じない骸の特攻で、彼は真正面から胴締めを喰らってしまう。
「ぐううっ!」
骸たちは次から次へとライに掴みかかってきた。腐りかけた爪が彼の皮膚をえぐり取ろうとする。
「ディヴァインライト!」
しかしフローラが左腕一本を掲げ、目映い光を放つと骸たちは灰となって崩れ落ちる。だがその隙をまたリュキアが狙っていた。
「もらった。」
照準は完璧。リュキアは矢を放った。
「させるか!」
しかしいち早くフローラの前に回り込んだライが、背中を盾にしてその一撃を受け止めた。
「ライ!」
リュキアは素早くもう一撃を放つ。しかしフローラはライの脇から左手を伸ばした。
「ウインドビュート!」
風の殴打が矢を撓らせ、方向を変えられた矢はライの足下へと突き刺さった。既に肩の傷を癒したフローラは、すぐにライの治療に掛かる。だがその間もライはリュキアに向き直って剣を構えていた。
「さっきから庇い合ってさ___それが愛の形って奴?」
リュキアは矢筒から新しい矢を取る。
「まあ認めないわけじゃないけどね。」
再び弓を引き絞ろうかというとき、突如リュキアの身体に影が落ちた。
「え?」
見れば辺り一帯に影が落ちて薄暗くなっている。そしてこの轟音!リュキアは思わず空を見て、驚きのあまり矢を落としてしまった。
「そ、そんな!」
ライとフローラも空に現れた赤い悪魔に愕然とする。
「な、なんなのよこの馬鹿でかいの!黒鳥城じゃあるまいし!」
リュキアは思わず身じろぎし、空に留まるベルグランに唖然とした。
「こんなときに___!」
フローラは舌打ちする。これがケルベロスの攻撃だと思うのは極当然のこと。
「なんてこった___!」
まさかサザビーがいようとは夢にも思わなかっただろう。
「こいつは酷いな!誰がこんな事!」
荒れ果てたゴルガの街並みを見下ろし、デイルは舌打ちした。
「ベルグランじゃなけりゃあ、後は一つしかない。」
サザビーは慌ただしく皮の胸当てを装着し、手袋を身につけていく。
「魔族って奴か!」
「そう。ジャンルカ、パラシュートの用意だ!俺は下に降りる!」
「本気なのサザビー!?」
ゼルナスは彼の肩に手を触れた。
「心配するな。」
サザビーは彼女の手に唇を重ね、ニコリと笑って頭をポンと一つだけ叩いた。
「ベルグランは俺が出たら街の外に着陸して、生き延びた人たちを救出するんだ!」
サザビーは愛用の槍を手に取ると、ベルグランのハッチへと駆けていった。
「気をつけて、サザビー!」
ゼルナスの労いに指を立てて答え、サザビーは勢い良く空へと飛び出す。パラシュートを開いて眺めたゴルガの街並みに、鍵を見つけた。
「ミロルグ!師匠に___百鬼まで!」
ゴルガに、いよいよ役者が揃う。
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