2 ミロルグの秘密

 フュミレイが旅立っていった日の夜。
 「いつ見てもこの人形複写術は面白いわねぇ。」
 今日のアドルフを終えたフェイロウは、フュミレイ似の人形を見てニコニコしていた。フュミレイ人形はさもそこに彼女がいるかのような口調で話す。実に滑稽だった。
 「お嬢様もお人形遊びをなされていると可愛らしく見えますネ。」
 「あらそう?言ってくれるじゃない、ローゼン。」
 フェイロウは頬に手を当ててはにかんでみる。
 「はっはっハッ。お世辞ですヨ。」
 メギッ!ローゼンスクの顔にフェイロウの飛び膝蹴りがめり込んだ。
 「あら?」
 その時、ローゼンスクの後方の窓が開き、挨拶も無しに一人の男が入ってきた。
 「あんたは確か___」
 「あア、これはバルバロッサさン。」
 「あ、そう、バルバロッサ。」
 珍しい客だ。フェイロウはなに用かと少しウキウキして彼の第一声を待った。
 「___」
 しかし彼はなにも語らない。フェイロウはすぐに口を尖らせた。
 「で、なにしに来たのよ。」
 「たいした用ではない。」
 そして懐から一枚の紙を取りだし、フェイロウに手渡した。
 「アヌビス様に関する封印は___世界の中心、クーザーマウンテンにあると思われる。リングの回収が済みしだい貴公がそれを持って封印を解け。超龍神___ってどこが大した用じゃないのよ!」
 重大な任務だ。フェイロウはカリカリしてバルバロッサに怒鳴りつけた。
 「別にいま伝えなくともすむことだ。」
 「___まあ、そりゃそうだけどね。」
 あまりにも寡黙で素っ気ないバルバロッサ。自然と沈黙が生じた。次に声を発したのはこともあろうかフュミレイ人形である。
 『棕櫚、君が私よりも年下だというのがどうも腑に落ちないな。』
 その一言に、バルバロッサは目の色を変えた。視線をきつくしてフュミレイ人形を睨み付ける。
 「棕櫚だと___?」
 そして呟いた。
 「どうかしたの?ああ、今喋ったのはこの人形よ。」
 「ああ。」
 バルバロッサは聞き流すような生返事をし、また挨拶も無しに踵を返した。
 「棕櫚が___いるのか?」
 バルバロッサは渋い顔つきのまま、ミロルグから受け取った黒水晶に一念を込めると、霧に包まれて姿を消した。
 「___つまんない奴ねぇ。」
 フェイロウはがっかりした様子で溜息を付いた。
 「シャイなんじゃないですカ?」
 「本気でそう思ってるわけ?」
 「はイ。」
 フェイロウは呆れて肩をすくめた。
 「お風呂入るわ。」
 「ア、まだ用意しておりませン。」
 この後、ローゼンスクがめった打ちにされたことは言うまでもない。

 「またここだったか___」
 黒鳥城に戻ったバルバロッサは、ミロルグを探して歩いていた。彼女が超龍神の側にも、自室にもいないと分かると、向かう先はただ一つ___リュキアのところだ。相変わらずわけの分からない研究にうつつを抜かしているカーツウェルを無視し、奥へ進むとやはりそこにミロルグがいた。
 「不思議な奴だな、見ていたところでどうなるわけでもない。」
 ミロルグは暇さえあればこうして、培養液中のリュキアを見ている。今もただなにするわけでもなく、立ちつくして見ていた。
 「私にしてみれば___おまえがここにやってきたことのほうが不思議だよ。」
 ミロルグはバルバロッサに背を向けたまま、首だけで振り返って言った。培養槽の中で触手に囚われながら液中を揺らめくリュキア。その下腹部はかなり膨らんでいた。心なしか以前より顔色も険しく見える。
 「そろそろなのか?」
 「気になるのか?」
 ミロルグは笑みを浮かべ、バルバロッサは舌打ちした。
 「もっと側に来たらどうだ?それともリュキアの裸を見るのは照れくさいか?」
 「戯れ言を。」
 「そうだな。」
 バルバロッサはミロルグの隣にやってきた。そして彼女と同じようにして、リュキアを眺めてみた。
 「数日中に生まれるよ。そうカーツウェルが言っていた。」
 「___おまえは何故リュキアに固執するんだ?」
 二人は目を合わせることもなく、ただ立ちつくしてリュキアを見つめたまま話した。
 「リュキアはおまえを嫌っていた、だがおまえは違う。おまえはリュキアに対して厳しかったが、それでも常に擁護し、あいつの不足を補ってきた。こいつは気付いてはいなかったが、こいつの後ろにはいつもおまえがいた。」
 いやに饒舌なバルバロッサ。ミロルグは苦笑して彼の横顔を見やった。
 「やけに喋るな。」
 「おまえという女が分からないからさ。」
 「分からない?不思議なことをいう。あたしが女だと分かっているのなら答えは自ずと結ばれるはずだ。」
 ミロルグの視線がリュキアへと帰る。そして寡黙である彼をここまで饒舌にさせた見返りに、語る決意をした。
 「私は人間の子を身籠もったことがある。」
 「___なに?」
 バルバロッサは己の耳を疑った。
 「もう十年以上昔のことさ。おまえが我々の前に姿を現す前の話。超龍神はポポトルで復活の時に向けて力を蓄えており、私とカーツウェルは世界を飛び回って復活への手がかりを探し、同時に混沌の種を振りまいていた。」
 その一つがクーザーに蔓延ったブレイナーやボンドでもある。
 「その時、とある人間の男と運命的な出会いをした。直感だった。私は彼を殺さなかったし、彼も私の力を知っても恐れることはなかった。」
 ミロルグの言葉は表面的だった。二人が愛し合ったことは事実だろうが、そこまでには様々な紆余曲折があったに違いない。
 「私は彼の子を宿した。しかしそれは超龍神の逆鱗に触れた。」
 「ばれたのか。」
 「ああ。超龍神は私の胎内の子を消し去り___私を孕ませた。」
 「!」
 バルバロッサは絶句し、ミロルグの方に振り向いた。彼女は変わらぬ顔つきで、口惜しさの一つも滲ませない無表情だった。
 「まさかとは思うが___」
 「そのまさかだよ。私がリュキアに拘る理由はそれさ。」
 ミロルグの無表情が崩れる。憂いのある笑みを見せて目を閉じた。
 「リュキアは___おまえと超龍神の子か___」
 「そうだ。嘘だと思うならカーツウェルにでも聞いてみろ。」
 嘘だとは思わない。ミロルグは滅多に冗談を言わない女だ。
 「リュキアはそれを知っているのか___?」
 「知らないよ、だがいずれ話す。できれば超龍神が倒れるまで私たちは生き延びて、この暗黒を脱してから伝えたいがね___そうもいかないだろう。」
 バルバロッサはミロルグが超龍神に時折見せる反抗の意味を理解した。彼女は超龍神を崇拝しているわけではない。ただそうしていなければ生きられないと分かっているだけだ。
 「だが分からないことがある。超龍神はなぜ我が子を消すことも辞さないようなことをいう?あれは本気だ。」
 ミロルグは失笑した。
 「目障りなのさ。奴はクリスタルの状態で拵えたリュキアを、不完全だという。人間にやられて返ってくるなど以ての外、父の権威に関わるというわけさ。」
 ミロルグはリュキアに近寄り、ガラス張りの培養槽に手を触れた。
 「超龍神が何か手を打とうものなら、私はリュキアと共にここを去るつもりだ。」
 「本気か?」
 「ああ。だがリュキアが残るというならばそれは尊重するがな___」
 ミロルグは一つ息を付いて、バルバロッサに近寄った。
 「で?おまえは何をしに来たんだ?私の昔話が聞けると思ってやってきたわけじゃあないだろ?」
 ミロルグは彼の頬に手を触れて尋ねた。
 「棕櫚を知っているか?」
 「棕櫚?ああ、あのいやらしい植物使いか。あれはただものじゃない___何というか、他の奴等とは別格なものを感じる。」
 ミロルグも棕櫚を気に掛けていた。
 「で、そいつがどうかしたのか?」
 「同胞だ。」
 バルバロッサは重い一言を呟いた。
 「___なに?」
 バルバロッサは驚いているミロルグを無視し、踵を返した。
 「待てバルバロッサ。おまえが魔族でないことは、私の魔族の血が感じ取っている。だがそれにしたって、おまえはあの奇怪な男の同胞だというのか___?」
 「礼には礼をもって尽くす。おまえが俺に秘密を語ってくれた報いだ。」
 バルバロッサは立ち止まって答え、ミロルグはそれ以上追求することを諦めた。
 「棕櫚はソアラたちと行動を共にしているのか?」
 「そうだ。」
 「分かった、俺が聞きたかったのはそれだけだ。邪魔したな。」
 「長居させて悪かったな。」
 ミロルグは再びリュキアに向き直った。
 「気にするな、娘の安寧を祈っておけ。」
 「ありがとう。」
 バルバロッサは静かに部屋を後にした。「長かったですねぇ」だとか分かりきったことを言うカーツウェルを無視し、棕櫚への思いを巡らせながら黒鳥城の回廊を歩く。
 「棕櫚の奴___俺たちはアヌビスに近寄る道を探すべきだというのに。」
 そんなことを呟いて。

 過去を思い出す機会を得たミロルグは、超龍神の元へと続く廊下を進んだ。黒塗りの壁の城に掲げられた松明は、蒼い炎を発し、クールな彼女の横顔をより冷たく照らしていた。だが、クールな仮面に隠された情熱を抱くのも彼女だ。
 「失礼いたします。」
 玉座にいた超龍神は彼女の声を聞いて目を開けた。彼がこうして玉座にて目を閉じるときは、世界の流れを見聞しているとき。黒鳥城の目で世界を眺めているときだ。またこの時こそ黒鳥城から闇が放たれるときであり、世界を少しずつ薄暗くしている瞬間だ。
 「なに用だ?」
 超龍神は怪訝そうに呟いた。
 「リュキアのことでお話が。」
 ミロルグは平伏にはほど遠い目つきで見てきた。だから超龍神も厳格なまでに彼女を睨み付けた。
 「言ってみろ。」
 ミロルグはまるで今にも呪文の一撃でも放たんばかりの気迫を内に秘めていた。彼女は超龍神と「話し」をするために来たのではない。奴に感情をぶつけるために来たのだから。
 「リュキアが血を分けた娘であるという自覚はおありですか?」
 超龍神は瞬き一つしない。
 「何が言いたい?」
 全身から沸き立つ負の力がミロルグの周囲に蔓延っていく。だが彼女は冷や汗一つ浮かび上がらせることはなかった。
 「リュキアが我が娘であるという自覚はありますか?」
 「答えろ。何が言いたいのだ?」
 「私の問いに答えていただかねば、答えるわけにはまいりません。」
 ミロルグは頑なだ。そう、ちょうど十数年前のあのときも頑固だった。だが超龍神も彼女というものを知った。力でねじ伏せることは容易いが、それでは彼女はなにも思い知ることはないのだ。
 「自覚はないな。リュキアは我が娘ではない、クリスタルの残した汚点だ。」
 ミロルグは目を閉じて、その言葉を受け止めた。
 「それに、魔族に親子などというしがらみは無縁だ。魔族はこの世に生を受けたその時から、たった一人で生きる。貴様とて分かっているはずだろう?」
 超龍神はそう言って鼻で笑う。その一笑が、ミロルグに冷静の仮面を脱がせた。
 「違うな、本能はかき消せない。」
 ミロルグの口調が変わった。
 「私には母の本能を消すことなどできない。貴様が父の本能を持たぬと言うなら、私は本能のおもむくままに娘を守る!」
 超龍神は一切の笑みを消し去って、彼女を睨み付けた。彼女の言葉、表情、身振り、全てが超龍神の神経を尖らせるものだった。
 「その甘さ!やはり貴様とリュキアは血縁者よ。」
 超龍神の指先に黒いものが蠢きはじめる。
 「冷徹に、全てに敵意を抱くのが魔族か!?違う!魔族も互いの快諾のもとに子をもうける。それは利潤のためでなく、愛のためにだ!」
 片腹痛い。超龍神は彼女の情熱を一笑に付した。
 「無駄なこと。強い男に女が縋ればいい、それが魔族の世界だ。」
 「魔族でもない貴様に何が分かる!貴様が魔族を生んだわけではなかろう!」
 その時、超龍神の指先から闇が走り、迸る。闇の中に赤色が弾けたとき、ミロルグの左腕は床に転がっていた。
 「愚見につきあうほど私は大らかではない。消えろ。」
 ミロルグは蕩々と流れ落ちる血流にも顔色一つ変えない。肘から下を切り飛ばされたというのに、呻き声一つなかった。
 「この腕の痛みとて、あなた様から受けた心の痛みに比べれば微々たるもの。私がいつまでも温柔な犬でいるとは思わないことです。」
 そしてまるで落とした小銭でも拾うように、自分の左手を拾い上げた。
 「失礼を致しました。」
 元の冷静な仮面を取り戻し、彼女は超龍神の前から去っていく。左腕に呪文を施しながら。
 「___」
 ミロルグの気配が消えると、超龍神は忌々しげに残された血液を睨み付けた。ミロルグの真っ赤な血潮は一気に煮えたぎり、消え失せた。

 四日後、ミロルグが見守る中、リュキアが無事に出産を終えた。
 「よく頑張ったな、リュキア。」
 ベッドの上で我が子を抱き、穏やかな顔でいるリュキアにミロルグは微笑みかけた。まだ液中を出てから一時間ほど。リュキアは自分の胸に抱く小さな命に実感がない様子だ。
 「この子があたしの中にいたなんて___ちょっと信じられないな。」
 生まれたのは男の子。今はリュキアの胸の中で少しぐずっている。ベッドの横に椅子を運んで腰掛けているミロルグは、それを微笑ましげに見つめていた。リュキアを祝福に来たのは彼女一人だけだった。
 「名前は?」
 「スレイ。」
 ミロルグの問い掛けにリュキアは即答した。
 「この子のパパと決めたことなんだ___スレイ、孤独な愛___」
 「綺麗な名だな___」
 リュキアは愛おしそうにスレイを見る。彼の面立ちは赤ん坊のそれであったが、どことなくサザビーの面影を感じる。魔族の成長は早く、四・五年で人間の青年期、およそ二十歳前後の姿になる。そして寿命の大半をこの姿、最も力に満ちた姿で過ごす。寿命は長短様々。だがスレイの場合は人間との混血児であるため、どのような成長を見せるかは分からない。
 「あ___」
 スレイが顔をくしゃくしゃにして泣きだした。リュキアはどうしていいか分からずに困惑している。
 「お腹が空いたのだろう、母乳を与えてやるといい。」
 「でも___どうしたらいいのかよく分からないよ___」
 「乳首を口元に運んでやれば自然に吸ってくれるよ。リュキアは力を抜いて、優しく抱いてやっていればいい。」
 リュキアはミロルグに言われたとおり、ローブの前をはだけてスレイを胸の側へと寄せた。すると母の匂いを感じたスレイはリュキアの母乳を吸いはじめた。
 「母に、親になった気分はどうだ?」
 「わからないよ。」
 リュキアは微笑みながら優しい眼差しをスレイに送る。
 「どこも変わったところなんてないかな___この子だって、あたしのそばを離れなくちゃいけない。」
 リュキアはそういう生き方をしてきた。だからそれが常識だと思いこんでいる。
 「おまえはこの子を魔族として育てたいのか?」
 ミロルグの問いに、リュキアは首を横に振った。
 「この子は純粋な魔族じゃないわ。魔族の___孤独な人生をスレイには送ってほしくない。できれば人間の手で育ち、人間として生きて欲しい。」
 「それは無理だ。」
 ミロルグの毅然とした言葉に、リュキアは本当に悲しそうな顔で振り向いた。無碍に食ってかかってきた今までとはまったく異なる反応だった。
 「スレイは純粋な魔族でもなければ、純粋な人間でもない。だが彼は恐らく魔族の成長を示すだろう。現に、今でも人の子供よりも発育している。」
 確かに、スレイには豊かな頭髪がある。
 「そうなんだ___」
 満腹になったのだろう、スレイは眠ってしまった。リュキアは憂いげな面持ちで彼を優しくあやしはじめる。
 「人間の社会で素性を知ればスレイはどう思うだろう。私はむしろ、魔族ということを教えた上で、彼の自立を促し、彼自身に判断させるべきだと思う。」
 ミロルグはリュキアをそう育てたかった。だが超龍神の手で阻まれた。
 「あたしはどうだったんだろう___」
 リュキアはスレイを見つめて呟いた。
 「おまえは___誰の愛情を受けることも許されなかった。」
 暫しの逡巡の後、ミロルグは意を決して語りだした。
 「知ってるの?」
 「知っているとも___私はおまえの成長を見守ってきたつもりだ。」
 暖かみある微笑み。昔のリュキアならば、そんなミロルグの表情に嫌悪を感じたかもしれない。でも今は違う。
 「おまえは純粋な魔族ではないのだ。」
 その言葉にリュキアは顔を強ばらせ、それでもすぐに笑った。
 「なにいってんの?あたしが魔族じゃないだって?」
 リュキアは魔族としてのプライドが高く、人間を蔑んできた。もちろんサザビーと出会うまでの話だが、それにしたって___
 「おまえの母は魔族だ。だが父は違う。」
 「人間なの?あたしはスレイと同じ?」
 ミロルグは首を横に振って否定した。
 「それも違う。おまえの父はモンスター。」
 ミロルグは嘘など言っていない。彼女の真摯かつ辛辣な告白を、リュキアは信じるしかなかった。
 「モンスター___」
 モンスターは魔族にとって卑下すべき生き物。知性に乏しく、理性の欠如した生き物。もちろんなかにはブレイナーやエイブリアノスのような秀才もいるが、魔族から見れば下等な生き物であることには違いない。
 「___母は___」
 ミロルグはリュキアの困惑を解くために、ゆっくりと語り出す。
 「母は、愛情でおまえを育てたかった。魔族なりのささやかな愛情で。でも父はそれを許さなかった。おまえを残虐で優秀な戦士に育てたかった。父は母をおまえから遠ざけ、親を教えないように、あらゆる情を与えないように、毎日人を変えておまえに邪悪を吹き込んでいった。そして一時の殺戮を好む歪んだ心を作り上げた。」
 その指導については覚えている。今思えば、これまで生きてきて自分の両親のことなどこれっぽっちも考えなかったことが不思議だ。
 「だがおまえが微塵の愛情も受けなかったことが、父の誤算を呼んだ。おまえは愛情に脆い女に育ち、そして人の愛に触れた。おまえは変わった。」
 リュキアはミロルグを見つめたまま、真剣に彼女の話を聞く。ミロルグの小さな視線の変化が、いよいよ核心を語ろうとしていると教えていたから。
 「父にはもう一つの誤算があった。おまえの戦闘能力だ。おまえの戦闘能力は父の望むそれとはかけ離れ、人間相手に失態を演じることさえあった。そればかりか、父は完全な身体を手に入れ、不完全な身体で拵えたおまえを疎ましく感じるようにさえなっている。」
 リュキアにも分かった。彼女の顔は一瞬蒼白になるとすぐさま激昂の紅潮に変わり、怒りと悲しみを越えてやってきた口惜しさに唇を噛んだ。
 「超龍神___なの___?」
 ミロルグは頷いた。
 「超龍神が___!」
 リュキアはこの感情をどう表現していいのか分からなかった。胸の中を悶々としたものが渦巻き、どうすることもできない腹立たしさだけが蠢いていた。
 「私は超龍神のオモチャだったってこと___!?」
 「そうかもしれない、だが決してその全てが間違っているわけでもない。邪悪に徹することも魔族の一つの生き方だからな。だが私は母として、おまえは超龍神にいいように弄ばれたと思う。」
 リュキアはやるせない思いに包まれる。しかし結果としてサザビーと恋に落ち、スレイが生まれた。その結果だけを考えれば、認めることもできそうだった。そしてようやく落ち着きを取り戻した彼女は、ミロルグの言葉を反芻するに至る。そしてその一説が引っかかった。
 「え?」
 そして目を丸くしてミロルグを見た。
 「いま___『母として』って言った?」
 「言った。」
 リュキアは言葉を失う。
 「おまえは私の子だ。」
 リュキアは小さく震えていた。あまりの衝撃で頭が真っ白だった。しかしすぐにミロルグが優しく言葉を掛けながら髪を撫でてくれたので、彼女の心も穏やかなものに変わる。
 今更ミロルグを母という目で見ることはできない。それでも___自分を愛してくれる人が側にいるというのは心強く、そして暖かなことだ。そう、思えばそれは今に始まったことではなかった。ミロルグはいつも、リュキアのことを見守っていたのだから。




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