３　血の宣告　　

　「ごめんな＿＿＿」
　「＿＿＿」
　アウラールは顔を傾けて百鬼から視線を逸らした。
　「おまえの気持ちをもっと考えなきゃいけなかった＿＿＿」
　「今に始まった事じゃないわよ＿＿＿」
　彼女が目を覚ましたのは、百鬼と二人切りになってから一時間もした頃だった。アウラールは目覚めた瞬間だけ安堵の顔になり、すぐに苦汁を飲むように顔をしかめていた。
　「私は本当に好きだった＿＿＿理由は分からないけど好きになっちゃった＿＿＿」
　そう、理由は分からない。ソアラだってフュミレイだって、百鬼の何にそんなに魅せられたのか、明確な答えは出せないだろう。でも好きになれる男なのだ、彼は。
　「でもあなたの心は私にはなくって＿＿＿私はあなたよりもずっと年上だから自重しなければならないという気持ちがあった。」
　アウラールは吹っ切れたように溜息を付き、天井の紋様を眺めた。
　「でもあなたが私のことを忘れてしまうのが怖かったから＿＿＿せめてあなたが城にいる間はできるだけ一緒にいて、馬鹿みたいにじゃれついた＿＿＿知らないかもしれないけど、私はあなたが成長したら城を離れる予定になっていたのよ。」
　「え？」
　それは初耳だった。
　「後見人なんてそんなものなのよ。私はあなたの親戚筋で、こういう性格だからって、ライオネルおじさまに呼ばれて両親とここへやってきた。おじさまは言っていたわ。ニックの姉になってくれってね。ただ、ニックが成長したならば自立のために距離を置いてもらうとも言っていた。」
　アウラールにそんな過去があったとは知らなかった。百鬼は神妙になって彼女の告白を聞いていた。
　「なんだかさ、あなたが年を取るごとに私との距離が離れて、私の事なんて忘れてしまうような気がしてさ＿＿＿でもなんていうかさ＿＿＿正直なのは照れくさいし、下手だから＿＿＿」
　「アウラール＿＿＿」
　彼女の愛情表現はあからさまで、ともすれば冗談に思えてしまう。彼女自身もそれは分かっていた。だから鬱憤だけがたまった。
　「でもそれも終わりよ。私はあなたを嫌いになったから。」
　「無理はするな＿＿＿」
　アウラールはニッコリと笑う。だが百鬼は首を横に振って、冷静に呟いた。
　「あんな姿は二度と見たくない＿＿＿！」
　「ニック＿＿＿」
　百鬼の目尻が潤っていることがアウラールの心を締め付けた。度を過ぎた情熱が彼を傷つけたこと、アウラールはその罪を感じ、静かに懺悔した。

　「ソアラ。」
　「あ、フローラ。」
　アウラールの部屋の前では、ソアラが壁により掛かって立ちつくしていた。様子を見に来たフローラが近づいてくる。
　「気になる？」
　「そりゃね＿＿＿」
　フローラはそっとソアラの腹部に手を触れてみる。
　「この子も気にしてるかしら？」
　「まさか＿＿＿」
　ソアラは失笑した。
　「不安になることないわ、ソアラ。」
　「分かってはいるんだけど＿＿＿」
　不安になってしまう。何かあればすぐに啀み合って、手が出る自分と繊細さに欠ける彼。変わらない愛を抱いていられるのか＿＿＿
　ガチャ。
　部屋の扉が開いて百鬼が出てきた。フローラは彼に手を振り、ソアラは顔を背けた。
　「いたのか。フローラ、アウラールが目を覚ましたんだ、診てやってくれるか？」
　「分かったわ。」
　フローラは入れ替わりでアウラールの部屋へ、百鬼は静かに扉を閉め、壁に凭れて横を向いているソアラに目を向けた。
　「何でこんなところにいるんだよ。身体に障るだろ？」
　「＿＿＿ちょっとね。」
　ソアラは冴えない顔で髪を掻き上げた。
　「アウラールさんの様子どうだった？」
　それでも何かを振り切るようにして覇気のある声で尋ねた。しかし百鬼はそんな彼女を見るとニッコリ笑って近づき、不意に唇を重ねた。
　「＿＿＿」
　ソアラは戸惑ったが、目を閉じて彼を受け入れた。
　「＿＿＿どうしたの？急に＿＿＿」
　唇が離れるなり、ソアラは目の前の彼を見つめて尋ねた。
　「不安を吹き飛ばすには言葉よりもこれがいいかと思ってな。」
　「＿＿＿」
　「俺だって少しは分かるようになったんだ。それを教えてくれたのがアウラールだった。あいつはもう大丈夫、いま俺が気にしなくちゃいけないのはおまえのことさ。」
　まさか百鬼に心を見透かされるなんてね＿＿＿
　彼がアウラールを見くびっていたように、自分も百鬼を見くびっていたことを知るソアラ。こういう意思の融合が互いの心を豊かにしていくのだろう。ソアラの心から、先行きへのあやふやな不安が消えていく。
　彼と一緒になる事への障害が解けていく。ソアラは壁を背にし、百鬼はそれを覆うように、二人は見つめ合っていた。
　「これからはお互いに支え合って＿＿＿二人で生きていきたい。」
　その言葉に込められた思いをソアラは胸に刻みつけ＿＿＿
　「うん、あたしも。」
　微笑みで返した。

　「結婚？」
　昼の看板娘の顔を捨て、忍びの珠洲丸が四条の前に平伏している。後ろで束ねた腰まで届く黒髪は、蝋燭の輝きに照らされて滑るように煌めいた。
　「左様で御座います。恐らく私が奴と接触した際に連れ添っていた女、名をソアラと申しました。」
　百鬼が城に戻ってから五日が経った。しかし城は百鬼の帰還も、ソアラとの結婚話もまだ公表していない。それでも城の中では全ての人が知り得ている事柄だ。噂の流出は簡単で、瞬く間にソードルセイド中に広まった。
　王子が生還！しかも嫁つき！＿＿＿と。
　「ソアラか＿＿＿」
　珠洲丸は四条の対応を待った。彼女の主な任務は、巷の情報を収集すること。勿論、鬼援隊の金蔵である石川屋との伝令係りの役目も含む。
　「特徴は？」
　「菫の髪と、紫色の瞳をしております。」
　「＿＿＿あ〜、聞き間違いかもしれん、菫に紫と言ったのか？」
　四条は傾けかけた酒瓶を止め、耳の穴を指でほじくった。
　「はい。」
　「変わってんなぁ。」
　「私も驚きました。しかしこの特徴はむしろ我々にとって優位に働くかと。」
　珠洲丸はいたって簡潔な答えを返す。
　「そうだな、いい目印だ。」
　四条は改めて酒を含んだ。
　「美人か？」
　「＿＿＿は。私の目からは美しく思いました。」
　多少の逡巡はあった。彼の興味が他人に向くのは少なからず不愉快だが、立場は弁えなければならない。
　「決めた。花嫁をかっさらう。」
　「殺すのではなく？」
　「そうだ。」
　四条はライオネル殺害の手引きとして、その妻を浚った。彼の決断はまさに歴史の再現だった。
　「宣告しておけ。時期は結婚式の最中だ。」
　「畏まりました。」
　珠洲丸は深々と礼をすると、素早く四条の部屋を後にした。
　「フフフ、わざわざ殺されに帰ってくるたぁな＿＿＿しかも土産まで持って。」
　四条は手にした酒瓶を傾け、一気に空にした。

　何かといざこざを抱える伝統を持つソードルセイド。夜半といえど番兵たちは見張りを絶やすことはない。今日も門に二人、中庭に四人、徹宵で番をする。
　「ふぁぁ＿＿＿うっ、いかんいかん、若様が戻られた今だからこそ、気合いを入れなければ。」
　中庭の一角、篝火を背にして番兵は自らに気を入れ直す。
　「ん？」
　火を背にしていた彼は、自分の影に別の影が重なっていることに気が付く。しかしその瞬間には急激に息が詰まり、声すらも出なかった。
　「＿＿＿っ！」
　一瞬のうちに彼の首には細く強い紐が巻き付き、食い込んでくる！そしてそればかりではない。忍びが振るう刀は番兵の背中を切り裂く。一回、二回、三回、まるで飛び散る鮮血を楽しむように、何度も何度もその背を切り裂く。
　「＿＿＿」
　彼の膝が折れたのを感じ、忍びは紐を握る手を離す。彼の身体は前のめりに倒れ、篝火の前に立つのは返り血で全身を濡らした珠洲丸だけになった。彼女は冷え切った漆黒の瞳で、血の杯と化した男の背中を睨み付ける。そして懐より水気をよく吸う布を取りだし、それに血を染み込ませていった。

　「酷いな＿＿＿」
　兵士の亡骸は筵を被せられ、運ばれていく。百鬼は彼の冥福を祈り、目を閉じて両手をあわせた。
　「何のための犯行でしょうか？」
　「わざわざ危険を冒してまで城の人間を＿＿＿」
　棕櫚とソアラが口々に呟く。漸く日も昇りきった早朝。空には雪雲が留まり、この日は朝から大粒の牡丹雪が降っていた。
　「若様！」
　家臣の一人が百鬼の元へと駆け寄ってくる。
　「こちらへお出で下さい！これは鬼援隊の仕業です！」
　「なんだと＿＿＿！」
　百鬼は家臣に導かれて、中庭に面した城壁の方へと駆けだしていった。
　「きえんたい？」
　ライが首を傾げる。
　「百鬼の両親の仇よ。ソードルセイドは王家と鬼援隊の戦いの歴史を持っているわ。」
　「なるほど＿＿＿どおりで彼の顔色が変わるわけです。」
　三人も百鬼を追って壁際へと向かった。フローラは別室で遺体の検証を行っている。
　「これは＿＿＿」
　灰色の城壁に赤黒い字で記されたその文面は、百鬼を憤慨させるのに充分だった。
　「なんて奴等だ！」
　壁を大きく使い、大量の血を要して記された果たし状。その内容は＿＿＿
　『成り上がり者の妻、鬼の名に賭け、式典にてもらい候。』
　これぞ鬼援隊の予告文＿＿＿血の宣告だった。
　「なによこれ＿＿＿なんて書いてあるの？」
　ソアラは壁に乱れ飛ぶ血に顔をしかめ、腕組みした。
　「あなたを浚うって書いてあるんですよ。」
　「え？」
　ソアラはキョトンとして棕櫚を振り返った。
　「鬼援隊め！」
　百鬼は拳を握りしめて壁を殴りつける。彼の憤りは降りしきる雪をもってしても、冷ますことはできなかった。
　「凄いね＿＿＿なんか恨みが籠もってるというか＿＿＿」
　ライもとても冗談を言う気になれない。乾いて黒ずんだ血の所々、雪を受けて赤みを取り戻し、まるで文字が生きているような毒々しさを際立たせていた。
　「心配するなソアラ！必ず守る！」
　「大丈夫よ、ただでつかまるもんですか。」
　緊張しきりの彼を少しでもリラックスさせようと、ソアラは笑顔で力瘤を作ってみせた。しかしそれはかえって彼の不安を掻き立てる。今までそう言って鬼援隊の刃に掛かった者が何人いたことか＿＿＿歴史を紐解けば分かることだ。
　「しかし何故ソアラさんを知っているのでしょうか＿＿＿」
　「噂ですよ。」
　棕櫚の疑問には家臣が答えた。
　「どこからか漏れたようで、瓦版屋が騒ぎ立てています。今のソードルセイド、特に長屋街ではその噂で持ちきりですよ。」
　それが鬼援隊の耳に届き、今回の宣告となった。
　「狙うなら俺を狙えばいい！」
　百鬼は声を荒らげ、ソアラに近づくと、彼女を少し強く抱擁した。それでもお腹は圧迫せず、肩から胸の辺りを抱きしめるようにして。
　「百鬼＿＿＿」
　ソアラは彼を宥めるようにして、手を伸ばして彼の髪を撫でた。
　「百鬼さん、中で対策を練りましょう。ソアラさんの身体にこの雪は響きます。」
　「＿＿＿ああ。」
　百鬼は重苦しい声で答えた。

　城内での殺人と鬼援隊への宣告。この噂が漏れて長屋街が騒ぎ立てれば、鬼援隊の思うつぼ。いち早く口止めに奔走したアウラールの仕事ぶりは素晴らしかった。この迅速な決断と行動こそ、彼女の裁量なのである。
　「お待たせしました。」
　城の三階にある会議室。大きな円卓を百鬼、ソアラ、ライ、棕櫚、アウラール、数名の家臣が取り囲み、最後にフローラがやってきた。鬼援隊への対策会議である。
　「まず検証の結果を教えてくれるか？」
　フローラは頷いて、腰を下ろしたばかりの椅子から立ち上がる。
　「犯人が使った凶器は恐らく片刃の短刀のようなものよ。」
　「そういう条件の刀だったら私も護身用に持っているわ。ソードルセイドでは良くある忍者刀よ。」
　アウラールが淡々と答えた。
　「まず最初に紐のようなもので強く首を絞め、それから背中を執拗に斬りつけている。」
　「血を得るためね。あれだけ壁に大きく書くには相当の血がいるわ。」
　ソアラの言葉にフローラも頷く。
　「ただあれだけ派手に斬りつければ犯人も全身血みどろでしょうね。」
　「でも手がかりはなかったよ。」
　「装束を二重に纏っていたのでしょう。血みどろの装束は最後に脱ぎ捨て、庭にあった篝火に放り込めば済むことです。」
　その棕櫚の推理は恐らく正解だ。皆もそれで納得した。
　「他に何か手がかりはなかったのか？」
　百鬼の問い掛けに、フローラは小さな布袋を取りだし、テーブルの上でそれを逆さにした。中からビー玉ほどの金属片がこぼれ落ち、ソアラの前へと転がっていった。
　「なにこれ？」
　ソアラはそれを拾い上げ、隣にいたライも身を乗り出して覗き込んだ。大きさはさほどでもないが変わった形をしている。まるで船の錨のようだった。
　「遺体の服の中に転がり込んでいたわ。」
　フローラは改めて席に座る。
　「これって＿＿＿」
　金属片の一端、それこそ錨と同じようにして小さな輪が付いていた。だが彼女の興味を引いたのはその輪の回り、なにやら文字が刻まれているのだ。
　「分銅でしょうか？その輪に何かを通すようですね。」
　「うん、それはわかるわ＿＿＿これって＿＿＿フォルリン＿＿＿あー！」
　金属片に刻まれていた文字は細かく、形がはっきりしない。ソアラは必死に目を凝らしてそれを睨み付けていたが、突然声を上げ、一緒に覗き込んでいたライを驚かせた。
　「フォーレンダムよこれ！」
　男たちはちんぷんかんぷんの様子で眉を動かした。ああもちろん、博学の棕櫚は別。
　「フォーレンダムって＿＿＿このフォーレンダム？」
　アウラールは髪を掻き上げて、大きなイヤリングをソアラに見せた。
　「そうよ。アクセサリーのブランド、フォーレンダム！」
　「アクセサリー？この分銅が？変なの〜。」
　ライはフォーレンダムのセンスを笑った。
　「２０５って言う番号が書いてあるなぁ＿＿＿製品番号かしら？」
　ソアラは改めて金属片の文字を睨み付けた。
　「フォーレンダムの２００番台と言えば、ロングネックレスですよ。パーティードレスなんかに使う、首からかけておへその辺りに飾り物が来る、あれです。」
　「詳しいなぁ、棕櫚。」
　女たちも感心しきり。
　「あっ、そうか、分かったわ。」
　ソアラは服の胸元を結んでいる紐を解き、一気に引き抜いた。そしてその紐を金属片の輪に通し、長いネックレスを作っていく。しかし家臣たちも含め男性の目は、ソアラの開いた胸元に釘付けだった。
　「ライ、ちょっと手を挙げて。」
　「ほい。」
　ライは言われたとおり、肘を曲げてソアラに手を向けた。
　「ほっ。」
　ソアラはまるで鞭を振るうように、手製のロングネックレスをライの腕に放った。金属片が重心となって、ネックレスは大きく撓った。
　シュルル！
　そして一気にライの腕へと巻き付く。ソアラが紐を強く引くと、錨形の金属片がフックとなってライの腕に食らいつき、引っかかりを得た紐はソアラの力に比例してライの腕に深く食い込んだ。
　「って感じじゃない。これなら片手が自由だから、犯人は一人じゃないかしら？」
　「なるほど。」
　「痛いっす。」
　「あっ、ごめん。」
　錨のフックが食い込んで、ライの腕から血が出ていた。
　「先入観かも知れないけど、こんなものを殺しの道具に使うなんていうのは女の発想じゃないかな。」
　アウラールの意見にソアラも賛成だった。
　「そうね、棕櫚くんでもなきゃ男には思いつかないわ。」
　「それは遠回しに俺がおかま臭いと＿＿＿」
　「ち、違うって。」
　どんよりしてしまった棕櫚をソアラは必死に取り繕った。
　「騙しじゃないのか？そう思わせるためにわざとこれを落とした＿＿＿」
　百鬼はソアラが持っていた手製のロングネックレスをかすめ取った。
　「それはないわ。被害者は俯せに倒れていたのよ。金属片は彼の服の内側、それもお腹の方にあったの。圧迫されて腹部に食い込んでいたから間違いはないわ。遺体を動かした様子はなかったし、やっぱり力を込めた瞬間に紐が切れて、服の中に転がり込んだんじゃないかしら？」
　状況がそれを物語っている。フローラの見解は確かなものだった。
　「そうね、うまく紐が絡まって食い込めば、引っかかりが切れても暫くは締め付けたままだろうから＿＿＿」
　「分かったことは、犯人が鬼援隊の女でしかも一人だって可能性が高いこと。さて、次は予告への対処を考えましょう。」
　アウラールが話を切り替える。そう、大事なのはそちらだ。
　「彼らが接触を図ってくるというのは逆にチャンスではないでしょうか？尾を引かせなにいためには、彼らのアジトを見つけて徹底的に決着をつけなければ。」
　「結婚式はやるんでしょ？」
　アウラールが百鬼に問いかける。
　「すぐにやるつもりはなかったが＿＿＿やったほうがいいだろうな。無差別に狙われるよりはましだ。」
　結婚式で浚うと言ったならばその予告を守るのも鬼援隊だ。式を行わなければ彼らがいつ何時ソアラを奪いに来るかも分からない。大事な時期にあるソアラにできるだけ不安を与えないためにも、それは避けたかった。
　「わざと浚われてみるっていうのはどう？あたしには呪文があるし、戦いもできるわよ。」
　「バカなことを言うな！」
　久しぶりに無鉄砲さを発揮したソアラに、百鬼は声を荒らげた。
　「でもそうしないと鬼援隊のアジトは分からないんじゃない？」
　「そうですね、アジトの特定には囮が最も楽な方法です。ただ、正確に追跡なり、連絡が取れるようにしなければいけません。」
　棕櫚の言うとおりリスクはかなり大きい。鬼援隊はソードルセイドを知り尽くしている。追跡がうまくいくと考えるのはあまりに楽観的だろう。
　「あたしがやろうか？」
　アウラールがニコニコしながら身を乗り出した。
　「駄目だ。おまえじゃいざというときどうにもならない。」
　「ぶぅ。」
　「私がやるわ。それならいいでしょ？」
　立ち上がって自らの胸に手を当てたのはフローラだった。
　「いいよ、別の方法を考えよう。あたしが狙われているのにフローラが危険な目に遭っていいわけがない。」
　自分が提案した危険な賭けを、フローラに任せるなんてことはできない。ソアラはすぐさま否定した。
　「やらせて。私なら戦うこともできるし、リングを通して連絡を取れるかもしれないわ。」
　しかしフローラは頑なだった。それが彼女の献身であり、ソアラへの思いである。
　「やれるのか？」
　「百鬼！」
　彼女の志願を受け入れようとする百鬼にソアラは怒りだした。
　「俺はソアラだけを守りたいわけじゃない。鬼援隊に誰かが苦しめられる姿は見たくないんだ。」
　百鬼は真っ直ぐにフローラを見つめ、ソアラは彼の冷静さを感じて口を挟むのをやめた。
　「やるわ。」
　フローラは即答した。百鬼も一つだけ頷く、そして彼女に頭を下げた。
　「感謝する。」
　アウラールとの一件があってからというもの、彼は雄々しく、そして気位高く、王家の末裔らしさを随所に見せている。この毅然としたやり取り一つでも、ソアラは彼の成長に胸を打たれていた。
　「でも鬼援隊がソアラを知っていたらどうするのさ。」
　「この色じゃバレバレよね。」
　ソアラは苦笑いして自分の前髪をつまみ上げた。
　「それなら、初めから花嫁をフローラさんにすればいいんですよ。」
　人差し指を立ててそう言いだしたのは棕櫚だった。




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