第3章 人でなし

 「そうだ、世界はいずれケルベロスの手により統べられ、困窮を脱するであろう。だが今はその時ではない。私もそう感じている。人民は軍事力では振り向かない。それを示すために、五国間での友好を深め、ケルベロスは国力をしてそのリーダーとなる。」
 アドルフ・レサはその若さとは裏腹に、確固たるビジョンを持っていた。勿論、国の細部にまで目を光らせ運営していくのは宰相の仕事だ。ハウンゼンが退いた後の宰相にはボーター・リュングベリが就いたが、彼は仕事のできるお人好しで、忠義心の強い男だ。アドルフの指針に背くような真似はしなかったし、抵抗勢力の調整もうまかった。結果として、侵略姿勢を封印したアドルフの手により、ケルベロスは柔和な国家へと変貌を遂げようとしていた。ハウンゼンが隠れ蓑のつもりで受け入れた条約も、真に生きようとしていたのだ。
 だがこのアドルフの姿勢が、ある日を境に百八十度転換することとなる。
 同時にあるメイドが___仕事を完璧にこなすことで知られているポーカーフェイスのメイドが、不可解なことを口走ったとして叱りを受けた。
 その日は、ケルベロスにとってとてつもなく重大な日である。しかしその事実を知る者はいないのだ。いるとすれば___アドルフだけ。




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